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本編
400ml献血しないと出られない部屋 #後編
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*
ギイイ...あんなに重くてびくともしなかった扉が動いた。オレはちょっとだけおぼつかない足を相棒の吸血鬼に支えてもらいながら、扉を一緒に押した。外の空気を想像して浮き足立っていた。
「えっ............?」
扉の向こうには、さっきと同じような部屋があった。突き当たりの壁にも同じような扉がある。薄暗い部屋に、さっきと違うのは無機質な長いソファが置いてあるところだ。
バタン。重い扉が閉じ、部屋がさらに暗さを増した。
「......これ、まだ出られないってことだ」
シルフが苦々しく呟く。視線は真っすぐ前の閉じた扉の横に貼られた紙。何か書いてあるようだが、暗いうえに遠いので、オレには見えない。
「はぁ...?閉じ込めたやつは何がしたいんだよ。シルフ、なんて書いてあるの?」
「『この扉から出たいなら、貼り紙の裏に従うように』って...。裏返さないと見れない」
「なんでよ、ちゃんと条件どおりに言うこと聞いたのに。......まぁシルフに血をあげるのなんていつも通り過ぎて罰でもなんでもなかったけど」
先に貼り紙に近寄って裏を確認したシルフが、顔色を変えてこっちを見た。
「シアン!その扉もう開かないか?」
今入ってきた扉?そんなの、さっき鍵が開いたんだから普通に......。
「......っ、開かないっ」
ゴンゴン押しても、体当たりしても動かない。オートロックなのか故意に仕掛けた仕組みか、オレとシルフは今度はこの部屋から移動できなくなった。
「......シアン、これ。俺たちは間違ってしまったんだ」
どういうこと?先にメモを見たシルフは申し訳なさそうな顔。さっきオレの血を吸った後の満ち足りた顔ではもうなくなっている。
《さっきの部屋の床下に、帰れる鍵があります。
扉を閉めてしまったなら、1人がもう1人の血液をあと400ml飲まないと開きません》
「まじかぁぁ......もう馬鹿」
「ごめん」
「お前のせいじゃないよ......。えへへ、ちょっと辛いけど。もう少しだけ、オレ頑張るから」
シルフがしきりに謝るので、オレはぎゅっと抱きついた。その安心する胸に顔をうずめる。互いの心音が響き合う。
「だけど一気に飲んだら倒れちゃうから、ゆっくりね。......ちょうどこの部屋座るとこあるし」
「......無理は」
「してない。うーん、全くしてない訳じゃないけど。だけどね、オレお前のこと信用してるから」
__倒れても、ちゃんと家に連れて帰ってくれるから。一緒にいてくれるから。
シルフが自分の顎の下にあるオレの頭を撫でる。
「......そうだな。俺のすることは、お前と家に帰ることだ」
「次も部屋だったら、ゆっくり過ごそうぜ」
「怖いこと言わないでくれ」
2人分の笑いさざめきが、無機質な部屋の空気に溶けていく。少しの間休むことにして、オレはシルフの腕に身を任せた。
*
「シアン......ちょっと」
ソファに一緒に腰掛け、いつのまにかうとうとし出したシアンに声をかける。閉じ込められてるというのに、図太いというか、警戒心がないというか。
すんすんと空気の匂いを嗅ぐと、かすかにだが、入ってきた時とは違う匂いが混じる。
「......ん、何?」
「吸わないで、瓦斯かも」
「瓦斯って......煙?」
あれ、とシアンが指差した天井の方に漂う煙。匂いを嗅ぐのに吸い過ぎたのか、少しクラクラする。
「これは......急かすための罰則?」
なんの煙だよと悪態をついたシアンも、急にふらつき出してしまう。身体がぐにゃぐにゃと、しっかり立てていない。この煙は何らかの成分......そういう薬物を焚いたものなのか。
「シルフ、......少し、酔った」
「無理するな......っ!?」
シアンのことを抱き止めると、触れた肩、首元、全身からふわっ......と何かいい香りが漂った。......ような気がしただけだろうか。
「うーん......」
腕の中で本当に酔ったようにうめいている。でも俺にはなんだか、そうとても美味しそうに見える。シアンの耳や頬に赤みがさしている。自分もいつもより火照っている気がする。どくん、どくんと心臓の音がやけに大きい。
「早く......部屋から出ないと。シアン」
「おまえ、顔......赤い。......んっ」
急に唇が、触れる。シアンの柔らかい唇の感触。はぁはぁと息が荒い。さっきよりもっと熱くなった気がする。しかも、シアンの弾力ある唇を噛んで血を啜りたくて堪らな......
「ん......!」
やってしまった。後悔するが、切れた唇の端に、あとからあとから新鮮な血液の玉が浮かんでくる。一滴一滴を慎重に溢さないように舐めていく。息が苦しくなって口を離すと、今度は首元が目に映る。
シアンがやっぱりやけにぐんにゃりしたままで、口元に自分の肩を持ってくる。
「シルフ。噛み付け」
カチリ。俺の頭の中で、意識が切り替わるような音がした。シアンのその言葉を境に、俺は甘くて熱いシアンの血液の味しか感じなくなった。
どんなに胸焼けを感じても、甘過ぎて頭が沸騰しそうになっても、首に突き立てた牙を抜けない。じゅるじゅると自分が血液を啜る音すら、次の一口を吸いたいという欲を駆り立てた。
*
カチリ。
また頭の中で何かが切り替わる音がした......のではなかった。鍵が開いたのだ。
いつの間にか部屋全体を覆っていたもやもやした空気はすっかりなくなっていて、腕の中には、ぐったりした相棒がもたれかかっていた。血液が服の襟にまで飛んでいる。
「シアン」
「......はっ。ありゃ、気絶してた?」
「うん......どこまでが現実なんだ」
俺はとんでもなく長いことシアンの血を吸ってしまっていたのだろうか。キスをしたことも、そのまま噛み付いてしまったことも、その後無理やり牙を突き立ててしまったことも......。
「鍵が開いたってことはお前、ちゃんと飲んでくれたんだね」
シアンはけろっとしている。あれ、もしかして......
「記憶、ないの?」
「うんー。『酔った』ってことまでは覚えてるんだけど、そのあとは寝てたよ」
あ............。
思いきり唇をつけてきたの、覚えてないのか。
「あれ、どうしたの。瞳もほっぺも赤いよ?」
違う。これは血を吸って血行が良くなったからだ。恥ずかしくなったからじゃない。
「......早く出よう」
「えーなんで赤くなってるか教えてよ。何にも覚えてないよー。というか貧血で歩けないんだよ、おぶってよ」
「......嫌だ」
俺は今度こそ夜空が見える扉の外にシアンを抱えて出ると、そのまま無言で帰り道を急いだ。ふらふらして転んでどこか行ってしまいそうなシアンを担ぐように抱えて。シアンはあれっとか、この抱えられ方はちょっと恥ずかしいとかわぁわぁ言ったけど、気にせずに歩く。
......夜風に当たって、熱を冷ましたい。
ふいに、シアンがつぶやいた。
「ばかだなぁ。キスより堂々と抱っこする方が恥ずかしいよ」
ぼんっ。冷めかけた顔はまたまた熱くなってしまった。
ギイイ...あんなに重くてびくともしなかった扉が動いた。オレはちょっとだけおぼつかない足を相棒の吸血鬼に支えてもらいながら、扉を一緒に押した。外の空気を想像して浮き足立っていた。
「えっ............?」
扉の向こうには、さっきと同じような部屋があった。突き当たりの壁にも同じような扉がある。薄暗い部屋に、さっきと違うのは無機質な長いソファが置いてあるところだ。
バタン。重い扉が閉じ、部屋がさらに暗さを増した。
「......これ、まだ出られないってことだ」
シルフが苦々しく呟く。視線は真っすぐ前の閉じた扉の横に貼られた紙。何か書いてあるようだが、暗いうえに遠いので、オレには見えない。
「はぁ...?閉じ込めたやつは何がしたいんだよ。シルフ、なんて書いてあるの?」
「『この扉から出たいなら、貼り紙の裏に従うように』って...。裏返さないと見れない」
「なんでよ、ちゃんと条件どおりに言うこと聞いたのに。......まぁシルフに血をあげるのなんていつも通り過ぎて罰でもなんでもなかったけど」
先に貼り紙に近寄って裏を確認したシルフが、顔色を変えてこっちを見た。
「シアン!その扉もう開かないか?」
今入ってきた扉?そんなの、さっき鍵が開いたんだから普通に......。
「......っ、開かないっ」
ゴンゴン押しても、体当たりしても動かない。オートロックなのか故意に仕掛けた仕組みか、オレとシルフは今度はこの部屋から移動できなくなった。
「......シアン、これ。俺たちは間違ってしまったんだ」
どういうこと?先にメモを見たシルフは申し訳なさそうな顔。さっきオレの血を吸った後の満ち足りた顔ではもうなくなっている。
《さっきの部屋の床下に、帰れる鍵があります。
扉を閉めてしまったなら、1人がもう1人の血液をあと400ml飲まないと開きません》
「まじかぁぁ......もう馬鹿」
「ごめん」
「お前のせいじゃないよ......。えへへ、ちょっと辛いけど。もう少しだけ、オレ頑張るから」
シルフがしきりに謝るので、オレはぎゅっと抱きついた。その安心する胸に顔をうずめる。互いの心音が響き合う。
「だけど一気に飲んだら倒れちゃうから、ゆっくりね。......ちょうどこの部屋座るとこあるし」
「......無理は」
「してない。うーん、全くしてない訳じゃないけど。だけどね、オレお前のこと信用してるから」
__倒れても、ちゃんと家に連れて帰ってくれるから。一緒にいてくれるから。
シルフが自分の顎の下にあるオレの頭を撫でる。
「......そうだな。俺のすることは、お前と家に帰ることだ」
「次も部屋だったら、ゆっくり過ごそうぜ」
「怖いこと言わないでくれ」
2人分の笑いさざめきが、無機質な部屋の空気に溶けていく。少しの間休むことにして、オレはシルフの腕に身を任せた。
*
「シアン......ちょっと」
ソファに一緒に腰掛け、いつのまにかうとうとし出したシアンに声をかける。閉じ込められてるというのに、図太いというか、警戒心がないというか。
すんすんと空気の匂いを嗅ぐと、かすかにだが、入ってきた時とは違う匂いが混じる。
「......ん、何?」
「吸わないで、瓦斯かも」
「瓦斯って......煙?」
あれ、とシアンが指差した天井の方に漂う煙。匂いを嗅ぐのに吸い過ぎたのか、少しクラクラする。
「これは......急かすための罰則?」
なんの煙だよと悪態をついたシアンも、急にふらつき出してしまう。身体がぐにゃぐにゃと、しっかり立てていない。この煙は何らかの成分......そういう薬物を焚いたものなのか。
「シルフ、......少し、酔った」
「無理するな......っ!?」
シアンのことを抱き止めると、触れた肩、首元、全身からふわっ......と何かいい香りが漂った。......ような気がしただけだろうか。
「うーん......」
腕の中で本当に酔ったようにうめいている。でも俺にはなんだか、そうとても美味しそうに見える。シアンの耳や頬に赤みがさしている。自分もいつもより火照っている気がする。どくん、どくんと心臓の音がやけに大きい。
「早く......部屋から出ないと。シアン」
「おまえ、顔......赤い。......んっ」
急に唇が、触れる。シアンの柔らかい唇の感触。はぁはぁと息が荒い。さっきよりもっと熱くなった気がする。しかも、シアンの弾力ある唇を噛んで血を啜りたくて堪らな......
「ん......!」
やってしまった。後悔するが、切れた唇の端に、あとからあとから新鮮な血液の玉が浮かんでくる。一滴一滴を慎重に溢さないように舐めていく。息が苦しくなって口を離すと、今度は首元が目に映る。
シアンがやっぱりやけにぐんにゃりしたままで、口元に自分の肩を持ってくる。
「シルフ。噛み付け」
カチリ。俺の頭の中で、意識が切り替わるような音がした。シアンのその言葉を境に、俺は甘くて熱いシアンの血液の味しか感じなくなった。
どんなに胸焼けを感じても、甘過ぎて頭が沸騰しそうになっても、首に突き立てた牙を抜けない。じゅるじゅると自分が血液を啜る音すら、次の一口を吸いたいという欲を駆り立てた。
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カチリ。
また頭の中で何かが切り替わる音がした......のではなかった。鍵が開いたのだ。
いつの間にか部屋全体を覆っていたもやもやした空気はすっかりなくなっていて、腕の中には、ぐったりした相棒がもたれかかっていた。血液が服の襟にまで飛んでいる。
「シアン」
「......はっ。ありゃ、気絶してた?」
「うん......どこまでが現実なんだ」
俺はとんでもなく長いことシアンの血を吸ってしまっていたのだろうか。キスをしたことも、そのまま噛み付いてしまったことも、その後無理やり牙を突き立ててしまったことも......。
「鍵が開いたってことはお前、ちゃんと飲んでくれたんだね」
シアンはけろっとしている。あれ、もしかして......
「記憶、ないの?」
「うんー。『酔った』ってことまでは覚えてるんだけど、そのあとは寝てたよ」
あ............。
思いきり唇をつけてきたの、覚えてないのか。
「あれ、どうしたの。瞳もほっぺも赤いよ?」
違う。これは血を吸って血行が良くなったからだ。恥ずかしくなったからじゃない。
「......早く出よう」
「えーなんで赤くなってるか教えてよ。何にも覚えてないよー。というか貧血で歩けないんだよ、おぶってよ」
「......嫌だ」
俺は今度こそ夜空が見える扉の外にシアンを抱えて出ると、そのまま無言で帰り道を急いだ。ふらふらして転んでどこか行ってしまいそうなシアンを担ぐように抱えて。シアンはあれっとか、この抱えられ方はちょっと恥ずかしいとかわぁわぁ言ったけど、気にせずに歩く。
......夜風に当たって、熱を冷ましたい。
ふいに、シアンがつぶやいた。
「ばかだなぁ。キスより堂々と抱っこする方が恥ずかしいよ」
ぼんっ。冷めかけた顔はまたまた熱くなってしまった。
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