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76、魔女風薬草鍋(味は保証付き)
しおりを挟む門を通るとき、ちょっとだけ馬から下ろしてもらって、門番さんに近付いた俺は、「こんにちは」と職務中の門番さんに声を掛けた。
「おうマックか。お帰り。無事だったみたいだな。ヴィデロが大分心配していたぞ。今日はあいにくヴィデロは留守なんだけどな」
「留守、ですか?」
呼び出してもらえるかな、なんて思っていたら、思わぬ情報を貰ってしまって、俺はかなり驚いた。いやいや、驚くところじゃないんだけど。
俺も帰ってくる日取りとか全然決めてなかったから仕方ないし、ヴィデロさんの非番はヴィデロさんの時間だから留守にしててもそれは当たり前のことだったんだけど。
なんとなく、休みの日は少しでも会ってくれるものだと思ってた。
なんか、俺贅沢になってないか? ヴィデロさんの休みを占領して、それが当たり前になってた。ヤバいヤバい初心を忘れないようにしないと。
「教えてくださってありがとうございました。じゃあ、出直してきます」
「ああ、悪いな。マックが来たこと、ヴィデロに伝えておくから。気を付けて帰れよ」
申し訳なさそうに手を振っている門番さんに手を振り返して、俺は馬を降りて歩いている雄太たちに駆け足で追いついた。
「何だ、門番さんいなかったのか」
「うん。今日は非番だから」
「何、非番も把握してるんだ。マック情熱的だなあ。っていうか……奥さん?」
こらこらブレイブ。何言っちゃってんだよ。違うから。
ちょっとだけでも顔を見たかったな、と出そうになる溜め息を飲み込んで、馬屋さんに向かった。
そして、初めて雄太たちを工房に案内した。
今迄すれ違いすれ違いで、ここには招き入れたことなかったから。来てもいいよって言ってたのに、なぜか図ったようにタイミングが合わなかったんだよ。
最初俺だけ入って、錬金術関係の物をさっと倉庫にしまってから、雄太たちメンバーを入室可能にしてドアを開けると、全員がなぜか目を輝かせて待っていた。ここを洞窟か何かと勘違いしてないかなこいつら。
足を踏み入れた雄太たちは変な感嘆詞を零しながら、きょろきょろと部屋中を見回している。
「なあマック、この部屋、おかしくねえか?」
「へ、何が?」
雄太が真顔でそう言ってきたので首を傾げると、雄太はだって、と横にちらりと視線を向けた。
その先には、俺がいつもお世話になってる小さめのベッド。隣に調薬テーブルがあるから、すごく重宝してるんだよ。
「あれとか、あそことか」
と次に目を向けたのは、衝立の向こうの、いつもヴィデロさんと愛し合っている、ベッド。あそこは入ってすぐだったら見えないし、キッチンの近くだから食べてすぐ転がったりできるから、便利なんだ。
「それとあっち」
と指さしたのは、ちょっとした乾燥薬草とかが干してある向こう側の簡易ベッド。あっちで作業してる時とか眠くなった時便利なんだ。乾燥中やることなくなると眠くなったりするから。
「おかしくね? なんでこんなにベッド設置してあるんだよ」
「便利だから」
「便利だからってレベルの数じゃねえよな。もしかして、門番さんここに住んでるとか……」
「ヴィデロさんはちゃんと衛兵の宿舎に部屋を持ってるよ」
おかしいかな、と首を捻ると、苦笑した海里に「確かに置きすぎ」と突っ込まれた。
自分の部屋だから好きな物置いていいと思うんだけどなあ。
そう呟くと、雄太に「限度ってもんがあるだろ」って笑われた。
便利なのに。
なぜ俺の工房に連れてきたのかって言うと、夜ご飯をごちそうするため。
レベル上げに付き合って貰ったからそのお礼も兼ねてってところ。
キッチンの前に立った俺は、調理レベルを確認しつつ、後ろを向いて声を掛けた。
「タルトは作るのに時間かかるから、違うの作るからな」
「任せた」
『高橋と愉快な仲間達』にそう言うと、全員がビシッとテーブルについて姿勢を正した。ええと、まだ作り始めてもいないんだけど。その格好で待ってるんだ……。まあ、いいけど。
倉庫からカイルさんの野菜を取り出して、薬草も忘れずに取り出して、魔物肉を……。
「あ、肉がない。雄太、何かの肉持ってない?」
「狼ならある。どれくらいいるんだ?」
「ひと塊でいいと思うけど、どれくらい食う予定?」
「山ほど。だから山ほど出す。ユイ、海里、ブレイブ、なんか適当に肉出せ」
「らじゃ!」
全員が即座にインベントリから食用の肉を出し始めて、一瞬後には肉の山が目の前に出来上がっていた。連携すごいな。
「ウサギ肉、狼肉、イノシシ肉、熊肉……なんだこれ、カエル肉なんてのもある。全部使おう」
普段は使わない、でも一度は使ってみたくて衝動買いした大きな鍋を倉庫から取り出して、竃に掛ける。ユイが鍋を水魔法で満たしてくれたので、それが沸騰するのを待って、俺は次々材料を入れていった。順番なんて関係ない。
一種のパフォーマンス的に、目の前で薬草をゴリゴリと磨る。磨り終わった薬草を鍋に投入して、大きなお玉でぐるぐるする。色がとっても緑色な汁だから、ほんとに魔女になったみたいでこのグルグルが楽しい。
勿論、野菜も大量投入している。出汁が取れるから。ドロっとしたあたりで、今度はすりおろしたピエラの澄果実を一つ分隠し味として入れた。瞬間、緑色が黄緑色に変色した。楽しい。
雄太たちが話をしてるのを聞き流しながら鍋をひたすら掻き混ぜて、調味料で味を調えたら、出来上がり。
黄緑色した鍋を、皆が座ってるテーブルの真ん中にドン、と置いた。
「うわ……」
「何これ……」
「なんか……」
「これ、食べ物……?」
上から、雄太、ユイ、海里、ブレイブでお届けしました。鍋の初見の感想。薬草鍋だからね。
味見した感じではすごく美味しいんだけど。この見た目で美味しいってのがまたいいんだよ。魔女鍋みたいで。
雄太たちくらいにしかこの冗談のような鍋は出せないから、この時を待っていたんだ。
それに、これ、実は自然回復力増が付くんだよ。たぶん澄果実の力だと思う。結構残り少なくなってきたから、あとは大事に使わないと。
シシシと笑いながら、皆の前によそった器を置いていく。器に盛られてもぐつぐつしている黄緑色の液体を、雄太たちは冷や汗を垂らしながら、ごくりと喉を鳴らして覗き込んでいた。
全員が視線を交差させ、誰が一番に手を付けるのかを伺いつつ、逡巡する。その様子が見てて面白い。
意を決して、雄太がスプーンを手に取った。
そっと器を持ち上げて、何か毒薬を呷らされる時の悲壮な顔つきで掬ったスープを口に含んだ。
「っぷはは!」
思わず吹き出すほどの、雄太の顔の変化。
諦めから驚き、戸惑いからの至福。
止めの感想が「……詐欺だろ」で俺は勝利を確信した。
それからは雄太一人で食べつくす勢いで鍋をお代わりするのを見て、皆もようやく手を伸ばし始めた。
「やべえこれ『自然回復増 中』なんてのが付いてる。なんで料理にこんなのが付くんだよ」
「食材と調理レベルのおかげだと思う。めっちゃ貴重な食材使ってるんだからありがたく食えよ」
雄太の質問に答えると、雄太はむ、という顔をした後、またも空になった器に鍋の中身を盛ると「ありがてえありがてえ」と言いながら食べ始めた。
「ほんと美味しい……この見た目で」
「え、何。マックこれ詐欺なの?」
見た目女の子二人が、上品に食べながら、信じられないという顔をする。
美味しいいただきました。増田君よ、詐欺はいらん。
「マックを嫁にする門番は果報者だな」
「ちょ、ブレイブさん?」
最後ブレイブの一言に思わず動きを止める。最近ブレイブにいじられるのが増えた気がするのは気のせいかな。うん、気のせい気のせい。
それにしても、ヴィデロさんが留守か。明日、ログインしたら門のところに行ってみよう。
すっからかんになった大鍋をキッチンに運びながら、俺は今日顔を見れなかったヴィデロさんのことを考えて、ちょっとだけ溜め息を吐くのだった。
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