91 / 830
91、強引にも程がある!
しおりを挟む
「クラッシュ?! どうしてこんなところにいるんだよ!」
クラッシュのもとに走り寄って、思わず詰め寄る。
貴族が嫌いだからってすごく俺を心配してたのに。しかもこの間襲撃されたばっかりなのになんで一人でこんなところにいるんだよ。
「俺もあんまり気は進まなかったんだけど。ちょっとしたレアものの配達をこっちの雑貨屋にね。内容は言えないんだけど。これから行くんだ。マックはどこに泊まってるの? 俺も同じところに泊まりたいんだけど」
「ああ、うん。教える。ここから近いから」
ちらっと地図を確認すると、雑貨屋の場所は丁度宿屋の前を通った先の通りだった。
そこまで一緒に行くことにして、俺は馬を引いたクラッシュと一緒に歩き始めた。
「さすがに重要過ぎて他の人に頼めないから自分で来たんだけど。クワットロまではこっそり転移の魔法陣の練習してきたんだ」
「そっか。でも誰かに護衛とか頼まないと危ないってエミリさんに言われなかったのか?」
「う――ん、そうなんだけどね、今トレに頼りになりそうな冒険者がいなくてさ。マックはもうこっちに来ちゃってるし。だから砂漠都市までは馬車を使って、砂漠都市からも馬車に乗ろうと思ったんだけど、丁度馬屋さんでこの子を見つけて。乗ってって言われてるみたいな感じがして、ついついこの子で来ちゃったんだ」
「道中何もなくてよかったよ」
とりあえず無事着いてよかった。また何かあったら今度こそどうなるかわからないし。
にこにこと馬を引いているクラッシュの隣を歩きながら、ほっと息を吐く。すると、クラッシュがそんな俺を見て、ちょっとだけ口を尖らせた。
「そんなこと言って。マックの方がなんかあったりして」
「う、え?」
き、貴族に目を付けられたこと、事なきを得たから別に何もなかったよな。そうだよそうだよ。
「な、何も?」
ちょっとだけ目をそらしてそう答えると、クラッシュがジト目で俺を見ていた。
「焦るところが怪しい」
「あははは」
笑ってごまかすと「マックだって人のこと言えないじゃん」と反撃を食らった。
ほんとにな。まいっちゃうよな。諦めて遠くを見る。そんな俺を見て、クラッシュはしてやったりな顔をした。
俺が泊まってる宿屋をクラッシュに紹介すると、クラッシュは早速部屋を確保していた。裏にはちゃんと厩舎もあるらしくて、助かった、と言っていた。砂漠都市までは連れ帰らないといけないんだって。あれ、雄太たちは砂漠都市で乗り捨てていったよな、馬さん。馬に乗れるようになったら調べてみよう。いつになるかはわからないけど。でも便利そうだよな。
「じゃあ俺はこのまま雑貨屋に向かうから、よかったら夜会おうね」
そう言ってクラッシュが馬さん片手に手を振る。
夜ご飯の約束をして、俺も図書館を探すべく足を進め始めた。
すると。目の前の大通りで、いきなり馬車が止まった。
あ、この御者さんは。
と慌ててUターンをかましたけど、しっかりと目があったから絶対に気付かれたよな。
「そこの少年! 待て!」
待つかよ! と今歩いてきた道を走る。けど、走りと馬さんじゃ全くスピードが違うわけで。俺はすぐに追いつかれてしまった。
周りを歩いていた人たちは、すごい勢いの馬車にただただ驚いて、俺達に注目しているだけ。でも相手は一目でわかる貴族の馬車だから、絶対助けは入らないと見ていいよな。
「どうして逃げるんだ! ご主人様がお前をご所望だ! 一緒に来い!」
「断ります!」
御者台から飛び降りて俺の前に陣取った御者さんに腕を取られる。
抗っても、鍛え上げられているみたいで、全然振りほどけなかった。
「最初についてくればこんな強引なことにならないで済んだんだ! 早く乗れ!」
「だから、いやだって言ってんだろ!」
暴れる身体ごと抑えられて、無理やり馬車の中に詰め込まれる。ヤバい、と思いながらも、力の差は歴然としていて。
目の前でバタン、と立派なドアが閉まった。カチリという音で、外から鍵が閉められてしまったことがわかった。
「ふざけんな!」
ガンガンドアとか壁を殴る蹴るしても、立派なつくりの馬車はびくともせず、反対に俺の身体の方が痛くなってしまった。
ええと、拉致って、どう対処すればいいのかな。
と少しだけ冷静になろうと深呼吸すると、外から「マック⁈ マック!」というクラッシュの声が微かに聞こえてきた。
もしかして、クラッシュに見られてたのか。しかも馬で追ってきてる?
ダメだって! このままこの馬車貴族街に入っちゃうのに!
「ばか! 来るなよ!」
叫んでみるけど、聞こえてないんだろうな。だって馬のひずめの音と車輪の音、しかも馬車は立派ときた。外に音なんてなかなか洩れないよな。よほど近くないと。
窓も締め切られているから、どこをどう走ってるのか土地勘のない俺には見当もつかない。馬車に詰め込まれた時点でなぜか地図も消えてるし。何かを遮断する特殊な素材でできてるのかな。
小型爆弾とかは持ってるけど、ここで使ったら俺まで被害甚大そうだし。どうしよう。
インベントリに入っている物も、この状態で有用な物はなさそうだった。
くそ。
クラッシュまだついてきてるのかな。それじゃダメだ。
と俺は腰の剣を引っ張り出して、馬車に攻撃を始めた。
でも俺のなまくらな剣じゃ、傷が薄っすらつく程度で馬車は何事もなく進んでいく。
「もうほんと、何なんだよ!!」
力任せにガツンと窓を切ったら、ガキンと音がして片方が斜めになる。
「あ、壊れた! よし!」
むちゃくちゃに窓に剣を叩きつけて、もう一つも壊すことに成功する。でも窓の大きさは、俺の頭ほどもなくて、ここから出るのは無理そう。しかもかなりのスピードで走ってるし。
「そこの馬車! 止まれ! 何目の前で俺の親友拉致ってるんだよ!」
クラッシュの声だ。やっぱりついてきてる。
「クラッシュ! 危ないからついてくるなよ!」
「マック⁈ 無事⁈ ってか無理! ここで見失ったら俺はマックまで失うから!」
窓から必死で叫ぶと、今度こそクラッシュに声が届いたようだった。でもクラッシュ。だから、俺は死に戻れるから。最終的にはその手が使えるんだからさ。
ガラガラと音がする中、「お帰りなさいませレイモンド侯爵様!」という声が聞こえてきた。この声は、あの怖い門番さんの声。ってことは、ここはもう門か!
「そこの者、止まれ!」
怖い門番さんがクラッシュに怒声を浴びせている。
「ちょっと門番! 俺じゃなくてその馬車を停めろよ! 友人が連れ去られたんだよ! ヴィデロ! 何そこに突っ立ってんだよ! マック乗ってんのに!」
クラッシュの声で、ヴィデロさんが門に立っていたことがわかった。ヴィデロさん、お願いだからそこでクラッシュを止めといて。モントさんの話だとクラッシュを狙った貴族は行方不明らしいけど、他にも手を貸した人がいないとも限らないから。俺はなんとか逃げるから!
祈りながら、手に持った抜身の剣をさらに振り回す。でもやっぱりというかなんというか、ドアの方は窓なんかよりよほどしっかり作られているらしく、全然びくともしなかった。これが雄太だったら一刀両断! とか出来るんだろうな。ちょっとかっこよさげで悔しい。
「マック!」
声が遠くなったから、ちゃんと門の外にいるのかな。ヴィデロさんが対処してくれるんならクラッシュは安心だよな。
ホッと息を吐いて、痺れ始めた手を止めた。
やみくもに振り回したせいで減っていたスタミナが、徐々に回復していく。逃げれないとなると、出来る限り回復して、馬車が止まって外に出された時がチャンスだ。
と身体を休めることにする。
目潰しはちゃんとある。でもあれを貴族に投げつけたらヤバそうなのはわかる。絶対にこっちが悪くなるような理由を付けられそうだ。
じゃあ、他には。麻痺させる薬もあるにはあるけど、対魔物用だから、人間に使ったらどうなるかはちょっと保証できない。却下。爆弾も同じような意味合いで、絶対に俺が捕まって終わりそうだから、最終手段。
あとは。
レイモンドの、あの見下したような目を思い出して、少しだけ身震いする。
クラッシュに心配かけちゃったな。ヴィデロさんにも。こんなことのないようにってヴィデロさんが気を配ってくれていたのに。
どうしてこう俺って最後詰めが甘いんだろう。自分で嫌になるよ。
自己嫌悪に陥っていると、段々と馬車のスピードが落ちてきた。
窓から外を覗くと、遠くに、見るからに「外国のなんとかかんとか城!!」という感じの建物が目に入った。
侯爵ってくらいだから、城から近い所に住んでるんだ。ってことは、門から結構離れたのかな。どれくらいの距離なのかはわからないけど。
城を挟んでぐるっと裏に回ったあたりで、ようやく馬車は止まった。
周広々とした敷地にいかにも高級っていう雰囲気の建物が建っている。
レイモンドってこんなところに住んでいるのか。降りても、建物と建物の間が広すぎて、隠れて進むのは絶対に無理そうだ。それに走って逃げてもすぐ捕まるし。
「どうしよう」
思わず声を零したところで、馬車のドアが開いた。
「ほら、降りろ。旦那様、連れてまいりました」
外から御者の声が聞こえてくる。ってことは、レイモンドってやつスタンバって待ってたのか。なんていうか俺を拉致前提ってのがムカつく。
剣をぶら下げたまま、俺は馬車の中に立っていた。
顔を覗かせた御者が、俺の手の剣を見てぎょっとする。
「絶対に悪いようにはしないから! だからその剣をしまってくれ!」
慌てているけど、俺が無理やり馬車に乗せられて連れてこられたってことは悪いことに入らないんだろ。じゃあ、悪いことっていうものの基準が俺とは違うよな。
本当は威嚇にしかならないけど、剣を構えつつ俺は御者に向かってそう言い放った。
御者がその言葉を聞いて、ちょっとだけ顔を顰める。言い返せないだろ。
「俺だってこのままさっきの所に帰してくれたら、何もしない」
剣を構えたまま外に出ない構えでいると、御者は険しい顔でドアを一旦閉めた。鍵までご丁寧に掛けている。もしかしてアレか。俺を力づくで黙らせられるような奴を呼びに行ったのか。
ここでこの剣で首を掻っ切ったらそれだけで死に戻れるんだけど。ここから出れるし。なんてちょっとした冗談を思いつくが、もう一度開けられたドアの外を見た瞬間、その考えが冗談じゃなくなった。
無理やりドアを開けて入ってきた男は、今まで見てきた誰よりもムキムキで、マッチョで、傷だらけだった。慌てて自分の首に剣を向けて掻っ切ろうとしたけれど、一瞬にして間を詰め寄られて、剣を叩き落とされてしまった。そして俺の剣は目の前のマッチョによって外に押し出されてしまった。
非力な生産職の俺は、いつの間にかマッチョに捕獲される以外の選択肢がなくなっていた。
「やめろって! 離せよ!」
暴れたところでどうなるわけでもない。こいつから見たら全然華奢な御者に抑えつけられても無駄な抵抗に終わっていたんだから。
足をバタバタさせてもマッチョは全然気にもせず、俺を抱え込んで馬車を降りた。両手をしっかりと抱え込まれているから、物を投げることもできない。
「くそ、何するんだよ!」
「何するも何も、先日の礼をしたかっただけだが。少々強引だったことは認めよう」
馬車が付けられたすぐ外に立っていたレイモンドが、冷笑しながら口を開く。
どう見ても、レイモンドの俺を見る目は、同じ人間を見る眼付きじゃなかった。そんな奴の口から出た言葉ほど信用できない言葉はないよな!
「少々じゃねえよな?! つうか礼する態度じゃねえよこれ! 早く帰せよ!」
「それは出来ない相談だ。そろそろ私ももっと上に返り咲く時期なのだよ。少し、君にはそれを手伝ってもらおうと思ってね」
モントさんが言ったとおりだった!!
マッチョに抱えられたまま貴族を睨みつけると、レイモンドはそれすら楽しそうに目を細めた。
俺一人くらいどうとでもなるって顔だった。
クラッシュのもとに走り寄って、思わず詰め寄る。
貴族が嫌いだからってすごく俺を心配してたのに。しかもこの間襲撃されたばっかりなのになんで一人でこんなところにいるんだよ。
「俺もあんまり気は進まなかったんだけど。ちょっとしたレアものの配達をこっちの雑貨屋にね。内容は言えないんだけど。これから行くんだ。マックはどこに泊まってるの? 俺も同じところに泊まりたいんだけど」
「ああ、うん。教える。ここから近いから」
ちらっと地図を確認すると、雑貨屋の場所は丁度宿屋の前を通った先の通りだった。
そこまで一緒に行くことにして、俺は馬を引いたクラッシュと一緒に歩き始めた。
「さすがに重要過ぎて他の人に頼めないから自分で来たんだけど。クワットロまではこっそり転移の魔法陣の練習してきたんだ」
「そっか。でも誰かに護衛とか頼まないと危ないってエミリさんに言われなかったのか?」
「う――ん、そうなんだけどね、今トレに頼りになりそうな冒険者がいなくてさ。マックはもうこっちに来ちゃってるし。だから砂漠都市までは馬車を使って、砂漠都市からも馬車に乗ろうと思ったんだけど、丁度馬屋さんでこの子を見つけて。乗ってって言われてるみたいな感じがして、ついついこの子で来ちゃったんだ」
「道中何もなくてよかったよ」
とりあえず無事着いてよかった。また何かあったら今度こそどうなるかわからないし。
にこにこと馬を引いているクラッシュの隣を歩きながら、ほっと息を吐く。すると、クラッシュがそんな俺を見て、ちょっとだけ口を尖らせた。
「そんなこと言って。マックの方がなんかあったりして」
「う、え?」
き、貴族に目を付けられたこと、事なきを得たから別に何もなかったよな。そうだよそうだよ。
「な、何も?」
ちょっとだけ目をそらしてそう答えると、クラッシュがジト目で俺を見ていた。
「焦るところが怪しい」
「あははは」
笑ってごまかすと「マックだって人のこと言えないじゃん」と反撃を食らった。
ほんとにな。まいっちゃうよな。諦めて遠くを見る。そんな俺を見て、クラッシュはしてやったりな顔をした。
俺が泊まってる宿屋をクラッシュに紹介すると、クラッシュは早速部屋を確保していた。裏にはちゃんと厩舎もあるらしくて、助かった、と言っていた。砂漠都市までは連れ帰らないといけないんだって。あれ、雄太たちは砂漠都市で乗り捨てていったよな、馬さん。馬に乗れるようになったら調べてみよう。いつになるかはわからないけど。でも便利そうだよな。
「じゃあ俺はこのまま雑貨屋に向かうから、よかったら夜会おうね」
そう言ってクラッシュが馬さん片手に手を振る。
夜ご飯の約束をして、俺も図書館を探すべく足を進め始めた。
すると。目の前の大通りで、いきなり馬車が止まった。
あ、この御者さんは。
と慌ててUターンをかましたけど、しっかりと目があったから絶対に気付かれたよな。
「そこの少年! 待て!」
待つかよ! と今歩いてきた道を走る。けど、走りと馬さんじゃ全くスピードが違うわけで。俺はすぐに追いつかれてしまった。
周りを歩いていた人たちは、すごい勢いの馬車にただただ驚いて、俺達に注目しているだけ。でも相手は一目でわかる貴族の馬車だから、絶対助けは入らないと見ていいよな。
「どうして逃げるんだ! ご主人様がお前をご所望だ! 一緒に来い!」
「断ります!」
御者台から飛び降りて俺の前に陣取った御者さんに腕を取られる。
抗っても、鍛え上げられているみたいで、全然振りほどけなかった。
「最初についてくればこんな強引なことにならないで済んだんだ! 早く乗れ!」
「だから、いやだって言ってんだろ!」
暴れる身体ごと抑えられて、無理やり馬車の中に詰め込まれる。ヤバい、と思いながらも、力の差は歴然としていて。
目の前でバタン、と立派なドアが閉まった。カチリという音で、外から鍵が閉められてしまったことがわかった。
「ふざけんな!」
ガンガンドアとか壁を殴る蹴るしても、立派なつくりの馬車はびくともせず、反対に俺の身体の方が痛くなってしまった。
ええと、拉致って、どう対処すればいいのかな。
と少しだけ冷静になろうと深呼吸すると、外から「マック⁈ マック!」というクラッシュの声が微かに聞こえてきた。
もしかして、クラッシュに見られてたのか。しかも馬で追ってきてる?
ダメだって! このままこの馬車貴族街に入っちゃうのに!
「ばか! 来るなよ!」
叫んでみるけど、聞こえてないんだろうな。だって馬のひずめの音と車輪の音、しかも馬車は立派ときた。外に音なんてなかなか洩れないよな。よほど近くないと。
窓も締め切られているから、どこをどう走ってるのか土地勘のない俺には見当もつかない。馬車に詰め込まれた時点でなぜか地図も消えてるし。何かを遮断する特殊な素材でできてるのかな。
小型爆弾とかは持ってるけど、ここで使ったら俺まで被害甚大そうだし。どうしよう。
インベントリに入っている物も、この状態で有用な物はなさそうだった。
くそ。
クラッシュまだついてきてるのかな。それじゃダメだ。
と俺は腰の剣を引っ張り出して、馬車に攻撃を始めた。
でも俺のなまくらな剣じゃ、傷が薄っすらつく程度で馬車は何事もなく進んでいく。
「もうほんと、何なんだよ!!」
力任せにガツンと窓を切ったら、ガキンと音がして片方が斜めになる。
「あ、壊れた! よし!」
むちゃくちゃに窓に剣を叩きつけて、もう一つも壊すことに成功する。でも窓の大きさは、俺の頭ほどもなくて、ここから出るのは無理そう。しかもかなりのスピードで走ってるし。
「そこの馬車! 止まれ! 何目の前で俺の親友拉致ってるんだよ!」
クラッシュの声だ。やっぱりついてきてる。
「クラッシュ! 危ないからついてくるなよ!」
「マック⁈ 無事⁈ ってか無理! ここで見失ったら俺はマックまで失うから!」
窓から必死で叫ぶと、今度こそクラッシュに声が届いたようだった。でもクラッシュ。だから、俺は死に戻れるから。最終的にはその手が使えるんだからさ。
ガラガラと音がする中、「お帰りなさいませレイモンド侯爵様!」という声が聞こえてきた。この声は、あの怖い門番さんの声。ってことは、ここはもう門か!
「そこの者、止まれ!」
怖い門番さんがクラッシュに怒声を浴びせている。
「ちょっと門番! 俺じゃなくてその馬車を停めろよ! 友人が連れ去られたんだよ! ヴィデロ! 何そこに突っ立ってんだよ! マック乗ってんのに!」
クラッシュの声で、ヴィデロさんが門に立っていたことがわかった。ヴィデロさん、お願いだからそこでクラッシュを止めといて。モントさんの話だとクラッシュを狙った貴族は行方不明らしいけど、他にも手を貸した人がいないとも限らないから。俺はなんとか逃げるから!
祈りながら、手に持った抜身の剣をさらに振り回す。でもやっぱりというかなんというか、ドアの方は窓なんかよりよほどしっかり作られているらしく、全然びくともしなかった。これが雄太だったら一刀両断! とか出来るんだろうな。ちょっとかっこよさげで悔しい。
「マック!」
声が遠くなったから、ちゃんと門の外にいるのかな。ヴィデロさんが対処してくれるんならクラッシュは安心だよな。
ホッと息を吐いて、痺れ始めた手を止めた。
やみくもに振り回したせいで減っていたスタミナが、徐々に回復していく。逃げれないとなると、出来る限り回復して、馬車が止まって外に出された時がチャンスだ。
と身体を休めることにする。
目潰しはちゃんとある。でもあれを貴族に投げつけたらヤバそうなのはわかる。絶対にこっちが悪くなるような理由を付けられそうだ。
じゃあ、他には。麻痺させる薬もあるにはあるけど、対魔物用だから、人間に使ったらどうなるかはちょっと保証できない。却下。爆弾も同じような意味合いで、絶対に俺が捕まって終わりそうだから、最終手段。
あとは。
レイモンドの、あの見下したような目を思い出して、少しだけ身震いする。
クラッシュに心配かけちゃったな。ヴィデロさんにも。こんなことのないようにってヴィデロさんが気を配ってくれていたのに。
どうしてこう俺って最後詰めが甘いんだろう。自分で嫌になるよ。
自己嫌悪に陥っていると、段々と馬車のスピードが落ちてきた。
窓から外を覗くと、遠くに、見るからに「外国のなんとかかんとか城!!」という感じの建物が目に入った。
侯爵ってくらいだから、城から近い所に住んでるんだ。ってことは、門から結構離れたのかな。どれくらいの距離なのかはわからないけど。
城を挟んでぐるっと裏に回ったあたりで、ようやく馬車は止まった。
周広々とした敷地にいかにも高級っていう雰囲気の建物が建っている。
レイモンドってこんなところに住んでいるのか。降りても、建物と建物の間が広すぎて、隠れて進むのは絶対に無理そうだ。それに走って逃げてもすぐ捕まるし。
「どうしよう」
思わず声を零したところで、馬車のドアが開いた。
「ほら、降りろ。旦那様、連れてまいりました」
外から御者の声が聞こえてくる。ってことは、レイモンドってやつスタンバって待ってたのか。なんていうか俺を拉致前提ってのがムカつく。
剣をぶら下げたまま、俺は馬車の中に立っていた。
顔を覗かせた御者が、俺の手の剣を見てぎょっとする。
「絶対に悪いようにはしないから! だからその剣をしまってくれ!」
慌てているけど、俺が無理やり馬車に乗せられて連れてこられたってことは悪いことに入らないんだろ。じゃあ、悪いことっていうものの基準が俺とは違うよな。
本当は威嚇にしかならないけど、剣を構えつつ俺は御者に向かってそう言い放った。
御者がその言葉を聞いて、ちょっとだけ顔を顰める。言い返せないだろ。
「俺だってこのままさっきの所に帰してくれたら、何もしない」
剣を構えたまま外に出ない構えでいると、御者は険しい顔でドアを一旦閉めた。鍵までご丁寧に掛けている。もしかしてアレか。俺を力づくで黙らせられるような奴を呼びに行ったのか。
ここでこの剣で首を掻っ切ったらそれだけで死に戻れるんだけど。ここから出れるし。なんてちょっとした冗談を思いつくが、もう一度開けられたドアの外を見た瞬間、その考えが冗談じゃなくなった。
無理やりドアを開けて入ってきた男は、今まで見てきた誰よりもムキムキで、マッチョで、傷だらけだった。慌てて自分の首に剣を向けて掻っ切ろうとしたけれど、一瞬にして間を詰め寄られて、剣を叩き落とされてしまった。そして俺の剣は目の前のマッチョによって外に押し出されてしまった。
非力な生産職の俺は、いつの間にかマッチョに捕獲される以外の選択肢がなくなっていた。
「やめろって! 離せよ!」
暴れたところでどうなるわけでもない。こいつから見たら全然華奢な御者に抑えつけられても無駄な抵抗に終わっていたんだから。
足をバタバタさせてもマッチョは全然気にもせず、俺を抱え込んで馬車を降りた。両手をしっかりと抱え込まれているから、物を投げることもできない。
「くそ、何するんだよ!」
「何するも何も、先日の礼をしたかっただけだが。少々強引だったことは認めよう」
馬車が付けられたすぐ外に立っていたレイモンドが、冷笑しながら口を開く。
どう見ても、レイモンドの俺を見る目は、同じ人間を見る眼付きじゃなかった。そんな奴の口から出た言葉ほど信用できない言葉はないよな!
「少々じゃねえよな?! つうか礼する態度じゃねえよこれ! 早く帰せよ!」
「それは出来ない相談だ。そろそろ私ももっと上に返り咲く時期なのだよ。少し、君にはそれを手伝ってもらおうと思ってね」
モントさんが言ったとおりだった!!
マッチョに抱えられたまま貴族を睨みつけると、レイモンドはそれすら楽しそうに目を細めた。
俺一人くらいどうとでもなるって顔だった。
901
お気に入りに追加
9,297
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる
木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8)
和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。
この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか?
鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。
もうすぐ主人公が転校してくる。
僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。
これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。
片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。
【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者
みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】
リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。
ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。
そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。
「君とは対等な友人だと思っていた」
素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。
【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】
* * *
2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる