これは報われない恋だ。

朝陽天満

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84、ヴィデロさんかっこよすぎる

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 思わず足を速めて、門に近付く。すると、ヴィデロさんもこっちに気が付いたらしく、目を見開いた。口が「マック」と動いた気がした。

 門の方に寄っていくと、ヴィデロさんとは反対側にいた門番さんが、手に持った槍で俺の行く手を塞いだ。



「ここから先に何用だ。用がなくば去れ」

「あ、いえ、この先には用はない、です」

「では、すぐに去れ」



 これは、声を掛けるのも一苦労だ。街の門番さんの言ってた通りだ。

 ヴィデロさんも、ハラハラしたような目で、口を引き結んでこっちを見ている。でも、動けないみたいだった。

 きっと、立場上何もできないんだ。俺、確かに不審者っぽいし。



「あの、はい、すいません……」



 槍を持った門番さんに頭を下げて、ちらりとヴィデロさんの方に視線を向けると、ヴィデロさんは少しだけ眉を寄せて、首を横に振った。

 うん、ヴィデロさんの仕事の邪魔はしないよ。

 とヴィデロさんに後ろ髪をひかれながら振り返ると、大通りから見たことのある馬車がこっちに向かってきた。

 脱輪していた馬車だった。

 道の隅に避難して、街の人たちが慌てて頭を下げたのを真似して頭を下げる。

 すると、目の前で馬車が止まった。

 すぐそこに門があるから、検問でもするのかな、と頭を下げつつ思っていたら、「あなたはもしや」とすぐ近くから声がした。



「頭をお上げください」



 その言葉に、俺? と思いつつ少しだけ頭を上げると、やっぱりというか、さっきの御者さんが俺の目の前にいた。



「先ほどはとても助かりました。旦那様もあなた様のお薬でとてもよくなられまして。旦那様がお礼をしたいと申していたのですよ」

「あ、よくなったんですね。よかったです」



 足治ったんだ、とちょっとだけホッとする。すると、馬車のドアが開いて、中から口髭を生やしたダンディなおっさんが顔を出した。



「旦那様」

「この少年か?」

「はい」



 俺をちらっと見た髭の人に御者さんが頷くと、髭の人は馬車から降りてきて、俺の前に立った。



「先ほどのポーションはとてもよく効いた。礼がしたい、我が家に来い」

「いえ……俺は、当たり前のことをしただけで……」



 そっと少しだけ身を引く。

 だってなんか。礼がしたいと言いながら、この人。

 すごく俺を見下してるみたいな目をしてるんだもん。



「遠慮することはない。来い」

「すいません。行くことは、できません」



 近くで立っていた街の人が、ざわっとなったのは、貴族の申し出を断ったからかな。でもなんか、付いていきたくないような雰囲気を出してるんだもんこの人。

 それに、クラッシュと砂漠都市の農園主さんの忠告もあるし。



「ほう、庶民が、私の誘いを断ると」



 っていうかおっさん。それ、礼を言う態度じゃないから。

 とは言えない、けど。



「申し訳ありません。用事がありますので……」



 さらに一歩離れて頭を下げる。

 途端に、手首を掴まれた。



「私の好意を無にする気か」



 いやそれ好意じゃないから。

 と思った瞬間、俺とおっさんの間に、槍が挿し込まれた。

 おっさんが驚いたように、俺の手を離す。

 すると、その槍を挿し込んで俺達の間に割り込んできたヴィデロさんが、槍の切っ先を戻して、タン、と地面を突いた。



「失礼します。レイモンド様。このような得体の知れない者はこの門には入れるなと忠告されたのはあなたです。通すわけにはいきません」



 聞こえてくるヴィデロさんの久しぶりの声が心地よかった。得体の知れない者って言われたけど。



「しかしこの者は私を助けた少年だ。屋敷に招いて礼をするのは……」

「昨日、サンダース伯爵様が連れてきた冒険者を、得体の知れない者だと言って通さなかった方のお言葉とは思えません。これはあなたの命令です。得体の知れない者の上街への立ち入りは禁止されていますので、この者を立ち入らせることはできません」

「お前、私にそういう態度を取っていいと思っているのか」

「レイモンド様。あなたは誇り高き方。決して自身の言葉を違えるような愚かな真似はしないはずです」



 ううう、ヴィデロさん、かっこいい。

 俺を貴族街に入らせないようにしてくれてるのかな。でもそんなことをして、立場とか悪くならないかな。

 すごく険しい顔をして、貴族のおっさんと対峙してる。

 その顔がとても愛しくて。



 ヴィデロさん。



 ギュッと手を握りしめて、ヴィデロさんの名前を呼びたい衝動を堪える。



「お前、ここから先は行くことはできない。さっさとここを去れ」



 ヴィデロさんは、手に持った槍をもう一度地面にタン! と突いて、厳しい目を俺に向けてきた。

 おっさんの横をすり抜けて、おっさんを背に庇うように立ち、俺を見下ろす。

 向き合った瞬間ふっと表情が変わって、一瞬だけ眉が下がる。声もなく口が「ごめん」と動いていた。

 大丈夫。俺も口だけ動かして、少しだけ口元を上げる。

 ヴィデロさんの口が、あとで、と動く。それに頷いて、俺は農園の方をちらりと向いた。そして、「すいませんでした」と頭を下げて、ヴィデロさんたちに背を向けて、今歩いてきた道を戻り始めた。



 後ろでおっさんの悪態をつく言葉と、それに応えるヴィデロさんの声が聞こえる。振り返りたいけど、ここで振り返ったら、せっかく俺を逃がしてくれたヴィデロさんの苦労が水の泡だ。

 心持ち足を速めて、門を離れた。

 あとでって言ってたから。ひたすら農園を目指す。こっち側は先が農園くらいしかないような場所だから、ヴィデロさんも俺がどこにいるか見当付けやすいと思ったんだ。

 少しだけ、モントさんの所で待たせてもらってもいいかな。







 農園に着くと、ようやく俺は後ろを振り返った。とはいえ、ここからじゃ門は全く見えないんだけどな。ヴィデロさん、何のおとがめもないといいんだけど。

 またも太い音のベルを鳴らすと、建物の中からモントさんの渋い顔が出てきた。



「よお。お早いお帰りじゃねえか。ま、入れや」

「ありがとうございます。あの、図々しいお願いなんですけど、ここで待機していてもいいですか?」



 そこら辺の宿屋じゃ、ヴィデロさんが俺を見つけられないかもしれないから。

 ここだったらわかりやすいかもしれないから。

 顔は見れた。

 あとでって言ってた。だから。

 ギュッと唇を噛み、少しだけ俯く。

 すると、「入って来いよ。こっちだ」というモントさんの野太い声が耳に飛び込んできた。

 顔を上げると、モントさんが建物のドアを開けて、手招きしてくれていた。



「お邪魔します」

「おう。そこらへんに座れ」



 と大雑把に指示されて、俺はでんと部屋に置かれているカウチソファにちょこんと腰を下ろした。部屋の中は、草が干してあったり、花が飾られていたり、ポプリっぽいいい香りが漂っていたりして、すごくくつろげる感じになっていた。雑多に物が置いてあるのもまた安心感。



「ハーブティー飲めるか? 何色がいい」

「い、色? お茶を色で選べるんですか」

「当たり前だろ。赤、青、黄色、緑、紫、ピンク、オレンジ、乳白色、どれがいい」



 お茶なのにすごいラインナップだ。

 感心しながら、「じゃあ、青で」と飲んだことがなさそうな色を指定してみた。

 すると、本当に目の前に青い液体が出された。すごい。

 そして、いい香り。



「リラックス効果がある。飲めよ」

「いただきます」



 一口口に含むと、ふわっと花の香りがして、その後少しだけ甘さが広がって、すごく美味しい。

 思わず「はぁ……」と息を吐いてしまった。



「何かあったみたいだな」 



 ニヤリと笑って、斜め前に座ってカウチに足を伸ばしたモントさんが口を開く。

 やっぱり顔に出てたか。

 さっきのやり取りで一瞬にして疲れたよ。でも、ヴィデロさんがかっこよかった。好き。



「貴族の門のところでちょっと」

「もしかして入ろうとしたのか?」



 面白そうに先を促すモントさんに、さっきのやり取りを説明する。

 すると、モントさんはじろりと俺を真正面から見つめてきた。



「マック、お前さんそいつになんかしたのか。厄介な野郎だぞレイモンドって男は」

「ちょっとここに来る途中その人の馬車が岩に挟まって動けなくなっていたのをみんなで助けただけなんですけど」

「それだけじゃねえだろ」



 ズバリ指摘されて、何でわかるんだろうと首を捻りながら、薬を渡したことを教えた。



「それだな。貰ったポーションを使ってみたら、予想以上に効果が高くて、マックを囲い込もうとしたんだな、レイモンドは」

「囲い込み?!」

「こんな効果の高いポーションは出回ってねえ、ってことはこいつは自分で作ったのかもしれねえ。もしくはそんなもんに繋ぎを取れる奴かもしれねえ。そういう使い勝手のいい奴は手に入れて自分の利益に貢献させるべきだ。なあに相手は単なる庶民。一人くらい消えたところで問題にもならねえ、ってところか」

「まじか……だから、ヴィデロさんがあんなかたくなに止めてくれたんだ……」



 しみじみとあのかっこいいヴィデロさんを思い出していると、ほら、おかわり飲め、とモントさんが追加のお茶をカップに注いでくれた。



「その門番、最近来たやつだろ。お前さん知り合いか」

「はい。あの……こ、恋人です」



 モントさんの問いに、顔を赤くしながら答える。なんか、こんな風に恋人を名乗るって、気恥ずかしいよな。黙っていてもいいんだろうけど、最近ヴィデロさん不足だったせいか、なんか、何かがこみ上げて、余計なことまで言っちゃったんだ。

 俺の真っ赤な顔を見て、モントさんは「へーー、ホーー、恋人かよ」と揶揄う様に俺を覗き込んで来る。



「んじゃまあ、これからちっとばかり苦労するかもな、マックは」



 え、とモントさんの呟きに目を見開く。苦労って、何で。

 わけがわからず首を捻ってると、モントさんが俺の態度に苦笑した。



「あいつが、何でこっちに来たのか、マックは知ってるか?」



 いいえ、全然知りません。

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