これは報われない恋だ。

朝陽天満

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82、護衛さんがいた

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 ご飯を食べて、また部屋に戻ってきて、ひたすら俺は魔法陣を描き続けた。

 何とか手に形を覚えこませて、半分くらい光らせることに成功。でも大分MPが減ったから、いったんログアウトして現実のご飯を食べてくることにした。

 ベッドに横になってログアウト。



 すでに夜中。親たちは明日も仕事だから、すでに寝静まっている。

 そっとキッチンに降りて行って、炊飯ジャーからご飯を分けて、鍋に入っていたカレーを掛けて一気に食べる。美味い。食べ終わったらお皿を洗って、シャワーを浴びて部屋に戻った。

 なんかすごく集中して勉強した後みたいに頭が重い気がする。ゲーム内で勉強尽くしだったもんなあ。

 雄太はまだ護衛クエスト中なのかな。

 伸びをして、屈伸して、ギアに手を伸ばす前に、パソコン前に座った。



 情報掲示板を開いて、『セィ城下街』情報を検索してみる。

 俺はあの貴族街の壁の向こうには行ったことなかったんだけど、プレイヤーでも冒険者ギルドの登録カードと貴族からの依頼票みたいなののセットがあれば門をくぐれるらしい。あとは貴族と仲良くなって家に誘われたら入れたとか、騎士団募集のクエストに、面白半分で申し込んだら王宮まで行けたってのもあった。ただし、そういうのがないと門番さんに文字通り門前払いにされるらしい。中には貴族ご用達の店とかあるらしいんだけど、特に俺の琴線に触れるような書き込みはなかった。よし。貴族街はマジでパスしたほうがいいかな。それに、俺が行ったところで中には間違っても入れないからたぶん大丈夫。

 砂漠都市からセィ城下街までの道のりだけど、一人で歩くとなると、魔物とのエンカウントもあるから丸一日はかかると思っていい。だから、パスの方向で。やっぱり乗合馬車かな。あれはほんと便利。

 今から明け方まで必死こいて魔法陣を描けるようになって、馬車の中で寝させてもらうっていう感じでいいかな。



 よし、とこれからの行動を決めて、ログイン。

 宿屋のベッドでむくっと起き上がると、MPが回復していた。

 まずは円の中の文字の配置を頭に叩き込んで。

 ひたすら文字の練習。これ大事。



「共鳴、時空間歪曲、魔力集中、共振、記憶干渉、干渉座標、跳躍……」



 文字を書いていてなんとなくわかってきたけど、これって、もしかして、空間移動とか転移とかそういう系、かも。

 大体の文字が光るようになるころには、すでに空が明るくなっていた。一区画だけなぜか光らない文字があるんだよな。地名とかそんな感じの何かを指す文字なんだけど、もしかしたら俺の行ったことない場所か、クラッシュの記憶の場所かどこかなのかもしれない。一字も間違わずにって言われたけど、ここだけ光らないってことは、何かが違うんだろうな。記憶に干渉するってことは、俺の記憶がしっかりしたところじゃないと転移が発動しないとかじゃないかな。って単なる俺の憶測でしかないけど。とりあえずそこだけ空白で、あとはクラッシュの見本を見なくても宙に書かれた文字が光るようになった。面白いのは紙に書くと全く反応しないってこと。だからこそクラッシュが紙に書いて俺にくれたんだろうけど。何でだろう。宙に書いての練習って、かなり難しいんだけど。でも正解時は光って教えてくれるからイージーモードなのかな。

 とスキル欄を見たら、あった。なんか。

 思わず「うおおお!」なんて奇声を上げたよ。ビビッて。

 だって、しっかりと『魔法陣魔法 Lv1』ってスキル欄にあったから。

 でもまだ覚えたてだし発動してないからなあ。レベル上がるかは心配どころだ。



 クラッシュの見本をしっかりとインベントリにしまい込み、装備を整える。

 ヴィデロさん、まだセィにいるかな。入れ違いになってなきゃいいけど。

 羽根を見てそんなことを思いながら部屋を出る。

 会いたいなあ、ヴィデロさん。もう何日会ってないんだろう。一週間くらいかな。一週間で根を上げる俺って。

 溜め息を吐きながら、乗合馬車の出る門の方に向かった。







 やっぱりというか、砂漠都市から向こうへ行く馬車には、ちゃんと護衛の人が付いていた。

 っていうか、お久しぶり、鎧の用心棒さん。



「お、チビ。今度はセィに向かうのか? なかなか動き回るもんだな」

「そういう護衛さんは今度はセィまでの用心棒?」

「ああ。俺はこれでもこの馬車の経営をしてる奴に直接雇われてる身だからな。馬車の護衛が俺の飯のタネだ。安心して乗れよ」

「うん。あ、今度こそ砂漠都市を見てきたよ。農園が楽しかった」

「そうかそうか。露店とかすごかったろ。まあ、乗れや。今日の客はチビと4人の集団だ」



 鎧の人の後ろにある大きめの馬車に乗り込むと、すでに4人集団は乗り込んでいた。空いている椅子にお邪魔しますと頭を下げて座ると、すぐに護衛さんも大きな身体を馬車の中に詰め込んできて、俺の隣に座った。



「ちょっと寝不足だから途中寝ちゃうかもだけど」

「今から寝ててもいいぜ」



 護衛さんにそう言うと、護衛さんはウインク付きの返事を返してくれた。っていうか、無精ひげで鎧のウインクって結構様になってて悔しい。俺がやっても絶対に目にゴミが入った感しか出ない。

 お言葉に甘えさせてもらって、隣に寄りかからないように後ろに体重をかけて目を瞑る。

 魔法陣練習するとMP消費が半端ないんだ。出る前に一応マジックハイポーション飲んできたけど。

 そうこうしてるうちに、馬車が動き始めた。人が多いからか馬車が大きいからか、馬さんは二頭立て。





 今迄は賑やかに乗合馬車に乗ったけれど、今日乗り合った集団の人たちは、ほぼ誰もが無言だった。ちょっと雰囲気が硬いから、俺もずっと目を瞑っていた。時折馬車が止まると、護衛さんが外に出て行って、でもすぐ戻ってくるから、魔物を容易く退治して帰ってくるんだと思う。どれくらい強いんだろうこの人。この状態では魔法陣の書き取り練習をするわけにもいかないし。たまにはぼんやり進むのも平和でいいのかな、なんて思ってたのは砂漠途中だけだった。

 砂漠を抜ける辺りには、すっかり俺は飽きていた。外を見ようにも片方は肉と金属の壁、もう反対の方には面白くなさそうな顔の人がいて景色を楽しむことすら難しい。

 次の魔物が出てきたら手伝おうかな、なんて思いながらいたら、いきなり馬車が急停車した。

 すでに砂漠は抜け、もうすぐセィとセッテの分かれ道に差し掛かる辺りの場所だった。

 この先で、俺とクラッシュは、と思い出しそうになる。

 どうしたどうした、と護衛さんが馬車を出ていく。その際外を見たら、ちょっと立派な馬車が道からそれて大きな石に車輪をとられて動けなくなっていた。



 御者さんと護衛さんがその馬車に向かう。でもさすがにあの重厚そうな馬車を数人で持ち上げるのは難しいんじゃないかな。こんな木の馬車じゃなくて鉱石みたいなもので作られた物っぽいし。

 なんてぼーっと見ていたら、案の定、御者さんが顔を出して、手を貸してください、とお願いしてきた。





「そっち、足挟まないように気を付けろよ。じゃあ持ち上げるぞ。せーの……」



 合図とともに馬車が持ち上がり、石から車輪が外れる。そのまま道の方にずらし、ようやく救助した馬車は動くようになった。重くて動かない馬車に、繋がれていた馬さんはかなり気が荒くなっている。なんでも、明け方ここを走っていたら朝もやで道が見えず、道をそれたところで車輪が挟まってしまって動かなくなったらしい。と、説明してくれたのは、立派な馬車の御者さん。すごく立派な格好をしている。もしかしてこの馬車、セィに向かう途中だった貴族とか言わないよな。

 馬車に乗っていた本人は、馬車が跳ねた際に、足を捻ってしまって動けないらしい。

 なので、立て直したのは、中に人が乗ったまま。重そうな馬車+人一人の重量ってバカにできないんだけどな。出てくるだけでもしてくれたんなら、もう少し楽に戻せたんじゃないかな。重かった……。

 不機嫌な表情ながらに4人集団の人たちもしっかりと手伝っていた。それぞれが腕を回したりぶらぶらさせたりして馬車に戻っていったところを見ると、やっぱりこの馬車は重かったらしい。

 それにしても、乗ってる人、足大丈夫かな。

 馬車が動くたびに呻き声が聞こえてきてたけど。



「すいません、足の怪我、これで治るかもしれないので、使ってください」



 インベントリから一本ハイポーションを取り出すと、御者さんに渡した。これで治ればいいけど。



「馬さんも、お腹空いてるのか? 水、飲むか?」



 かなり苛立って鼻息荒くしている馬に、怖がられないようにゆっくり近づいて、昨日汲んできた湧水の瓶を取り出す。大きな入れ物があればいいんだけど、と周りを見ると、それに気付いた護衛さんが、兜を脱いで差し出してくれた。



「これに入れてやれよ。馬も飲みたがってるし」

「でも護衛さんの大事な兜」

「汗臭いかもしれねえけど、それは勘弁な。ほら、早く飲ませてやれよ」

「ありがとう」



 兜を受け取って、そこに瓶の水を入れる。金属の兜は、丁度いい飲み水入れになった。馬さんも、兜を差し出した瞬間一心不乱って感じで水を飲み始めた。そんなに喉が渇いていたんだ。可哀そうに。

 満足げに最後の一滴まで水を飲み終えた馬さんの鼻を撫でて、俺は兜を護衛さんに返した。黒い短髪を晒した護衛さんは、人好きのする笑顔で兜を受け取った。

 馬車に戻る途中、兜を抱えた護衛さんが、俺の頭に手を置いて、わしわしと髪を掻き混ぜてきた。



「なんだよ、くしゃくしゃになるだろ」

「おまえ、名前なんて言うんだ。男前なことさらりとやりやがって。気に入った」



 ニヤリと笑う護衛さんに「マック」と名乗ると、護衛さんは「マックか。いい名だ」とさらに俺の頭を掻きまわした。ああもう、髪の毛ぐしゃぐしゃだ。でも嫌じゃないけど。

 そこからは平穏にセィに付くことが出来たんだけど、あれ以降、護衛さんは俺をチビと呼ぶことはなく、ちゃんとマックと呼んでくれた。



「じゃあ、また会えるといいな、マック。セィ、セッテ、砂漠都市間移動はぜひ俺が護衛で乗る馬車に乗れよ。ずっと寝かしてやるからよ。頼りになるぜ、俺は」

「護衛さんが強いのはもう知ってるよ。俺もまた利用するときは護衛さんがいるのに乗りたい。道中ありがとう」



 いい旅を、と見送られながら、俺はセィ城下街の外門の近くで馬車を降りた。

 門の所にヴィデロさんはいるかな。

 逸る気持ちを抑えて、俺は門まで進む足を速めた。



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