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本編※R-18

「決して見てはいけませんよ」のお伽話 #後編

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 あのままじゃ店にはいられない。オレはフード付きの上着をすっぽり被って、最低限の断りを入れると、何も感づかれないうちに走り出た。

「はぁ......っ、ぜェっ」

 物陰に座り込んで、少しでも息を整えようとする。無駄な努力なのは分かっている。魔力を貰わなければ、治らない。
 すると、目の前の地面に影がさした。

「......シアン?」

 ガサリ。タバコと酒の入った袋が見える。見覚えのある靴を履いた足もある。顔を上げたくなかった。素顔を見せてしまうから。

「シアン。ここにいたのか?なんか今日お前早退したって聞いて。前の客のせいかよ、ふざけんなって思ってさ......」

「......帰って」

「え?」

 見られたくない。

「今すぐ帰って。今日は、できない」

 小刻みに震えているのを感づかれてしまいそうだ。だから、目の前の俳優の足を手で押し返す。その手を上から包み込まれる。

「立てよ。俺んちに来い。来ないと......許さん」

 その言葉はぶっきらぼうだったが、無理を強いているのではなくて、彼なりにオレをここに置いては危ないと判断してのこと、なのだろう。多分。
 ありがた迷惑、って言ったらどう考えても強がりすぎだな。

「......うん」

 手を引かれる小さい子みたいにオレは、俳優に支えられて歩いた。




 キィ、パタン。
 俳優は真っ先にオレを、ほとんど抱き上げるようにしてソファに座らせた。息が上がって止まないのを見て、風邪か、としきりに聞いた。

「ちが......うんだ」

 深くフードを被り直して、俳優の視線を避ける。見られたくない。

「じゃあ何?......見られたくないとか」

 びくり。肩が反応してしまい図星だと伝わってしまう。これじゃ拒絶だ。
 唐突に、彼が明るい声を出した。

「お前、多分今日の客に顔殴られた......とかじゃないんだろ?今までずっと隠してきたってことだよな?......演技うまかったよ。分からなかった。」

 そうだよ、ずっと前から人間だってお前を騙してきた。あまつさえ恋人まがいの顔して、こうやって家にだって上がって。

「分かっちゃうの、かよ......」

「中身を見せろって言うのは無粋だな。さすがに俺でも言わねえ。けど......お前すげえ苦しそうだぞ」

 汗がぽたぽた垂れ落ちている。肺が痛い。魔力不足による呼吸困難で、もう気絶しそうだった。

「お、オレは......」

 がたがた震える手をいなして、フードに手をかける。俳優は目を離さないでじっと見守っている。その優しい目に、ぶっきらぼうな口調とは裏腹の落ち着いた目にはっとする。
 オレ、今日はびくびくしてばっかだ。こいつはオレを害しようとかいうんじゃなくて、黙って待っててくれてるじゃないか。
 ぱさり。フードを脱いだ。
 中に隠れていた耳が、瞳孔の避けた瞳があらわになる。口を開けると少し犬歯も覗く。

「あ、く、ま、です」

「......悪魔ぁ?」

 その間もずっと息が苦しくて、肩ではぁはぁ息をしながら、こく、と頷いた。

「なんだよ、いつもと全然変わらねえ。......それ、具合大丈夫なのか?」

「オレ、体質でこんなで......いままで、魔力っ......貰うために店......」

「魔力......がない?」

「切れちゃう......の。だから、誰かに貰わないと......」

 よろけて、俳優の方に倒れ込む。それをしっかりと受け止めて、彼は言った。

「......なんだよ。俺がいるだろ?何すりゃ良いのか言えよ」

 オレの姿を見て、変わらないと言ってもらえたのが嬉しかった。オレは顔を上げて、にこっと笑って、唇を近づけた。




 手早く服を着て、ベッドから降りる。これで最後。もうおしまい。
 ベッドの上には、まだ寝ている俳優。健康的な肌の若い人間。かたやオレは、悪魔。
 人間に正体を見られたからには、離れないといけない。それがたとえ、自分の真の姿を見ても恐れず、拒絶しなかったとしても。

「いままで楽しかったよ。じゃあね」

 規則的な寝息を立てる彼の背中は、何も言わない。オレは何かこぼれそうな目尻を拭って、部屋を去った。


 キィ、パタン。
 俳優は瞑っていた目を開けて、彼の去った方を振り返った。寝息を立てる振りをしていたおかげで、彼の最後の言葉を聞くことができた。
 カシュッ。マッチを擦り、煙草に火をつける。そういえば最初の日もあの店の前で煙草を吸っていたっけ。あのときは、自分の職業に、将来のなさに落ち込んでいた。
 __だから、あいつにとって俺が回復薬だったように、俺にとってもあいつはありがたい存在だった。
 今となってはもう終わってしまったけど。

「俺も、楽しかった」

 さぁ、元の生活に戻ろう。俳優は服を着て、まずはカーテンを開けた。
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