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◆ 一章五話 空ろの胸 * 元治元年 八月
土方と斎藤
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「……あ? 斎藤か。どうした」
何かの書面を確認していた土方は、斎藤が部屋の前に立つと、気配を察してかすぐさま振り返った。
斎藤は「失礼」とひと言置いて、文机に向かっている土方の後ろに腰を下ろす。
怪訝な顔で体ごと振り返った土方に、斎藤は眉一つ動かすことなく先刻の永倉とのやり取りを伝えた。
「――そうか、永倉がなァ。まあ、らしいっちゃらしいが……ったく、あいつもなまじ頭がいいから困る。素直に俺に腹ァ立ててりゃいいものを」
土方は当然のように言って、乱暴に髪をかき混ぜた。
それもどうなのか、と思わないでもなかったが、これが土方のやり方なのだから言ったところで詮ないだろう。
斎藤は数拍の間を置いてから、「どうしますか」と改まって問いかけた。
「ん……どうする、とは?」
「差し置くなら、私は土方さんの決定に納得したていで身を引きますが……必要でしたらこのまま永倉さんの傍にいることもできますよ」
平坦な声で、身の振りかたを伺う。
と、面倒くさげに顔をしかめていた土方が、途端に虚を衝かれたように眉を上げた。
何の表情だとゆるく首をかしげれば、土方は「ああ、いや」と唇の片端を引き上げる。
「何つーか、俺ぁたまにお前が何考えてるのか、とてつもなく興味をそそられる時がある」
「……どういう意味でしょう?」
「だからよ……いつぞやの明保野亭の一件のように、新選組を会津の盾にしろなんて言うこともあったかと思えば、今のように新選組の瓦解を懸念して率先して動こうとする。あと、稀に恐ろしく投げやりな剣を振るうかと思えば、何やかんやで戦闘時には常に勝ちを上げてくる」
面白そうに目を細める土方に、斎藤は表情を抑えて何も答えなかった。
土方はフ、と鼻で笑うと、首を傾けながらあごを上げた。
「ただ、そうしてフラフラしてる割には、別に芯がねぇってわけにも見えねえんだよなァ。なあ、斎藤。お前の根っこには、何がある?」
「……何、と申されましても。土方さんのおっしゃる意味が、今一つよくわからないのですが」
淡々と答えると、土方は楽しげな表情のまま首の後ろを引っかいた。
「要は、お前は何のために新選組にいんのか……ってことを訊いてるんだよ」
射抜くような、探るような、細く鋭い視線を差し向けられた。笑みを描いてはいるが、その底知れぬ瞳に背筋がひやりとする。
斎藤はゆっくりと呼吸して、不自然でない程度の困惑を表し、眉根を寄せた。
「……何か疑われているのでしょうか? 間者か何かとでも?」
けれど土方は、あっけらかんと笑った。
「何言ってんだ、そうじゃねぇよ」
言葉を払いのけるように、手を軽く振る。
「昨日今日の付き合いでもあるめぇに、江戸の片隅でくすぶってた頃から見張られてたんじゃさすがにゾッとしねぇぜ。そうじゃなくて、俺の単純な好奇心ってやつだよ」
斎藤は内心で胸を撫で下ろした。
斎藤の立場における過去の『空白』がこんな形で役立つとは、皮肉なものである。何だかんだで土方のお人好しぶりも大したものではあるが、とにかく斎藤にとってありがたいことに変わりはなかった。
――とは、言っても。
芯、か……。
思案して、斎藤は思わず眉をひそめた。
深く考えようとすると、また先刻の不安定な感覚がよみがえりそうな気がした。それを自覚すると頭にモヤがかかったような違和を感じ、かぶりを振る。
「……すみません。ご期待に添える言葉は返せません。私自身も、よくわかりません」
「わからない?」
反芻する土方に、斎藤はあごを引くように首肯した。
「……昔は、がむしゃらに守りたいと思ったものも、あったのですが」
呟くと、土方は困惑気味に目をすがめた。
「……女か?」
「いえ、まぁ……そういう人ではありませんが、当たらずしも遠からずです」
「死んだのか」
あけすけな問いかけに、思わず苦笑が漏れる。
「私が試衛館道場に厄介になり始める、少し前に」
答えて視線を伏せると、「ふうん」と気のあるようなないような相槌を返された。
沈黙が落ち、生ぬるい風が背後の障子から流れ込んでくる。ここ数日で蝉の声はとんと聞かなくなっていたが、風はまだどこか青くさく、夏の残り香をはらんでいた。
――こんな話をしている場合でもないな。
少しして斎藤が視線を上げると、ところが土方はあぐらをかいた膝に頬杖をつき、口元を覆い隠して庭に目を向けていた。遠くを見るようなその瞳には、何かを懐かしむような、あるいは悼むような、妙に切なげな色が揺らいで見える。
「……俺達は似てるのかもなぁ」
独り言とも取れる静かな呟きだった。
何かの書面を確認していた土方は、斎藤が部屋の前に立つと、気配を察してかすぐさま振り返った。
斎藤は「失礼」とひと言置いて、文机に向かっている土方の後ろに腰を下ろす。
怪訝な顔で体ごと振り返った土方に、斎藤は眉一つ動かすことなく先刻の永倉とのやり取りを伝えた。
「――そうか、永倉がなァ。まあ、らしいっちゃらしいが……ったく、あいつもなまじ頭がいいから困る。素直に俺に腹ァ立ててりゃいいものを」
土方は当然のように言って、乱暴に髪をかき混ぜた。
それもどうなのか、と思わないでもなかったが、これが土方のやり方なのだから言ったところで詮ないだろう。
斎藤は数拍の間を置いてから、「どうしますか」と改まって問いかけた。
「ん……どうする、とは?」
「差し置くなら、私は土方さんの決定に納得したていで身を引きますが……必要でしたらこのまま永倉さんの傍にいることもできますよ」
平坦な声で、身の振りかたを伺う。
と、面倒くさげに顔をしかめていた土方が、途端に虚を衝かれたように眉を上げた。
何の表情だとゆるく首をかしげれば、土方は「ああ、いや」と唇の片端を引き上げる。
「何つーか、俺ぁたまにお前が何考えてるのか、とてつもなく興味をそそられる時がある」
「……どういう意味でしょう?」
「だからよ……いつぞやの明保野亭の一件のように、新選組を会津の盾にしろなんて言うこともあったかと思えば、今のように新選組の瓦解を懸念して率先して動こうとする。あと、稀に恐ろしく投げやりな剣を振るうかと思えば、何やかんやで戦闘時には常に勝ちを上げてくる」
面白そうに目を細める土方に、斎藤は表情を抑えて何も答えなかった。
土方はフ、と鼻で笑うと、首を傾けながらあごを上げた。
「ただ、そうしてフラフラしてる割には、別に芯がねぇってわけにも見えねえんだよなァ。なあ、斎藤。お前の根っこには、何がある?」
「……何、と申されましても。土方さんのおっしゃる意味が、今一つよくわからないのですが」
淡々と答えると、土方は楽しげな表情のまま首の後ろを引っかいた。
「要は、お前は何のために新選組にいんのか……ってことを訊いてるんだよ」
射抜くような、探るような、細く鋭い視線を差し向けられた。笑みを描いてはいるが、その底知れぬ瞳に背筋がひやりとする。
斎藤はゆっくりと呼吸して、不自然でない程度の困惑を表し、眉根を寄せた。
「……何か疑われているのでしょうか? 間者か何かとでも?」
けれど土方は、あっけらかんと笑った。
「何言ってんだ、そうじゃねぇよ」
言葉を払いのけるように、手を軽く振る。
「昨日今日の付き合いでもあるめぇに、江戸の片隅でくすぶってた頃から見張られてたんじゃさすがにゾッとしねぇぜ。そうじゃなくて、俺の単純な好奇心ってやつだよ」
斎藤は内心で胸を撫で下ろした。
斎藤の立場における過去の『空白』がこんな形で役立つとは、皮肉なものである。何だかんだで土方のお人好しぶりも大したものではあるが、とにかく斎藤にとってありがたいことに変わりはなかった。
――とは、言っても。
芯、か……。
思案して、斎藤は思わず眉をひそめた。
深く考えようとすると、また先刻の不安定な感覚がよみがえりそうな気がした。それを自覚すると頭にモヤがかかったような違和を感じ、かぶりを振る。
「……すみません。ご期待に添える言葉は返せません。私自身も、よくわかりません」
「わからない?」
反芻する土方に、斎藤はあごを引くように首肯した。
「……昔は、がむしゃらに守りたいと思ったものも、あったのですが」
呟くと、土方は困惑気味に目をすがめた。
「……女か?」
「いえ、まぁ……そういう人ではありませんが、当たらずしも遠からずです」
「死んだのか」
あけすけな問いかけに、思わず苦笑が漏れる。
「私が試衛館道場に厄介になり始める、少し前に」
答えて視線を伏せると、「ふうん」と気のあるようなないような相槌を返された。
沈黙が落ち、生ぬるい風が背後の障子から流れ込んでくる。ここ数日で蝉の声はとんと聞かなくなっていたが、風はまだどこか青くさく、夏の残り香をはらんでいた。
――こんな話をしている場合でもないな。
少しして斎藤が視線を上げると、ところが土方はあぐらをかいた膝に頬杖をつき、口元を覆い隠して庭に目を向けていた。遠くを見るようなその瞳には、何かを懐かしむような、あるいは悼むような、妙に切なげな色が揺らいで見える。
「……俺達は似てるのかもなぁ」
独り言とも取れる静かな呟きだった。
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