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◇ 二章三話 穏(おだ)ひの間 * 元治二年 二月
惚気た閑話
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「――で、そん時の気の強ぇ仕草がまた可愛いの何のって!」
如月も下旬に差し掛かろうかというある昼下がり。夜勤番明けの斎藤と非番の沖田の部屋に、朝の稽古番上がりの永倉と原田が訪れていた。
菓子まで持参して何用かと思いきや、何のことはない。原田の惚気話を聞き飽きた永倉が、己の負担を分散しようとこちらを巻き込みに来ただけのことだった。新選組が結成して間もない頃に出会った町娘のまさという色(恋人)と、そろそろ夫婦になっても良いのではないかという話になっているとのこと。
初めは、原田も単純に背押しの欲しさに、数日前から永倉へ色々と相談を持ち掛けていた、ということだったそうだ。が、話す内に惚気話に発展し、止まらなくなった――……というのが今に至っているらしい。
途中から状況を察し、先夜の後始末と称して斎藤は一人、話から外れて部屋の隅で刀の手入れを始めたが、沖田は完全に両脇を原田と永倉に固められて逃げ場を失っていた。
「あはは。原田さんがお幸せそうで何よりです」
沖田は愛想良く折々に相槌を打ってはいるが、昔から浮いた話のひとつも出ない性質ゆえか、何を答えるのが正解かわからず、ちょくちょく反対隣の永倉を窺い見ている。
永倉はと言えば、そんな沖田に助け舟を出すでもなく満面の笑みを返すばかりで、その瞳にありありと「わかる。わかるけど俺の盾になってて」という意図が透けて見えていた。
「とにかく、それほどお互いを想っていらっしゃるなら、夫婦になるのはいいことなんじゃないですか? 新選組の立ち上げ当時、こちらが大変だった時期から支え続けてくださった方なんですよね? 近藤先生達も、反対なんてしないと思いますよ」
沖田が話の道修正を試みるが、原田は「そうなんだよ! お前らにももっと早く引き合わせたかったんだが、まさは『大変な時期にお仲間の手ぇわずらわせるもんちゃいますえ』ってビシッと言ってくれてなあ。ほんといい女なんだ」と別方向への惚気話に発展させてしまう。
ちなみにこのような流れは、既に四度目ほどになる。斎藤は部屋の隅で知らぬ顔をしつつも、これは永倉も音を上げるわけだと納得せざるを得なかった。
「なるほど、本当にしっかりなさった女性なんですねえ。そういえば、永倉さんも確か、想い人がいらっしゃいましたよね?」
さすがにそろそろ埒が明かないと思い始めたのか、沖田はそう言って半ば強引に永倉に話を振った。会ったことはないが、永倉にも馴染みにしている芸者がいるという話は斎藤も聞き及んでおり、そのことを言ったのだろうことはすぐに頭の中で結びついた。
「ああ、まーね。俺もそろそろ一緒になってもいいかなとは考えてるよ。向こうも憎からず思ってくれてるみたいだし。ただ、今はちょっと時機を見てるって感じかな」
永倉は、原田に比べればあっさりと言って肩をすくめた。
しかし、その瞳は穏やかにたわめられ、なるほどこちらも遠からず落ち着きそうだということは察せられる。時機を見て、というのは、変わらず落ち着きのない国の情勢や、先日の屯所移転に関するひと悶着を指してのことだろう。特に先日の件は、土方が一旦の譲歩を見せて話が保留になっている状況だが――少なくとも永倉は、これが落ち着いてから、という意向なのではないだろうか。
耳だけを話の輪の中へ向けてそんな推測を立てて、斎藤は密やかに息を吐いた。
口出しこそしないが、斎藤としては、こういった浮かれた話で気を紛らわせ、隊内が落ち着いていくならそれも良いと思う。そんな周囲の浮かれた気分につられて、年末からこちら何かと張り詰めがちな土方、山南、伊東あたりの空気がやわらぐなら尚のこと良い。さすがに棚から牡丹餅を狙った他力本願が過ぎるかもしれないが、とはいえ藤堂が帰って来るまでは様子見を続けるしかない、というのがひとまず斎藤の出した結論だった。
「――ていうか、俺達はまぁこうやって色々考えてるわけだけどさ? 総司や斎藤は、こういう浮いた話、ないわけ?」
刀身にはたいた打ち粉を拭っていた折、不意に、このまま話を別方向に逸らしてしまえ、とでもいわんばかりの永倉からの飛び火が投げかけられた。
如月も下旬に差し掛かろうかというある昼下がり。夜勤番明けの斎藤と非番の沖田の部屋に、朝の稽古番上がりの永倉と原田が訪れていた。
菓子まで持参して何用かと思いきや、何のことはない。原田の惚気話を聞き飽きた永倉が、己の負担を分散しようとこちらを巻き込みに来ただけのことだった。新選組が結成して間もない頃に出会った町娘のまさという色(恋人)と、そろそろ夫婦になっても良いのではないかという話になっているとのこと。
初めは、原田も単純に背押しの欲しさに、数日前から永倉へ色々と相談を持ち掛けていた、ということだったそうだ。が、話す内に惚気話に発展し、止まらなくなった――……というのが今に至っているらしい。
途中から状況を察し、先夜の後始末と称して斎藤は一人、話から外れて部屋の隅で刀の手入れを始めたが、沖田は完全に両脇を原田と永倉に固められて逃げ場を失っていた。
「あはは。原田さんがお幸せそうで何よりです」
沖田は愛想良く折々に相槌を打ってはいるが、昔から浮いた話のひとつも出ない性質ゆえか、何を答えるのが正解かわからず、ちょくちょく反対隣の永倉を窺い見ている。
永倉はと言えば、そんな沖田に助け舟を出すでもなく満面の笑みを返すばかりで、その瞳にありありと「わかる。わかるけど俺の盾になってて」という意図が透けて見えていた。
「とにかく、それほどお互いを想っていらっしゃるなら、夫婦になるのはいいことなんじゃないですか? 新選組の立ち上げ当時、こちらが大変だった時期から支え続けてくださった方なんですよね? 近藤先生達も、反対なんてしないと思いますよ」
沖田が話の道修正を試みるが、原田は「そうなんだよ! お前らにももっと早く引き合わせたかったんだが、まさは『大変な時期にお仲間の手ぇわずらわせるもんちゃいますえ』ってビシッと言ってくれてなあ。ほんといい女なんだ」と別方向への惚気話に発展させてしまう。
ちなみにこのような流れは、既に四度目ほどになる。斎藤は部屋の隅で知らぬ顔をしつつも、これは永倉も音を上げるわけだと納得せざるを得なかった。
「なるほど、本当にしっかりなさった女性なんですねえ。そういえば、永倉さんも確か、想い人がいらっしゃいましたよね?」
さすがにそろそろ埒が明かないと思い始めたのか、沖田はそう言って半ば強引に永倉に話を振った。会ったことはないが、永倉にも馴染みにしている芸者がいるという話は斎藤も聞き及んでおり、そのことを言ったのだろうことはすぐに頭の中で結びついた。
「ああ、まーね。俺もそろそろ一緒になってもいいかなとは考えてるよ。向こうも憎からず思ってくれてるみたいだし。ただ、今はちょっと時機を見てるって感じかな」
永倉は、原田に比べればあっさりと言って肩をすくめた。
しかし、その瞳は穏やかにたわめられ、なるほどこちらも遠からず落ち着きそうだということは察せられる。時機を見て、というのは、変わらず落ち着きのない国の情勢や、先日の屯所移転に関するひと悶着を指してのことだろう。特に先日の件は、土方が一旦の譲歩を見せて話が保留になっている状況だが――少なくとも永倉は、これが落ち着いてから、という意向なのではないだろうか。
耳だけを話の輪の中へ向けてそんな推測を立てて、斎藤は密やかに息を吐いた。
口出しこそしないが、斎藤としては、こういった浮かれた話で気を紛らわせ、隊内が落ち着いていくならそれも良いと思う。そんな周囲の浮かれた気分につられて、年末からこちら何かと張り詰めがちな土方、山南、伊東あたりの空気がやわらぐなら尚のこと良い。さすがに棚から牡丹餅を狙った他力本願が過ぎるかもしれないが、とはいえ藤堂が帰って来るまでは様子見を続けるしかない、というのがひとまず斎藤の出した結論だった。
「――ていうか、俺達はまぁこうやって色々考えてるわけだけどさ? 総司や斎藤は、こういう浮いた話、ないわけ?」
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