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本編

小さく可愛いものには決まって棘がある #4

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「......シアン?」

 時間だぞ、とさっきから声を掛けているのだが、一向に返事をしない。
 作戦の日。決行は深夜。夜は長いから......夕方になって、シアンはちょっと仮眠すると言ってソファで寝始めた。
 シアンは寝相が悪い。普通の人は座った姿勢なり、横になるなり、ソファに収まって寝るのだろうが。シアンは座面から半分落っこちかけている。

「あと少しだけ、寝かせてあげるか」

 近づいて頬を触ると、思いのほか弾力があって柔らかい。耳の先の尖ったところを撫でる。俺のより大きめで、顔を小さく見せている。左にだけ青い石のピアスを嵌めている。あまりじっくり見たことはなかった。浅い海のようすを映したように、明るい青できらきらと僅かな光を反射する。
 __しかし、全く起きないな。
 ほんとうは、こいつに囮など任せたくない。人を殺そうとする吸血鬼の怖さは、俺が一番分かっているから。

「シアン......俺も実はこわいんだ...」

 寄り添うようにしてソファに突っ伏す。こんなに起きそうなことをしても、構わず眠り続けるシアンが心強かった。

「......ん。ふふ、正直者め」

 え。慌てて顔を上げる。にやにや笑いのシアン。起きてたのか......それはずるい。

「怖がりなお前にはちゅーしちゃうよぉ」

 ふに、と柔らかい唇が唇に軽く付けられる。触れるだけのキス。シアンはさ、行くよと立ち上がった。




 コンコンコン。
 犯人の家。ここは情報源をもとに突き止めたあるホテルの一室。オレは他の客を装ってドアをノックする。

「夜分遅くにすみません、隣室の者ですが」

 魔法で人間に姿を変えてはいないが、耳や目は帽子で見えづらくしている。魔力は次に使うから残している。
 来客に気づいて、ドアに近寄る気配。ここはドアの小さな穴から客の姿を覗けるようになっている。こいつは必ず確認するはずだ。そうだ。覗け。
 バチッ。
 目が合って、オレの誘惑の魔術がかかる。
 中の吸血鬼はどうしてもドアを開けたくなって......

「こんな時間になんだ?弱そうなガキが」

 帽子少し上げる。オレはガキじゃないが、罠にはかかってくれた。

「美味しい血を持ってきたんですが、どうでしょう」

「あァ?知らねえよそん......お前、美味そうだな」

 一歩、一歩近寄ってくる。一瞬自分が吸血鬼であることを否定したものの、すぐにオレの誘惑に釣られている。

「中でなくては、見られてしまいますよ」

「......そうだな。おい、入れ」

 こいつは獲物が自ら巣に入って来ることを、不思議に思わないのだろうか?それに今、部屋の鍵まで閉めてしまった。これではすぐに逃げ出せないのに。

 ガシ、と肩を掴んでくる。オレは目を合わせたまま涎を垂らした顔が近づいてくるのを待つ。
 すると大柄な吸血鬼は、オレとの身長差が合わなかったのか、オレをぐいと持ち上げ始めた。予想外のことにオレも慌ててしまう。まぁだけどこのくらいのこと何でもない__

 ガシャーン!
 突然大きな音がして、見ると窓ガラスが割れて、待機していたはずのシルフが中に入ってきた。

「おい、お前......」

 つい呼びかけてしまう。しまった。犯人を刺激してしまう__と思った時には、吸血鬼はオレから手を離して窓に突進していた。はっとしたように振り向いたシルフの横を大柄な体躯で器用にすり抜けて、外へと飛び出していく。

「シルフ!何やってんだ!」

「すまない、お前が危ないと思って......」

「追うぞ!」

 シルフも身を翻して窓に向かっていく。本来ならばオレがこの調子で室内に足止めをしているうちに、シルフが静かに退路を塞ぎ、部屋で動きを封じるはずだった。それが崩れた今、追いかけなければ逃げられてしまう。

 シルフは静かに淡々と、ベランダを伝って駆け、距離を詰めていく。
 待てと言われて待つ犯人はいないし、深夜だ。叫んでは目立つ。それでも追いかけている場所が場所だ。騒ぎに気づいた人々が起き出して、部屋の灯りがついていく。
 __なんだなんだ。あそこに人がいるぞ。
 __誰か追いかけてる?上に行くぞ。

「シルフっ......」

 オレはあんな大立ち回りできないから、室内から階段を上がる。その間にも騒ぎに気づいた人たちがなんだなんだと部屋を出てくる。
 くそ......これ下手したらオレたちまで正体バレるぞ。
 誰かが、屋上だ!と言った。追い詰めたのか。一目散に上へ向かうオレに何人かが注目したが、気にせず走る。

 屋上周辺にも集まっていた人だかりをかき分ける。屋上に出ると、シルフがじりじりと犯人を追い詰めていた。建物の角、屋上の縁まで下がっている。

「ひとごろし。いい加減にしろ。十年も経ってまた現れやがって」

 怒っている。オレの相棒の美しい吸血鬼は、静かな怒号を犯人にぶつけている。
 しかし、犯人はなぜか余裕そうだ。

「ハハハ!おれはな、長年少年の血を飲み干してきたよ。でも絶対捕まらねえ!」

 __この高さ、吸血鬼は落ちても平気だ。
 オレは意を決してフードを脱いだ。オレを見ろ、人殺し。

「止まれ!」

 バチ。目が合って、吸血鬼が身体を硬直させる。さながらメデューサに睨まれたかのようだな。吸血鬼は風になびくオレの赤毛に釘付けになる。
 シルフが犯人に飛びかかる。これでシルフがこいつを拘束して、終わり。そう思ったのだが。

「お前、そんな髪の毛してたのか。見たことあるぜ?」

 は?
 怪訝な顔で睨む。お前が昔殺しかけたのは、オレじゃなくてシルフだろ?

「ふーん、覚えてない。それならいいさ」

 吸血鬼は意味深な言葉を残すと、自分の身体を押さえつけているシルフに向き直った。

「さてはお前あのときの小僧なんだな?こっちは随分姿が変わって......」

 ギリギリ......シルフがこめかみに血管を浮き上がらせて、犯人の腕を締め上げる。あのとき......子供の頃と今とでは、それは面影が違うだろう。それに力も強い。

「死ね」

 パァン、と激しい音がした。
 シルフが掴んでいた犯人が、屋上の床に投げ出された。すごい勢いで地面に倒れ、動かなくなった。

「え」

 シルフは小さく声を上げた。
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