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昔の話 (※はR-18)

魔法のカップケーキ #3

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「あっ、ポロロッカさんがこの店の店主さんなんですか!?」

「そうだよ、何だと思ったの」

「いきなり見たことある人がいたから、そうとは思わなくて......」

 ポロロッカはここで骨董品を売っているのだと言った。天使にはその店の手伝いを週に一度させて、おこづかいをやっているらしい。今日は天使の当番がある日ではなく、だからなぜ来たのかと聞いたのだ。

「にしてもキミが天使の唯一の友達とはねー」

「ポロロッカ、唯一は余計だよぉ」

「仲良さそうでいいねってことだよ」

 ポロロッカはカウンターに2人を座らせると、ミルクを温め、ホットティーを作ってくれた。ミルクの甘い香りに、さっきまで見てしかおらず何も食べていなかったシアンのお腹がぐぅぅと鳴った。

「あ、なんか食べる?」

 カップケーキなんかだったら、すぐ作れるよとポロロッカは腕まくりした。天使はぱっと顔を明るくして椅子の上で飛び跳ねる。シアンも遠慮して手を膝に置いているが、その目は期待にキラキラと輝いている。

「はいはい、天使のも作るから、待ってて」

 カチャカチャと器具を出す音、そして材料を手早く計り、生地を混ぜるリズミカルな音がし始める。

「あの、ポロロッカさんは天使が天使だって知ってるんですか」

 天使が天使とは変な言い方だな、と思いながらシアンは尋ねる。ポロロッカはあっはっはとちょっと豪快に笑った。

「この子は天使としか言ってくれないから、天使なんだよ」

 やっぱり同じだ。シアンも最初から天使と自己紹介され、以降そう認識して呼んでいるのだ。しかしシアンが聞きたいのは、そういうことではない。

「分かるよ。気になってること。そういう事だよね。キミは私にこう聞きたいんじゃないのかな?」

「もしかして......」

 この人は気づいてた。シアンは人間にばれないように、コートを羽織り、耳を服や帽子で隠して、目を伏せて歩いてきた。なのに......シアンがごくりと唾を飲む。

「『このポロロッカは、人間じゃなくてなんなのか』って?」

 紫の瞳が怪しく煌めく。その目はシアンの考えなどおおかた見透かしてしまえるというように。

「いいよ。緊張しなくて。私は魔女。あっ、魔女に年齢を聞くのはご法度だからね?それでキミは......」

 ポロロッカは至って軽く正体を明かすと、シアンの髪に隠れた方の瞳を覗き込むように見つめてきた。シアンは視線から逃れようとするようにうつむく。

「......悪魔」

「ふぅん......そう」

 ポロロッカは意味ありげにうなずいた。だがすぐに元の笑顔に戻って、

「味は。好き嫌いとかある?」

「ボクいちご味!」

「特に、ないです」

 OK、といくらかの粉を入れて混ぜ、生地をカップに分けて、色とりどりのトッピングをしていく。

「そうそう、ここには人間のお客さんも来ることがあるけど、そうじゃないお客さんの方が多いの」

 ポロロッカはいつの間にか予熱を済ませていたオーブンにトレイを入れると、キッチン台に寄りかかって話を続けた。どうやらお喋りのようだ。あまり喋らないシアンとは対照的だ。

「ここの商品もけっこう、お客さんが持ち込んでくれたものがあるんだよ」

「街で暮らすのに慣れてないひとに、いろいろ教えたりもしてるんだよね?ポロロッカはえらいよ」

 天使が翼をふわふわさせながら言う。そういえばいつの間にか人間の子供に変装するのをやめ、翼が出しっぱなしだ。

「そうなの。キミもだから、遠慮せずここに来ていいよ。今はキミたちしかお客さんがいないから、その......」

 彼女はシアンの背中を指さした。かたくなに脱がなかったコートだ。その下には小さな翼が隠れている。

「脱いでても大丈夫だから」

「外から見られたりしませんか?」

「心配ないよ。この店の中は、スモークガラスよりも透けない魔法で守られてるから」

 ポロロッカの例えはちょっと分かりづらかったが、要するに見られる心配はないということだろう。シアンは思いきってばさりとコートを脱いだ。

「うん。それでいいよ、シアン」

 ポロロッカはその時はじめてシアンを名前で呼んだ。翼を見せたシアンが本当のシアンだと言うように。




 しばらくそのまま喋ったりしているうち、甘い香りがしてきた。

「よし。もういいかな」

 ポロロッカがトレイを取り出すと、そこにはふわふわに膨らんだ、色とりどりの小さなケーキが並んでいた。

「......!!」

 シアンは声も出さず感動していた。こんなに綺麗なお菓子があるなんて。小麦粉や卵で作った生地のはずなのに、その見た目は綿菓子のよう。ポップでパステルな色とりどりの色彩が舞って、不思議なハーモニーを奏でている。

「これって」

「魔法のカップケーキだよ」

「ポロロッカ、ありがとう。いただきまーす♪」

 早速、天使が手を伸ばす。満開の桜のようなピンク色のケーキだ。

「おいしい~!シアンも食べてみなよ」

「じゃあ、いただきます......!」

 一つとって食べてみる。一口含むと、今まで食べたことのないふんわりした食感と、甘酸っぱいフルーツの味がした。

「おいしいでしょ?」

「うん......!」

 夢中で食べてしまう。それを見ながらにこにこしているポロロッカは、さぞ満足そうだ。




「シアン。いつでもまた来てね」

 帰りがけ、戸口に立つポロロッカは念を押すようにそう言った。シアンはまたコートを羽織って、耳も隠している。

「......なんでそんなに優しくしてくれるんですか」

 上目遣いにシアンが聞く。不安。今まで優しくされたことなど、数えるほどしかないから。優しい人は、シアンを思ってくれる人は......この間やっと、見つけたと思ったあの人たちは死んでしまった。

「私にはその責務があるからだよっ」

 ニカっと笑った白い歯が光った。裏表のない笑顔。

「あ、それと敬語はやめてよね。ロロ姉ちゃん、でいいから」

「ポロロッカ、そう呼べって言って呼んでくれた人、1人もいないでしょー」

 天使が白い目で見る。ポロロッカ自身もおどけたように舌を出している。しかし、シアンは......

「うん、また来るね、ロロ姉」

 彼の中でいちばんの笑顔を浮かべて、うなずいた。




 その日、ポロロッカの魔法が効いたのか、シアンはなぜか誰にも罰を与えられることなく、自分のベッドで眠りにつくことができた。シアンは翌朝、起きてからそのことに気づいたが、おまじないをもらえたのだろうと思うことにして、朝の支度を整えた。

            __fin.
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