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アカイロ -しおりの赤-
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段々、面倒になってきた。
今では毎週のように受信する友華からの婚カツパーティ参加の誘い、それに疲れてきたしおりの本音。
元々人付き合いが苦手で、特に初対面の異性と話す事など気疲れ以外の何物でも無いと思っているしおりにとって、毎週のように毎回毎回知らない人と会って、自己紹介をして聞いて、興味が沸くほどの事も全く知らないどこの誰だかに無理矢理何かしらの質問をして、頷いたり煽ててみたり笑ってみたり、、、そんな婚カツパーティ、拷問でしか、無い。けれど所謂結婚適齢期をとうに越えているしおりにとって、この令和の時代になっても結婚という制度が一種のステータスであり続ける社会、そのステータスを信じ崇め続ける両親や会社の人間関係は、更なる屈辱を味合わされるに打ってつけな拷問だった。直接的な言い方も遠回しな訊かれ方にも、まるで自分が女としての存在価値を秒毎に失っていくように傷ついた。 昔からモテるという言葉には酷く縁遠く、何をどう考えても全く美しくも可愛くも、可愛げがあるようにも見えない自分の顔が大きなコンプレックスのしおりにとっては、尚更辛い拷問だった。
「そのうち誰か現れるよ。」
そんな励ましの言葉が、単なる慰めの定型文だという事はもう、周知の事実だ。
それでも、何とか”普通”という枠に入り込みたい。子供は大して欲しいわけではないが、やはり”普通”というステータスに収まる為には出産も必要だ。そしてそれを叶えられる体でいられるリミットはもう、間近に迫っている。そんな時に知り合ったのが友華だった。同僚の紹介で知り合った友華は、しおりとは反対に、とても整った顔立ちの美人、そしてその顔つきにはいつも色気と自信が溢れている。しかし口を開けばノリ良く相手の話に乗ることも、屈託無く笑う事も出来て親しみやすさを感じる。婚カツパーティなど行けば毎回のように一番人気だ。それなのに、この2年程彼氏がいないという。パーティではいつも5、6人は越えるであろう男性から連絡先交換を求められるのに、いまだに誰一人、付き合いたいと思える人がいないという。贅沢な悩みだね、そう冗談混じりに言うと、数が多ければいいっていうものじゃないのよ、半ばキレ気味に言われた。恐らくこれまでにも同様な事を言われてきたのだろう。けれどしおりにしてみれば、少ない数さえ得られない自分にとっては最初から選択肢すら無い。そう言い返そうかとも思ったけれど、どうせ婚カツパーティに一緒に参加するだけの友達だ。下手に機嫌を損ねて喧嘩別れするのは避けたい。自分一人ではパーティへ行く事すら、怖じ気づいてしまう。
「再来週の土曜、午後3時からのパーティ予約入れたよ、この前言ってた年下男子と年上女子の。よろしくね。」
がんばろうねっ!そんなスタンプと共に送られてきたメッセージを見ながら、沸き上がる面倒臭さに溜め息をついて顔をあげた。いつの間にか駅から自宅までの距離の半分まで来ている。そのまま右手にあるマンションを見上げた。まだ最近出来たばかりの新しいマンション。駅からの距離も程よく、近所には公園があったりスーパーがあったりと生活のしやすい立地。外観からして一軒辺りの面積も広そうだ。時折見かける住民とおぼしき、このマンションに出入りしている人たちは、こざっぱりしていて余裕を感じる若い夫婦、子供のまだ小さな家族が多い。収入に余裕のある仕事を持ち、出産年齢のリミットなど思い浮かぶ事さえ無く”当たり前に”恋愛をして結婚をして子供を生んだ、そういう人たちが溢れるマンション。あぁ、私はどこでどう間違ったのか。そしていつからこんなに、人を妬ましく思うようになってしまったのだろう。
そんな自己嫌悪をしつつ目線を下げると、エントランス脇に置かれた赤い箱が目についた。何だろう、あれ。茶色でも白でも無く、真っ赤な箱。洗練さを演出しているエントランスとは反対に、奇妙に佇んでいる。しかし急に酷く空腹を感じたしおりは、違和感を拭えないながらも、自宅方面へと向き直り再び通りを歩き始めた。
「しおりちゃんって、本当いい子だよね。」
その言葉はとても無味に温く、吐き気がするほど嫌いだった。
それを誉め言葉だと信じて口にする男の気が知れない。婚カツパーティを終えて友華と私、パーティで知り合ったばかりの男の人二人。名前も、覚えてない。けれど友華の連絡先を各々別に訊いていたのを知ってる。そして、先の言葉だ。一人がもう片方を出し抜こうと私のご機嫌を取ろうとする。私を介し友華との距離を縮めようとする、私にも優しさを振り撒く事により、自分の優しさを友華にアピールする。くだらない。そんな男ばかり、友華といると特に。そして友華も同様にそんな男をたくさん見てきたゆえに、私が彼女の華やかさを際立てている事も十分承知だ、口には出さなくても。
カフェでひとしきり友華を中心に男二人が盛り上がり、無邪気な様子で楽しそうにはしゃぐ友華の隣で私が所在無く時間を潰した後、居酒屋へ移動する事になった。
「ちょっとお手洗い。」
そう言って私の腕を取りながら席を立った友華についていく。女子トイレは私たちの他に誰もいない。洗面台で鏡の中の自分を正面から、横から、少し斜めからと様々な角度から入念に自分の顔を確認しながら、メイクを直す友華。私は既に疲弊しきって口紅を塗り直すので精一杯。実質上蚊帳の外にいる私には、少しでも綺麗に、等と構える必要もないから尚更だ。色の剥げた唇に少し色を足して、おしまい。目の前の友華はまだまだ自分の顔を覗き込んでいる。そして口紅を取り出した。最近とても人気でどの雑誌にも取り上げられているブランドだ。綺麗な発色が売り。
「あ、それ今凄く人気あるやつだよね、やっぱり綺麗だね、いいなぁ。」
お世辞のつもりだったが、気を良くした友華は口角を上げて自分の美に対する自信をそれとなく、見る方がにはわざとらしく、私に見せた。そしてその口紅が先月の婚カツパーティで知り合った人に買って貰った事、その後別のパーティで会った人にもプレゼントとして貰った事、今日持ってきたバッグも全く別の人に買って貰った事等喋りだした。
「さすが友華、綺麗な子は得で本当羨ましいよ。」
力一杯の作り笑顔で誉める。
「そんな事無いよ、私とは逆にしおりはおとなしくて、本当いい子だもん。私、いい子だねなんて言われた事無いよ。」
そう、笑う。赤くぬっぺり光った唇が軟体生物のように伸びて蠢いて、笑う。それを見た私の目が笑っていなかった事を、彼女は気づかなかった。そして、
「ちょっとバッグ持ってて。」
と私に自分の高級ブランドのバッグを預け、トイレの個室へ入っていった。
私の中にはもう、何も無いみたいだった。感じるのは空虚、虚無、静寂だけの空間。感情も理性も、悲しいのか悔しいのか憎いのか情けないのか、善か悪か。
友華のバッグから化粧ポーチを取り出し、ファスナーを開け、一番最初に見えた赤い口紅。右手で四角くて細長いそれを取りだし、左手でその蓋を外した。めいいっぱい回してまだ新しいその赤い物体をすべて露にした。そして、正面の鏡に押し付けちょうど真ん中あたりで、折った。
まだ個室から出てこない友華と友華のバッグ、そして真っ二つに折れた口紅を残し、私はお手洗いを出るとそのまま店を出た。駅へまっすぐ向かい自宅に向かう電車に乗り込み、空いている座席を見つけて座る。ふと下をみると、左手はまだ、あの口紅の蓋を握りしめていた。相方である本体を失った、小さな箱。口を開けたまま永遠に塞がる事が無い、赤い箱。
「私、いい子じゃないの。」
送信すると同時に、しおりの中に酷く柔らかな気持ちが広がった。
今では毎週のように受信する友華からの婚カツパーティ参加の誘い、それに疲れてきたしおりの本音。
元々人付き合いが苦手で、特に初対面の異性と話す事など気疲れ以外の何物でも無いと思っているしおりにとって、毎週のように毎回毎回知らない人と会って、自己紹介をして聞いて、興味が沸くほどの事も全く知らないどこの誰だかに無理矢理何かしらの質問をして、頷いたり煽ててみたり笑ってみたり、、、そんな婚カツパーティ、拷問でしか、無い。けれど所謂結婚適齢期をとうに越えているしおりにとって、この令和の時代になっても結婚という制度が一種のステータスであり続ける社会、そのステータスを信じ崇め続ける両親や会社の人間関係は、更なる屈辱を味合わされるに打ってつけな拷問だった。直接的な言い方も遠回しな訊かれ方にも、まるで自分が女としての存在価値を秒毎に失っていくように傷ついた。 昔からモテるという言葉には酷く縁遠く、何をどう考えても全く美しくも可愛くも、可愛げがあるようにも見えない自分の顔が大きなコンプレックスのしおりにとっては、尚更辛い拷問だった。
「そのうち誰か現れるよ。」
そんな励ましの言葉が、単なる慰めの定型文だという事はもう、周知の事実だ。
それでも、何とか”普通”という枠に入り込みたい。子供は大して欲しいわけではないが、やはり”普通”というステータスに収まる為には出産も必要だ。そしてそれを叶えられる体でいられるリミットはもう、間近に迫っている。そんな時に知り合ったのが友華だった。同僚の紹介で知り合った友華は、しおりとは反対に、とても整った顔立ちの美人、そしてその顔つきにはいつも色気と自信が溢れている。しかし口を開けばノリ良く相手の話に乗ることも、屈託無く笑う事も出来て親しみやすさを感じる。婚カツパーティなど行けば毎回のように一番人気だ。それなのに、この2年程彼氏がいないという。パーティではいつも5、6人は越えるであろう男性から連絡先交換を求められるのに、いまだに誰一人、付き合いたいと思える人がいないという。贅沢な悩みだね、そう冗談混じりに言うと、数が多ければいいっていうものじゃないのよ、半ばキレ気味に言われた。恐らくこれまでにも同様な事を言われてきたのだろう。けれどしおりにしてみれば、少ない数さえ得られない自分にとっては最初から選択肢すら無い。そう言い返そうかとも思ったけれど、どうせ婚カツパーティに一緒に参加するだけの友達だ。下手に機嫌を損ねて喧嘩別れするのは避けたい。自分一人ではパーティへ行く事すら、怖じ気づいてしまう。
「再来週の土曜、午後3時からのパーティ予約入れたよ、この前言ってた年下男子と年上女子の。よろしくね。」
がんばろうねっ!そんなスタンプと共に送られてきたメッセージを見ながら、沸き上がる面倒臭さに溜め息をついて顔をあげた。いつの間にか駅から自宅までの距離の半分まで来ている。そのまま右手にあるマンションを見上げた。まだ最近出来たばかりの新しいマンション。駅からの距離も程よく、近所には公園があったりスーパーがあったりと生活のしやすい立地。外観からして一軒辺りの面積も広そうだ。時折見かける住民とおぼしき、このマンションに出入りしている人たちは、こざっぱりしていて余裕を感じる若い夫婦、子供のまだ小さな家族が多い。収入に余裕のある仕事を持ち、出産年齢のリミットなど思い浮かぶ事さえ無く”当たり前に”恋愛をして結婚をして子供を生んだ、そういう人たちが溢れるマンション。あぁ、私はどこでどう間違ったのか。そしていつからこんなに、人を妬ましく思うようになってしまったのだろう。
そんな自己嫌悪をしつつ目線を下げると、エントランス脇に置かれた赤い箱が目についた。何だろう、あれ。茶色でも白でも無く、真っ赤な箱。洗練さを演出しているエントランスとは反対に、奇妙に佇んでいる。しかし急に酷く空腹を感じたしおりは、違和感を拭えないながらも、自宅方面へと向き直り再び通りを歩き始めた。
「しおりちゃんって、本当いい子だよね。」
その言葉はとても無味に温く、吐き気がするほど嫌いだった。
それを誉め言葉だと信じて口にする男の気が知れない。婚カツパーティを終えて友華と私、パーティで知り合ったばかりの男の人二人。名前も、覚えてない。けれど友華の連絡先を各々別に訊いていたのを知ってる。そして、先の言葉だ。一人がもう片方を出し抜こうと私のご機嫌を取ろうとする。私を介し友華との距離を縮めようとする、私にも優しさを振り撒く事により、自分の優しさを友華にアピールする。くだらない。そんな男ばかり、友華といると特に。そして友華も同様にそんな男をたくさん見てきたゆえに、私が彼女の華やかさを際立てている事も十分承知だ、口には出さなくても。
カフェでひとしきり友華を中心に男二人が盛り上がり、無邪気な様子で楽しそうにはしゃぐ友華の隣で私が所在無く時間を潰した後、居酒屋へ移動する事になった。
「ちょっとお手洗い。」
そう言って私の腕を取りながら席を立った友華についていく。女子トイレは私たちの他に誰もいない。洗面台で鏡の中の自分を正面から、横から、少し斜めからと様々な角度から入念に自分の顔を確認しながら、メイクを直す友華。私は既に疲弊しきって口紅を塗り直すので精一杯。実質上蚊帳の外にいる私には、少しでも綺麗に、等と構える必要もないから尚更だ。色の剥げた唇に少し色を足して、おしまい。目の前の友華はまだまだ自分の顔を覗き込んでいる。そして口紅を取り出した。最近とても人気でどの雑誌にも取り上げられているブランドだ。綺麗な発色が売り。
「あ、それ今凄く人気あるやつだよね、やっぱり綺麗だね、いいなぁ。」
お世辞のつもりだったが、気を良くした友華は口角を上げて自分の美に対する自信をそれとなく、見る方がにはわざとらしく、私に見せた。そしてその口紅が先月の婚カツパーティで知り合った人に買って貰った事、その後別のパーティで会った人にもプレゼントとして貰った事、今日持ってきたバッグも全く別の人に買って貰った事等喋りだした。
「さすが友華、綺麗な子は得で本当羨ましいよ。」
力一杯の作り笑顔で誉める。
「そんな事無いよ、私とは逆にしおりはおとなしくて、本当いい子だもん。私、いい子だねなんて言われた事無いよ。」
そう、笑う。赤くぬっぺり光った唇が軟体生物のように伸びて蠢いて、笑う。それを見た私の目が笑っていなかった事を、彼女は気づかなかった。そして、
「ちょっとバッグ持ってて。」
と私に自分の高級ブランドのバッグを預け、トイレの個室へ入っていった。
私の中にはもう、何も無いみたいだった。感じるのは空虚、虚無、静寂だけの空間。感情も理性も、悲しいのか悔しいのか憎いのか情けないのか、善か悪か。
友華のバッグから化粧ポーチを取り出し、ファスナーを開け、一番最初に見えた赤い口紅。右手で四角くて細長いそれを取りだし、左手でその蓋を外した。めいいっぱい回してまだ新しいその赤い物体をすべて露にした。そして、正面の鏡に押し付けちょうど真ん中あたりで、折った。
まだ個室から出てこない友華と友華のバッグ、そして真っ二つに折れた口紅を残し、私はお手洗いを出るとそのまま店を出た。駅へまっすぐ向かい自宅に向かう電車に乗り込み、空いている座席を見つけて座る。ふと下をみると、左手はまだ、あの口紅の蓋を握りしめていた。相方である本体を失った、小さな箱。口を開けたまま永遠に塞がる事が無い、赤い箱。
「私、いい子じゃないの。」
送信すると同時に、しおりの中に酷く柔らかな気持ちが広がった。
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