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55、帰路
しおりを挟む次の日、学校では寝不足の雄太がいた。朝っぱらから机に突っ伏している。この状態で学校にいるのが逆にすごい。
「雄太おはよう。寝不足な顔だな」
「……おー、お? 健吾!」
ぼんやりしながら顔を上げた雄太は、俺の顔を認識した瞬間、覚醒した。
「な、何」
「お前~他にどんな情報を隠し持ってるんだ! 吐け!」
すごい剣幕で詰め寄られ、俺は思わず逃げ腰になった。
情報なんて隠し持ってないから。
どんな情報だよ。そんなすごい情報なら俺の方が聞きたいよ。
「あの後探索行ったのか?」
「だからこんな寝不足なんだよ……。なんだよあの道。先に進んだらもっと先に出てくるような強い魔物しか出てこなくなって、それを蹴散らして進んだら隠れ里みたいな変な村に着いたよ。『マッドライド』と一緒にいなかったら俺ら全員死に戻ってたよ。耳尖った人にここに人が来るなんて珍しいなんて言われてハルポンさんがめっちゃ興奮してさ、明け方までログアウトできなかったんだよ。……まあ、俺も興奮しなかったと言ったら噓になるが」
「へえ、そんなところあるんだ。どうだった?」
「まんまエルフの隠れ里みたいなところだった。皆耳尖ってて、めっちゃ美形ばっかり。あの雑貨屋の店主さんみたいなのがわんさかいて皆キラッキラしてた。乙さんなんか片っ端からナンパしてやがったよ。止めるのが大変だった。人族の恥になってなきゃいいけど」
「乙さん?」
初めて聞いた名前に首を傾げてると、「あの『マッドライド』の背のデカい雰囲気柔い人」と雄太が教えてくれた。ああ、あの人。あの、雄太よりデカい人。羨ましいくらいデカい人な。
「なんか変なところだったよ。そこらへんに生えてるもんをハルポンさんが鑑定しまくってたらしいんだけど、全部『謎の素材』ってしか出ないんだって言って、首を傾げてたぞ。素材はお持ち帰り禁止って言われて泣く泣く返してたけど」
ああ、うん。それ、行きたい。たぶん錬金素材の宝庫だ。すっげえ行ってみたいけど、その前にトレに帰りたい。後々工房に置いてある秘蔵の錬金レシピノートを持って行こう。もっとレベルが上がったら。今は絶対無理。雄太たちが死に戻るところなんて、ひょろっと行ったら瞬殺される。
でもエルフって言ったら、クラッシュとかにも関係あるのかな。ちょっと気になる。
「で、健吾はどうだったんだよ」
「ん、何とかクエストクリアできたよ」
「まじか……健吾って実はすげえよな。ひょいっとギルド外のクエスト取ってきてささっとクリアして変な道は教えてもらえるし。なんか出てんのかな、健吾オーラみたいなの」
「俺オーラってなんだよそれ」
「ん――、NPCホイホイみたいな感じの」
「あほなこと言ってんなっての」
雄太のおでこを手のひらでビタンと叩いて、予鈴チャイムの音を聞きながら前を向いた。
今日こそ帰りの馬車に乗るぞ! と気合を入れて宿屋でログインした。
下に降りていくと、昨日タオルを貸してくれた女性が、にこにこと俺を手招きした。
「農園を復活させてくれたって! 昨日トレアムさんが夜中果物持って来てくれてその話を聞いてねえ。トレアムさんも喜んでたよ!」
「トレアムさん」
知らない名前だな、と思ったら、裏フレンド欄を知らせるビックリマークが隅の方に出てきた。
セッテの農園の主さんがトレアムさんというらしい。裏フレンド欄に名前が載った。おお、今度は名前で呼んでいいってことかな。俺、名乗ってないんだけど。
「今日帰るんだろ? 自分の街に。寂しくなるねえ。これ、持っていきな。馬車の中で食べるといいよ」
そう言って女性が渡してくれたのは、かなり大きな包みの箱だった。
いい匂いがする。もしかして、お弁当……?
絶対一人では食べきれないほど入ってる気がするんだけど。こんなに貰っていいのかな。
「ありがとうございます。でもこんなに貰って」
「いいのよぉ。なんかね、昨日泣き顔を見てから、どうもあんたが独り立ちした息子に重なってねえ。うちの息子、なかなか顔も見れないくらい遠くにいるもんだから。あたしが一人満足してるだけなんだよ。だから遠慮しないで」
にこにこと俺が弁当をしまうのを待っていた女性の後ろからは、宿屋のご主人がちらりとこっちを見ていた。
無表情な顔がちょっと怖いかも、と思った瞬間、ご主人がサムズアップ! かっこいい! おおお! と感動してる間に、ご主人は奥に引っ込んでいった。
後ろを見て、ご主人の背中を見ていた女性が、くすくす笑った。
「あの人ねえ、トレアムさんと幼馴染なのよ。落ち込んでるトレアムさんを見ていたくないって、ずっと気に病んでたの。でも昨日、あんたが寝てからとても嬉しそうにここに来たトレアムさんを見て喜んじゃって。今朝からもう大張り切りでこれを作っていたのよ。だからほんとに、持って行ってもらえると嬉しいわ」
「そういうことだったら、ありがたくいただきます。ご主人のご飯、昨日食べ損ねたからすごく残念だったんですよ。でもその代り、トレアムさんのめちゃくちゃ美味しいご飯を頂きましたけど」
「あの人も料理が上手だからねえ」
じゃあ気を付けるんだよ、と送り出してくれた女性に手を振って、今度こそ俺は乗合馬車の出る所に向かった。ちゃんと場所は聞いてきたから、迷わない、はず。
無事着いた瞬間、もうすぐ砂漠都市までの馬車が出るよ、と声を掛けられて、俺は慌ててその馬車に乗り込んだ。
馬車は、夜道を走らせて、明日の夕方に砂漠都市に着くようになってるらしい。途中野宿をするのかと思ったら、スタミナ重視の馬を使っているので、御者さんが交代で夜通し走らせるらしい。乗ってる人たちは思い思いに寝ればいいって言ってた。
俺は、途中ずっと寝ててたぶん着くころにならないと起きないと思う、と御者さんに伝えた。だって学校あるし。
御者さんはいいよいいよと笑って俺を乗せてくれた。優しい。歩きだと何日もかかる日取りが丸一日。クイックホースだと半日とか。どれだけクイックホース速かったんだ。そういえば見つかったのかな、クイックホース。冒険者ギルドでそれだけでも聞いておけばよかった。
荒れた道を馬車に揺られて、俺は貰った弁当を開いた。
一緒に馬車に乗ってたのは、3人。なんかごつい装備をしてる人がいるけど、マーカーはプレイヤーじゃなかった。あとはおじさんが二人。それぞれ大荷物を持っている。行商人かなんかかな。
そして、その3人は。
ごくりと喉を鳴らして、俺の手を見ていた。正しくは弁当。
この弁当、アイテム名を『セッテ名物山の幸弁当(特盛)』というらしいんだけど、トレアムさんの所でも食べてきたような、果物ソースがふんだんに使われた極上のお重弁当だった。
一段目に山盛りおかずが入っていて、二段目にぎゅうぎゅうにサンドイッチが入っていた。
すごい凶悪な顔で見てる三人に、思わずお重をそっと差し出す。
「こんなに一人で食べれないんで、一緒に食べませんか?」
その顔が怖いから。とは言わない。取って食われそうな表情で見られてたのは忘れようそうしよう。……怖かった。
でもしっかりと全員に行きわたるくらい入ってたんだよお弁当。ありがたい。こういうことを見越してたくさん作ってくれたのかな。ご主人凄い。
取り敢えず身を乗り出して御者さんたちにも渡すと、俺もサンドイッチに手を伸ばした。
俺が手に取ったサンドイッチには、中にアランネの実がそのままスライスされて燻製肉みたいなのと沢山の野菜と一緒に入っていた。サンドイッチ一つで腹いっぱいになりそうな具の挟まり具合に、思わずごくりと喉が鳴る。
いただきます! と気合を入れて、齧り付いた。
食べてる最中は、馬車内は無言だった。
話してる余裕もないくらい、美味しかった。おかずも一種類一つずつ皆に渡る感じだったので、手で取ってもらう。汚れるけど仕方ない。と名残惜しく指を舐めていたら、お礼にと鎧を着てた人が魔法で水袋に水を出してくれたので、皆で手と口を洗った。自由に水が使えるのってちょっと羨ましい。魔法今から取ろうかな。って、そうだ古代魔道語を覚えさせる気満々の人がいたんだった。なんか、覚えられる気がしないけど。
そんなことをしてるうちに夜中になったので、馬車の開いている窓みたいなところと入り口に布が垂れ下がった。中の仄かな光が外に漏れないようにしてるんだって言って、先に休む予定の御者さんが中に入ってきて、代わりに鎧の人が出て行った。用心棒に雇った人なんだってさ。
そろそろログアウト時間だったんだけど、ただ乗ってるのも冒険者としてどうなんだろうと御者さんに声を掛けたら、用心棒を雇う賃金も込みの料金だから安心して寝てていいよっていうので、とりあえず何かあった時用にとハイポーションを二つ手渡して椅子に座り直した。木の椅子だからお尻痛くなりそう。
布をちらっと開けて外の様子を見てから、木枠に凭れる。
がたがたと進む馬車の音を聞き、振動を体に感じながら、目を瞑ってログアウトした。
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