61 / 165
◆ 一章五話 空ろの胸 * 元治元年 八月
尋常じゃない人たらし
しおりを挟む
街中のあちこちから、トンカンと鉄や木を打ちつける音が響く。
天王山で終幕を経た『禁門の戦』から、早くも半月が経とうとしていた。
多くの家々が焼けた都も、少しずつではあるが活気を取り戻しつつある。終戦直後は四六時中、暗雲が垂れ込めているかのように重苦しかった空気も幾分か晴れ、市中に出れば子供達の笑い声も耳に入るようになっていた。
「ようやく暑さもちょっとやわらいできたし、復興もはかどるかなー」
六名ほどの平隊士を引きつれ、共に巡察を終えるべく屯所へ戻る道中のこと。藤堂が、頭の後ろで手を組みながらのんびり声を上げた。
隣を歩いていた斎藤は、通りの両脇に視線を巡らせて「そうだな」と相槌を打つ。
まだ家を焼け出されたままの人も多く、かろうじて屋根の残された焼け跡に腰を下ろしている姿もちらほらと見かけた。しかし火事を免れた大店などからの支援によって、急速な復興が進んでいるのも事実だ。会津と、京都所司代の桑名からも人員が出されているという。このまま順調に行けば、冬が来るまでにはある程度の体裁も整うことだろう。
強かだな、と思う。多くを失い、国の情勢を揺るがすような戦が繰り広げられていたというのに、きっと一年と経たず都は『日常』を取り戻す。
ただ――
「……新選組や」
「疫病神め……」
道を行く途中、仄暗い囁きが耳をついた。
視線だけを向けると、家財をすべて焼かれたのであろう煤けた着たきり雀の大人達が、炊き出し場の隅に固まって淀んだ瞳を斎藤達に投げかけていた。
元より長州贔屓の気のある都の中では、未だ長州よりも会津やその配下である新選組にすべての責があると思う人間も少なくない。
復興され、日常が取り戻されても、必ず傷跡は残る――強かさを感じる反面、これもまた確かな現実だった。
「おのれ、誰のおかげで都が護られたと!」
「止めろ。あの人達は被害者だ」
いきり立ちかけた平隊士を、藤堂が足を止めていち早く制した。落ち着いた声音だったが隊士を見る視線は鋭く、有無を言わせぬ気配を漂わせている。
隊士は気圧されたように口をつぐむと、いからせた肩を下げて藤堂に返礼した。
「全く、血の気が多いんだからなぁ」
藤堂はすぐにへらりと表情をゆるめ、隊士の肩を軽く叩く。
「その血気は稽古で発散したまえよー。何なら相手してやるからさ」
明るく笑い、踵を返して再び歩き出す。
斎藤も改めて藤堂の隣に並び、足を進める。後ろをついてくる隊士達の空気が程よくゆるんだことは気配で感じられた。
「あ、そうだ。血気盛んと言えばさぁ」
しばらく足を進めたところで、藤堂が何かを思い出したように人差し指を立てた。
「オレ、月の半ばに江戸に行くことになったんだよね」
楽しげな笑顔を向けられて、斎藤は静かに目を瞬かせる。
「江戸へ?」
「そうなんさ。こないだの戦で、人手不足が改めて感じられたことだしって、また隊士を募ることになったでしょ。それでオレ、いい人推薦したんだよ。その人の説得のために、江戸まで行くことになったわけ」
藤堂は胸を弾ませた様子で笑みを深めた。誰かと短く問えば、元気な声で「オレの剣術の師匠!」と返ってくる。
「オレが試衛館に行く前にいた、北辰一刀流伊東道場の師範でね。伊東大蔵先生。絵に描いたような文武両道の御仁だよ。ちょっと変な人だけど!」
「変……?」
思わず眉をひそめると、
「土方さんとは別方向の色男でね、妖艶っつーか、ちょっと浮世離れしてていっそ怪しいっていうか」
その評価でよく推薦したな、とは口に出さなかったが、斎藤が言わずとも背後から隊士達の戸惑いのざわめきが届いた。
「あ、悪い意味じゃないよ? 良く言うと魅力のある人なのさ」
藤堂は一度だけ振り返り、後ろに向かって手をはためかせた。
「強いだけじゃなくて、優しくて穏やかで話し上手でね。男女問わず伊東先生と話すと惚れちゃうっていうか、要するに尋常じゃない人たらし? 割とまとわりつくような物の言いかたするけど、慣れると面白いよ!」
晴れた表情で、きっぱり言い切る。
「……最後のひと言のおかげで、余計に不安を覚えたんだが」
「でも頭いい人だよ。他人といさかい起こしたとかも聞いたことないし、大丈夫大丈夫!」
藤堂は拳を握り締めて瞳を輝かせた。元いた道場の師ということもあり、信頼が大きいのだろう。
しかし斎藤が今一つ測りかねていると、それを見て藤堂は少しばかり神妙に表情を引き締めた。
「……今後もっと人数が増えるならさ。山南さんみたいに、学があって弁が立つ人がもう一人くらい必要だとオレは思ったわけなのさ。うちって腕っ節の強い人間はやたらといるけど、組織が大きくなればなるほど、それだけじゃ立ち行かない部分もあるでしょう?」
「まあ、一理あるな」
「でしょ? 聞いたところだと、池田屋と禁門の戦の功績を認められて、幕府から新選組に報奨金が出されるって話もあるし……お上との繋がりが強まれば尚のこと、剣術バカだけじゃやってけなくなるだろうしね」
明るいが太く芯の通った言葉に、斎藤は素直に感心して首を縦に振った。
藤堂の言葉は至極道理である。会津と新選組の距離が、池田屋の一件、柴が亡くなった明保野亭の一件、そして禁門の戦を通し、急速に近付いていることも事実だ。結果として会津の役にも立つならば、頭のきれる人間が増えることは好ましいとも取れるだろう。
が、一つ気になるのは。
「――その御仁、土方さんと合うのか?」
斎藤は隣にいる藤堂にのみ聞こえるよう、低く抑えた声で問いかけた。
天王山で終幕を経た『禁門の戦』から、早くも半月が経とうとしていた。
多くの家々が焼けた都も、少しずつではあるが活気を取り戻しつつある。終戦直後は四六時中、暗雲が垂れ込めているかのように重苦しかった空気も幾分か晴れ、市中に出れば子供達の笑い声も耳に入るようになっていた。
「ようやく暑さもちょっとやわらいできたし、復興もはかどるかなー」
六名ほどの平隊士を引きつれ、共に巡察を終えるべく屯所へ戻る道中のこと。藤堂が、頭の後ろで手を組みながらのんびり声を上げた。
隣を歩いていた斎藤は、通りの両脇に視線を巡らせて「そうだな」と相槌を打つ。
まだ家を焼け出されたままの人も多く、かろうじて屋根の残された焼け跡に腰を下ろしている姿もちらほらと見かけた。しかし火事を免れた大店などからの支援によって、急速な復興が進んでいるのも事実だ。会津と、京都所司代の桑名からも人員が出されているという。このまま順調に行けば、冬が来るまでにはある程度の体裁も整うことだろう。
強かだな、と思う。多くを失い、国の情勢を揺るがすような戦が繰り広げられていたというのに、きっと一年と経たず都は『日常』を取り戻す。
ただ――
「……新選組や」
「疫病神め……」
道を行く途中、仄暗い囁きが耳をついた。
視線だけを向けると、家財をすべて焼かれたのであろう煤けた着たきり雀の大人達が、炊き出し場の隅に固まって淀んだ瞳を斎藤達に投げかけていた。
元より長州贔屓の気のある都の中では、未だ長州よりも会津やその配下である新選組にすべての責があると思う人間も少なくない。
復興され、日常が取り戻されても、必ず傷跡は残る――強かさを感じる反面、これもまた確かな現実だった。
「おのれ、誰のおかげで都が護られたと!」
「止めろ。あの人達は被害者だ」
いきり立ちかけた平隊士を、藤堂が足を止めていち早く制した。落ち着いた声音だったが隊士を見る視線は鋭く、有無を言わせぬ気配を漂わせている。
隊士は気圧されたように口をつぐむと、いからせた肩を下げて藤堂に返礼した。
「全く、血の気が多いんだからなぁ」
藤堂はすぐにへらりと表情をゆるめ、隊士の肩を軽く叩く。
「その血気は稽古で発散したまえよー。何なら相手してやるからさ」
明るく笑い、踵を返して再び歩き出す。
斎藤も改めて藤堂の隣に並び、足を進める。後ろをついてくる隊士達の空気が程よくゆるんだことは気配で感じられた。
「あ、そうだ。血気盛んと言えばさぁ」
しばらく足を進めたところで、藤堂が何かを思い出したように人差し指を立てた。
「オレ、月の半ばに江戸に行くことになったんだよね」
楽しげな笑顔を向けられて、斎藤は静かに目を瞬かせる。
「江戸へ?」
「そうなんさ。こないだの戦で、人手不足が改めて感じられたことだしって、また隊士を募ることになったでしょ。それでオレ、いい人推薦したんだよ。その人の説得のために、江戸まで行くことになったわけ」
藤堂は胸を弾ませた様子で笑みを深めた。誰かと短く問えば、元気な声で「オレの剣術の師匠!」と返ってくる。
「オレが試衛館に行く前にいた、北辰一刀流伊東道場の師範でね。伊東大蔵先生。絵に描いたような文武両道の御仁だよ。ちょっと変な人だけど!」
「変……?」
思わず眉をひそめると、
「土方さんとは別方向の色男でね、妖艶っつーか、ちょっと浮世離れしてていっそ怪しいっていうか」
その評価でよく推薦したな、とは口に出さなかったが、斎藤が言わずとも背後から隊士達の戸惑いのざわめきが届いた。
「あ、悪い意味じゃないよ? 良く言うと魅力のある人なのさ」
藤堂は一度だけ振り返り、後ろに向かって手をはためかせた。
「強いだけじゃなくて、優しくて穏やかで話し上手でね。男女問わず伊東先生と話すと惚れちゃうっていうか、要するに尋常じゃない人たらし? 割とまとわりつくような物の言いかたするけど、慣れると面白いよ!」
晴れた表情で、きっぱり言い切る。
「……最後のひと言のおかげで、余計に不安を覚えたんだが」
「でも頭いい人だよ。他人といさかい起こしたとかも聞いたことないし、大丈夫大丈夫!」
藤堂は拳を握り締めて瞳を輝かせた。元いた道場の師ということもあり、信頼が大きいのだろう。
しかし斎藤が今一つ測りかねていると、それを見て藤堂は少しばかり神妙に表情を引き締めた。
「……今後もっと人数が増えるならさ。山南さんみたいに、学があって弁が立つ人がもう一人くらい必要だとオレは思ったわけなのさ。うちって腕っ節の強い人間はやたらといるけど、組織が大きくなればなるほど、それだけじゃ立ち行かない部分もあるでしょう?」
「まあ、一理あるな」
「でしょ? 聞いたところだと、池田屋と禁門の戦の功績を認められて、幕府から新選組に報奨金が出されるって話もあるし……お上との繋がりが強まれば尚のこと、剣術バカだけじゃやってけなくなるだろうしね」
明るいが太く芯の通った言葉に、斎藤は素直に感心して首を縦に振った。
藤堂の言葉は至極道理である。会津と新選組の距離が、池田屋の一件、柴が亡くなった明保野亭の一件、そして禁門の戦を通し、急速に近付いていることも事実だ。結果として会津の役にも立つならば、頭のきれる人間が増えることは好ましいとも取れるだろう。
が、一つ気になるのは。
「――その御仁、土方さんと合うのか?」
斎藤は隣にいる藤堂にのみ聞こえるよう、低く抑えた声で問いかけた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
浅井長政は織田信長に忠誠を誓う
ピコサイクス
歴史・時代
1570年5月24日、織田信長は朝倉義景を攻めるため越後に侵攻した。その時浅井長政は婚姻関係の織田家か古くから関係ある朝倉家どちらの味方をするか迷っていた。
日本が危機に?第二次日露戦争
杏
歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。
なろう、カクヨムでも連載しています。
連合航空艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年のロンドン海軍軍縮条約を機に海軍内では新時代の軍備についての議論が活発に行われるようになった。その中で生れたのが”航空艦隊主義”だった。この考えは当初、一部の中堅将校や青年将校が唱えていたものだが途中からいわゆる海軍左派である山本五十六や米内光政がこの考えを支持し始めて実現のためにの政治力を駆使し始めた。この航空艦隊主義と言うものは”重巡以上の大型艦を全て空母に改装する”というかなり極端なものだった。それでも1936年の条約失効を持って日本海軍は航空艦隊主義に傾注していくことになる。
デモ版と言っては何ですが、こんなものも書く予定があるんだなぁ程度に思ってい頂けると幸いです。
本能のままに
揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった
もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください!
※更新は不定期になると思います。
朝敵、まかり通る
伊賀谷
歴史・時代
これが令和の忍法帖!
時は幕末。
薩摩藩が江戸に総攻撃をするべく進軍を開始した。
江戸が焦土と化すまであと十日。
江戸を救うために、徳川慶喜の名代として山岡鉄太郎が駿府へと向かう。
守るは、清水次郎長の子分たち。
迎え撃つは、薩摩藩が放った鬼の裔と呼ばれる八瀬鬼童衆。
ここに五対五の時代伝奇バトルが開幕する。
土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
戦争はただ冷酷に
航空戦艦信濃
歴史・時代
1900年代、日露戦争の英雄達によって帝国陸海軍の教育は大きな変革を遂げた。戦術だけでなく戦略的な視点で、すべては偉大なる皇国の為に、徹底的に敵を叩き潰すための教育が行われた。その為なら、武士道を捨てることだって厭わない…
1931年、満州の荒野からこの教育の成果が世界に示される。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる