これは報われない恋だ。

朝陽天満

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91、強引にも程がある!

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「クラッシュ?! どうしてこんなところにいるんだよ!」



 クラッシュのもとに走り寄って、思わず詰め寄る。

 貴族が嫌いだからってすごく俺を心配してたのに。しかもこの間襲撃されたばっかりなのになんで一人でこんなところにいるんだよ。



「俺もあんまり気は進まなかったんだけど。ちょっとしたレアものの配達をこっちの雑貨屋にね。内容は言えないんだけど。これから行くんだ。マックはどこに泊まってるの? 俺も同じところに泊まりたいんだけど」

「ああ、うん。教える。ここから近いから」



 ちらっと地図を確認すると、雑貨屋の場所は丁度宿屋の前を通った先の通りだった。

 そこまで一緒に行くことにして、俺は馬を引いたクラッシュと一緒に歩き始めた。



「さすがに重要過ぎて他の人に頼めないから自分で来たんだけど。クワットロまではこっそり転移の魔法陣の練習してきたんだ」

「そっか。でも誰かに護衛とか頼まないと危ないってエミリさんに言われなかったのか?」

「う――ん、そうなんだけどね、今トレに頼りになりそうな冒険者がいなくてさ。マックはもうこっちに来ちゃってるし。だから砂漠都市までは馬車を使って、砂漠都市からも馬車に乗ろうと思ったんだけど、丁度馬屋さんでこの子を見つけて。乗ってって言われてるみたいな感じがして、ついついこの子で来ちゃったんだ」

「道中何もなくてよかったよ」



 とりあえず無事着いてよかった。また何かあったら今度こそどうなるかわからないし。

 にこにこと馬を引いているクラッシュの隣を歩きながら、ほっと息を吐く。すると、クラッシュがそんな俺を見て、ちょっとだけ口を尖らせた。



「そんなこと言って。マックの方がなんかあったりして」

「う、え?」



 き、貴族に目を付けられたこと、事なきを得たから別に何もなかったよな。そうだよそうだよ。



「な、何も?」



 ちょっとだけ目をそらしてそう答えると、クラッシュがジト目で俺を見ていた。



「焦るところが怪しい」

「あははは」



 笑ってごまかすと「マックだって人のこと言えないじゃん」と反撃を食らった。

 ほんとにな。まいっちゃうよな。諦めて遠くを見る。そんな俺を見て、クラッシュはしてやったりな顔をした。





 俺が泊まってる宿屋をクラッシュに紹介すると、クラッシュは早速部屋を確保していた。裏にはちゃんと厩舎もあるらしくて、助かった、と言っていた。砂漠都市までは連れ帰らないといけないんだって。あれ、雄太たちは砂漠都市で乗り捨てていったよな、馬さん。馬に乗れるようになったら調べてみよう。いつになるかはわからないけど。でも便利そうだよな。



「じゃあ俺はこのまま雑貨屋に向かうから、よかったら夜会おうね」



 そう言ってクラッシュが馬さん片手に手を振る。

 夜ご飯の約束をして、俺も図書館を探すべく足を進め始めた。

 すると。目の前の大通りで、いきなり馬車が止まった。

 あ、この御者さんは。

 と慌ててUターンをかましたけど、しっかりと目があったから絶対に気付かれたよな。



「そこの少年! 待て!」



 待つかよ! と今歩いてきた道を走る。けど、走りと馬さんじゃ全くスピードが違うわけで。俺はすぐに追いつかれてしまった。

 周りを歩いていた人たちは、すごい勢いの馬車にただただ驚いて、俺達に注目しているだけ。でも相手は一目でわかる貴族の馬車だから、絶対助けは入らないと見ていいよな。



「どうして逃げるんだ! ご主人様がお前をご所望だ! 一緒に来い!」

「断ります!」



 御者台から飛び降りて俺の前に陣取った御者さんに腕を取られる。

 抗っても、鍛え上げられているみたいで、全然振りほどけなかった。



「最初についてくればこんな強引なことにならないで済んだんだ! 早く乗れ!」

「だから、いやだって言ってんだろ!」



 暴れる身体ごと抑えられて、無理やり馬車の中に詰め込まれる。ヤバい、と思いながらも、力の差は歴然としていて。

 目の前でバタン、と立派なドアが閉まった。カチリという音で、外から鍵が閉められてしまったことがわかった。



「ふざけんな!」



 ガンガンドアとか壁を殴る蹴るしても、立派なつくりの馬車はびくともせず、反対に俺の身体の方が痛くなってしまった。

 ええと、拉致って、どう対処すればいいのかな。

 と少しだけ冷静になろうと深呼吸すると、外から「マック⁈ マック!」というクラッシュの声が微かに聞こえてきた。

 もしかして、クラッシュに見られてたのか。しかも馬で追ってきてる?

 ダメだって! このままこの馬車貴族街に入っちゃうのに!



「ばか! 来るなよ!」



 叫んでみるけど、聞こえてないんだろうな。だって馬のひずめの音と車輪の音、しかも馬車は立派ときた。外に音なんてなかなか洩れないよな。よほど近くないと。

 窓も締め切られているから、どこをどう走ってるのか土地勘のない俺には見当もつかない。馬車に詰め込まれた時点でなぜか地図も消えてるし。何かを遮断する特殊な素材でできてるのかな。

 小型爆弾とかは持ってるけど、ここで使ったら俺まで被害甚大そうだし。どうしよう。



 インベントリに入っている物も、この状態で有用な物はなさそうだった。

 くそ。

 クラッシュまだついてきてるのかな。それじゃダメだ。

 と俺は腰の剣を引っ張り出して、馬車に攻撃を始めた。

 でも俺のなまくらな剣じゃ、傷が薄っすらつく程度で馬車は何事もなく進んでいく。



「もうほんと、何なんだよ!!」



 力任せにガツンと窓を切ったら、ガキンと音がして片方が斜めになる。



「あ、壊れた! よし!」



 むちゃくちゃに窓に剣を叩きつけて、もう一つも壊すことに成功する。でも窓の大きさは、俺の頭ほどもなくて、ここから出るのは無理そう。しかもかなりのスピードで走ってるし。



「そこの馬車! 止まれ! 何目の前で俺の親友拉致ってるんだよ!」



 クラッシュの声だ。やっぱりついてきてる。



「クラッシュ! 危ないからついてくるなよ!」

「マック⁈ 無事⁈ ってか無理! ここで見失ったら俺はマックまで失うから!」



 窓から必死で叫ぶと、今度こそクラッシュに声が届いたようだった。でもクラッシュ。だから、俺は死に戻れるから。最終的にはその手が使えるんだからさ。

 ガラガラと音がする中、「お帰りなさいませレイモンド侯爵様!」という声が聞こえてきた。この声は、あの怖い門番さんの声。ってことは、ここはもう門か!



「そこの者、止まれ!」



 怖い門番さんがクラッシュに怒声を浴びせている。



「ちょっと門番! 俺じゃなくてその馬車を停めろよ! 友人が連れ去られたんだよ! ヴィデロ! 何そこに突っ立ってんだよ! マック乗ってんのに!」



 クラッシュの声で、ヴィデロさんが門に立っていたことがわかった。ヴィデロさん、お願いだからそこでクラッシュを止めといて。モントさんの話だとクラッシュを狙った貴族は行方不明らしいけど、他にも手を貸した人がいないとも限らないから。俺はなんとか逃げるから!

 祈りながら、手に持った抜身の剣をさらに振り回す。でもやっぱりというかなんというか、ドアの方は窓なんかよりよほどしっかり作られているらしく、全然びくともしなかった。これが雄太だったら一刀両断! とか出来るんだろうな。ちょっとかっこよさげで悔しい。



「マック!」



 声が遠くなったから、ちゃんと門の外にいるのかな。ヴィデロさんが対処してくれるんならクラッシュは安心だよな。

 ホッと息を吐いて、痺れ始めた手を止めた。

 やみくもに振り回したせいで減っていたスタミナが、徐々に回復していく。逃げれないとなると、出来る限り回復して、馬車が止まって外に出された時がチャンスだ。

 と身体を休めることにする。

 目潰しはちゃんとある。でもあれを貴族に投げつけたらヤバそうなのはわかる。絶対にこっちが悪くなるような理由を付けられそうだ。

 じゃあ、他には。麻痺させる薬もあるにはあるけど、対魔物用だから、人間に使ったらどうなるかはちょっと保証できない。却下。爆弾も同じような意味合いで、絶対に俺が捕まって終わりそうだから、最終手段。

 あとは。

 レイモンドの、あの見下したような目を思い出して、少しだけ身震いする。

 クラッシュに心配かけちゃったな。ヴィデロさんにも。こんなことのないようにってヴィデロさんが気を配ってくれていたのに。

 どうしてこう俺って最後詰めが甘いんだろう。自分で嫌になるよ。

 自己嫌悪に陥っていると、段々と馬車のスピードが落ちてきた。

 窓から外を覗くと、遠くに、見るからに「外国のなんとかかんとか城!!」という感じの建物が目に入った。

 侯爵ってくらいだから、城から近い所に住んでるんだ。ってことは、門から結構離れたのかな。どれくらいの距離なのかはわからないけど。



 城を挟んでぐるっと裏に回ったあたりで、ようやく馬車は止まった。

 周広々とした敷地にいかにも高級っていう雰囲気の建物が建っている。

 レイモンドってこんなところに住んでいるのか。降りても、建物と建物の間が広すぎて、隠れて進むのは絶対に無理そうだ。それに走って逃げてもすぐ捕まるし。



「どうしよう」



 思わず声を零したところで、馬車のドアが開いた。



「ほら、降りろ。旦那様、連れてまいりました」



 外から御者の声が聞こえてくる。ってことは、レイモンドってやつスタンバって待ってたのか。なんていうか俺を拉致前提ってのがムカつく。

 剣をぶら下げたまま、俺は馬車の中に立っていた。

 顔を覗かせた御者が、俺の手の剣を見てぎょっとする。



「絶対に悪いようにはしないから! だからその剣をしまってくれ!」



 慌てているけど、俺が無理やり馬車に乗せられて連れてこられたってことは悪いことに入らないんだろ。じゃあ、悪いことっていうものの基準が俺とは違うよな。

 本当は威嚇にしかならないけど、剣を構えつつ俺は御者に向かってそう言い放った。

 御者がその言葉を聞いて、ちょっとだけ顔を顰める。言い返せないだろ。



「俺だってこのままさっきの所に帰してくれたら、何もしない」



 剣を構えたまま外に出ない構えでいると、御者は険しい顔でドアを一旦閉めた。鍵までご丁寧に掛けている。もしかしてアレか。俺を力づくで黙らせられるような奴を呼びに行ったのか。

 ここでこの剣で首を掻っ切ったらそれだけで死に戻れるんだけど。ここから出れるし。なんてちょっとした冗談を思いつくが、もう一度開けられたドアの外を見た瞬間、その考えが冗談じゃなくなった。

 無理やりドアを開けて入ってきた男は、今まで見てきた誰よりもムキムキで、マッチョで、傷だらけだった。慌てて自分の首に剣を向けて掻っ切ろうとしたけれど、一瞬にして間を詰め寄られて、剣を叩き落とされてしまった。そして俺の剣は目の前のマッチョによって外に押し出されてしまった。

 非力な生産職の俺は、いつの間にかマッチョに捕獲される以外の選択肢がなくなっていた。



「やめろって! 離せよ!」



 暴れたところでどうなるわけでもない。こいつから見たら全然華奢な御者に抑えつけられても無駄な抵抗に終わっていたんだから。

 足をバタバタさせてもマッチョは全然気にもせず、俺を抱え込んで馬車を降りた。両手をしっかりと抱え込まれているから、物を投げることもできない。



「くそ、何するんだよ!」

「何するも何も、先日の礼をしたかっただけだが。少々強引だったことは認めよう」



 馬車が付けられたすぐ外に立っていたレイモンドが、冷笑しながら口を開く。

 どう見ても、レイモンドの俺を見る目は、同じ人間を見る眼付きじゃなかった。そんな奴の口から出た言葉ほど信用できない言葉はないよな!



「少々じゃねえよな?! つうか礼する態度じゃねえよこれ! 早く帰せよ!」

「それは出来ない相談だ。そろそろ私ももっと上に返り咲く時期なのだよ。少し、君にはそれを手伝ってもらおうと思ってね」



 モントさんが言ったとおりだった!!

 マッチョに抱えられたまま貴族を睨みつけると、レイモンドはそれすら楽しそうに目を細めた。

 俺一人くらいどうとでもなるって顔だった。

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