これは報われない恋だ。

朝陽天満

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64、不毛な恋、でも気持ちは止められないんだ

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「は?」



 二人のぽかんとした間抜けな表情に笑いをこらえながら、俺はもう一度同じ言葉を繰り返した。





「昨日自分の工房で作ったタルト、食べたらHP最大値が5増えた」

「ちょ、待て。おま、なに、それ」

「雄太なんか挙動不審になってるけど」

「いや、いやいやいや、郷野? これはそんなあっさりした事例じゃないよ? それって……まじ?」



 まじまじ、と頷くと、二人ともずいっとこっちに迫ってきた。



「くれ」

「それを俺たちに教えてくれたってことは、郷野は俺たちにそれをごちそうしてくれるってことで間違いないよね?」

「そのつもりだけど、俺今トレの工房。こっちまで来れるのか?」



 ぐいぐい来る二人にそう返すと、二人は即座に「行くに決まってる」と答えた。

 今まだエルフさんたちの所にいるらしい雄太たちは、自力でセッテまで戻ってくるのはかなりつらいらしい。



「ハルポンさんに帰りたいって泣きついてみるか。でも絶対理由を聞かれるけど、答えていいのか?」

「元になる素材がほぼ手に入らない物だから、あんまり広まっちゃうと俺的にアウトなんだけど……でも、あの人なら、大丈夫かな。中の人たちを大事にしない人には絶対に知られたくないけど」

「ああ……」



 二人とも、俺の言葉にそっと目を伏せた。

 俺とセブンのやり取りを目の前で見てたから。

 あの時は雄太に怒ってもらえて嬉しかったよ。なんていうか、そういうのとか、助けに来てくれたのとか、その他諸々のお礼がしたかったんだよ。



「あ、大丈夫。あの羽根は直してもらったから」



 にっこり笑うと、二人ともほっとしたように表情を緩めた。



「あのセブンな、あの後食堂のおばちゃんにしかり付けられててちょっとだけ見ものだったぜ。その後は一人でどっか行ったからあとは知らんけど」

「そっか。でも俺、もうフレンド解消したし」

「健吾がそこまで静かに激怒するなんてな。まあ、ADOをそこら辺のオフラインゲームと同じように考えてるやつだったもんな」

「でも羽根が直ってよかったね。あの羽根すごく綺麗だったから、気になってたんだ。誰かに貰ったんだろ」



 増田が食後のデザート、と言いながら俺にチョコパイを渡してくれる。嬉しい。



「うん。大事な人に。あの羽根、その人と一緒にクワットロの裏路地のその裏の『呪術屋』っていう店で買ったんだ。プレイヤーが入れないところの」



 チョコパイに嚙り付きながら教えると、雄太がまたもがっくりと項垂れた。



「またか……その店、俺も知りてえ……」

「いいのかな。今度連れてきていいか店主さんに聞いてみる」

「つうかそこ、どうやって行ったんだよ。裏路地にいくクエストとかそこらへんに落ちてんのかよ」

「あ、クエストじゃなくて、デート……」

「門番さんかよ! おまえ、街の守護者門番さんを連れて隣町に行ったのかよ!」

「あの時は非番だったから」



 なんか、この話題になる度雄太の目がらんらんと輝いてる気がする。ユイとの交際が発覚するまで、俺達に恋愛系の甘酸っぱい話は皆無って言ってもいいくらいゲーム関連ばっかりだったからなあ。

 雄太も彼女が出来てそういう話に興味が出てきたのか? 

 と考え込んでいると、増田が目を丸くして俺を見ていた。



「郷野、門番さんとデートとかする仲、だったんだ。でも門番さんに女性っていたっけ?」

「いやこいつの彼氏は筋肉ガツンとついてるばっちり雄な門番さんだから」



 増田の疑問に、雄太が変な言い方で俺の恋愛事情を教えている。ばっちり雄って。雄……っていう響きがすでにエロい。だって俺を見下ろしてる時にヴィデロさんって最高に雄って感じなんだもん……。

 すごく、エロくて、かっこよくて、セクシーで……はっ、いけないいけない、ここは学校の屋上だった。

 思い出し勃ちするところだった。

 ふと横を見ると、雄太と増田が目を細めて、遠くを見るような目で俺を見ていた。



「郷野、それ、不毛な恋じゃない? あとから郷野が辛そうだよ」



 ぽつりと、増田が零した言葉が、胸に突き刺さった。

 知ってる。知ってるけど。はいそうですかって俺のヴィデロさん好きは止まらないんだよ。



「おい増田、不毛かどうかはそれこそ健吾が決めることだ」

「そっか、そうだね、ごめん」



 ううん、と首を振りながら、俺は改めて、雄太と友達でよかったと再確認した。ほんといい奴だな、雄太。ぼったくってごめん。もうしないとは言わないけど。





 ログインすると、身体が元に戻っていた。よかった。

 見た目は子供、頭脳は大人になるところだった。

 ホッとしながら、ローブを着こんで外に出る準備をした。

 ログインしたときの俺の格好が、インナー上半身だけ、袖を肘までまくって、あとはデフォのパンツだけだったんだよ。溜め息を吐きながら袖を戻したのはいい思い出だ。

 そういえば、と雄太が言ってた言葉をふと思い出した。

 エルフの隠れ里って、錬金素材が満載なんだよな。『謎の素材』だから錬金とは限らないけど、多分十中八九錬金素材だと踏んでいる。

 クラッシュのお母さんにそれのこと訊いてみようかな。今日、会うんだし。

 エルフの里が錬金の宝庫ってことは、もしかしたらクラッシュのお母さんが隠れ錬金術師だったとか、そういうのないかな。クラッシュの店から窯を買ったんだし。



 色々と考えを巡らせながら、俺はギルドに向かった。

 ギルドに着くと、見るからに初心者を抜け出しましたっていう感じの装備をした人たちが何人もギルドにたまっていた。中には強そうな装備の人とかもいたけど、大抵は数人で集まって色々話している。クエストの相談とかかな。楽しそうだな。

 冒険者的な雰囲気を楽しみながら、受付に「統括と約束していた者ですけど」と声を掛ける。

 すると、受付内部がざわっとなった。

 そして、すぐさま慌てた受付嬢に受付カウンターの奥の階段に案内されてしまった。え、俺、なんかした?



 急かされるように階段を上ると、奥にあるドアに向かうように言われた。

 とりあえず遅刻でもしちゃったのかな、と首を捻りながら指定されたドアをノックすると、中から「はーい開いてるわよ」と返事が来たのでそっと部屋に入った。



 奥の大きな机には、書類の山に埋もれたクラッシュのお母さんがいた。



「忙しそうなのに時間を取っていただいて、すいません」



 そう声を掛けると、クラッシュのお母さんはすくっと立ちあがって「こっちよ」と俺を手招いた。



「大事な来客だから仕事はまたあとでね。あとしばらく人払いしといて。クラッシュの大親友よ」



 隣にいた秘書さんみたいな人にそう言うと、秘書さんは「わかりました」と頭を下げて出ていった。



「この部屋ね、ドアを閉めると防音になるのよ。そういう魔法陣をセイジが書いてくれてね。便利でしょ。ささ、どうぞ、そこに座って」



 クラッシュのお母さんは俺に椅子を勧めると、後ろのドアに向かった。

 そしてすぐに出てきた手元には、お茶のセットが。

 国の英雄手ずから淹れてくれたお茶が目の前に置かれ、俺は恐縮しながらそれを見下ろした。



「遠慮しないで飲んで。味はちょっと保証できないけど」

「……いただきます」



 ドキドキしながら手を伸ばして、一口口に含む。あ、うん。苦い。普通に苦い。飲めるのかな俺。でもせっかく淹れてもらった物を残すのはダメだから、頑張ろう俺。

 必死でニコニコとカップを置き、改めてクラッシュのお母さんを見た。

 クラッシュそっくり。見れば見るほど、そっくりだ。クラッシュのことも最初から美形だと思ってたけど。お母さんがこの顔だったら納得だ。っていうかエルフってこういう美形が主流だって雄太が言ってたよな。

 と思ってると、クラッシュのお母さんもお茶に口を含んで目を丸くしていた。「うそ、苦い!」と驚いてたから、この苦さがエルフの味覚では普通だということはなさそうだ。ほっとした。



「クラッシュのお母さん」



 と声を掛けた瞬間、クラッシュのお母さんは嬉しそうに顔をほころばせた。でもその後、ううんと咳ばらいをして、表情を改めた。



「エミリと呼んでくれるかしら。クラッシュのお母さんと呼ばれるのはとても嬉しいのだけれど、ちょっと長いから言いづらいでしょ」



 あ、とても嬉しいんですねわかります。あの表情がすでに物語っています。

 クラッシュ愛されてるなあ、と微笑ましく思っていると、エミリさんが「本題に入るわね」と仕切り直した。



「まずは、報酬の話とあなたの話とどちらからがいいかしら」

「じゃあ、俺から」



 まずは伝えてしまいたい。と背筋を伸ばすと、エミリさんが頷いた。



「この間のポーションの護送依頼なんですが、ちょっと気になったことがあって」



 瞬間、エミリさんの目がキラリと光る。瞬きひとつで次を促されたような気がして、俺は続けた。



「途中、俺達が通る道に、明らかに俺たちに的を絞っていた賊が待ち構えていました。山賊とか積み荷を狙った奴らじゃなかったです。弓矢でこっちを狙ってきたので、確実にクラッシュ狙いだったと思います」

「そう。他には?」

「下っ端はクラッシュを殺そうとしてて、上の方の奴は捕まえるよう言われてたみたいです。あとは二人で逃げたのでわかりませんが、クラッシュが遠出することは、ギルド外に漏らしましたか?」

「いいえ。ここ以外は緘口令よ。結構緊急だったのよ。セィもセッテもポーション不足になってしまって。だからこそクイックホースを使わせた。でも薬の取り扱いにおいて一番信用できるのがクラッシュだったの。ギルド外に告知するほどの時間も置いてなかったわね。まぁ、セィがポーション不足にならなかったら、そこまでは緊急には扱われなかったでしょうけど」

「え? 何でですか?」



 エミリさんの一言に思わず声を漏らすと、エミリさんがキョトンとした顔をした。



「セィはだって、グランデ王が住んでる城下町じゃない」

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