これは報われない恋だ。

朝陽天満

文字の大きさ
上 下
46 / 830

46、一難去ってまた一難

しおりを挟む
 ピンチっていうのは、こういう時のことを言うんだろうか。



 ピンと張り詰めた空気と、物理的に圧力がかかっているかのような重い圧力。

 これ、ダメなやつだ。

 瞬殺されるやつだ。



「クラッシュ……だめだ、下がれ……」



 存在自体に威圧され、圧倒される。

 雄太の言っていた、レベル120超えでもやられた魔物って、絶対こいつだ。

 丸くなり、寝息をたてている、小山のような、魔物。

 クラッシュと二人、音をたてないようにじりじりと後退する。



「マック、絶対手を出しては、ダメだからな……」

「わかってる……俺じゃ瞬殺レベルだから」

「あれ、魔力が半端ない……魔力の圧力で心臓止まりそう……寝てて、よかった……」



 あまりの強さのせいか何なのか、俺の索敵レーダーにこのヤバい魔物の敵影は映らなかった。安心して進んで、何か空気が変わったな、と思ったらこれだ。

 もっと索敵レベル上げないと今後辛いかもしれない。それに、パーソナルレベルも、上げないと。だからって戦闘で強くなるわけじゃないけど。



 山賊にやられるんじゃなくて、魔物にやられるってのはほんと勘弁してほしい。

 もし昨日俺があいつに負けてたら、クラッシュ一人でここに来てたかもしれないってことか。

 さっきの空気が変わったところまで、何とか魔物が起きる前に逃げないと。



 は、と浅い息を吐いた瞬間、魔物の目がカッと開いた。



 ヤバい気付かれた!

 さっきなんか全然目じゃない圧力がズン、と体にかかる。皮膚という皮膚が何かにずっとチクチクされているような、不快感が身体を覆う。

 そっとなんて言ってられない事態に陥り、俺とクラッシュは今度こそダッシュでそこから逃げに入った。



「ヤバいヤバいってこれ! クラッシュ、何とか、逃げ切るぞ!」

「……うん……!」



 樹の間を全速力で駆ける。圧に負けそうになってるのか、自分の足が思うように動いてくれない。もつれそうになるのを何とか堪えて、クラッシュと共にひたすら逃げた。



『グアアアアオオオオオオオ‼』



 威圧来た!



 まるで金縛りにあったみたいに、身体が動かなくなる。完璧威圧が効いちゃったよ! 横を見ると、クラッシュも硬直してるみたいだった。

 倍以上レベル差があるのって、こんなにも怖いんだ。

 心の底から恐怖が沸いてくる。その後、絶望も。

 ダメだ。俺たちは、ここで、こいつに消される……。



「マック……」



 歯を食いしばったクラッシュが、俺を呼んだ。

 その小さな声に、俺はハッとなった。



 ダメじゃん、ここで諦めたらもうクラッシュと馬鹿な話とかも出来なくなる。

 そんなのは絶対に、いやだ!

 そう思った瞬間、金縛り状態が解けた。威圧解除されたらしい。

 横目でちらりとインベントリを見て、手に目潰しを握る。

 こんなレベル差の大きな魔物に効くとは思えないけど。ないよりはまし。



 見られてるだけで額から汗が出てくるって、ほんとどういうことなんだ。トレの森に出たドラゴンがそこらへんにいる小さな子供みたいに思えてくる。



「クラッシュ、絶対前に出るなよ」

「でもそれだとマックが!」

「だから、俺は生き返れるから。絶対に俺を盾にして逃げろよ。絶対だ」



 魔物から目をそらさずにそういうと、クラッシュはハッと短く息を吐いて、「わかった」と返事をくれた。

 まずは初手だけでも防がないと。クラッシュが逃げる隙もない。



 剣を構え、手に持った目潰しをギュッと握る。

 次の瞬間、初動もなく魔物の爪が飛んできた。



「うわ!」



 慌ててバックステップを踏んで、回避する。

 距離があったはずなのに、一瞬で詰められた。でも距離が近くなったってことは、目潰しが当たるかも。

 ヒュン、という空気の音とともに、爪が来るのを死に物狂いで躱して、手に持った目潰しを投げる。

 鼻先に当たった目潰しが魔物の顔の周りでぶわっと広がり、魔物が甲高い咆哮を上げた。



「いまだ、クラッシュ、逃げるぞ!」



 暴れてもがき苦しんでいる魔物に背を向けて、俺たちは走り出した。

 デカい魔物にも有効な目潰し、ほんとすごい。もっと作っておこう。

 しかし。

 やっぱり強い魔物にはあまり効きはよくなかったらしい、そこまで逃げることも出来ずに、追い付かれてしまった。後ろからの爪攻撃に、俺のローブが引き裂かれる。

 それに引っ張られるように足がもつれた俺は、地面にしりもちをついてしまった。



「マック!」

「大丈夫! 俺がここで引き留めるから、クラッシュは」



 逃げろ! という前に、目の前から飛び出してきた人たちがいた。



「マック! 無事か!」



 そう言って一気に俺とクラッシュを背後に陣取って魔物と向き合ったのは、雄太率いる『高橋と愉快な仲間達』。



「え、何で……?」



 地面にしりもちをついたまま、いきなり現れた助っ人を呆然と見上げた。

 クラッシュが俺の手を取り、俺を引き上げてくれるまで、俺は座り込んでいた。



「ギルドで緊急クエスト出てた! お前らを探せってよ! 絶対こうなると思ってギルドで張っててよかったぜ。馬鹿かマック! なんで二人で歩いてんだよ!」

「……面目次第もございません……っていうか、こんなことになるなんてふつう思わないだろ!?」

「俺忠告しただろ! 絶対盗賊が襲ってくるって! 大方そこから逃げてこいつの縄張りに入っちまったんだろ?!」

「見てきたように言うなよ! その通りだよちくしょう!」

「しかもよりによって俺が聞いてた一番ヤバい系の魔物の前に出るなんて、何考えてるんだよ!」

「索敵レーダーに映らなかったんだよ!」

「レベル差考えろ!」

「出遭うときにレベル差なんて見えるわけねえだろ! いるのかどうかもわからないのにそんなこと考えるやついるのかよ! いいから早く魔物何とかしてくれ下さい! クラッシュの命かかってんの!」

「わかってるっての! じゃなかったらこんな怖いところまだ来ねえよ! あとレベル50は足りねえよ! 下がってろ!」

「ありがとう高橋! さすが親友! あとでアイス買ってやるからな!」



 俺たちのやり取りに、クラッシュが驚いたように目を見開いていた。

 まあそうだよな。教室でのやり取りのようになってしまったし。

 本気で後でアイス買って持っていこう。雄太の好きな三色バー。



 そんなやり取りの間にも、『高橋と愉快な仲間たち』の面々は、魔物と対峙している。

 俺も参戦しないと。普段はあれだけど、こういう時の雄太って結構頼りになるから。逃げるっていう選択肢を選ばなくてもよくなったのかも。



 なんて思ってた時期もありました。

 魔物の一撃で雄太のHPが3分の1近く削れることに俺は戦慄した。

 対して、魔物は雄太の綺麗な一撃が決まっても、HP減少は微々たるもの。まだHPゲージは元気なまま。じり貧だ。

 どうしよう、どうする。

 そして満遍なく後衛の俺たちまで攻撃を受けるから、地味に削れていく。怖いのは、クラッシュのHPゲージが相変わらず見えないこと。クラッシュは剣で器用に飛んでくる攻撃をいなしてるんだけど、自分が攻撃するまでは至らない。それは俺も一緒。剣で弾いたはずの爪にHPが削られたりして結構焦る。

 雄太たちが来ても結局、逃げることすら出来ないのか?



 そんなときだった。



 ざっと目の前に、銀髪の美形が飛び出してきた。

 あ、この人見たことある。クラッシュの店の居候のセイジさんだ。



「クラッシュ!」

「セイジさん……!」



 いつもはのほほ~んとした体で店の奥に入っていく人が、鋭い目つきで俺たちの前に割り込んできた違和感に、俺は驚きを隠せなかった。



しおりを挟む
感想 508

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます

ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜 名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。 愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に… 「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」 美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。 🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶 応援していただいたみなさまのおかげです。 本当にありがとうございました!

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

処理中です...