これは報われない恋だ。

朝陽天満

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74、火力が足りない

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 火曜日には、細胞活性剤の効果が切れていた。

 よし、とポーション類をインベントリに突っ込んで、工房を出る。

 本格的にレベルを上げよう。

 エルフの里に行くために。そして、まだ見ぬ素材を求めて先に進むために。

 だって俺、セッテまでしか行ったことないし。あと、セィの街は一回だけ行ったけど、街の真ん中にも城壁があって、そこから先には進めないって言われたからそのまま帰ってきたんだよな。貴族街なんだとかって。門番さんたちも、街の入り口にいるような門番さんじゃなくて、もっと厳しくて冷たいような目線をこっちに向けてくるような感じだから、通りたいとも思わないままUターンしたんだ。



 一人で上げるのには限界がありそうだから、と、少しの間雄太たちの仲間に入れてもらう約束も取り付けてある。

 身体が治り次第って感じだったから、今日からレベル上げ。

 待ち合わせはクラッシュの店。だってちょっと足りない素材があったから。



「やほークラッシュー」



 ドアを開けて気楽に入っていくと、クラッシュはアッという顔をして、いきなりこっちに詰め寄ってきた。



「ちょ、マック! 遅い! 今迄何してたの! 心配してたんだよ! ヴィデロからはいちゃいちゃしてたとしか聞いてないし! さっさと顔出せよ!」

「あ……、ごめん」



 そうだった。どさくさに紛れて、あのクエストが終わってからここに顔を出してなかった。カイルさんの所にも最近顔出してないや。今度薬草買いに行こう。



「まったく。母さんの所にも顔を出しておきながら、俺の所には全く来ないとか。友達がいのない奴だよな」

「だからごめんって。ちょっとここで待っててもいいか? 高橋たちと待ち合わせしてたんだ」

「うちを待ち合わせ場所にするなよ」

「用事あったし。石鹸の実とキラ蜂の毒針まとめて20欲しいんだよ」

「毎度アリ。そういえば俺、『高橋と愉快な仲間達』にもお礼言ってなかった。なかなか顔出さないし」



 これから来るよ、と言い終わるか終わらないかのうちに、ドアが開いて雄太が顔を出した。



「マックいるか――。っと、店主さん。よっ」



 雄太はクラッシュを見ると、片手を上げて簡単に挨拶した。

 後ろからぞろぞろとメンバーが入って来るんだけど、ユイは相変わらず俺を見ると赤くなって目を逸らした。おいおいそろそろそれやめてくれ。



「高橋。この間は助けてくれてありがとう。お礼をしたいんだけど」

「お礼? お礼ならマックに貰う約束をしてるから大丈夫。それよりも店主さんがセイジと知り合いだったって方が衝撃的だったよ」



 雄太はカウンター下のポーションを物色しながら、ずっと疑問に思ってたんだろうことをクラッシュに投げた。



「ああ。セイジさんは母さんの知り合いなんだ。すごく仲いいんだよ。たまにここに顔を出してくれるんだけど、今は辺境街のほうまで行ってるって言ってた。あそこの団長、母さんが昔組んでたパーティーのリーダーなんだ。勇者って呼ばれてた人なんだけど」

「……」



 あ、今。なんかすごく重要なことをさらっと言われてしまった気がする。

 辺境街の団長が勇者。

 俺の脳裏を、このゲームのオープニングで流れた魔王を倒した時の赤毛の人が咆えるシーンが過る。あの人が、実在してるのか……。



「……勇者か。じゃあ俺は、クワットロの呪術屋さんから、すげえ人宛にお使い頼まれたんだな……」



 雄太の脳裏にもあのシーンが浮かんでいたらしく、雄太はしみじみとそんなことを言った。



「あ、レガロから依頼されたんだ。あの店入り組んでて見つけるの大変だっただろ」

「マックと門番さんに案内してもらったから大丈夫」



 雄太の答えに、クラッシュが半目でこっちをちらっと見た。

 何か言いたそうな顔つきに、俺はサッと目を逸らした。



「マック……ここに来ないでヴィデロとデートばっかりしてたのかよ。こっちは心配でそれどころじゃなかったってのに。ちゃんと古代魔道語の本も用意して待ってたんだぞ」

「あ、はは。ごめん」



 すっかり忘れてたとは言わない。たまに思い出してたから。でも優先順位があってだね。

 言い訳をしようとしたら、クラッシュがちょっと溜め息を吐いて、苦笑した。



「まあ、しょうがないか。マックはヴィデロが中心に回ってるしな。あいつは特別だから仕方ないか」

「ああ、うん。俺の中でヴィデロさんは特別だけど。ほんとごめんって。お詫びにハイポ50入れるから許して」

「あ、いや、そういう意味の特別じゃないんだけど……まあいいか。んーー、マジックハイポーションも50追加したら許す。あとはマメに古代魔道語習いに来るならな」

「入れる入れる。通う通う。よかった」



 ホッとしつつ、カウンターの上にポーションを積み上げていく。



「だからこういう出し方やめろって言ってるだろ!」

「だってクラッシュの反応面白いんだもん」

「もう」



 拗ねた顔をしながら必死でポーションをしまっていくクラッシュに笑いを誘われつつ、古代魔道語かあ、と遠くを見た。

 俺、英語とかもすごく苦手なんだよな。勉強とか。雄太はこう見えて結構頭いいけど、俺は推して知るべし。



「古代魔道語ってなんだ?」



 しっかりと喰いついてくる雄太に、クラッシュが「魔法陣の元になる言語だよ」と説明する。



「覚えたらあの魔法陣を使えるのか?」

「うん。構築が上手ければね」

「構築?」

「下手に色々詰め込んじゃうと、威力が半減魔力だけ莫大にかかるなんていうへなちょこ魔法陣が出来上がっちゃうから、構築を上手く使わないとだめなんだ」



 奥が深いな、魔法陣。でも俺はまず古代魔道語の壁が目の前にそそり立っているけど。



「今度ゆっくり教えて」

「絶対だよ。ちゃんと来いよ」

「わかったから」



 クラッシュのジト目に見送られながら、俺達は店を出た。

 向かうは雄太お奨めの砂漠のダンジョン。

 砂漠にダンジョンなんてあったんだ。なんて気楽に考えてたけど。



「誰の後ろに乗る?」



 4人がずらっと並んで俺を見下ろしている。馬上から。

 お奨めダンジョンに馬で移動になったから。

 乗れないのは、俺だけである。

 ユイの後ろなんて、男の子としてのなけなしのプライドがアレしてアレしそうだし、海里は中身は増田だけど見た目は女の子で複雑だしブレイブは中身が女の子だから余計に複雑だし。

 まあ、歩いて行ったら移動にかなり時間を費やすのはわかるけど。わかるんだけど!



「高橋一択だろ……」

「そうか。じゃあ乗れ」



 乗れと言われても。

 雄太に教えられるまま、恐る恐る馬の背に手を掛けて、鐙に足を掛けて、うりゃ! と気合一発。

 俺は二度目で無事馬上の人となった。一度目はお尻の方に行きすぎて、滑り落ちた。もちろん、笑われた。くそ。一緒に笑ってやる!



 門を通り抜けるとき、ヴィデロさんに万感の思いが込められた「気を付けて」を送ってもらい、一路砂漠へ。









 砂漠に入ってすぐ、砂漠都市とは違う方向に雄太たちは進み始めた。

 そこからしばらく進むと、まばらなとげとげしい草が生え始め、枯れた木がポツポツと目に入るようになる。その間をさらに馬で進むと、遠くの方に薄っすら山が見えた。

 そして、枯れ木が増えてきたその間に岩があり、後ろに回ると、そこにはぽっかりと洞窟の入り口が鎮座していた。



 早速装備を整えて、ダンジョンに足を踏み入れる。

 砂の下に伸びるダンジョンだから砂が入り込んでるかなと思ったら、そうでもなく、普通に岩肌がむき出しのダンジョンだった。

 時折横を流れる流砂は、そのまま俺たちが歩くさらに下の方に流れていく。ここから下層もあるってことかな。

 ちらりと淵から下を覗くと、流れる砂はどこまでも落ちているかのような錯覚にとらわれるほど、深かった。あ、これ、落ちたらダメなやつ。

 身震いしてそこから離れると、雄太が「早速お出ましだぞ、マック」と気楽そうな声を掛けてきた。



 知ってるよー。ダンジョンに入った瞬間からしっかりと『感知』使ってるからな。

 大量に持ってきた麻痺薬を取り出して、腰の剣を確かめる。よし。

 魔物に向かって、俺は麻痺薬を投げつけた。



 動けない魔物を切り刻むのは、とても単純作業に似ている。

 火力の弱い俺は、剣で何度も何度も切り付けないと敵に止めを刺せなかった。一匹倒すのも疲れた。だってここの敵硬い。

 一撃食らわすたびに手に反動が来る。そして減るHPは微々たるもの。



「やっぱり火力が欲しいな……」



 俺の戦闘をただ見ていた雄太が、ぽつりとそう零した。

 確かに欲しいけど。俺、戦闘職じゃないんだってば。剣だって、ただ初期に持っていたのが剣だからその流れで使ってただけだし。

 腰の鞘に剣をしまって、ビリビリする手を振っていると、雄太が「よし」と頷いた。



「マックはあれだ。死に物狂いで魔法陣覚えろ」

「えーー!! なんでそんな結論に行きつくんだよ!」

「セイジの攻撃見たろ。熟練していけばあんな風になるだろ。あれだったら剣いらねえし」



 そうだけど。セイジさんの魔法陣から飛び出す魔法は強かったけど。しかもあれだったらスキルとして属性魔法をいちいち片っ端から取ることないだろうし。魔法を極めようとすると、属性魔法をそろえるだけでスキル欄がすごいことになっちゃうからなあ。そしていちいち全部にレベルがつくから、全部上げるとなると、やたら時間がかかるんだよな。それを、魔法陣はたぶん『古代魔道語』『魔法陣』と、二つくらいで収まっちゃうんじゃないかと踏んではいるんだけど。

 覚えるのは俺なんだからな。

 ぐるるる唸ってると、雄太が「エルフの里行きたいんだろ」とダメ押ししてきた。

 行きたいよ! 錬金術きわめてみたいよ! とりあえずここでパーソナルレベルちょっとは上げて、クラッシュの元に通えばいいんだろ!

 ううう、勉強嫌い……。



 唇をぎゅうううっと噛んでしゃがみ込んでいると、隣にユイとブレイブがしゃがみ込んできた。



「マック君、勉強って思うから嫌なんだって、うちの先生が言ってたよ。知識を貯めてるんだって思いなさいって」

「そうだ。『知識は個人の財産だ。君たちは毎日学校で、知識という財産を教師から受け取っているんだ。大事に貯めなさい』とうちの担任が言ってたよ。勉強じゃない。財産だ。将来どんなことでも役に立つんだ。頑張れ!」



 うわ、その先生どんだけヤバい先生なんだよ。うちの担任にはないカリスマ性を感じるよ。

 でも、勉強じゃなくて知識を貯めるのか。そう考えると、古代魔道語も悪くないかも……。



「マックちょろい」



 ポツリと呟かれた雄太の言葉が、俺のちょっとだけヤル気になっていた心に突き刺さったのだった。撃沈。

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