これは報われない恋だ。

朝陽天満

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25、職業ランクアップ

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 俺は今、カイルさんのお父さんの書斎に来ている。

 ななめ読みした本を、じっくりと読み返しているのだ。

 改めて読んでみると、なかなか興味深いことがたくさん書いてあった。

 そしてわかったことは、農薬系レシピは、基本生体に効くこと。ってことは人体にも効くんだよ。結構ヤバいの多いんだよな。これは世に出回っちゃあかんやつ。

 草を枯らす除草剤にしても、『生物枯死薬』と言って、人体を干からびさせる薬になるし、現実の世界にもある切り花用の延命剤みたいなのはまんま『延命剤 切』って名前で、切り傷の瀕死だったら、出血によるHP減少効果を止めることが出来るらしい。まあ、その後処置をしないと延々切れてて痛いままで最悪らしいけど。カイルさんのお爺さんの手書きのノートに、そういうのがたくさん書いてあってヤバかった。

 ちなみに、育っていた俺の身体は、丁度ゲーム内で36時間が過ぎたところで元に戻った。これが『小』『大』で持続日数は変わるらしい。それを知った時、ヴィデロさんの休みの日はいつかな、なんて逆算してしまったりしたのは内緒だ。ヴィデロさんは今日も元気に門の前に立って、この街に来る人来る人に挨拶している。

 ここにこもって4日目。今度は時間に追われていないから、ゆっくりと書物読みふけってる。昨日はヴィデロさんは非番の日だったんだけど、他の門番さんに、「ヴィデロは上に呼び出されて今日はいないぜ」って教えてもらって、その足でしょんぼりしながらカイルさんの農園に向かったんだ。カイルさん、そんな俺の様子を見て、あろうことか大爆笑してくださいやがった。



「しかし惚れ込んだもんだなあマックは。まあ、頑張れよ。見てるだけしか出来ねえけどな。わははははは!」



 いやいや、見てるだけじゃなくてそれを楽しんでるだろ。その最後の豪快な笑い、ちょっとへこむ。

 と下唇を尖らすと、その顔までカイルさんに笑われた。くそう。



 そんなこんなで、一人書斎でおこもりです。本楽しい。知識嬉しい。楽しいなあ! 一人だって全然楽しいなあ!



 ちょっとだけ拗ねてそんなことを叫びながら、まだ読んでない本に手を伸ばす。外から大笑いが聞こえたから、今の呟きは外に丸聞こえだったらしい。窓から畑まで直通だしな! 滅多なこと言うもんじゃないよな。黙って作業しよう。

 スキル欄とかレシピ欄をチラ見しつつの読書でわかったことは、本を読んで、レシピが載っていたらレシピ欄に灰色の文字が上がる、レシピ内容がわかったら、それが作れるようになったよって感じで文字が白くなる、ってことだった。

 さらに、レシピもわんさかわかったんだけど、見ていたら、職業欄のところに、『草花そうか薬師』というものが増えていた。説明を見ると、『一定以上の草花に関するレシピを覚え、それを使って農園関連のクエストをこなするとなることが出来る、薬師の上級職』だそうだ。害虫騒ぎのクエストと、その後のおこもりレシピ漁りでなれたらしい。

 俺は早速本業を『草花薬師』に変えて、『錬金術師』を副業に変えた。



 カイルさんが言うことには、『草花薬師』は、農園関係者として扱ってもらえるから、農薬関係の物を売っても罪にはならなくなるらしい。ほっとしたよ。でも条件があって、クラッシュみたいにNPCの店ならいいんだけど、やっぱりその他の人とか、プレイヤーに使ったり売ったりすると罰せられるのは変わらないらしい。捕まりたくないから黙ってよう。だって、捕まったらもうこの街に入れないし。他ならぬヴィデロさんに捕まったら泣くし俺。

 そしてきっとヴィデロさんも、職務に忠実だから、俺をあっさり捕まえるだろうな。でもそんなヴィデロさんが好きなわけだし。黙ってる。もうここで覚えたレシピはカイルさん以外に見せない。絶対。



 そんなこんなで、速読スキルもあって、5日目にはざっと書物は読み終わっていた。レシピ大量だけど、作れない物の方が断然多かった。すごく素材集めが難しいのが多いんだよ。しかも半分は薬師の方の調薬だけど、半分は錬金。錬金用素材は俺しか取れないし、かといって、雄太が一人で向かってっても勝てなそうな魔物を俺一人でなんて、絶対無理。必要になったら雄太たちにでも頼んで連れてってもらうことにしよう。ヴィデロさんとは絶対にムズカシイ素材集めにはいかない。怖い。

 それにヴィデロさんが休みの日には、もっとやりたいことがあるし。だってそういうお年頃だもん。

 すごくイチャイチャしたい。

 ヴィデロさんが暇になる日が待ちきれなくて、ヴィデロさんの仕事中に門を通るときぽつりと呟いたら、ヴィデロさんに耳元で「俺も」と囁かれた。思わず赤面した。さすが恋愛上級者。好き。

 その後の森での素材探しは、なぜか運が味方したのか、レアものの素材を二つも手に入れられた。きっとヴィデロさんの加護だ。







 俺は今日も素材を求めて外に出ていた。

 今回は魔物の素材が必要だったんだ。農園関係のまだ作ったことないレシピ埋めをしているんだ。

 欲しかったのは、ヤマアラシの髭。ヤマアラシなんているんだこの森に。とあのとげとげの可愛いヤマアラシを想像していた俺だったけど。

 とげとげで愛らしいつぶらな瞳はそのままに。

 デカかった。

 俺が立ったまま見上げるくらい。目はくりくりなのに、その目一つが俺の頭くらいあるヤマアラシ可愛いけど可愛くねえ。

 これの髭って……俺これ倒せるのかな。アイテムと剣しかないのに。



 キュウキュウと威嚇する声も愛らしい! でも、その牙を剥いた口は全然愛らしくねえ!

 かなりのスピードで噛みつきにかかってくるヤマアラシの攻撃を必死でかわしつつ、俺はカバンから目つぶしの薬を取り出した。

 噛み付こうと突っ込んできた時を狙って、それを投げる!



 ボフッ!



 いきなりヤマアラシはチクチクの丸になって、薬そのものを防いだ。

 えええ?! これ、アイテム無効の敵?!

 俺詰んだ……。

 でもここで殺されるわけにもいかず、剣を抜いた。でも俺の腕力であのチクチクを断ち切れる気がしねえ……よ!

 と苦し紛れに切り込んだら、その毛は俺のへっぴり腰の剣でも切れることが判明した。



「うおっしゃ!」



 気合いを入れなおし、剣を両手で持ち直し、ヤマアラシに対峙する。

 キュウウウウ! と可愛い声で威嚇するヤマアラシに、俺は剣を振り仰ぎ向かって行った。



 ざしゅっと切れるトゲ。一部分禿げたけれど、そこから見える皮膚には全く傷がなかった。

 うん、HP全然減ってない。俺の剣の長さじゃ皮膚まで届かず毛だけが剃れていくって感じなのかな。

 遠い目をしながら、攻撃する。でも、ヤマアラシは上手いこと身をかわして、とげとげでガードする。そのガード、だんだん剥げてますよ。俺羊飼いの気分になってきた。



 大分背中が露出してきたな、と肩で息をする。そろそろスタミナ切れだよ。長引かせたら俺の体力が持たないよ。ここまで剃ったのにまだHPは全然減ってないこの巨大ヤマアラシ。

 まあそうだよな。毛しか剃ってないし。でも、そろそろ毛ガードできなくなってるよな、と、俺は再度目つぶしの薬を投げた。



「ギュウウウウウゥゥゥゥ! ギュウゥゥゥゥゥ!」

「よかった、効いた!」



 身体を丸めて短い脚で顔を抑えたヤマアラシがすごい声で鳴いてるのを聞いて、俺はほっと息を吐いた。

 そして剣を構える。

 両手で剣を握り、勢いをつけて横に薙いだ瞬間、ヤマアラシの口から絶叫に近い鳴き声が飛び出した。

 次の瞬間、残っていた毛が全部鋭くとがって、四方八方に飛んだ。

 もちろん、俺の方にも。



「うぐぅ!」



 足をかすり、腕を貫通し、わき腹に太い針となった毛が刺さる。



「くそ!」



 片手で剣を振るうと、ぎゅうぎゅう鳴いて転がっているヤマアラシは、反撃もせずに目を押さえてされるがままだった。

 防御がすっかりなくなったヤマアラシは、俺の片手の攻撃でもガンガンHPが減っていって、何とか死に戻りすることなく、無事目的のヤマアラシを倒すことが出来た。



 そして、針が刺さったままインベントリを覗くと……ない。『ヤマアラシの針』しかない。しかも微弱な毒つき。うわあ、俺も今たぶん微毒だ。

 毒微弱だと、歩くとHPが減るとかいうのはないんだけど、歩いたり時間経過したり休んだりして回復していくHPの回復がなくなるのが結構痛い。

 足にハイポーションをかけて、腕の針を抜こうとしたら、先がすでに裏に突き出ているせいか、片手じゃびくともしなかった。その刺さった方の腕は力が入らなくて、わき腹の針も抜けない。

 まだ刺さったままだから出血はしてないのが救いだけど。見てるだけで痛いし、動くと痛い。

 欲しい素材は手に入らなかったしいらん怪我はするし、散々だ。

 一応ポーションを飲んでHP回復を図る。でも針が刺さったまま傷にポーションを掛けたりすると、針ごと傷が癒着しちゃうから余計にあとで手間がかかるんだよな。一回雄太がそれをやって、自分で傷口を抉ったって言ってたから。想像しただけで痛そう。



「とりあえず帰るか……」



 いまだ森の中。こんなところでじっとしていても、さらにポップしてくる魔物に襲われて終わりだ。

 街に帰ってから、誰かに抜いてもらおう。片手の感覚ないし。

 と、ゆっくり歩き始めると、かさ、と近くから草を踏みしめる音が聞こえた。



 ハッとしてそっちを向く。

 索敵の赤マークは付いてないから敵とか魔物じゃないとは思うんだけど。

 と動きを止めて警戒していると。



「うわあ、痛そう。大丈夫か? 抜いてやろうか? 回復出来る?」



 と、草をかき分けて、俺と同じようにローブを着たプレイヤーがひょこっと顔を出した。





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