115 / 197
昔の話 (※はR-18)
どこにもない物語 #1
しおりを挟む*
「じゃあね。おじさん。元気で」
シアンは手を振っていた。片方の腕をいっぱいに振り回して。もう片方の手は、大きな暖かい手に繋がれて。手を振る先、ちょっと離れて立つ2人の大人は、シアンに優しい視線を投げかけている。1人は照れるようにナハハと笑いつつ、返した。
「私たちのことは忘れて、強くなるんだよ」
「兄貴ィ、泣いてないっすか?」
「......そういうのは言わないもんだよ」
シアンはもう一度手を振ると、背を向けて歩き出した。2人が見守る小さな背中には、隠すことなく綺麗な翼が揺れている。2人にとっては彼の誘拐を決めたきっかけ。街でこっそり見かけてから、ずっと2人の頭の中で、眩い宝玉の原石のように輝いていた白。悪人は、綺麗な宝石に惹かれるものだ。今しがた、手放してしまったけれど。
大きな手に引かれる後ろ姿は、誘拐してきたときよりずっと嬉しそうだ。新しい家で幸せになってくれたら。そう願って、2人の誘拐犯たちも背を向けて歩き出した。
*
「君の部屋は、ここ。ちょっと狭いだろうけど、良いかな」
2人の誘拐犯が案内し、引き合わせたこの初老の男性は、シアンを買い、育ててくれる人だと伝えられた。手を引かれるままついて行ったそこは、見晴らしのいい丘の上に立つ大きな家だった。
ここまで何も話さなかったシアンはそこで目を丸くして、初めて声を漏らした。
「こっ......ここに住めるんですか?」
男性の言うとおり、その部屋は決して広くはなかった。おそらく元いた屋敷のシアンの部屋の半分もないだろう。けれど......
広い窓からは陽の光がふんだんに差し込み、外の様子がよく見えた。カラフルな花が咲く花畑と、その間を流れる小川。走り回る子供の姿もある。
「あぁ。......近くに学校があって、うるさいかもしれないな」
男性はすまなそうにしているが、シアンは真反対の感慨を覚えていた。子供のはしゃぐ声。喧騒。賑やかさ。シアンの周りにはこれまで存在しなかったものだ。楽しそう。
「あの......ありがとうございます。とても嬉しいです。これからどうぞ......」
よろしくお願いします、と言いながら、シアンは胸の高鳴りが止まず、ちらちらと窓の外に視線が泳ぐ。尖った耳がちょっと動いている。男性はそんなシアンの様子に気づいて、くしゃっとした笑みを浮かべる。
「はは、遊びたいのかい」
「んっ、いや............はい」
「無駄に広い土地だけがあるんだ。好きに駆け回ってもらって構わないよ。老後の独身男との付き合いは退屈だろうけど、よろしくね」
*
数日の間、シアンは自分の体質のことを忘れていた。新しい居場所にすっかり楽しくなって、頭から吹き飛んでいたのだ。けれど......ある日の早朝、苦しくて目が覚め、思い出した。
「どうしよう......」
新しい主人の男性に、このことを伝えなければ。自分は魔力が枯渇してしまう、誰かから貰わねばならないのだと。でもどうすればいい?あの人は男性だ、ならば兄たちと同じように......
「むりだ......」
そんなこと、言えない。言ったら絶対に、この楽しい生活は壊れてしまう。だって......
シアンはこの頃うっすらと、気づき始めていた。父や兄を狂わせた原因は、自分にもあるんじゃないか。自分がこんな体質だから、自分がいるから、兄たちはシアンを平気で襲うんじゃないか。
「やっぱりダメかも、オレ......」
暖かい布団の中で、シアンの意識は遠のいていく。
だんだん何の感覚も無くなって、時間さえもわからなくなったとき......柔らかい感覚があって、目が、覚めた。
「......?」
「起きたかい」
ベッド脇には、心配そうな、しかしちょっと驚いたような男性の姿があった。半分腰を浮かせているが、つい今までシアンのすぐそばに座っていたようだ。
「............??」
苦しくないことに、シアンは驚いた。
胸がすっきりと晴れている。身体の疲れはなく、ただよく眠ったという感覚。ぱちぱちと瞬きをして、驚いて男性を二度見する。
「あなたは......天使?」
シアンは今まで、兄たちの精液か、天使のハグでしか魔力を回復できなかった。それしか方法はないと思っていた。だから......目の前の男性もひょっとして天使なのではないかと、そう思った。
「ハハハ、違うよ」
男性は眉を下げて笑い、小声で言った。
「なんだか全然起きなくて......息もしていないようで、心配したんだ。それで......」
目が覚めるかと思って、キスをしたのだという。
「物語のお姫様でもないし、僕はただのおじさんなのにね」
本当に起きるとは思わなかった、そう言う男性をよそに、シアンは別の驚きを隠せなかった。こんなに簡単な、優しい方法があったなんて。これで魔力を回復できるのなら、シアンは。
「ごめんね、僕は天使じゃない。ただの人間さ」
言ってから男性は、遠い目をして窓の外を見た。
「人間は愚かだ。つまらないことで喧嘩をして、戦争なんか起こして......同じ種族の命を奪ったって平気な顔だ」
「あなたも、戦争に行ったの?」
「僕は負傷して帰ってきたけどね。父も兄も死んでしまってなぁ」
今は広い家に一人ぼっちだ、と少し悲しそうにきゅっと目を細めて言った。男性は笑うとき、ちょっと困ったような、悲しそうな、そんな顔をするようだ。
「僕も愚かだ。それでも......一緒に暮らしてくれるかい?」
「うん。もちろん」
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
からっぽを満たせ
ゆきうさぎ
BL
両親を失ってから、叔父に引き取られていた柳要は、邪魔者として虐げられていた。
そんな要は大学に入るタイミングを機に叔父の家から出て一人暮らしを始めることで虐げられる日々から逃れることに成功する。
しかし、長く叔父一族から非人間的扱いを受けていたことで感情や感覚が鈍り、ただただ、生きるだけの日々を送る要……。
そんな時、バイト先のオーナーの友人、風間幸久に出会いーー
新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~
焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。
美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。
スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。
これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語…
※DLsite様でCG集販売の予定あり
生贄として捧げられたら人外にぐちゃぐちゃにされた
キルキ
BL
生贄になった主人公が、正体不明の何かにめちゃくちゃにされ挙げ句、いっぱい愛してもらう話。こんなタイトルですがハピエンです。
人外✕人間
♡喘ぎな分、いつもより過激です。
以下注意
♡喘ぎ/淫語/直腸責め/快楽墜ち/輪姦/異種姦/複数プレイ/フェラ/二輪挿し/無理矢理要素あり
2024/01/31追記
本作品はキルキのオリジナル小説です。
エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので
こじらせた処女
BL
大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。
とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店
ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。
【R18】奴隷に堕ちた騎士
蒼い月
BL
気持ちはR25くらい。妖精族の騎士の美青年が①野盗に捕らえられて調教され②闇オークションにかけられて輪姦され③落札したご主人様に毎日めちゃくちゃに犯され④奴隷品評会で他の奴隷たちの特殊プレイを尻目に乱交し⑤縁あって一緒に自由の身になった両性具有の奴隷少年とよしよし百合セックスをしながらそっと暮らす話。9割は愛のないスケベですが、1割は救済用ラブ。サブヒロインは主人公とくっ付くまで大分可哀想な感じなので、地雷の気配を感じた方は読み飛ばしてください。
※主人公は9割突っ込まれてアンアン言わされる側ですが、終盤1割は突っ込む側なので、攻守逆転が苦手な方はご注意ください。
誤字報告は近況ボードにお願いします。無理やり何となくハピエンですが、不幸な方が抜けたり萌えたりする方は3章くらいまでをおススメします。
※無事に完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる