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本編
ウン十歳児のくっつき虫
しおりを挟む何かしらかの怖い任務があった後。
*
怖かった。無事に帰って来れた、とすっきりするものじゃなかった。帰ってきたときは疲れていて、そのまま泥のように眠りに落ちてしまった。駄目なのは、その次の日の朝だった。
薄明るい部屋のベッドに1人。あいつが眼に入らないだけで、心細かった。任務の時みたいに、離れ離れになって、恐ろしい拷問を受けているんじゃないか。オレのせいで余計に痛い目に遭っているんじゃないか。
キィ......
あいつの部屋の扉を開く。光に入らない真っ暗な部屋。シルフは闇の方が落ち着くのだろうか。
「......シルフ?」
目を凝らすと、眠っていると思ったシルフは、ベッドに半身を起こしていた。何をするでもなく、ぼうっとしている。
「あ......シアン」
名前を呼ばれた。あぁ、ちゃんとここに居る。だけどまだ心細い。ここに居るのを......触れて確かめたい。
「うぅ......怖いよ」
情けないくらい弱々しい声出してしまった。ベッドに駆け寄って抱きつく。よく知った遅めの鼓動と、ひんやりとした体温が布越しに感じられて、オレはやっと安心した。
シルフの腕も、少しだけ震えていた。オレと同じで、昨日のことをずっと考えてしまったみたいだ。眠ることもできなかったらしい。
仕方ないから起きて温かい飲み物でも飲むか、と困ったように笑った。
*
「嫌だ。お前どこ行くの」
もう少しだけ一緒にいて。
......本当に、少し離れるだけで永遠にどこかに行ってしまうような気がするんだ。
店を出て外に行こうとするシルフの腕を掴んで引き留めた。
「......ごみ捨てに」
ちょっとだから、と眉を下げる。なんで、お前は離れるの、怖くないのかよ。オレは、怖いよ。服も、床も、血に塗れて、身体はぼろぼろで、ズタズタで、でも吸血鬼だから死ななくて、ただ1人、痛みに耐えていたあの姿。どこまで酷い怪我でも死なないからって、なんでも1人で耐えられる訳じゃないよな。死なない、心も傷つかない、そんな本当の怪物みたいなのに、成って欲しくなくて。離れたら、お前がそんな怪物に、成ってしまう気がして。
「一緒に行く」
こんなの仮にも姿は大人のオレがとる行動じゃないと思う。だけど......と腕を掴んだままシルフの顔を見上げると。
「ああ。今日はそうしよう」
ごみ袋を1つ持ってくれるか、と目をちゃんと合わせて言った。もちろん、と少し心が軽くなったオレは、やっと笑うことが出来た。シルフも、少し微笑んでいる気がした。
*
こうすれば、怖くない。
朝、日の出とともにベッドに入る。先に寝床に入りぐっすり夢の中にいるシアンの油断しきった顔。閉じたまぶたの膨らみが、起きているときの目の大きさを思い出させる。寝相が悪く、はだけた布団を直してやる。
すぅ、すぅ。
規則的な呼吸とともに上下する胸に、顔を押し付けると、トクン、トクンと心音がはっきり聞こえる。体じゅうを血の巡る音。赤くて、甘くとろける味が途端に口内に......駄目だ駄目だ、もう寝ようとしているのに。
シアンの額を覆う真っ赤な髪の毛を指で漉く。ふわりと香るシャンプーの匂い。額に軽く唇をつける。おやすみ。
チュンチュン、と小鳥の囀り。もう朝か......。そんなに早朝に起きる必要はないが。
ふわぁぁ...と伸びをして、横を見ると寝相のいいシルフの背中。こっち向いてくれてもいいのになあ、と覗き込む。眩しいのか、毛布を頭まで被っている。今日晴れてるからなー、仕方ない、と背中に抱きつくと、わずかに身じろぎをした。寝かせろってか。冷たいの。体温低くて背中も冷たいし。生きてんのかなあ、と耳を付けると、ちゃんと心音がする。よかった。オレよりもちょっと遅めのテンポの心臓の音は、安心する。
心地よさに二度寝しかけて、がばっと飛び起きた。
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