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本編

贋の光は強い、でも本物はもっと強いから #answer

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おまけの蛇足。吸血鬼さん目線。



 俺は知らず、酔いしれていたらしい。


⬛︎

「チョコよりオレの血がいいか。......ほら、おいで」

 シアンにいざなわれるまま歩み寄り、いつものように甘い甘い命の液を期待して、口をつける。
 !?
 思わず咽せそうになり、慌てて少し飲み込んでしまう。いや何やってるんだ俺は。これはシアンだ。......いや違うのか?
 今口に含んだもの。この血液はシアンのとは到底似つかない。しかし、どこかで味わった記憶がある。......しだいに意識がはっきりしてくる。それまでぼんやりしていたということか。俺としたことが、もっとしっかりしろよ。そう、これは悪魔の血だ。あのときも不味すぎた。そして、俺には毒だった。 
 毒......。今俺は、その毒を一口分、口に含んだ状態だ。さっき少し飲み込んでしまったが、大半はまだ飲み込んでいない。どうすべきか。目の前のこいつ__精巧な出来栄えのシアンだが、よく見ると全く雰囲気が違う__は今はうっとりと目を閉じて黙っている。こいつはおそらく悪魔なのだ。シアンも悪魔だが......。そっくりの見た目で現れ、加えて悪魔の幻惑の力。完全に騙されていた。それもその不味い血のせいでもうバレてるけどな。しかし、このシアンでないなにかはまだオレが幻惑にかかったままだと思っている。何をしようというつもりなのかは知らないが、間違いなく敵だ。化けているから、化け物だ。それなら__

「あれ。大丈夫?」

 気を失ったふりをする。化け物の腕に倒れ込みもう意識はないと思えるように、両手をぶらんとさせる。

「ふぅん、一口でだめなんだ」

 独り言が出てるぞ。けれど、俺が毒をまともに飲み込んで__いくらかは本当に飲んでしまったが__それが効いているように見えているだろう。毒......
 あれ。喉が痺れてきた。上手く息ができない。まさか本当に毒が効いて......?俺は意識を手放したふりをしたまま本当に意識を失った。

 頭を撫でる手が心地よい。その次は耳。頬。そして唇。噛み、吸い、飲み込......
 飲み込んではいけない。俺ははっと気がついて、思わず咽せてしまった。寝ている間にちょっと飲み込んでしまっていたか?しかし、だいたいの血を口内に留めていたおかげで、それが咳とともに溢れ、俺や化け物の体、ソファ、カーペットにかかる。今のは俺自身の血を吐いたようにちゃんと見えていたか?

「......俺は、寝てたのか」

 まだ幻惑にかかっているというふうに、わざと的外れなことを呟く。

「おはよう、シルフ」

 よく寝てたね、とやけにぎらぎらした瞳が俺を真っ直ぐに見る。見続けるとまた惑わされてしまいそうだ。だって、本当にシアンそのものなのだ。金色の瞳の怪しげな煌めきでさえ、本当のあいつと見分けがつかなくなる。意識を集中しなければ、この化け物の魔力に囚われてしまいそうだ。そうだ、ならシアンは今、どこにいる?そもそも買い物をしに出て行ったはずだ。そうしたらそっくりに化けた怪物が買い物袋を持って現れた。こいつに捕まり、どこかに捕らえられていたり......もしくは、口封じに......
 ふいに窓の外に何かがよぎって、目で追いかける。あっ。
 シアンがいる。あまり視線を向けてしまうと気づかれるので、表情までは見られない。よかった、捕まったりはしてない。だけど、今外からこれを見て、どう思うだろうか。怒っているだろうか。もう幻惑は解けたとはいえ、騙されてしまったのは確かなのだ。今すぐに扉を開けて謝りたい。あぁ、でも化け物は未だここで、シアンのふりをしている。俺はぼんやりとした顔を崩さず、化け物の、シアンそっくりの黄色い瞳を見つめる。

「......まだ飲むよね?」

 化け物は信じて疑いもしない様子で、俺に吸血を請うてくる。その前も何か喋っていたが、全然耳に入っていなかった。俺は一つのことしか集中できないのだ。
 無言で首を縦に振る。口を開けて、肩口に近づける。本物そっくりだが、精巧なだけの化け物。窓の外の影が動いた。きっと俺が悪魔の血を飲もうとしたことに気づいて、止めに走っているのだろう。シアンには悪いことをしている......だけど、そう、窓から離れてくれ。これは見られてはいけない。
 ガチャガチャ。急いでノブを回そうとする音。さっき化け物が鍵を閉めているのは見ていた。すぐに入ってきては今からすることがシアンに見られてしまう。余計に心配させてしまうが、仕方ない。

「シアン、客が来たから、開けないと......」

 化け物は風か何かだといって、俺を自分に向き直らせようとしている。うん、そうだな。これくらいがいいタイミングだ。
 大きく後ろに振りかぶった拳を真っ直ぐ前に、化け物の顔面に打ち付ける。まともに食らい、後ろの壁まで吹っ飛んでいく。

「痛、えっなんで」

 予期できたはずもない、受け身も取れずひっくり返ったそいつは、半分変身の切れかかった素顔を俺に晒した。
 あっ、と思った。化け物は長い髪を俯いた顔にかけ、シアンとの中間のような中途半端な顔で、目を見開いて俺を見上げる。化け物は女の悪魔だ。けれどだからといって傷つけずそのまま帰すいわれはない。
 俺は一言も返さずに口をつぐんだまま吹っ飛んでいった悪魔に近づき、腕に力を込めて壁に押し付けた。苦しむ呻き声が上がるが、力は緩めない。

「や、やめて......離して」

 手で俺の腕を剥がそうとする。爪を立て、服ごと腕にバリバリと傷を付けられるが、何も効いていない。腕を乱暴に離して顎を蹴り上げる。贋物はもんどりうって倒れ、情けなく床を這いながら、手探りで俺を探している。

「許すわけないだろ」

 俺はもう一撃蹴りを入れて黙らすと、急いでドアの方に向かった。

「シアン」

 ドアの向こうにはっとしたような気配がする。鍵を回して扉を開く。見慣れた、先ほどまで見ていたのと同じ顔が覗いた。俺が扉を開けるのとほぼ同時に、後ろから這ってきていた化け物に足首を掴まれる。くそ、詰めが甘かった。しかし俺はシアンの不安そうな顔だけを見る。見た目は本当にあの化け物と同じだ。

「シルフ......どういうこと?その手、危ないよ」

「シアン、確かめさせてくれ」

 食い気味に重ね、腕を取った。ごめん、どうしてもこれだけは。確かめたい。そして味を、塗り替えたい。
 プツリと皮膚が切れるのと同時に、甘い甘い血液が口内に溶ける。これが、シアン。涙が出そうだった。

「ありがとう、本物のお前だな」

 シアンは何が起こっているのかわからないといった顔で、呆然と立っている。俺は足元を見下ろし、

「お前は誰だ、悪魔」

 しかし、悪魔はこの一瞬でシアンそっくりな姿を取り戻し、とぼけたように喚きだした。血を飲んだとかなんとか。俺は当然のように言い放った。

「シアンの血はこんなに不味くない」



 シアンはちゃんとハイミルクの板チョコを買ってきた。誇らしげに俺に渡してきたが、もしかしてこれを買うために遠回りしなければ、先に悪魔に贋物を演じられることもなかったんじゃないか?
 まあこれを頼んだのは俺。今回はイーブンかな。
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