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◆ 一章四話 望みの鎖 * 元治元年 六~七月
もう一人の同い年
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「――あ、斎藤。お帰りー」
道場から部屋に戻った時、思いがけぬ声に迎えられて斎藤は目を瞬かせた。
室内に座していたのは、同室の沖田ではなく「山南を飲みに誘う」と言って道場を出た藤堂だったのだ。
「総司なら、さっき土方さんとこ行くって部屋出てったよ」
「はぁ……そうですか」
明るく報告されるものの、斎藤は戸惑いを隠せず、敷居をまたいだところで足を止める。
「……沖田さんに用だったんですか?」
「んーにゃ。お前とちょっと話がしたかった」
あぐらをかいていた藤堂は、よいせと両腕を振りながら勢いづけて立ち上がった。訝る斎藤の目の前まで歩いてくると、わずかに低い位置から覗き込むように見上げてくる。
斎藤は軽く身を引いて、困惑に眉根を寄せた。
――互いに同い年ではあるが、試衛館時代から、斎藤は藤堂と二人きりになったことなど数えるほどしかない。元来の性格が違いすぎるためだ。寡黙で賑わいを敬遠する斎藤と違い、藤堂はいつも元気で爛漫としている。
沖田も斎藤とは違い、賑わいを好む性質ではあるが……仮に沖田が賑わいを外から眺めるのが好きな性質だとすれば、藤堂は賑わいの中にいるのが好きな性質であり、要は斎藤にとって藤堂は苦手な部類なのだった。
「話……ですか」
そんな相手に突然、二人きりで「話がある」と言われれば、戸惑うなと言うほうが難しいだろう。
しかし藤堂は普段通りの様子で、むしろ斎藤の態度に苦笑して、クセの強い髪を指先でいじった。髪に編み込んである洒落た赤い紐が、指の動きにあわせて艶やかに揺れる。
考えるような間を置いてから、藤堂はほとんど独り言のように呟きを漏らした。
「オレはさー。腕っ節とか、冷静なとことか、結構お前のこと尊敬してたり、まぁもっと端的に言えば割と好きなんだけど」
「はあ……それは、どうも」
「だから、どうしても言いたくて」
藤堂は一旦言葉を切ると、指先で髪を払い、寂しげに目尻を下げてはっきりと言った。
「あのね。お前が死んだら、オレ、泣くよ?」
明るく、しかし真摯に告げられた言葉に、斎藤は絶句した。
瞬きさえ忘れて藤堂を凝視していると、藤堂は少しばかり照れたようにあごを引き、額の傷を手持ち無沙汰にそっとなぞる。
「えーっと……ごめんね。要するにオレ、昨日のお前と松平とのやり取りを、実は割としっかり聞いてたわけでして」
「は……?」
「いや、だって……お前ら完全に何も考えてなかっただろうけど、ていうか遅れを取り戻すためにコッソリ腕立てとかやって障子閉めてたオレも悪いのかもしんないけど……お前らが口論してたの、オレらの部屋の真ん前だからね?」
軽くめまいがした。言われればそうだと気付くものの、それこそ今更の話で、一瞬にして全身から血の気が引いていく。
「あっ、聞いた話のこと、別にハチとか左之っちゃんには言ってないから! あの時、部屋にいたのオレだけだったし」
藤堂は慌てたように顔の前で手を振った。
が、そういうことではなくて。
斎藤は思考を巡らせて、昨日のことを思い返した。
――葛のことを口にしたのは覚えている。が、それ以外はどうだ。会津の間者であることや、それをにおわせるようなことは、口走っただろうか。
必死に記憶をなぞっていき――
何も、言っていないはず。
結論にたどり着いて、思わず深く嘆息した。
しかし冷静になれば、もしそのようなことを口走っていればそもそも藤堂が何よりまずそこを突いてくるだろうと考えが至り、余計に脱力してしまう。
……動揺しすぎだ。
自分に舌打ちをしたくなり、片手で額を覆ってもう一度深く嘆息する。
「わーっ、あの、えっと、ごめんって! 結果的に盗み聞きになっちゃって悪かったって反省してます!」
藤堂は見当違いのところで焦っていたが、逆にそれがありがたくもあった。仲がいいわけではないが、さすがに付き合いはそれなりの年数になる。藤堂が下手な嘘をつける人間でないことだけは、斎藤も知っていた。
「……いえ、こちらこそお聞き苦しいものを、失礼しました」
溜息交じりに言って改めて視線を上げると、藤堂は空気をかき回すように動かしていた手を止めて、何か煮え切らないような顔をした。
「いや、別に聞き苦しいとは思わなかったけど……そうじゃなくてさ」
「忘れていただけると助かるんですが」
「それは無理だろ!?」
間髪容れず突っ込まれ、斎藤が眉根を寄せると、藤堂も困ったように眉尻を下げた。
「いや、だって……もっかい言うけど、お前が死んだらオレ、泣くよ?」
「……それほど親しいわけでもないのにですか?」
「おお……胸に刺さることをざっくり言うね、お前」
藤堂は胸を押さえて、よろりと一歩後ろに引いた。
「はあ、すみません。ですが……少なくとも、藤堂さんが亡くなっても俺は泣けませんよ」
「そりゃ、お前が死にたがりだからだろうよ」
人のことを言えないざっくりとした物言いで、藤堂は切り返した。
道場から部屋に戻った時、思いがけぬ声に迎えられて斎藤は目を瞬かせた。
室内に座していたのは、同室の沖田ではなく「山南を飲みに誘う」と言って道場を出た藤堂だったのだ。
「総司なら、さっき土方さんとこ行くって部屋出てったよ」
「はぁ……そうですか」
明るく報告されるものの、斎藤は戸惑いを隠せず、敷居をまたいだところで足を止める。
「……沖田さんに用だったんですか?」
「んーにゃ。お前とちょっと話がしたかった」
あぐらをかいていた藤堂は、よいせと両腕を振りながら勢いづけて立ち上がった。訝る斎藤の目の前まで歩いてくると、わずかに低い位置から覗き込むように見上げてくる。
斎藤は軽く身を引いて、困惑に眉根を寄せた。
――互いに同い年ではあるが、試衛館時代から、斎藤は藤堂と二人きりになったことなど数えるほどしかない。元来の性格が違いすぎるためだ。寡黙で賑わいを敬遠する斎藤と違い、藤堂はいつも元気で爛漫としている。
沖田も斎藤とは違い、賑わいを好む性質ではあるが……仮に沖田が賑わいを外から眺めるのが好きな性質だとすれば、藤堂は賑わいの中にいるのが好きな性質であり、要は斎藤にとって藤堂は苦手な部類なのだった。
「話……ですか」
そんな相手に突然、二人きりで「話がある」と言われれば、戸惑うなと言うほうが難しいだろう。
しかし藤堂は普段通りの様子で、むしろ斎藤の態度に苦笑して、クセの強い髪を指先でいじった。髪に編み込んである洒落た赤い紐が、指の動きにあわせて艶やかに揺れる。
考えるような間を置いてから、藤堂はほとんど独り言のように呟きを漏らした。
「オレはさー。腕っ節とか、冷静なとことか、結構お前のこと尊敬してたり、まぁもっと端的に言えば割と好きなんだけど」
「はあ……それは、どうも」
「だから、どうしても言いたくて」
藤堂は一旦言葉を切ると、指先で髪を払い、寂しげに目尻を下げてはっきりと言った。
「あのね。お前が死んだら、オレ、泣くよ?」
明るく、しかし真摯に告げられた言葉に、斎藤は絶句した。
瞬きさえ忘れて藤堂を凝視していると、藤堂は少しばかり照れたようにあごを引き、額の傷を手持ち無沙汰にそっとなぞる。
「えーっと……ごめんね。要するにオレ、昨日のお前と松平とのやり取りを、実は割としっかり聞いてたわけでして」
「は……?」
「いや、だって……お前ら完全に何も考えてなかっただろうけど、ていうか遅れを取り戻すためにコッソリ腕立てとかやって障子閉めてたオレも悪いのかもしんないけど……お前らが口論してたの、オレらの部屋の真ん前だからね?」
軽くめまいがした。言われればそうだと気付くものの、それこそ今更の話で、一瞬にして全身から血の気が引いていく。
「あっ、聞いた話のこと、別にハチとか左之っちゃんには言ってないから! あの時、部屋にいたのオレだけだったし」
藤堂は慌てたように顔の前で手を振った。
が、そういうことではなくて。
斎藤は思考を巡らせて、昨日のことを思い返した。
――葛のことを口にしたのは覚えている。が、それ以外はどうだ。会津の間者であることや、それをにおわせるようなことは、口走っただろうか。
必死に記憶をなぞっていき――
何も、言っていないはず。
結論にたどり着いて、思わず深く嘆息した。
しかし冷静になれば、もしそのようなことを口走っていればそもそも藤堂が何よりまずそこを突いてくるだろうと考えが至り、余計に脱力してしまう。
……動揺しすぎだ。
自分に舌打ちをしたくなり、片手で額を覆ってもう一度深く嘆息する。
「わーっ、あの、えっと、ごめんって! 結果的に盗み聞きになっちゃって悪かったって反省してます!」
藤堂は見当違いのところで焦っていたが、逆にそれがありがたくもあった。仲がいいわけではないが、さすがに付き合いはそれなりの年数になる。藤堂が下手な嘘をつける人間でないことだけは、斎藤も知っていた。
「……いえ、こちらこそお聞き苦しいものを、失礼しました」
溜息交じりに言って改めて視線を上げると、藤堂は空気をかき回すように動かしていた手を止めて、何か煮え切らないような顔をした。
「いや、別に聞き苦しいとは思わなかったけど……そうじゃなくてさ」
「忘れていただけると助かるんですが」
「それは無理だろ!?」
間髪容れず突っ込まれ、斎藤が眉根を寄せると、藤堂も困ったように眉尻を下げた。
「いや、だって……もっかい言うけど、お前が死んだらオレ、泣くよ?」
「……それほど親しいわけでもないのにですか?」
「おお……胸に刺さることをざっくり言うね、お前」
藤堂は胸を押さえて、よろりと一歩後ろに引いた。
「はあ、すみません。ですが……少なくとも、藤堂さんが亡くなっても俺は泣けませんよ」
「そりゃ、お前が死にたがりだからだろうよ」
人のことを言えないざっくりとした物言いで、藤堂は切り返した。
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