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◆ 一章九話 葛の命 * 元治元年 十月
軸と重み
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思いがけない問い返しに、斎藤は眉をひそめて己の腕をよけ、改めて土方を見た。
途端、土方は思い切り眉間にしわを寄せて怪訝な顔をした。
「あ? 何だ、物珍しく若者ぶって泣きそうな顔でもしてんのかと思いきや、相変わらず落ち着き払った顔してやがるな、お前は」
「はあ、すみません」
「いや、まあ、ともかくだな……」
土方は呆れたように肩を落とし、ガシガシと乱雑に自身の頭をかき混ぜる。
「歩き方なんざ、教わるもんじゃねえよ。それは五体満足な人間様にゃ、物心ついた時から身体に刻まれてるもんだ。忘れたってぇなら、それはお前自身が忘れたと思い込んでるだけの話だろ」
何の話かわからないなどと言いながら、その言葉の的確さには痛みを感じた。
斎藤は思わず顔をしかめたが、土方のほうは変わらずただあっけらかんと、さも当然のように言い募った。
「俺が思うに、息をするのに理由がいるか? 生きることに誰かの許可が必要か? 支えを失ったって言いやがるが、じゃあお前は何でそこに立ち止まってんだ。お前は何を軸に立ってんだ? 軸なしに立ってられるか?」
いつぞや、同じ時に「お前の根っこには、何があるのか」と問われたことを思い出した。言い表し方は異なっているが、また、同じ話をされているような気がして、はたと目を瞬かせる。数月前のあの時とは違って、訝ることなく、ただ土方の言葉を正面から咀嚼する。
「あのな、斎藤。自分が支えと思っているものと、実際に自分が支えられているものと、必ずしも同じとは限らんと、俺は思うわけだ」
土方は掠れ気味の低音を明瞭にして話しながら、ようやく部屋に足を踏み入れてくる。
傍らを陣取っていた永倉、原田を難なく手で払って斎藤のすぐ傍らを陣取ると、そこにしゃがみ込んで、先ほど永倉達がそうしていたように斎藤の顔を覗き込んできた。
「まあ、お前も承知のこったろうが……俺の軸には常に、近藤勇って男がいる。近藤さんの存在は俺の芯で、俺にとっての何よりの『支え』だと思ってる。だが、近藤さんの存在だけで俺はこの場に立ってるわけじゃねえ。わかるか?」
切々と説かれて、しかし斎藤は眉をひそめてしまった。
答えられず、わずかに視線を泳がせると、深々と重い溜息を頭上に落とされる。
「わかった。じゃあ斎藤、お前、ちょっと息を吸えるだけ吸って、思いっ切り吐いてみろ」
「はい?」
「いいから、早くしやがれ」
まるで駄々をこねる子供に言い聞かせるような、そんな物言いで指示されて急かされる。
訝りながらも、斎藤は仕方なく言葉に従い、肚に思い切り空気を吸い込んで、次いでそれを空にするように思い切り吐き出した。
「もっぺん」
繰り返し、これ以上もないほどの深呼吸をしたところで今度は何故か「目ぇ閉じろ」と居丈高に言われた。
やはり眉をひそめずにはおられず、それでもひとまず従って、まぶたを伏せてみる。
「何が見える?」
「いえ……何も」
何しろ目を閉じているのだから当然では、という想いを噛み殺しながら、一層、首をかしげてしまう。
「あの、土方さん。つまりどういう――……」
「じゃあ、何を感じる」
改めて答えを求めた斎藤の言葉を食って、さらに問いが重ねられた。
やはり「何も」と、答えかけて、
「ん、ぐ……っ⁉」
突然、腹の上にどさどさと重しを乗せられて、斎藤はとっさに呻きながら目を見開いた。
途端、土方は思い切り眉間にしわを寄せて怪訝な顔をした。
「あ? 何だ、物珍しく若者ぶって泣きそうな顔でもしてんのかと思いきや、相変わらず落ち着き払った顔してやがるな、お前は」
「はあ、すみません」
「いや、まあ、ともかくだな……」
土方は呆れたように肩を落とし、ガシガシと乱雑に自身の頭をかき混ぜる。
「歩き方なんざ、教わるもんじゃねえよ。それは五体満足な人間様にゃ、物心ついた時から身体に刻まれてるもんだ。忘れたってぇなら、それはお前自身が忘れたと思い込んでるだけの話だろ」
何の話かわからないなどと言いながら、その言葉の的確さには痛みを感じた。
斎藤は思わず顔をしかめたが、土方のほうは変わらずただあっけらかんと、さも当然のように言い募った。
「俺が思うに、息をするのに理由がいるか? 生きることに誰かの許可が必要か? 支えを失ったって言いやがるが、じゃあお前は何でそこに立ち止まってんだ。お前は何を軸に立ってんだ? 軸なしに立ってられるか?」
いつぞや、同じ時に「お前の根っこには、何があるのか」と問われたことを思い出した。言い表し方は異なっているが、また、同じ話をされているような気がして、はたと目を瞬かせる。数月前のあの時とは違って、訝ることなく、ただ土方の言葉を正面から咀嚼する。
「あのな、斎藤。自分が支えと思っているものと、実際に自分が支えられているものと、必ずしも同じとは限らんと、俺は思うわけだ」
土方は掠れ気味の低音を明瞭にして話しながら、ようやく部屋に足を踏み入れてくる。
傍らを陣取っていた永倉、原田を難なく手で払って斎藤のすぐ傍らを陣取ると、そこにしゃがみ込んで、先ほど永倉達がそうしていたように斎藤の顔を覗き込んできた。
「まあ、お前も承知のこったろうが……俺の軸には常に、近藤勇って男がいる。近藤さんの存在は俺の芯で、俺にとっての何よりの『支え』だと思ってる。だが、近藤さんの存在だけで俺はこの場に立ってるわけじゃねえ。わかるか?」
切々と説かれて、しかし斎藤は眉をひそめてしまった。
答えられず、わずかに視線を泳がせると、深々と重い溜息を頭上に落とされる。
「わかった。じゃあ斎藤、お前、ちょっと息を吸えるだけ吸って、思いっ切り吐いてみろ」
「はい?」
「いいから、早くしやがれ」
まるで駄々をこねる子供に言い聞かせるような、そんな物言いで指示されて急かされる。
訝りながらも、斎藤は仕方なく言葉に従い、肚に思い切り空気を吸い込んで、次いでそれを空にするように思い切り吐き出した。
「もっぺん」
繰り返し、これ以上もないほどの深呼吸をしたところで今度は何故か「目ぇ閉じろ」と居丈高に言われた。
やはり眉をひそめずにはおられず、それでもひとまず従って、まぶたを伏せてみる。
「何が見える?」
「いえ……何も」
何しろ目を閉じているのだから当然では、という想いを噛み殺しながら、一層、首をかしげてしまう。
「あの、土方さん。つまりどういう――……」
「じゃあ、何を感じる」
改めて答えを求めた斎藤の言葉を食って、さらに問いが重ねられた。
やはり「何も」と、答えかけて、
「ん、ぐ……っ⁉」
突然、腹の上にどさどさと重しを乗せられて、斎藤はとっさに呻きながら目を見開いた。
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