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本編※R-18
「決して見てはいけませんよ」のお伽話 #後編
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*
あのままじゃ店にはいられない。オレはフード付きの上着をすっぽり被って、最低限の断りを入れると、何も感づかれないうちに走り出た。
「はぁ......っ、ぜェっ」
物陰に座り込んで、少しでも息を整えようとする。無駄な努力なのは分かっている。魔力を貰わなければ、治らない。
すると、目の前の地面に影がさした。
「......シアン?」
ガサリ。タバコと酒の入った袋が見える。見覚えのある靴を履いた足もある。顔を上げたくなかった。素顔を見せてしまうから。
「シアン。ここにいたのか?なんか今日お前早退したって聞いて。前の客のせいかよ、ふざけんなって思ってさ......」
「......帰って」
「え?」
見られたくない。
「今すぐ帰って。今日は、できない」
小刻みに震えているのを感づかれてしまいそうだ。だから、目の前の俳優の足を手で押し返す。その手を上から包み込まれる。
「立てよ。俺んちに来い。来ないと......許さん」
その言葉はぶっきらぼうだったが、無理を強いているのではなくて、彼なりにオレをここに置いては危ないと判断してのこと、なのだろう。多分。
ありがた迷惑、って言ったらどう考えても強がりすぎだな。
「......うん」
手を引かれる小さい子みたいにオレは、俳優に支えられて歩いた。
*
キィ、パタン。
俳優は真っ先にオレを、ほとんど抱き上げるようにしてソファに座らせた。息が上がって止まないのを見て、風邪か、としきりに聞いた。
「ちが......うんだ」
深くフードを被り直して、俳優の視線を避ける。見られたくない。
「じゃあ何?......見られたくないとか」
びくり。肩が反応してしまい図星だと伝わってしまう。これじゃ拒絶だ。
唐突に、彼が明るい声を出した。
「お前、多分今日の客に顔殴られた......とかじゃないんだろ?今までずっと隠してきたってことだよな?......演技うまかったよ。分からなかった。」
そうだよ、ずっと前から人間だってお前を騙してきた。あまつさえ恋人まがいの顔して、こうやって家にだって上がって。
「分かっちゃうの、かよ......」
「中身を見せろって言うのは無粋だな。さすがに俺でも言わねえ。けど......お前すげえ苦しそうだぞ」
汗がぽたぽた垂れ落ちている。肺が痛い。魔力不足による呼吸困難で、もう気絶しそうだった。
「お、オレは......」
がたがた震える手をいなして、フードに手をかける。俳優は目を離さないでじっと見守っている。その優しい目に、ぶっきらぼうな口調とは裏腹の落ち着いた目にはっとする。
オレ、今日はびくびくしてばっかだ。こいつはオレを害しようとかいうんじゃなくて、黙って待っててくれてるじゃないか。
ぱさり。フードを脱いだ。
中に隠れていた耳が、瞳孔の避けた瞳があらわになる。口を開けると少し犬歯も覗く。
「あ、く、ま、です」
「......悪魔ぁ?」
その間もずっと息が苦しくて、肩ではぁはぁ息をしながら、こく、と頷いた。
「なんだよ、いつもと全然変わらねえ。......それ、具合大丈夫なのか?」
「オレ、体質でこんなで......いままで、魔力っ......貰うために店......」
「魔力......がない?」
「切れちゃう......の。だから、誰かに貰わないと......」
よろけて、俳優の方に倒れ込む。それをしっかりと受け止めて、彼は言った。
「......なんだよ。俺がいるだろ?何すりゃ良いのか言えよ」
オレの姿を見て、変わらないと言ってもらえたのが嬉しかった。オレは顔を上げて、にこっと笑って、唇を近づけた。
*
手早く服を着て、ベッドから降りる。これで最後。もうおしまい。
ベッドの上には、まだ寝ている俳優。健康的な肌の若い人間。かたやオレは、悪魔。
人間に正体を見られたからには、離れないといけない。それがたとえ、自分の真の姿を見ても恐れず、拒絶しなかったとしても。
「いままで楽しかったよ。じゃあね」
規則的な寝息を立てる彼の背中は、何も言わない。オレは何かこぼれそうな目尻を拭って、部屋を去った。
キィ、パタン。
俳優は瞑っていた目を開けて、彼の去った方を振り返った。寝息を立てる振りをしていたおかげで、彼の最後の言葉を聞くことができた。
カシュッ。マッチを擦り、煙草に火をつける。そういえば最初の日もあの店の前で煙草を吸っていたっけ。あのときは、自分の職業に、将来のなさに落ち込んでいた。
__だから、あいつにとって俺が回復薬だったように、俺にとってもあいつはありがたい存在だった。
今となってはもう終わってしまったけど。
「俺も、楽しかった」
さぁ、元の生活に戻ろう。俳優は服を着て、まずはカーテンを開けた。
あのままじゃ店にはいられない。オレはフード付きの上着をすっぽり被って、最低限の断りを入れると、何も感づかれないうちに走り出た。
「はぁ......っ、ぜェっ」
物陰に座り込んで、少しでも息を整えようとする。無駄な努力なのは分かっている。魔力を貰わなければ、治らない。
すると、目の前の地面に影がさした。
「......シアン?」
ガサリ。タバコと酒の入った袋が見える。見覚えのある靴を履いた足もある。顔を上げたくなかった。素顔を見せてしまうから。
「シアン。ここにいたのか?なんか今日お前早退したって聞いて。前の客のせいかよ、ふざけんなって思ってさ......」
「......帰って」
「え?」
見られたくない。
「今すぐ帰って。今日は、できない」
小刻みに震えているのを感づかれてしまいそうだ。だから、目の前の俳優の足を手で押し返す。その手を上から包み込まれる。
「立てよ。俺んちに来い。来ないと......許さん」
その言葉はぶっきらぼうだったが、無理を強いているのではなくて、彼なりにオレをここに置いては危ないと判断してのこと、なのだろう。多分。
ありがた迷惑、って言ったらどう考えても強がりすぎだな。
「......うん」
手を引かれる小さい子みたいにオレは、俳優に支えられて歩いた。
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キィ、パタン。
俳優は真っ先にオレを、ほとんど抱き上げるようにしてソファに座らせた。息が上がって止まないのを見て、風邪か、としきりに聞いた。
「ちが......うんだ」
深くフードを被り直して、俳優の視線を避ける。見られたくない。
「じゃあ何?......見られたくないとか」
びくり。肩が反応してしまい図星だと伝わってしまう。これじゃ拒絶だ。
唐突に、彼が明るい声を出した。
「お前、多分今日の客に顔殴られた......とかじゃないんだろ?今までずっと隠してきたってことだよな?......演技うまかったよ。分からなかった。」
そうだよ、ずっと前から人間だってお前を騙してきた。あまつさえ恋人まがいの顔して、こうやって家にだって上がって。
「分かっちゃうの、かよ......」
「中身を見せろって言うのは無粋だな。さすがに俺でも言わねえ。けど......お前すげえ苦しそうだぞ」
汗がぽたぽた垂れ落ちている。肺が痛い。魔力不足による呼吸困難で、もう気絶しそうだった。
「お、オレは......」
がたがた震える手をいなして、フードに手をかける。俳優は目を離さないでじっと見守っている。その優しい目に、ぶっきらぼうな口調とは裏腹の落ち着いた目にはっとする。
オレ、今日はびくびくしてばっかだ。こいつはオレを害しようとかいうんじゃなくて、黙って待っててくれてるじゃないか。
ぱさり。フードを脱いだ。
中に隠れていた耳が、瞳孔の避けた瞳があらわになる。口を開けると少し犬歯も覗く。
「あ、く、ま、です」
「......悪魔ぁ?」
その間もずっと息が苦しくて、肩ではぁはぁ息をしながら、こく、と頷いた。
「なんだよ、いつもと全然変わらねえ。......それ、具合大丈夫なのか?」
「オレ、体質でこんなで......いままで、魔力っ......貰うために店......」
「魔力......がない?」
「切れちゃう......の。だから、誰かに貰わないと......」
よろけて、俳優の方に倒れ込む。それをしっかりと受け止めて、彼は言った。
「......なんだよ。俺がいるだろ?何すりゃ良いのか言えよ」
オレの姿を見て、変わらないと言ってもらえたのが嬉しかった。オレは顔を上げて、にこっと笑って、唇を近づけた。
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手早く服を着て、ベッドから降りる。これで最後。もうおしまい。
ベッドの上には、まだ寝ている俳優。健康的な肌の若い人間。かたやオレは、悪魔。
人間に正体を見られたからには、離れないといけない。それがたとえ、自分の真の姿を見ても恐れず、拒絶しなかったとしても。
「いままで楽しかったよ。じゃあね」
規則的な寝息を立てる彼の背中は、何も言わない。オレは何かこぼれそうな目尻を拭って、部屋を去った。
キィ、パタン。
俳優は瞑っていた目を開けて、彼の去った方を振り返った。寝息を立てる振りをしていたおかげで、彼の最後の言葉を聞くことができた。
カシュッ。マッチを擦り、煙草に火をつける。そういえば最初の日もあの店の前で煙草を吸っていたっけ。あのときは、自分の職業に、将来のなさに落ち込んでいた。
__だから、あいつにとって俺が回復薬だったように、俺にとってもあいつはありがたい存在だった。
今となってはもう終わってしまったけど。
「俺も、楽しかった」
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