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入学と初めての友達

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 学費及び諸経費全額免除。生活費支給。
 成績及び素行評価によりインセンティブ支給。
 極貧学生にとって夢のような全寮制男子高校、咲秀(さくしゅう)学園の特待生試験は、ペーパーテストに加えて、家庭環境調査と面接で合否が決まる。
 この学園、ごく一部の特待生を除いては、金持ちの御曹司が多額の寄付と共に入学していた。金持ちからのプラス分を、貧乏人にリソースする。そういう大義名分で、特待生制度を設けているようだ。


 団地住まいの実家から電車で二時間、さらに最寄り駅からチャーターのバスで揺られること、一時間。
 同じ都内とは思えないほどに山奥の隔離された場所に位置している咲秀学園に初めて来た三ツ橋理玖(みつはし りく)は、突如として現れた大きな校舎に目を瞬かせた。うわ、すごい大きい。綺麗。
 あの大きな校舎の中に、学び舎だけでなく寮やショッピング施設、スポーツ施設から暇つぶしのための遊興施設まで完備されているらしい。流石は寄付金でお金が有り余っているだけのことはある。

 入学の為の試験は、都内の会議室を使用して行われたので、実際に学校に行くのはこれが初めてだった。オープンスクールに行くような交通費は、理玖の家にはなかった。特待生に選ばれて、自宅から最寄り駅までの切符が同封された書類一式と学習道具、制服が宅配で届いた。

 日本有数の進学校に特待生として入学。喜んだ両親と妹とでささやかなお祝いをして、電車に乗り込んだ。小中と公立の学校に通っていた理玖にとって、親元を離れての寮生活なんて始めての経験だ。不安がないわけではない。

 ある日突然スカウトが来て、咲秀学園の入学試験を受けないかと言われた。最初は新手の詐欺かと思ったが、スカウトマンの学園関係者は「君なら必ず特待生試験を突破できますよ!」と熱心に訴えかけた。
 調べてみると、日本有数の大企業や政治家、ありとあらゆる特権階級の息子が通い、卒業後の進路も安泰。特待生で受かれば、学校に行きながらインセンティブまで受け取れるという。
 働きながら定時制高校の道を考えていた理玖にとっては、またとない話だった。

 父が病に倒れてからは、団地で家族四人極貧生活だった。勉強を頑張って、品行方正にしていれば仕送りも夢ではない。
 中学卒業後の春休み、新聞配達の傍ら届いた教科書を片っ端から予習し、一年生で学習する内容はほぼ網羅していた。


 バスを降りて、改めて周りを見渡すと、学園の敷地は広大だった。全校生徒は四百人程度で、寮とその他施設を含んでも有り余る広さだ。

 学園の前には、見たこともない高級車が何台も並んでいて、いかにも裕福な家の御子息といった風の同世代の子どもが降りてくる。理玖のように学園が用意したバスに乗ってきた生徒もいたが、少数派だった。

 学園からの入学説明の書類によると、これから入学式があってからクラス編成の発表、そして各クラスに分かれてホームルームがあって、午前放課になっている。午後は各々寮で荷物の整理をしたり、学内を散策する時間に割り当てられているようだ。

 入学式の為に大ホールに向かうと、ふと気づくことがあった。
 自分が着ている制服には、襟元に桜の花弁を象った刺繍があるのに対して、殆どの生徒のそこには何も縫い付けられていなかった。稀に同じ刺繍がある生徒がいたが、彼等は誰も彼も顔が整っていて、上級生に至っては色気を感じさせる。
 どういう区分なのだろう、ひょっとして特待生だろうか?
 理玖も顔立ちが整っているが、中学時代はとにかく家計を助ける為に新聞配達のアルバイトで忙しくしていたので、恋愛事とは無縁の生活をしていた。

 そういえばスカウトマンが、やたら理玖の顔を見て特待生試験をクリアできると念押していた気がする。成績も必要だが、容姿の優れた者が選ばれるのだとか。芸能活動でもさせる気なのだろうか?

 正直興味はないが、家に仕送り出来る額が増えるのなら、なんでもいい。
 しかし妙に視線を感じるな、と思いながら入学式を終えて、割り振られたクラスへ向かった。


 指定された教室に入ると、黒板に張り出された座席表を見た。
 基本的には五十音順の名簿順に並んでいるはずなのに、どういうわけか理玖だけがちょうど真ん中の席を指定されていた。名字から考えれば、どう考えてもそこはおかしい。前後の生徒はいずれもサ行から始まるのに、突然三ツ橋が割って入るのだから。

(ひょっとして、特待生だから?)

 入学式で見た限り、自分以外の新入生の特待生は二人しか見つけられなかった。あくまでも襟元の刺繍での判断だが。そう考えると、3クラスで3人なので、1クラスに1人という計算になる。
 自分以外全員お金持ちの御子息と考えると、貧乏を理由に嫌がらせを受けたりしないか、少しだけ不安になった。
 小中の頃は、持ち物がボロボロであることを揶揄われたことがある。幸い露骨なイジメには発展しなかったが、いい気持ちはしない。
 憂慮しても仕方ない。一先ず決められた座席に座ることにした。
 すると、隣に座っていた短髪で長身の生徒が話しかけてきた。

「君、特待生なんだ?」
「あ、うん。そうみたい、です」
「別に謙遜しなくていいよ。特待生で受かるってスゲー頭良いって聞いたことある」
「そうなんだ」
「あ、ごめん。自己紹介も無しに。俺は瀬川裕樹。よろしく」
「オレは三ツ橋理玖。こちらこそよろしく」

 差し出された手を握り返す。スポーツをしていたのか、手のひらは硬くて大きな手をしていた。

「理玖って呼んで良いか?」
「うん。裕樹って呼んでも?」
「勿論。理玖って東京出身?俺は金沢から来たんだよね」
「東京だよ。金沢……行ったことないや」
「良いところだぜ」

 ニッコリと人好きの良い笑みを浮かべる瀬川に、ひとまず友達ができて良かったと内心安堵した。

 その後瀬川が話しかけてきたのを皮切りに、他にも自己紹介をして、なんだか打ち解けられたような気がした。
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