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◆ 一章八話 紫苑の病 * 元治元年 十月
居場所と願い
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ガラン、と前方で木刀が取り落とされた音が鳴る。
「はは……」
力なく笑う声に顔を上げると、沖田もその場に膝をついて、肩で息を切らせていた。
格子窓と出入り口から射し込む月明かりしかない道場の中では、うつむいた沖田の顔はよく見えなかった。ただ、大きく上下する肩は、荒くなっていた呼吸が整ってくると、次第に小刻みな震えに変わっていく。
「……すみません、お願いです……お願いだから……近藤先生達には言わないでください私の居場所はここだけなんです……お願いします……」
小さな声は湿っぽくて、切実だった。
しゃがみ込んだままだった斎藤は床板に腰を下ろし、立てた両膝の間に深々と溜息を落とした。幾度か、深呼吸にも近い静かな呼吸で心を落ち着け、改めて沖田を真っ直ぐ見やる。
「……医者には、どう言われてるんだ」
「あと、一年は、動けるだろうと」
「一年……」
あまりの短さに、思わず反すうする。
けれどそこで顔を上げた沖田と視線がかち合って、その揺らぎない瞳に、当人はとっくに腹を括っているのだということが改めて嫌でも知れた。
「……いつ、わかったんだ」
思わず目を逸らしながら問うて、
「池田屋のすぐ後ですね」
「池田屋?」
斎藤は、返ってきた言葉に再び視線を戻してしまった。
四月も前のこと、確かにあの頃から沖田は体調を崩しがちだったが、まさか労咳だったなどとは思いもよらなかった。
「あの時、池田屋で倒れたのも、それが原因だったのか……?」
「まあ、そういうことですね」
沖田は苦笑いに頬を傾け、わずかに乱れた髪を撫でつけながら言った。
「愁介さんに……『その咳は良くない』と言われてしまいまして。それで、こっそり医者にかかってみたら見事にそうだった、という感じです」
「愁介殿は……知っていたのか」
沖田は笑みを深め、そっと視線を膝元に落とす。
「医者にかかった翌日に、愁介さんがお見舞いに来てくださって……当然、最初は隠そうとしたんですけど、『他の人には言わない』と約束してくださったんです。代わりに、愁介さんの昔話とか、色々聞かせてくださって……腹を割って話して、ああ、この人の言葉は本当に信じていいんだなと思えて、それで」
愁介の過去。何気なく告げられたその言葉が引っかかった。
が、仕合に負けた斎藤に、沖田以外のことを訊ねる資格はなく、軽く頭を振って己の思考を誤魔化す。
ただ、内心ようやく納得できた部分もあって、本当にわずかばかりだが、心の隅にずっと滞っていたモヤが晴れたような気がした。
――愁介が、沖田との交友を望んだ、下心。
彼の人の過去がどういったものなのか、今の斎藤には真実など知り得ない。しかし、沖田の望みを否定せず理解し、受け入れたということは、少なからず愁介は沖田の境遇に思うところがあったことは間違いない。
「……負けた以上、俺も約束は守るよ」
それ以上考えると、また良くも悪くも思考が逸脱しそうだったため、斎藤は自身にも落とし込むようにそう呟いた。
沖田は大きく目を瞬かせ、表情を明るくして瞳をたわませる。
「ありがとうございます! 大丈夫です、私そうそう死にませんから!」
何の根拠もない、言葉だけ取れば強がりでしかないものだったが、不思議と説得力を感じて斎藤は苦笑に小さく頬を傾けた。
「俺には真似できない」
「え?」
「理解もできない」
おもむろに、半ば独り言つように返せば、沖田は首をかしげてぼんぼり髪を揺らす。
斎藤は自身の膝に頬杖をついて、そのまま嘆息交じりに続けた。
「はは……」
力なく笑う声に顔を上げると、沖田もその場に膝をついて、肩で息を切らせていた。
格子窓と出入り口から射し込む月明かりしかない道場の中では、うつむいた沖田の顔はよく見えなかった。ただ、大きく上下する肩は、荒くなっていた呼吸が整ってくると、次第に小刻みな震えに変わっていく。
「……すみません、お願いです……お願いだから……近藤先生達には言わないでください私の居場所はここだけなんです……お願いします……」
小さな声は湿っぽくて、切実だった。
しゃがみ込んだままだった斎藤は床板に腰を下ろし、立てた両膝の間に深々と溜息を落とした。幾度か、深呼吸にも近い静かな呼吸で心を落ち着け、改めて沖田を真っ直ぐ見やる。
「……医者には、どう言われてるんだ」
「あと、一年は、動けるだろうと」
「一年……」
あまりの短さに、思わず反すうする。
けれどそこで顔を上げた沖田と視線がかち合って、その揺らぎない瞳に、当人はとっくに腹を括っているのだということが改めて嫌でも知れた。
「……いつ、わかったんだ」
思わず目を逸らしながら問うて、
「池田屋のすぐ後ですね」
「池田屋?」
斎藤は、返ってきた言葉に再び視線を戻してしまった。
四月も前のこと、確かにあの頃から沖田は体調を崩しがちだったが、まさか労咳だったなどとは思いもよらなかった。
「あの時、池田屋で倒れたのも、それが原因だったのか……?」
「まあ、そういうことですね」
沖田は苦笑いに頬を傾け、わずかに乱れた髪を撫でつけながら言った。
「愁介さんに……『その咳は良くない』と言われてしまいまして。それで、こっそり医者にかかってみたら見事にそうだった、という感じです」
「愁介殿は……知っていたのか」
沖田は笑みを深め、そっと視線を膝元に落とす。
「医者にかかった翌日に、愁介さんがお見舞いに来てくださって……当然、最初は隠そうとしたんですけど、『他の人には言わない』と約束してくださったんです。代わりに、愁介さんの昔話とか、色々聞かせてくださって……腹を割って話して、ああ、この人の言葉は本当に信じていいんだなと思えて、それで」
愁介の過去。何気なく告げられたその言葉が引っかかった。
が、仕合に負けた斎藤に、沖田以外のことを訊ねる資格はなく、軽く頭を振って己の思考を誤魔化す。
ただ、内心ようやく納得できた部分もあって、本当にわずかばかりだが、心の隅にずっと滞っていたモヤが晴れたような気がした。
――愁介が、沖田との交友を望んだ、下心。
彼の人の過去がどういったものなのか、今の斎藤には真実など知り得ない。しかし、沖田の望みを否定せず理解し、受け入れたということは、少なからず愁介は沖田の境遇に思うところがあったことは間違いない。
「……負けた以上、俺も約束は守るよ」
それ以上考えると、また良くも悪くも思考が逸脱しそうだったため、斎藤は自身にも落とし込むようにそう呟いた。
沖田は大きく目を瞬かせ、表情を明るくして瞳をたわませる。
「ありがとうございます! 大丈夫です、私そうそう死にませんから!」
何の根拠もない、言葉だけ取れば強がりでしかないものだったが、不思議と説得力を感じて斎藤は苦笑に小さく頬を傾けた。
「俺には真似できない」
「え?」
「理解もできない」
おもむろに、半ば独り言つように返せば、沖田は首をかしげてぼんぼり髪を揺らす。
斎藤は自身の膝に頬杖をついて、そのまま嘆息交じりに続けた。
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