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18、現実には
しおりを挟む「お前ら朝っぱらからうちで盛ってるんじゃねよ」
部屋から出て、カイルさんと顔を合わせた瞬間の言葉に、俺の顔が茹で上がった。
「恋人同士が盛って何が悪い」
そして堂々と言い放つヴィデロさんに、俺は両手で顔を覆った。
なんか、恥ずかしいからほんといたたまれない。
当事者だから止めてとも言えない。
そんな俺を見て、カイルさんは大爆笑。
「わかってるよ。マックの寝起きが可愛いからどうしてもって盛ったヴィデロに無理やりお願いされたんだろ」
生暖かい目で見ながら俺の肩をポンポン叩いてくれるカイルさん。
いえあの違うんです。
盛ったのは俺の方です……。
だからこそ余計に、いたたまれない。
そうだよな。昨日はカイルさんのところでブラックアウトしたんだから、ここに泊めてもらってて当たり前なんだよな。
他人の家で盛るって、いくら思春期とは言えどうなんだよ俺。
「ほんと、申し訳ない……」
尻すぼみでカイルさんに謝ると、カイルさんはちょっと目を見張った後、何かを察したようにさらに生温かい目で見られてしまった。
「若いっていいなあ」なんて渋いおじさんに言われてしまうと、ほんと辛い。事実だけに、辛い。
「マックは今日はどうするんだ。どうせなら、生き残った元気なやつら、引き取ってくか?」
話題転換のように、カイルさんが口を開く。
これ以上は不問にしてくれるってことかな、と「貰う!」と話に乗る。
早速外に出て、畑を見せてもらった。
「あ、上薬草欲しい。あと、唐草も。そっちの縮れ草も」
「好きなだけ持ってけ。元気なうちに使ってくれると草も喜ぶ」
「うん、ちょっとポーション作りしたいんだ。そろそろクラッシュに卸したいし」
「ああ、そういや最近結構ごっそり買ってった奴がいるとか言ってたなあクラッシュ」
「え、そうなんだ」
草を採取しつつ、そんな話題を手に入れる。
これは本腰入れて薬つくりしといた方がよさそうだな。薬師にジョブチェンジしないと。
「ヴィデロはどうするんだ?」
「今日も非番だからマックと一緒にいたいところだけど、調薬をするなら邪魔になりそうだな」
腕を組んで考え込んでしまうヴィデロさんに、ちょっとだけ心があったかくなる。
こういう気遣い、ほんと好きだなって思う。
「ポーション作りなら全然邪魔にならないから」
丈の長い草の間から顔を出してそう訴えるけど、ヴィデロさんはそれでもうんとは言わなかった。
「ああいうものは繊細だと聞く。気を散らすと失敗するんじゃないのか? やっぱり遠慮しておくよ。また、次の非番にマックに用事がなければ、一緒に過ごしてほしい」
「うん!」
笑顔でそう言われてしまい、半分残念に思いながらうんと頷く。次の非番はいつだっけ、3日後か。決まった曜日に休みだからわかりやすくて予定を立てやすいな。絶対用事を入れないようにしよう。
そんなことを思いながら、色んな素材をカバンに突っ込んで、カイルさんに代金を払う。あれ、今までより一割くらい安くなってるけど。
料金に疑問を持った俺に気付いたのか、カイルさんは軽くウインクして、「身内価格な。特別だぞ」と付け加えた。
カイルさんに身内扱いしてもらっちゃった。なんか嬉しい。
とほくほくしていたのもつかの間、ヴィデロさんはちょっとだけ不機嫌に俺を工房まで送ってくれた。
「本当に寄っていかないのか? お茶くらい出すし、ええと」
離れがたいんだけど、とはちょっと言えない。だってヴィデロさんは俺のことを思って宿舎に帰るって言ってるんだから。
「今日は無断外泊してしまったから、素直に帰るよ。それにマックと今二人きりになったら、朝の続きをしちゃってマックが仕事にならなそうだしな」
「ヴィデロさん、俺、基本的に自由に活動してるから」
「でも、俺との時間を優先してしまうと、マックがしたいことも滞ったりするし、頼まれごととかもあるだろ? だから、これからもちゃんと自分の生活を優先して欲しい。そうでないとタガが外れてしまいそうだ」
ヴィデロさんが遠慮することはないんだよ、と伝えようと思ったら、ヴィデロさんにくぎを刺されてしまった。
確かに、今回みたいな緊急クエストとかもあるけど。そして、そういう場合、俺はクエストを優先しちゃうだろうけど。
先にそれを指摘してくれるヴィデロさんはなんだか大人だな、と思う。
でも、ヴィデロさんは門番の仕事を放って俺を助けに来てくれたんだよな。
「……わかった。じゃあヴィデロさんも同じことを約束してくれないか? たとえ俺が危険でも、ヴィデロさんの本来の仕事は、街への危険人物の出入りチェックとか門の警備だろ? 俺が街道とかでなんかあっても、この間みたいに身を賭してまで助けないで。門の中からちゃんと街を守って欲しいんだ。俺は、大丈夫だから」
もう目の前で瀕死になんてなってほしくないし。
そんな思いで頼むと、ヴィデロさんは俺の瞳をじっと覗き込んで、少ししてから、「わかった」と頷いた。
その間まがちょっと信用ならないけど。
俺は死に戻り出来るんだから。それを覚えていて欲しいんだ。
ヴィデロさんが見えなくなるまで名残惜しく手を振っていた俺は、ヴィデロさんが視界から消えると、もう一度だけ後ろを振り向いてから、工房内に入った。
一緒にいたかったな、という想いがないわけではないけど。
今朝のことを思い出すと、なんか、いてもたってもいられなくなるっていうかなんていうか。
下腹部がムズムズする気がして、顔を見るのも照れるっていうか。
素材をテーブルに並べ、調薬を、と始めるも、簡単なノーマルのハイポーションですら失敗する始末。ゴリゴリして濾して濾し終わった薬草の残りかすを外そうとして失敗してせっかく濾した液体の中にぶちまけるという体たらく。
「あーもう、こんなんじゃだめだ」
俺は一度道具を置いて、ベッドに転がった。
気分転換にログアウトしようと思い立って。
ふわっという意識の上昇とともに現実に戻ってくる。
ふと手を見下ろすと、アバターであるマックとはまた違った手が、俺の目に入った。
服を持ち上げて、腹を見る。
オプション傷なんてどこにもない。
うん、ここは現実。ヴィデロさんなんて人物は存在していない。
それでもあの時感じた弾けるような目の前が真っ白になるような快感は本物で。でもゲーム内だから、ほんとは偽物なのかな。
でも、手以外ではしたことないけど、手なんか目じゃないあの快感の感覚は、俺の中ではまぎれもない本物だった。
手で前髪を掻き上げ、前髪の長さの違いに溜め息を吐く。
ヴィデロさんとセックスしたいって思った気持ちはたぶん本物。だと思う。
でも現実では誰かとセックスしたいなんて思ったことなくて、思ったことないからこそ、ゲーム内で流されたのを好きだと勘違いしたのかもしれない。
とりあえず、現実では好きな人すらいないってのが比較対象出来ないからネックなんだよな。
持ち上げたままの服から、ゲーム内では傷のあった場所をそっと撫でる。
途端にヴィデロさんの表情を思い出して、腰がずくんと一つ疼いた。
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