これは報われない恋だ。

朝陽天満

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94、『幸運』ははたして幸福なのか

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「ところでセイジさんはどうして俺たちの場所が分かったんですか?」



 俺が訊くと、セイジさんは当たり前だろ、という顔をしてネタ晴らしをしてくれた。



「さっきの魔法陣にしっかりと描かれただろ、この場所が。モントとはなじみだからすぐわかったぜ」

「そうだったんですか」



 なるほど納得。

 と頷いていると、今度はセイジさんが訊いてきた。



「まずはクラッシュの経緯を教えてくれないか。クラッシュの異常な魔力を感知して、慌ててエミリを連れてきたんだ。そうしたら目の前にレイモンドの野郎はいるわクラッシュは変なもんに絡まれて消えるわでわけがわからねえんだよ」



 頼む、と頭を下げたセイジさんに、俺が必死になって事の経緯を話す。何せ怒涛のような展開だったから。

 ヴィデロさんがここに短期配属されたこと、最初にレイモンドに会った馬車のこと、クラッシュとばったり会ったときに拉致されたこと、クラッシュが暴走寸前の状態になったから束縛して転移の魔法陣でここに飛んできたところまで。

 するとセイジさんはそれでか、と納得した。

 俺も、何でセイジさんが最初にクラッシュに記憶があるのか聞いたのかわかったよ。そうでもないと暴走なんてしないからな。



 そうか、とセイジさんは目を細めて、クラッシュの頭を撫でた。頑張ったんだな、と。それはまるでお父さんみたいで、思わず顔が綻んだ。





 お茶を飲み、一息つくと、セイジさんは口を開いた。



「15年前は、トレの領地はグリンバード公爵家が取りまとめていたんだ。そこの娘のサラってのがとんでもなく魔力が高くて、魔王の討伐メンバーに選ばれちまった。そして、魔王を何とかして帰ってきたのは、アルフォードってやつと、エミリだけ。サラは魔王討伐の際に命を落としたと世間では言われている。その娘の悲報を聞き、意気消沈した公爵家が爵位を返上して隠居。その後、トレの領主はレイモンド侯爵が着任した。しかし、同時にエミリが徴税対象外の冒険者ギルドを設立。皮算用していたレイモンドの元には、想像していたほどの収入はなかった。冒険者ギルドで買い取りや物品の販売も手掛け始めたから、税を納めていた個人の店の売り上げが伸び悩んでいたんだ。そこでレイモンドは、何とかしてエミリを失脚させようと画策した」



 それが、クラッシュ誘拐に繋がったのか。



「もちろん、本人は誘拐とライアスの殺害には直接は手を下していない。でもな、それを指示したのがあいつだったのは間違いなかった」

「あの時、俺の目の前で、偉そうな人が母さんの悪口を色々言っていて、その時、誰かに「レイモンド」って呼ばれてたから。でも、父さんが目の前で倒れて、何も考えられなくて。それを母さんに伝えられなくて……」

「ああ。あの時のクラッシュは泣きもしねえ笑いもしねえ抜け殻みたいな感じだったからな。エミリもずっと気に病んでいた」

「母さんが」



 俯くクラッシュの頭を、またもセイジさんが撫でる。

 俺もヴィデロさんも、モントさんも、口を挟まずセイジさんの言葉を聞いていた。

 まるで目の前で起こったことを見てきたようなセイジさんの話の内容に、自然眉が寄っていくのが自分でもわかる。



「エミリは自分の力を使うと、王宮に拘束されてクラッシュと離されてしまうと言われていたせいで、自身で仇討ちは出来なかった。正攻法で王にレイモンドの所業を伝えたんだが、その王がやべえ奴でな」

「巷じゃ『賢王』って呼ばれてるぜ?」



 モントさんが怪訝な顔をしながら口を挟むと、セイジはふっと笑った。



「まあ、そうだな。『大を助けるために小を切り捨てる賢王』ってやつだ。王としては正しい姿勢だとは思う。その切り捨てられた『小』にとって以外にはな。エミリはな、その切り捨てられた『小』の最たるものなんだよ」



 視線を落とすセイジさんは、今まさに旦那さんの仇である侯爵と対峙しているエミリさんのことを考えているかのようだった。

 ダンジョン内では見ることの出来ないような、沈鬱な表情で、お茶に浮かんだ小さな波紋を見つめている。



「王としても、冒険者ギルド、ひいてはエミリに公的な地位をあまり与えたくなかったんだ。そうでなくても英雄だからな。だからこそ、誘拐されたクラッシュは無事だったのだから、亡くなったエミリの夫は不幸な事故だった、ということに話を治め、領主の座を自ら辞すことでレイモンドの咎を相殺したんだ。クラッシュを盾に取られていたエミリには、何も異を唱えることが出来なかった。エミリは脳筋だったからな。そういうときの頭が回らねえんだよ。今もよくギルドマスターなんてやってられるよなってちょっと周りのやつの有能さに驚く」



 少しだけ語調を戻し、場を和ませる。

 セイジさんはお茶を一口飲んで、またも和んだ表情を浮かべた。



「でもな。今回またもこんなことをしでかしてくれたレイモンドは、今度こそ終わりだ。いいタイミングだった。エミリが盛大に鬱憤を晴らせることがわかった後だったからな。だからこそ、今一人でおいてきた。王もさすがにニ度の温情を掛けることはないだろうしな。この間のクラッシュの襲撃も、もとを辿るとレイモンドに行きついたらしい。エミリが泳がしていた雑魚がレイモンドの手下の所に逃げ込んで、問題が起こったからな」

「いいタイミングって」



 俺とクラッシュがそろって首を傾げると、セイジさんがまたしてもちらりとヴィデロさんを見た。



「子飼いが問題を起こしたからこそ、そこの門番が呼ばれた。で、門番がこっちに来たからこそ、マックがここに向かい、途中レイモンドと邂逅する。そのせいで欲を出したレイモンドがマックに目を付ける。断られ今度は強引に拉致。しかも偶然セィに用事があって来ていたクラッシュと一緒にいたタイミングでだ。普通だったらここまで偶然が重なるなんてありえない。友人の身柄を追ったクラッシュが、レイモンドに行きつく。そこでレイモンドを思い出し、魔力が暴走しかける。それに気付いた俺たちが駆けつける。ほんと、『幸運』ってのはヤバいなんてもんじゃねえな」

「え、もしかして、この流れって、ヴィデロさんのその『幸運』で起こった流れだったの?」



 そう訊くと、本当に偶然が重なって今に至る、みたいな感じになってるけど。

 うまいこと回って、最善の結果にたどり着く、みたいな。

 横を向くと、ヴィデロさんは静かに、視線を落としていた。



「でもセイジさん。たとえ最善の結果になったとしても、途中経過がどうしても俺には最善とは思えないんです。今回のことは、俺の迂闊さで起こった事態だったし、こうならないようにヴィデロさんも心を砕いていてくれたんです。でも俺が気を抜いちゃって馬車に突っ込まれて……もっといい逃げ方だってあったはずなのに、結局クラッシュを危ない目に合わせちゃったし」



 俺がこんなドジをしなかったら、クラッシュだって暴走しそうにならなかったんだし。



「ごめんクラッシュ……心配かけて、しかも辛い目に合わせて」



 俺にとっては、これは『幸運』なんてもんじゃない。俺のダメさ加減が露呈しただけだったよ。 

 俯いて唇を噛む俺に、セイジさんは呆れたように笑った。



「あのなマック。貴族連中に拉致られて、全員が無事でいられること自体が奇跡に近いんだぞ。無事だったのも、クラッシュの魔力が暴走しなかったのも、マックのおかげだってことも自覚しろよ。この結末は、マックと『幸運』が揃ってなかったら成し得なかったんだ。今度俺もとっておきの魔法陣を教えてやるから。ちゃんと発動できるマックは、魔法陣の才能あるって」

「あ……ありがとう、ございます」



 セイジさんの慰めに、鼻がつんとする。

 俺を責めたっていいくらいなのに。クラッシュも、ヴィデロさんも。

ぐっと唇を噛み締めたところで、遠くからドォンという音が微かに振動と共に聞こえてきた。

セイジさんがにやりと笑う。



「さてと、クラッシュ。一緒にエミリを迎えに行くか」

「行く!」



 立ちあがったセイジさんの後を追うようにして腰を上げたクラッシュは、迷うことなくセイジさんの左手に捕まった。



「モント、ごちそうさん。また来る」

「おうよ。いつでも来い。そっちの兄ちゃんもな」



 モントさんが手を振ったところで、二人の姿が消えた。やっぱりセイジさんの魔法陣は別物だ。手の動きが何かを描いてる、なんて認識もさせない速さだ。俺もあそこまで熟練できるのかな。でもこの距離を飛んだだけで、MPが半分くらいなくなってるから、街と街間を飛び回るセイジさんはやっぱり別物だ。

 二人の消えていったところを見ながらそんなことを思っていたら、ヴィデロさんの腕が俺の肩に伸びてきた。

 そのまま、グイッと引き寄せられる。



「ヴィデロさん?」

「マック……」



 髪にヴィデロさんの唇がちゅ、っと触れる。

 ちょっと沈んだ声に、少しだけ心配になる。嘘、ひたすら心配。



「俺の『幸運』のせいでマックにあんな顔をさせたんだな……」

「それは違うよ。俺のダメダメさ加減に自己嫌悪していたんだよ。それに、ヴィデロさんの『幸運』が関係していたとしたら、そのおかげでこれからクラッシュは安全なんだろ」



 されるがままになりながら、ちらりとモントさんを見る。

 だって、どうしていいかわからなかったんだ。

 ヴィデロさんが、自分の『幸運』っていうものをどう認識してるのかもわからなかったし、そもそも、つい最近モントさんから『幸運』について聞いたばっかりなんだよ。

助け舟を求めたはずが、モントさんはイイ顔でそっと席を立った。いつもの動きからは想像も出来ないような静かな動きで。



二人きりになった部屋で、俺の肩を抱きしめるヴィデロさんに、お返しとばかりにくっついた。

そして、願いを、想いを、口にした。



「ヴィデロさんの持ってる『幸運』が、ヴィデロさんのためだけに発動して、ヴィデロさんがいつでも幸せに笑っていてくれたらいいのに」



 それでこその『幸運』だろ。周りを巻き込んで大騒ぎなんて、幸運でも何でもないよ。だからこそ、俺に幸運がばれた時のヴィデロさんの表情が沈んでいたんだろ。今までどんなふうに言われてきたのか、考えるのもつらい。それは、『幸運』なんかじゃない。俺のなけなしの『LUCK』を、全部ヴィデロさんにあげたいくらいだよ。俺のそこまで高くない『LUCK』値ですら、こんなに幸せになれるんだから。



「俺は、マックが俺の想いに答えてくれただけで、何者にも代えがたい幸運だった。ずっとだ。マックが、あの街に来てから、話をするようになってから、ずっと好きだったんだ、マック」



 門番さんから聞いていた話を、ヴィデロさんは初めて口に乗せた。



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