それでは今から可愛い悪魔の話をします

本編

苦いチョコも甘くなる本命チョコ バレンタイン編#5

「ふんふふーん、ふふんっ」

　店に戻ると、居るのはどうやらシアンだけだった。なぜか鼻歌を歌っている。
　仕事をするとき、掃除をするとき、シアンはときどき今みたいに鼻歌を歌うのだ。自分が別のことをしているときに、急に始まることもある。何の歌なのだろう。尋ねてみたことはない。
　あるとき、店に出入りする他の人たちに言ってみたことがある。シアンが歌を歌うのだ、と。でも眼鏡の医者は知らないと言った。2人組の妖精も聞いたことはないと。一番付き合いが長いはずの魔女でさえ、面白いねと笑っただけだ。
　こんな現場に出くわしたこともある。シアンがいつものように鼻歌を歌っていて、何気なく聞いていると、ポロロッカさんが帰ってきた。なぜかシアンは、彼女が入ってくると同時に歌うのをやめてしまった。
　どうして俺だけが聞けるのだろう。たまたまなのか、それともシアンには居ないものと思われているのか。別にうるさくはないし、歌っているシアンをみると......なんというか、心が和らぐから、このままでいてほしい。

「......フ、......シルフ？」

　あ。いつのまにか、彼は俺の目の前まで来ていた。棚の掃除が終わったらしく、息抜きなのか、チョコレートを持っている。鼻歌が終わってしまったのが、ちょっと残念だ。

「ただいま、シアン」

「おかえり。ね、昨日買ってきたんだけど、このチョコ食べる？」

「......うん」

　小腹が空いていたし、甘いものが食べたい気分だった。快く返事をすると、シアンはなぜか口にそのチョコレートを咥え、近づいてきた。

「あい、あーん」

「？！」

　これを食べろということか？口に咥えた細長いチョコレートの端を差し出し、見るからにこれにかぶり付けと言っている。シアンはギリギリまで背伸びをして、身体のバランスを崩しそうに......早く食べないと、よろけてこっちに倒れてきてしまう。

「あぐ......っ」

　どうすればうまく食べられるだろう。勢いよくチョコレートを引っ張ると、シアンも釣られて引っ張られた。

「ああっ......！」

　とすん、倒れてくるシアンを受け止めた。
　口にはチョコレートの苦味と、なんだか柔らかい感覚。

「し、し、シアン！これは......」

「あーあーへったくそだね。事故ってるよ」

　......。事故だなんて、あまりにもずるい言い訳だ。お前は何がしたかったんだ。

「シルフくん？顔赤いよ？」

「......！」

「感想は？」

「............苦い」

「ははは、そうかぁ！お前、口の周りギトギトだよ」

「......」

　何て酷いことを。だけど、不思議と全く嫌じゃない。
　俺は、シアンに甘いのだろうか？