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32、本のお代
しおりを挟む「え、嘘、これ、錬金術の、レシピ集だ……!」
しかも、何が出来るのかさっぱりわからない物でも、手に入れた素材は書き込まれているから、それを合わせてみたらレシピを知らなくても作れるかもしれないという仕様。
なんて優しい錬金術レシピ集……!
すごい物を手に入れてしまった……!
と喜びそうになって、ハッと気づく。
まだ、お代を決めてなかった。
それを決めるために本の中身を見せてもらっていたんだった。
じゃあ、錬金には錬金のお礼を、かな。
と俺は、『薬草の色とりどり薬膳スープ』を取り出した。色はまだら。見た目はすごい。でも、効果もすごいっていう代物だ。これを飲んだらステータス異常がほぼ治るっていう、キュアポーションと同じ効果のあるものなんだけど、プラスしてスタミナまで回復するんだよ。スタミナの減りもゆっくりになるし。でも見た目がアレだから、誰にも出したことはない。偶然の産物。もっといい感じで仕上がればいいんだけど。
「これを一応のお代代わりとして納めてもいいですか?」
俺が差し出した『薬草の色とりどり薬膳スープ』を手に取ったイケメン執事さんは、目を瞠って「これはこれは……」とあらゆる方向から見始めた。さすがにこんな店をしているだけあって、鑑定とか持ってるんだろうな。
イケメン執事さんは、にっこりと笑って、頷いた。
「これは、まだ完成段階ではありませんね?」
「はい。試行錯誤中の物です」
完成したものはほぼ農園関係だから、ここに渡すことはできても、「陳列する」って言ってたからアウトなんだよな。でも錬金には錬金で返したいなっていうただの俺のアレなんだけど。
「ではいったんこれを受け取りましょう。完成した暁には、またいらしてくださることを願っております」
「ええと、仮払いってことにしといてください。完成したら、改めてこの本のお代を払いに来ます」
「いつでも、お待ちしております。その時はまた、お客様のお目に留まる物をご用意しておきますので、お気軽にいらしてくださいね」
「はい」
レシピ集をパタンと閉じて、腰のカバンにそっと入れる。インベントリに並ぶだけとは言っても、乱暴に入れたら壊れそうだし。
頑張ってあのスープ、完成させよう。そしてここに持ってこよう。
あ、でも一人でここまで入ってこれるのかな。一応通って来た道だけは斜め斜線じゃなくなってるけど。
「ヴィデロさん、ここって、俺一人でも来れるのかな」
「ん? ここは細い道が入り組んでるからな。迷いそうか?」
「えっと」
そういうわけではないんだけど、と言葉を濁すと、ヴィデロさんは俺を安心させるようにそっと俺の手を握りしめた。
「また一緒に来ればいいんだ。マックが今のレシピを完成させたら、またここまで馬車でデートしよう」
「!! うん!」
にこやかにそう言ってくれるヴィデロさんほんと男前すぎて困る。じゃあ、この店に来るときは、ヴィデロさんをデートに誘ってくればいいんだ!
と一人頷いて、にへっと笑うと、ヴィデロさんはその俺の間抜けな顔を見てさらに笑みを深くした。
「では、またお二人で来店してくださるのを、心からお待ちしております」
綺麗にお辞儀をするイケメン執事さんにいい返事をすると、俺とヴィデロさんは店を後にした。
胸元には羽根が揺れている。
なんか、この羽根を付けてもらってから、ステータスに(+2)っていうプラス補正値がついてるんだけど。でもって、アクセサリ装備欄が『アミュレット:ブルーテイルの羽根[2%]』ってなってる。
この2%って何だろう。
ブルーテイルって、幸運の青い鳥のことなのかな。
綺麗だよな。別にアクセサリとかに興味なかったけど、これは見ているだけでも嬉しくなる。
ヴィデロさんってホント趣味がいいよな。今着てる鎧とは違う普段着も、男前振りが上がってるし。俺が真似しても「制服着崩しちゃしけません!」って言われる種類の着こなし方してるんだよな。ちらりと見える胸元の筋肉が眩しい。
ヴィデロさんと並んで歩きながら、クワットロの街並みを見て歩く。トレの街はちょっと違った感じで楽しい。鎧着て剣を手に持ったまま歩いてるのは大抵プレイヤーで、のんびり歩いてるのは大抵NPC。プレイヤーって面白いくらいサカサカ歩くんだなあ。スピードのステータスが高い人の歩き方とか、見てて違和感があってかなりおかしい。
と半分は人間観察しながら歩いてたんだけど。
「マック、ずっと羽根を弄ってるけど、気になるのか?」
「へ?」
ヴィデロさんにそう声を掛けられて、俺は無意識に羽根を指で撫でていたことにようやく気付いた。
「もっと気にならない場所に付けるか?」
「ううん! 違う違う!」
少しだけ眉尻を下げたヴィデロさんに、慌ててそうじゃないんだと否定した。
「なんか、ヴィデロさんに貰ったんだって思ったら、嬉しくて、なんか無意識に触ってただけ」
「マック……」
「あの、改めて、ありがとう。すごく、なんていうか、嬉しい……」
改めてお礼を言ったけど、ちょっとこの嬉しさは言葉に表しがたいものがある。どういってもしっくりこないくらい、すごく嬉しいから。
と思っていたら、ヴィデロさんが、ちょっとおいで、と手を握った。
ヴィデロさんに手を引かれて、またしても斜線が入ってる建物と建物の間の細い路地に入っていく。少しだけ奥まで行くと、ヴィデロさんは足を止めて、俺を抱き締めてきた。
「ごめん、あまりにもマックが可愛すぎて、耐えられなくなった」
うわわわ、抱きしめながらそんなこと言うなよおおお。俺が耐えられなくなるじゃん。
囁き声が耳に直接聞こえてきて、顔がカッと熱くなる。
俺も、とヴィデロさんの背中に腕を回した瞬間、頭にチュッとキスが降ってきた。
ヴィデロさんの顔を見上げると、今度は唇に。
ここ、外なんだけど。
いつもよりバクバクが激しい。
野外だからかヴィデロさんがかっこいいからか俺が舞い上がってるからか。たぶん全部。
「……ん……っ」
舌を挿し込まれて、それに応えるように絡める。気持ちいい。
耐えられないって路地裏に連れてくるヴィデロさん大好き。それだけ俺を好きでいてくれるってことだろ。
好き。ほんと好き。
ぎゅうっと抱き着く腕に力を込めると、さらに深くキスを求められた。
しばらくの間ヴィデロさんとのキスを堪能した俺は、息を切らしながら、でも名残惜しい気持ちで離れていくヴィデロさんの唇を目で追った。
「そんな顔してると、また昨日の夜みたいに愛したくなるから」
愛して欲しい、けど、ここは外で、俺たちのホームグラウンドの街とはまた別の街で。俺は明日学校で、ヴィデロさんはお仕事。
そう思うと余計に名残惜しい。
かなり本気でそう思っていたら、ヴィデロさんが俺の顔を両手のひらで、挟んで潰した。むにゅっと。
「愛して欲しいって顔に書いてあるけど。我慢我慢」
「う~、わかった」
挟まれたまま返事したから、俺の顔、ものすごい変顔になってるって。ヴィデロさんの目元がすごく緩んで、今にも笑い出しそうな顔してるし。
ヴィデロさんはこらえきれずにくくくって笑い声を漏らしながら、俺の潰れておちょぼ口になった唇にチョンと唇で触れると、ようやく手を離した。
そのころには、色っぽい雰囲気は、何とか霧散していた。
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