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◇ 二章一話 切望の春 * 元治二年 一月
距離感と左腕
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「ところで、お二人はどうしてこのようなところに――……」
ふと思い、顔を上げたところで、斎藤は続く言葉を忘れて半眼になった。
「はへ?」と、愁介と沖田が間の抜けた声を揃えてこちらを向く。二人は何故か、互いの手に持った菓子袋を互いに差し出しながら、相手の手中の菓子を食べ合う、という意味のわからないことをしていた。額がぶつかりそうなほど、互いの顔を間近に突き合わせながら。
それは袋ごと菓子を交換すれば良いのでは、という疑問が喉元まで出かかった。が、二人が斎藤にとって意味のわからないことをするのは割合普段通りのような気もして、そのまま口をつぐんだ。
そんな沈黙を何だと思ったのか、二人は示し合わせたように揃った仕草で「斎藤も食べる?」「斎藤さんも如何です?」と菓子袋をこちらへ差し出してくる。
「……いえ、甘いものは……」
「美味しいのに。ねぇ?」
「そうですよ、甘いものだからって、食わず嫌いは勿体ないですよ」
憮然と答えた斎藤に、二人は顔を見合わせてうんうん頷き合う。
……いや、別に甘いものを食べるなと言っているわけではなく。好き嫌いの話をしているのでもなく。食べるなら己の手で食べたらいいだろうという話なのだが。
吐息交じりに呆れ顔を返すと、沖田はにこりと目をたわめて「私は、この通りお菓子を買いに行っていただけですよ」と、先刻の斎藤の疑問に答えをくれた。
次いで愁介は「俺は屯所に、新年の挨拶に行こうとしてたんだけど」言いながら軽く手の菓子袋をかかげ、「こっちは総司へのお土産」と歯を見せて笑う。
「あ。そういうわけで、本年もよろしくお願い致します」
愁介が、素知らぬ顔で年賀の挨拶を告げる。本当は先日、会津から新選組に潜入している間者として、既に会津本陣で挨拶を済ませているのだが。
しかし、そんなことを知る由もない沖田の手前、斎藤も改めて愁介に「こちらこそ」と毎度の抑揚のない声で挨拶を返す。
「こちらこそ、本年も何卒よろしくお願い申し上げます」
「ふふふ。愁介さんとは道中で偶然お会いしましたので、そこからは二人で散歩がてら屯所に向かってたんですよ。そうしたら、斎藤さんが暴漢に襲われているらしいのが見えましたので」
「だね。見るからに穏やかじゃなさそうだったから、駆け付けてみたんだけど」
「はあ……別に私が襲われていたわけではないのですが」
二人の言いように、斎藤はつい眉根を寄せた。
が、愁介はあっけらかんとして肩を揺らして笑う。
「あはは、結果からすればね。でも最初はさ、オレ達から、斎藤の背後にいた女の人は見えてなかったもんだから。お陰で、斎藤が襲われてるように見えちゃったんだなあ、これが」
言って、ね、と愁介が隣に同意を求めると、沖田も迷いなく首を縦に振る。
斎藤は納得してゆるくあごを引き、「そうですか」と相槌を打った。
「まあ、何にせよ助かりました。お二人とも、ありがとうございます」
「いえいえ、どう致しまして。ふふ、左腕だけで刀を握っているようでしたから、初めは右腕を怪我でもなさってるのかなって危ぶんだんですよ。本当にご無事で何よりでした」
「本当にね。いやあ、左手一本でよくあそこまで戦えるもんだって感心もしたんだけど」
相変わらず沖田の手元の菓子袋からぽいぽい菓子を口に放り込みながら、愁介が感心したように言った。
かと思えば、愁介はふと何かを思い出したように視線を斜めに上げて、
「……あ。でもそう言えば、昔っから左手の方が器用だったっけ?」
ふと思い、顔を上げたところで、斎藤は続く言葉を忘れて半眼になった。
「はへ?」と、愁介と沖田が間の抜けた声を揃えてこちらを向く。二人は何故か、互いの手に持った菓子袋を互いに差し出しながら、相手の手中の菓子を食べ合う、という意味のわからないことをしていた。額がぶつかりそうなほど、互いの顔を間近に突き合わせながら。
それは袋ごと菓子を交換すれば良いのでは、という疑問が喉元まで出かかった。が、二人が斎藤にとって意味のわからないことをするのは割合普段通りのような気もして、そのまま口をつぐんだ。
そんな沈黙を何だと思ったのか、二人は示し合わせたように揃った仕草で「斎藤も食べる?」「斎藤さんも如何です?」と菓子袋をこちらへ差し出してくる。
「……いえ、甘いものは……」
「美味しいのに。ねぇ?」
「そうですよ、甘いものだからって、食わず嫌いは勿体ないですよ」
憮然と答えた斎藤に、二人は顔を見合わせてうんうん頷き合う。
……いや、別に甘いものを食べるなと言っているわけではなく。好き嫌いの話をしているのでもなく。食べるなら己の手で食べたらいいだろうという話なのだが。
吐息交じりに呆れ顔を返すと、沖田はにこりと目をたわめて「私は、この通りお菓子を買いに行っていただけですよ」と、先刻の斎藤の疑問に答えをくれた。
次いで愁介は「俺は屯所に、新年の挨拶に行こうとしてたんだけど」言いながら軽く手の菓子袋をかかげ、「こっちは総司へのお土産」と歯を見せて笑う。
「あ。そういうわけで、本年もよろしくお願い致します」
愁介が、素知らぬ顔で年賀の挨拶を告げる。本当は先日、会津から新選組に潜入している間者として、既に会津本陣で挨拶を済ませているのだが。
しかし、そんなことを知る由もない沖田の手前、斎藤も改めて愁介に「こちらこそ」と毎度の抑揚のない声で挨拶を返す。
「こちらこそ、本年も何卒よろしくお願い申し上げます」
「ふふふ。愁介さんとは道中で偶然お会いしましたので、そこからは二人で散歩がてら屯所に向かってたんですよ。そうしたら、斎藤さんが暴漢に襲われているらしいのが見えましたので」
「だね。見るからに穏やかじゃなさそうだったから、駆け付けてみたんだけど」
「はあ……別に私が襲われていたわけではないのですが」
二人の言いように、斎藤はつい眉根を寄せた。
が、愁介はあっけらかんとして肩を揺らして笑う。
「あはは、結果からすればね。でも最初はさ、オレ達から、斎藤の背後にいた女の人は見えてなかったもんだから。お陰で、斎藤が襲われてるように見えちゃったんだなあ、これが」
言って、ね、と愁介が隣に同意を求めると、沖田も迷いなく首を縦に振る。
斎藤は納得してゆるくあごを引き、「そうですか」と相槌を打った。
「まあ、何にせよ助かりました。お二人とも、ありがとうございます」
「いえいえ、どう致しまして。ふふ、左腕だけで刀を握っているようでしたから、初めは右腕を怪我でもなさってるのかなって危ぶんだんですよ。本当にご無事で何よりでした」
「本当にね。いやあ、左手一本でよくあそこまで戦えるもんだって感心もしたんだけど」
相変わらず沖田の手元の菓子袋からぽいぽい菓子を口に放り込みながら、愁介が感心したように言った。
かと思えば、愁介はふと何かを思い出したように視線を斜めに上げて、
「……あ。でもそう言えば、昔っから左手の方が器用だったっけ?」
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