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眠れぬ夜

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 昨晩は一睡も出来なかった。

 理玖がいなくなった後も、あの行為を続けていたのだろうか。
 特待生寮の壁は厚く、隣の部屋の物音も全然聞こえなかった。
 それぞれの部屋でこのような行為に及ぶことを前提として作られたのかもしれない。

 気持ち悪い。
 躊躇うことなく足を開いて、同性の性器を自分の肛門に入れるなんて、有り得ない。
 そう思うのが当然で、そうあるべきだと思っているのに。睦み合うように篠原に挿入され、悦んでいる久木の顔が忘れられない。
 あんな風に気持ちよさそうに、満たされているように受け入れていた。
 
 二人の間には甘い雰囲気が漂っていて、きっと久木の伴侶は篠原なのだろう。
 恋愛は自由で、相手が同性であることに偏見は無い。理玖はまだ恋をしたことはないが、そこに男も女も関係ないとは思った。
 あれが二人の、二人だけの逢瀬であるのなら、何も問題がなかった。後輩に見せて楽しむ趣味はどうかと思うが、それだけだ。

 けれど、違う。
 篠原とのセックスはあくまでも、いきなり理玖が嫌悪感を抱かないようにするためのものだ。その前の説明で言っていたじゃないか。
 特待生は、一般生の性処理係だと。他ならぬ久木が説明した。
 今日も夜同じ時間に久木の部屋に行くように、と言いつけられている。寝不足の青い顔で一般生寮の食堂に向かうと、向かい側に座った瀬川が心配そうに声をかけてきた。

「理玖、顔色悪いぞ。大丈夫?」
「えっと、その……よく眠れなくて」
「ホームシック?」
「うん、多分」

 咄嗟に嘘をついてしまった。
 そういう瀬川は、朝から大盛りでよくそんなに食べれるものだと感心してしまう。幼い頃から、あまりお腹いっぱいに食べたことがない理玖は、同年代の男子にしては食が細い自覚はあった。

「裕樹は平気?」
「俺は短期留学とかの経験があったから、別に平気。寝具が金かかってんな~さすが咲秀ってぐっすり寝てた」
「あ、確かにベッドすごく気持ちよかった」
「だろ?」

 中学生で留学したことがあるなんてすごいな、と思いながらサンドイッチを口の中に押し込んで、オレンジジュースで流し込んだ。

 ふと、考える。
 瀬川はこの学園の、特待生の仕組みを知っているのだろうか。
 たまにチラチラと視線を向けられる。主に上級生で、たまに一年生のものもあった。
 制服を着ている理玖の襟元には、桜の刺繍が施されている。性処理なんていう、一般的な倫理観から大きく逸脱した仕組みを知っている生徒はどの程度いるのだろうか。
 新入生にしても、おおっぴらにはできなくても身内に卒業生がいれば、その話を聞いたことがあるのかもしれない。

 昨日と今日で大きく様変わりしてしまった理玖の世界に対して、瀬川の態度は全く変わらなかった。まだ何も知らないのだろうか。
 高校で初めて出来た友人。そんな相手に、性的な目で見られることは嫌だと思った。頼むから、知らないままでいてほしい。


 朝食を終えて教育棟に向かった。
 今日からいよいよ授業が始まる。国内でも有数の進学校であり、多数の東大合格者を輩出している咲秀学園において要求される学力のレベルは高い。
 当然テストも難しいだろうし、授業料全額免除の特待生という立場にありながら、赤点なんて取れないだろう。
 既に教科書である程度予習してきているが、どんな授業があるのだろう、とドキドキしていた。

 クラスに行っても、たまに視線を向けてくる生徒こそいても、直接的に何かの言葉をぶつけられるようなことはなかった。
 まるで昨晩の出来事が、嘘だったみたいな錯覚に陥った。
 詳しくはまた久木に聞くことになるだろうが、何かしらの暗黙のルールがあるんだろう。
 予鈴が鳴り、教科担任の教員が入ってくる。
 睡眠不足で頭は痛いが、昨晩のことは忘れて勉強に没頭した。


 今日も始まったばかりだから、と二時過ぎには授業が終わって放課になった。
 昼食後の授業を睡魔と戦いながら終えると、流石に仮眠を取ろうと寮へ向かった。
 瀬川にはまた買い物に行かないかと誘われたが、よほど眠そうな顔をしていたのか「寝てこいよ」と背中を押された。
 勉強をして、自分が学生であることを再認識できた安心感なのか、ベッドに倒れ込むと三時間もぐっすり寝ていた。
 目覚めた頃には夕方で、うーんと伸びをした。

「確かにこのシーツも、掛け布団もめちゃくちゃ高いんだろうな……」

 実家で寝ていた安い布団とは大違いの肌触りだ。しかも日中教育棟に行っている間に、取り替えられてる。
 すごい、さすがお金持ち学校。
 こういった高価なサービスを受ける代わりに、身体を差し出せと言われているのだろう。
 ……怖い。久木のように、いつか自分も自ら足を開いて男を受け入れるようになるのだろうか。
 今夜も、呼ばれている。


 夕食を終えて、シャワーを済ませると、約束の時間に久木の部屋に向かった。ボイコットしてしまいたい衝動に駆られたが、その先に何が待っているのか恐ろしくて、足を震えさせながらドアをノックした。

「いらっしゃい。そんな、怖がらないで。おいで」

 ドアを開けた久木は、小動物のように震えている理玖に微笑んだ。
 最大限配慮して昨晩篠原との行為を見せたが、初心でピュアな後輩を怖がらせてしまった。
 でも、こんなことで教育係としてやるべきことを止めるわけにはいかなかった。六日後には、理玖も性欲処理の仕事をこなせるようにしなければ。傷つくのは、理玖だ。

「今日は、前半は僕と二人きり。九時までは誰も来ない」
「……九時には、誰か来るんですか?」
「それは、諦めて」

 理玖の目に怯えの色が灯る。
 それでも、やらなきゃいけない。
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