これは報われない恋だ。

朝陽天満

文字の大きさ
上 下
32 / 830

32、本のお代

しおりを挟む

「え、嘘、これ、錬金術の、レシピ集だ……!」



 しかも、何が出来るのかさっぱりわからない物でも、手に入れた素材は書き込まれているから、それを合わせてみたらレシピを知らなくても作れるかもしれないという仕様。

 なんて優しい錬金術レシピ集……!

 すごい物を手に入れてしまった……!



 と喜びそうになって、ハッと気づく。

 まだ、お代を決めてなかった。

 それを決めるために本の中身を見せてもらっていたんだった。



 じゃあ、錬金には錬金のお礼を、かな。

 と俺は、『薬草の色とりどり薬膳スープ』を取り出した。色はまだら。見た目はすごい。でも、効果もすごいっていう代物だ。これを飲んだらステータス異常がほぼ治るっていう、キュアポーションと同じ効果のあるものなんだけど、プラスしてスタミナまで回復するんだよ。スタミナの減りもゆっくりになるし。でも見た目がアレだから、誰にも出したことはない。偶然の産物。もっといい感じで仕上がればいいんだけど。



「これを一応のお代代わりとして納めてもいいですか?」



 俺が差し出した『薬草の色とりどり薬膳スープ』を手に取ったイケメン執事さんは、目を瞠って「これはこれは……」とあらゆる方向から見始めた。さすがにこんな店をしているだけあって、鑑定とか持ってるんだろうな。

 イケメン執事さんは、にっこりと笑って、頷いた。



「これは、まだ完成段階ではありませんね?」

「はい。試行錯誤中の物です」



 完成したものはほぼ農園関係だから、ここに渡すことはできても、「陳列する」って言ってたからアウトなんだよな。でも錬金には錬金で返したいなっていうただの俺のアレなんだけど。



「ではいったんこれを受け取りましょう。完成した暁には、またいらしてくださることを願っております」

「ええと、仮払いってことにしといてください。完成したら、改めてこの本のお代を払いに来ます」

「いつでも、お待ちしております。その時はまた、お客様のお目に留まる物をご用意しておきますので、お気軽にいらしてくださいね」

「はい」



 レシピ集をパタンと閉じて、腰のカバンにそっと入れる。インベントリに並ぶだけとは言っても、乱暴に入れたら壊れそうだし。

 頑張ってあのスープ、完成させよう。そしてここに持ってこよう。

 あ、でも一人でここまで入ってこれるのかな。一応通って来た道だけは斜め斜線じゃなくなってるけど。



「ヴィデロさん、ここって、俺一人でも来れるのかな」

「ん? ここは細い道が入り組んでるからな。迷いそうか?」

「えっと」



 そういうわけではないんだけど、と言葉を濁すと、ヴィデロさんは俺を安心させるようにそっと俺の手を握りしめた。



「また一緒に来ればいいんだ。マックが今のレシピを完成させたら、またここまで馬車でデートしよう」

「!! うん!」



 にこやかにそう言ってくれるヴィデロさんほんと男前すぎて困る。じゃあ、この店に来るときは、ヴィデロさんをデートに誘ってくればいいんだ!

 と一人頷いて、にへっと笑うと、ヴィデロさんはその俺の間抜けな顔を見てさらに笑みを深くした。



「では、またお二人で来店してくださるのを、心からお待ちしております」



 綺麗にお辞儀をするイケメン執事さんにいい返事をすると、俺とヴィデロさんは店を後にした。

 胸元には羽根が揺れている。

 なんか、この羽根を付けてもらってから、ステータスに(+2)っていうプラス補正値がついてるんだけど。でもって、アクセサリ装備欄が『アミュレット:ブルーテイルの羽根[2%]』ってなってる。

 この2%って何だろう。

 ブルーテイルって、幸運の青い鳥のことなのかな。

 綺麗だよな。別にアクセサリとかに興味なかったけど、これは見ているだけでも嬉しくなる。

 ヴィデロさんってホント趣味がいいよな。今着てる鎧とは違う普段着も、男前振りが上がってるし。俺が真似しても「制服着崩しちゃしけません!」って言われる種類の着こなし方してるんだよな。ちらりと見える胸元の筋肉が眩しい。



 ヴィデロさんと並んで歩きながら、クワットロの街並みを見て歩く。トレの街はちょっと違った感じで楽しい。鎧着て剣を手に持ったまま歩いてるのは大抵プレイヤーで、のんびり歩いてるのは大抵NPC。プレイヤーって面白いくらいサカサカ歩くんだなあ。スピードのステータスが高い人の歩き方とか、見てて違和感があってかなりおかしい。

 と半分は人間観察しながら歩いてたんだけど。



「マック、ずっと羽根を弄ってるけど、気になるのか?」

「へ?」



 ヴィデロさんにそう声を掛けられて、俺は無意識に羽根を指で撫でていたことにようやく気付いた。



「もっと気にならない場所に付けるか?」

「ううん! 違う違う!」



 少しだけ眉尻を下げたヴィデロさんに、慌ててそうじゃないんだと否定した。



「なんか、ヴィデロさんに貰ったんだって思ったら、嬉しくて、なんか無意識に触ってただけ」

「マック……」

「あの、改めて、ありがとう。すごく、なんていうか、嬉しい……」



 改めてお礼を言ったけど、ちょっとこの嬉しさは言葉に表しがたいものがある。どういってもしっくりこないくらい、すごく嬉しいから。

 と思っていたら、ヴィデロさんが、ちょっとおいで、と手を握った。

 ヴィデロさんに手を引かれて、またしても斜線が入ってる建物と建物の間の細い路地に入っていく。少しだけ奥まで行くと、ヴィデロさんは足を止めて、俺を抱き締めてきた。



「ごめん、あまりにもマックが可愛すぎて、耐えられなくなった」



 うわわわ、抱きしめながらそんなこと言うなよおおお。俺が耐えられなくなるじゃん。

 囁き声が耳に直接聞こえてきて、顔がカッと熱くなる。

 俺も、とヴィデロさんの背中に腕を回した瞬間、頭にチュッとキスが降ってきた。

 ヴィデロさんの顔を見上げると、今度は唇に。

 ここ、外なんだけど。

 いつもよりバクバクが激しい。

 野外だからかヴィデロさんがかっこいいからか俺が舞い上がってるからか。たぶん全部。



「……ん……っ」



 舌を挿し込まれて、それに応えるように絡める。気持ちいい。

 耐えられないって路地裏に連れてくるヴィデロさん大好き。それだけ俺を好きでいてくれるってことだろ。

 好き。ほんと好き。

 ぎゅうっと抱き着く腕に力を込めると、さらに深くキスを求められた。



 しばらくの間ヴィデロさんとのキスを堪能した俺は、息を切らしながら、でも名残惜しい気持ちで離れていくヴィデロさんの唇を目で追った。



「そんな顔してると、また昨日の夜みたいに愛したくなるから」



 愛して欲しい、けど、ここは外で、俺たちのホームグラウンドの街とはまた別の街で。俺は明日学校で、ヴィデロさんはお仕事。

 そう思うと余計に名残惜しい。

 かなり本気でそう思っていたら、ヴィデロさんが俺の顔を両手のひらで、挟んで潰した。むにゅっと。



「愛して欲しいって顔に書いてあるけど。我慢我慢」

「う~、わかった」



 挟まれたまま返事したから、俺の顔、ものすごい変顔になってるって。ヴィデロさんの目元がすごく緩んで、今にも笑い出しそうな顔してるし。

 ヴィデロさんはこらえきれずにくくくって笑い声を漏らしながら、俺の潰れておちょぼ口になった唇にチョンと唇で触れると、ようやく手を離した。

 そのころには、色っぽい雰囲気は、何とか霧散していた。





しおりを挟む
感想 503

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

処理中です...