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56、無事だったんだ!
しおりを挟む教師たちの研修会とか何とかで短縮午前授業となった次の日。
俺はラッキーとばかりに即家に帰って、買ってきた昼飯を掻っ込んで、即ログインした。雄太も即ログインするって言ってた。まだエルフの里にお邪魔してるんだって。『マッドライド』の人たちも。
目を覚ますと、すでに日は高く、目の前では鎧の人が腕を組んで寝ていた。夜護衛だったからなあ。
おじさん二人は情報交換らしきものをしていて、俺が起きたのを見ると「よく寝てたねえ」と笑った。
外はもうすでに一面の砂漠だった。そこまで暑く感じないのは入ってくる風と屋根に陽が遮られてるからなのかな。
とりあえず、もうすぐ砂漠都市に着くんだ。そしたらトレまでもうすぐだ。
はやる心を押さえて、外の景色を楽しむ。
目に入るのは、歩きのプレイヤーたちと、それに群がる狼とか蛇とか蜘蛛とか砂漠にいる魔物たち。日中はこうやって結構プレイヤーたちが歩いてるから、馬車まで魔物が来ないんだ。
プレイヤーたちも結構わかってるのか、馬車に魔物が近寄ろうとするとそれを遮るようにエンカウントしてくれる。
でも中にはこうやってその合間を抜けてこっちまでくる魔物もいるわけで。
鎧の人はまだ寝てるから、俺が何とかしよう。
馬車の入り口に立って、迫ってきた狼の魔物に、いつもの目潰しを投げつける。
馬車は止まらないので、そのままギャンギャン鳴いて苦しんでる魔物を置いて走り去る。その魔物は、通りかかったプレイヤーが一刀両断してくれる。
斃された魔物の経験値とか素材は、いつの間にやら俺のカバンとかに入ってるので、なんか申し訳ない。その魔物に止めを刺して倒してくれたプレイヤーは半分くらいしか経験値入らなくてびっくりするんだろうなあ。
「っていうかお昼ご飯食べないと」
といそいそとカバンを開けてると、目の前の鎧が目を開けていた。
「チビ。なかなかやるな」
ニヤリと笑うその顔は、実は寝たふりをしていて俺の行動を見てたっぽい。
え、手抜き?! と思わず突っ込むと、「がはははは!」と大声で笑われた。
「そろそろ行くか、って時に、チビが立ちあがって何かしようとしてたから、ちょっと見物をな」
「ええー。そのまま座っててもよかったってこと? だって護衛さん寝てるから魔物ヤバいなって思って」
「だから、着くまで寝てていいって前の奴らが言ってただろーが」
「そうだった」
一つ薬を投げつけるだけの作業だったので、運動にもならず。
俺はインベントリからパンを取り出してもそもそ食べ始めた。
クラッシュと一緒に食べたパンは、昨日のお弁当から比べると段違いだったけれど、なかなかに美味い。
「よく食うくせに小さいのな。って間違った。小さいくせによく食うのな」
「意味変わんねえよ! 同じだよ! それにそこまで小さくないっての!」
なんで馬車に乗ると必ずチビって言われるんだ。そこまで小さくないのに。小さくないのに。皆のどぼとけしか俺に見せようとしないのは何でだ。下手すると鎖骨とか見せつけられるし。おかしい。でもヴィデロさんの鎖骨はいつまで見てても飽きないけど。ムラムラするけど。
辛うじて行商のおじさんが、鼻まで見せてくれるくらいだ。雄太だって顎を俺に見せてくるし、なんなんだ。俺は皆につむじを見せつけてるってことか、なんてことだ。
「ほら今あんまり視線変わりないから!」
「そりゃ座ってるからだろ」
楽しそうに笑う鎧の人につられるように、おじさんたちも、はては御者さんたちまで笑う。笑い事じゃないけど?! 切実な問題だよ。やっぱりもっと背を盛り盛りに盛っておけばよかったかな。現実が切なすぎてログアウト出来なくなりそうだけど!
ぷんすか椅子に座ってしばらくはレシピを眺めていたら、遠くに大きな街が見えてきた。
蜃気楼みたいに揺蕩たゆたっている都市は、実際にそこに質量を伴って築かれている物とは思えない神秘さを秘めていた。近付いたら消えてしまいそうな。
でも砂漠だから、見えたからと言って近いわけではなく。
街影が見えてからさらに馬車でしばらく走らないと着かないんだって。前は夜に駆け抜けてきたからこういうのもまた不思議で神秘的だ。
「すげえだろ、砂漠都市。俺の生まれ育った街だ。砂漠の真ん中にあるくせによ、あの賑わいは他じゃ味わえねえ街の特色だ。今日は砂漠都市に泊まってくのか? 一晩くらい楽しんでみろよ。そんな顔してねえで」
よほど拗ねた顔をしてたらしい。口尖ってたのは自覚してるけど。
でも、もし砂漠都市に予定時間より早く着いたんなら、そのまま砂漠都市は素通りでクワットロまでの乗合馬車に乗りたい。
クワットロで羽根を修理に出してからログアウトしたいな。
「今度ゆっくり楽しむ。街がすごいのは俺も知ってるけど、街を楽しんだことはあんまりないんだ。ほんとは楽しみたいけど、もっとしなきゃいけないことがあってさ」
「そっか。無理にとは言わねえよ。頑張れよ。チビ」
「チビじゃねえ!」
あははと笑う護衛さんの胸に思わず手の甲でツッコみをビシッと入れるけど、護衛さんは痛くもかゆくもねえなとさらに笑った。っていうかおじさんたち、便乗して笑わないように。チビじゃないから。
途中魔物に足止めを食わなかったのか、予定よりも大分早く砂漠都市に馬車が着いた。御者さんにクワットロまでの馬車はないか訊くと、反対側の門から出てるよと教えてくれたので、お礼を言って皆に別れを言って反対門まで走った。
それにしても砂漠都市、突っ切るとなると広すぎる。
大通りをダーッと走っていると、冒険者ギルドの看板が目に入った。
そして、建物横から見えるギルド裏側の広場に、人だかりが。なんだなんだと顔を覗かせると、ギルドの職員さんに世話されて、クイックホースがそこにいた。
あの毛並み、色あい、もしかして。
「クイックホース! 無事だったんだ……!」
人波をかき分けて、首から上が丸っと出ているクイックホースに近づいていく。クイックホースもその声に反応するかのようにこっちを見た。
ブルッと鼻息を荒くし、こっちに首を伸ばす。
「危ない……っ、蹴られますよ……!」
という職員さんの声が聞こえたけど、それどころじゃない。
クイックホースの鼻面に思わず手を伸ばし、顔に抱き着く。
穏やかそうな目でこっちを見るクイックホースは、でかい顔を俺にぐりぐりくっつけてきた。可愛い。
早速、クイックホースの矢が刺さったところに視線を巡らす。
首付近に矢が刺さったんだよな。あと、背中とか足にも。
保護されてからちゃんと治療してもらったらしく、傷は見当たらなかった。よかった。
「よかった。治ってる。痛かったよな、俺たちのせいで、ごめんな」
馬の滑らかな毛並みを堪能しつつ、身体を撫でると、クイックホースはぶるる、と鼻を鳴らした。
って、そうだった。クワットロ行きの馬車に乗らないとなんだった。
ハッと顔を上げると、輪になっていた人たちが全員、俺に注目していた。
ギルド職員さんすらも。
「もしかして、統括のご子息に同行してくださった薬師の方ですか……?」
恐る恐るという感じで声を掛けてきたギルド職員さんに顔を向ける。
統括……? ギルドの統括? ええと、クラッシュのお母さんって。
と考えて、ハッと思い出す。
そう言えば、クラッシュはお母さんがギルドを作ったって言ってた。じゃあ、統括なのか。
うわ、そんなに偉い人?! クラッシュが気さくだったからそこまでとは思わなかった。でも作った人だもんな。そうだよな。
ってことは、クラッシュはやっぱり御曹司的なもの、なのか?
「え、は、はい、統括のご子息と一緒にいました」
襲われたこと、なんかとがめられるのかな。セッテの冒険者ギルドではスルー出来たけど。
そういえばこのクイックホースも借りたって言ってたしな。馬車も。馬車乗り捨ててきちゃったけど、それの損害賠償とか。
ドキドキしながら職員さんの次の言葉を待っていると、職員さんは「お願いがあります」と口を開いた。
そして、ピコン、とクエスト欄が光る。
乗合馬車、出ちゃうかもしれないんだけど。でもこれ、俺限定の指名クエストみたいな感じだよな。クラッシュと同行したか訊かれたし。
「俺に、出来ることなら」
牢屋に入れとか、賠償金を払えとかは勘弁してほしいんだけど。
あああクエスト今すぐ確認したい!
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