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◆ 一章九話 葛の命 * 元治元年 十月
日常の見舞い
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目を覚ますと、いつの間にか自室に運ばれていた。横向きで寝ていたらしく、まぶたを明けた瞬間に見慣れた正座の膝頭が見える。沖田の着流しの膝だ。
後頭部が何やらひんやりしていて、斎藤は気だるく腕をそこに回しながら視線を上げた。
「あっ。斎藤さん、大丈夫ですか?」
指先が頭に当てられていた手拭いに触れると同時に、沖田が気遣わしげに覗き込んでくる。
と、それに答える前に沖田の横からさらなる人影がにょきにょき伸びてきて、視界が薄暗くなるほどの密集度合いで新たに二人から顔を覗き込まれた。
「ああ、斎藤! 良かったわー、無事に目ぇ覚めて!」
「ボケッとして平隊士と壁に挟まるとか、お前も可愛いとこあんなぁ!」
共に稽古番をしていた永倉と、加えて何故ここにいるのかわからない原田であった。
「どうも……、……お騒がせをしてしまったようで」
ぼそりと抑揚なく答えれば、特に喉が渇いたような感覚もなく、いつもと変わらない声が淡々と口から出ていく。どうやら、気を失ってから大して時は経っていないようだった。
「いやぁ、俺が相手吹っ飛ばしたせいで斎藤がどうにかなったらどうしようかと思って、まじにびっくってたのよ!」
永倉が眉尻を下げた苦笑いで、忙しなく手をぱたぱたと振る。
「いえ、完全にこちらの不注意でしたので……永倉さんに咎がいくようなことには、なりませんよ」
返しながら後頭部に軽く触れてみれば、小さいながらも瘤ができていて、ついでにため息がこぼれ出た。
「や、そういうこっちゃないんだけど……ま、無事なら何だっていいけどさ」
「でも、何でまた稽古中なんぞでボサッとしてたんだ?」
原田に首をかしげられ、斎藤はとっさに言葉が出てこなかった。
そこで、いつの間にやら身を引いていた沖田と目が合う。が、それだけで沖田には数日前の決闘が原因だったと知れたようで、複雑な笑みを返された。
余計に何も言えなくなって口をつぐんだままでいると、訝った原田が斎藤の目の前で大きな手のひらをはためかせてくる。
「おーい、聞いてるか? 頭いかれてねぇよな?」
「左之お前、訊き方ぁ」
永倉が呆れたように突っ込むも、やはり気遣わせているようで困ったように改めて斎藤を覗き込んでくる。そうして、原田のそれとは違った、小ぶりながらも武骨な手がぺたっと額に当てられた。季節もあってか、あるいは手拭いを絞ってくれたのが永倉だったのか、その手は思ったより冷えていた。
「ん、熱はなさそうね。まあ、たん瘤になってるみたいだから大事はないだろうけど、何にしたって頭打ったわけだから、しばらくは安静にしてたほうがいいんでない?」
言われた通り発熱のような気だるさはなかったが、不思議と永倉の冷たい手は心地良かった。
大人しく「そうですね」とぼそぼそ夢心地のように答え、目を伏せる。
――あれこれ訊かれても答えに詰まるばかりであるし、いっそこのままもう一度眠ってしまおうか。
しかし、そう考えたところで、不意に廊下の奥からこの部屋に近付いてくる足音が耳に届いた。
仕方なく目を開けば、廊下側に背を向けてこちらを見ていた三人も、同じように背後にある開いたままの障子を振り返ったところだった。
後頭部が何やらひんやりしていて、斎藤は気だるく腕をそこに回しながら視線を上げた。
「あっ。斎藤さん、大丈夫ですか?」
指先が頭に当てられていた手拭いに触れると同時に、沖田が気遣わしげに覗き込んでくる。
と、それに答える前に沖田の横からさらなる人影がにょきにょき伸びてきて、視界が薄暗くなるほどの密集度合いで新たに二人から顔を覗き込まれた。
「ああ、斎藤! 良かったわー、無事に目ぇ覚めて!」
「ボケッとして平隊士と壁に挟まるとか、お前も可愛いとこあんなぁ!」
共に稽古番をしていた永倉と、加えて何故ここにいるのかわからない原田であった。
「どうも……、……お騒がせをしてしまったようで」
ぼそりと抑揚なく答えれば、特に喉が渇いたような感覚もなく、いつもと変わらない声が淡々と口から出ていく。どうやら、気を失ってから大して時は経っていないようだった。
「いやぁ、俺が相手吹っ飛ばしたせいで斎藤がどうにかなったらどうしようかと思って、まじにびっくってたのよ!」
永倉が眉尻を下げた苦笑いで、忙しなく手をぱたぱたと振る。
「いえ、完全にこちらの不注意でしたので……永倉さんに咎がいくようなことには、なりませんよ」
返しながら後頭部に軽く触れてみれば、小さいながらも瘤ができていて、ついでにため息がこぼれ出た。
「や、そういうこっちゃないんだけど……ま、無事なら何だっていいけどさ」
「でも、何でまた稽古中なんぞでボサッとしてたんだ?」
原田に首をかしげられ、斎藤はとっさに言葉が出てこなかった。
そこで、いつの間にやら身を引いていた沖田と目が合う。が、それだけで沖田には数日前の決闘が原因だったと知れたようで、複雑な笑みを返された。
余計に何も言えなくなって口をつぐんだままでいると、訝った原田が斎藤の目の前で大きな手のひらをはためかせてくる。
「おーい、聞いてるか? 頭いかれてねぇよな?」
「左之お前、訊き方ぁ」
永倉が呆れたように突っ込むも、やはり気遣わせているようで困ったように改めて斎藤を覗き込んでくる。そうして、原田のそれとは違った、小ぶりながらも武骨な手がぺたっと額に当てられた。季節もあってか、あるいは手拭いを絞ってくれたのが永倉だったのか、その手は思ったより冷えていた。
「ん、熱はなさそうね。まあ、たん瘤になってるみたいだから大事はないだろうけど、何にしたって頭打ったわけだから、しばらくは安静にしてたほうがいいんでない?」
言われた通り発熱のような気だるさはなかったが、不思議と永倉の冷たい手は心地良かった。
大人しく「そうですね」とぼそぼそ夢心地のように答え、目を伏せる。
――あれこれ訊かれても答えに詰まるばかりであるし、いっそこのままもう一度眠ってしまおうか。
しかし、そう考えたところで、不意に廊下の奥からこの部屋に近付いてくる足音が耳に届いた。
仕方なく目を開けば、廊下側に背を向けてこちらを見ていた三人も、同じように背後にある開いたままの障子を振り返ったところだった。
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