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本編

右目

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「ウン、変わりないですね」

 古びた薬品室のような雰囲気の診察室。天気のいい午後の日差しが射し込む。今しがた喋った医者のほかに話し声はせず、ここがそう流行っていない病院だと勘違いさせる。

「ジェシカ、ちゃんと寝てる?」

 医者は目の下に黒黒とした隈を作っていた。そう、ここでは閑古鳥などないていない。1人でやっている三十路の医者は、毎日驚くほどたくさんの患者を診ていた。実際は昼間よりも夜、それも深夜、真夜中といった時間帯が混むのだ。

「寝てますよ」

「何時間」

「3......か4」

「うええ......死ぬよ?人間だし」

 人間だし。そうなのだ。ここで今診察を受けている悪魔、シアンは人間ではないが、医者のほう、ジェシカは人間の男だ。

「いいんです。今はあなたを帰したら眠ります。ここに来るのは夜型の方が多いので」

 夜型の方というのは夜行性の人外だ。吸血鬼、狼男、......人外は多くが夜に活動する。そしてここは人外を専門に診る診療所だから、夜に混むのが当たり前だった。

「オレの目、やっぱこのままなの?」

「......そうですね。というか僕の先先代から変わらないでしょう」

「そっかー。ま、いいや。最近は楽しいし」

 じゃあね、と言ってシアンは診療室をあとにした。医者は、帰り際のシアンの、楽しいしという言葉を反芻した。あの悪魔にしては久しぶりに、いい相棒ができたらしい。
 それから医者は広げたカルテを眺めた。十数年も見慣れたやつだ。一番上には最近の彼の写真が貼ってあり、その下にずらずらと、彼特有の体質について書かれている。その、目の項目。
 __右目のみ失明。白内障や緑内障に似た症状

 さっきもシアンは、自分の右側にある薬品の瓶に触れて、うっかり倒しそうになっていた。それについては医者の注意不足でもあるのだけど。シアンの目については__他の、魔力枯渇についてもだが__原因がまるではっきりしない。医者にできることは、実はただ見守るだけなのだ。




 夜になって、医者は隣のアンティークショップから出てくるシアンと、最近ここに来た件の相棒の吸血鬼を見かけた。
 その吸血鬼__名はシルフと言ったか__は最初ここに来たが、何せ怪我を血液で治す吸血鬼、どこも診るところがなかった。元々かなり健康だったそうだが。
 2人が歩いていく。ふとその姿を見て、医者はおっ、と思った。
 横並びに歩いている。シアンは昔から人懐こく、よく人にくっついていることがあるのだけど。
 吸血鬼は自分の左腕に寄り添うシアンに、むしろ自分から半身を寄せるようにしている。歩きづらくはないか、と一瞬医者は思ったが、違った。
 ちょうど彼らの右側から道を横切って来る人がいたのだ。シアンは右目が見えないせいでそれに遅れて気づき、シルフがぶつからないよう庇う形になった。
 __出来るひとだ。
 彼はシアンの目のことを恐らく察しているのだろう。あの悪魔は自分からは言わない奴だ。右目が見えず、常に右の視界に不安を持っているシアンのために自らその側を歩いて、補ってあげている。
 __僕は、それを見守ろう。
 医者は、しばし止めていた手を動かして、仕事に戻った。
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