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◆ 一章三話 竹取の月 * 元治元年 六月
副長達の算段
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「おや、斎藤くん」
土方の部屋に着くと、先に山南が気付いて穏やかな声を上げた。
ちょうど一件について話し合っていたのか、土方と山南は奥の文机の傍らで向かい合って座していた。
「斎藤、どうした?」
背筋を伸ばして正座する山南に対し、あぐらをかきながら膝に肘をあずけて猫背になっていた土方が、首を回して斎藤を見上げた。
斎藤は「失礼」とひと言置いて入室すると、二人からわずかに距離を開けて腰を据えた。
「いえ、明保野亭での一件、どうなさるおつもりなのかなと……」
問いかけると、土方と山南はちらと互いの顔を見合わせた。
任せる、とでも言うように土方が視線を下げれば、山南が膝を回し、斎藤に向き直る。
「斎藤くんは今回の一件、どう考えますか?」
「……率直に言えば、すべてを新選組の過失とし、新選組から土佐へ謝罪を申し入れたほうがいいのでは、と思います」
「ふむ……何故そう思うのかな?」
「会津との関係を保っていくには、そうするのが上策かと」
「……ま、せっかく池田屋の一件で、会津との関係が『ただのお抱え』から、わずかとはいえ良好になりつつあるわけだからなぁ」
土方があごを撫でながら口を挟んだ。
斎藤は小さく頷き、土方に目を向ける。
「此度助っ人に来てくださった柴殿らこそ、その証と思いますし……そもそも現状で会津の立場が悪くなれば、新選組も芋づる式に傾きます。それはさすがに困るのではと」
というより、こういう時のための新選組だろう――とは、さすがに口に出せないのだが。しかし沖田も言っていたことであるし、要はそうなのだ。
斎藤は何でもないような顔をして、窺うように二人を見据えた。
が、土方はクッと唇の片方を引き上げて、場に似合わずおかしそうに肩を揺らした。
「お前の言い分は一理も二理もあるわけだが……えぐいことを随分ハッキリ言いやがる」
明るい様子に、斎藤はわずかに目をすがめた。
誤魔化すように瞬いて山南を見ると、山南もゆるりと苦笑交じりにあごを引く。
「私達も今、そうするべきか否か話し合っていたところなんだけどね。実際、捕縛の命を下したのは我々のほうなのだから」
「……しかし、それでも新選組としては罪を負わない、というのがお二人の結論ということでしょうか?」
二人の物言いを先読みして確認すると、土方が膝についていた肘を上げ、伸びをするように軽く背筋を伸ばした。
「お前は本当に話が早くて助かる。まぁ要は、だ。一度でも『替え玉』を立てちまうと、今後も何かあった時、こっちが罪をかぶるよう命じられる場合もあるからなァ」
「しかし替え玉といっても……山南さんがおっしゃられた通り、事の原因は新選組側の指示の過ちです。今の新選組はまだ、会津に恨みを買っても生き残れるほどの組織ではありませんよね」
強くはないが、はっきりした言葉で進言すると、土方は鼻の頭にしわを寄せて苦々しい顔をした。
「痛ぇことを、そうハッキリ言うなっつってんのに……」
そんな土方に、山南はクスクスと肩を揺らした。土方が睨むような半眼を向ければ、小さく咳払いして「失礼」と、こらえきれぬ笑みを頬に浮かべたまま軽く手を上げる。
「斎藤くん、本当に君の言うことはもっともだと思う。ただ、ね……我々も新選組のことだけを考えてそう判断したわけじゃ、ないんだよ」
「どういうことでしょうか……?」
「さっき、お前とほぼ入れ違いで山崎から報告が来たんだよ。会津が土佐屋敷に謝罪と見舞いの使者を送ったらしい。だからもう、仮に新選組が一身に罪をかぶろうとしたところで遅いっつーこった」
斎藤は顔には一切出さず、思わず胸中で嘆息を漏らしてしまった。
想像以上に動きが早かったな、と――感心と呆れがない交ぜになる。
「……会津は、実に律儀なお家柄のようですね」
知ってはいたが改めて口に出すと、土方が「全くだな」と苦笑いを浮かべた。
「俺も正直、斎藤の言ったような対応を予測して、色々と考えてはいたんだが」
とすれば、会津は実に勿体ないことをしたものだと斎藤は目を伏せた。
土方が憤るでなく策を練っていたのなら、双方の痛手が最小限で止まるよう上手く事を運んでくれただろうに。
「……律儀すぎるのも、時として損なものですね」
「美徳でもありますよ、斎藤くん」
諭すような穏やかな山南の声に、斎藤はゆるりと視線を上げた。
「……それも、そうですね」
口の端を引き上げ、薄い笑みを顔に貼り付ける。
「では、後は新選組にとっても悪く転ばぬよう祈って、待つと致します」
新選組より会津を優先すべき斎藤には心にもないことだが、そう言って頭を下げると、土方も山南も疑うことなく同意を示すように首を縦に振った。
土方の部屋に着くと、先に山南が気付いて穏やかな声を上げた。
ちょうど一件について話し合っていたのか、土方と山南は奥の文机の傍らで向かい合って座していた。
「斎藤、どうした?」
背筋を伸ばして正座する山南に対し、あぐらをかきながら膝に肘をあずけて猫背になっていた土方が、首を回して斎藤を見上げた。
斎藤は「失礼」とひと言置いて入室すると、二人からわずかに距離を開けて腰を据えた。
「いえ、明保野亭での一件、どうなさるおつもりなのかなと……」
問いかけると、土方と山南はちらと互いの顔を見合わせた。
任せる、とでも言うように土方が視線を下げれば、山南が膝を回し、斎藤に向き直る。
「斎藤くんは今回の一件、どう考えますか?」
「……率直に言えば、すべてを新選組の過失とし、新選組から土佐へ謝罪を申し入れたほうがいいのでは、と思います」
「ふむ……何故そう思うのかな?」
「会津との関係を保っていくには、そうするのが上策かと」
「……ま、せっかく池田屋の一件で、会津との関係が『ただのお抱え』から、わずかとはいえ良好になりつつあるわけだからなぁ」
土方があごを撫でながら口を挟んだ。
斎藤は小さく頷き、土方に目を向ける。
「此度助っ人に来てくださった柴殿らこそ、その証と思いますし……そもそも現状で会津の立場が悪くなれば、新選組も芋づる式に傾きます。それはさすがに困るのではと」
というより、こういう時のための新選組だろう――とは、さすがに口に出せないのだが。しかし沖田も言っていたことであるし、要はそうなのだ。
斎藤は何でもないような顔をして、窺うように二人を見据えた。
が、土方はクッと唇の片方を引き上げて、場に似合わずおかしそうに肩を揺らした。
「お前の言い分は一理も二理もあるわけだが……えぐいことを随分ハッキリ言いやがる」
明るい様子に、斎藤はわずかに目をすがめた。
誤魔化すように瞬いて山南を見ると、山南もゆるりと苦笑交じりにあごを引く。
「私達も今、そうするべきか否か話し合っていたところなんだけどね。実際、捕縛の命を下したのは我々のほうなのだから」
「……しかし、それでも新選組としては罪を負わない、というのがお二人の結論ということでしょうか?」
二人の物言いを先読みして確認すると、土方が膝についていた肘を上げ、伸びをするように軽く背筋を伸ばした。
「お前は本当に話が早くて助かる。まぁ要は、だ。一度でも『替え玉』を立てちまうと、今後も何かあった時、こっちが罪をかぶるよう命じられる場合もあるからなァ」
「しかし替え玉といっても……山南さんがおっしゃられた通り、事の原因は新選組側の指示の過ちです。今の新選組はまだ、会津に恨みを買っても生き残れるほどの組織ではありませんよね」
強くはないが、はっきりした言葉で進言すると、土方は鼻の頭にしわを寄せて苦々しい顔をした。
「痛ぇことを、そうハッキリ言うなっつってんのに……」
そんな土方に、山南はクスクスと肩を揺らした。土方が睨むような半眼を向ければ、小さく咳払いして「失礼」と、こらえきれぬ笑みを頬に浮かべたまま軽く手を上げる。
「斎藤くん、本当に君の言うことはもっともだと思う。ただ、ね……我々も新選組のことだけを考えてそう判断したわけじゃ、ないんだよ」
「どういうことでしょうか……?」
「さっき、お前とほぼ入れ違いで山崎から報告が来たんだよ。会津が土佐屋敷に謝罪と見舞いの使者を送ったらしい。だからもう、仮に新選組が一身に罪をかぶろうとしたところで遅いっつーこった」
斎藤は顔には一切出さず、思わず胸中で嘆息を漏らしてしまった。
想像以上に動きが早かったな、と――感心と呆れがない交ぜになる。
「……会津は、実に律儀なお家柄のようですね」
知ってはいたが改めて口に出すと、土方が「全くだな」と苦笑いを浮かべた。
「俺も正直、斎藤の言ったような対応を予測して、色々と考えてはいたんだが」
とすれば、会津は実に勿体ないことをしたものだと斎藤は目を伏せた。
土方が憤るでなく策を練っていたのなら、双方の痛手が最小限で止まるよう上手く事を運んでくれただろうに。
「……律儀すぎるのも、時として損なものですね」
「美徳でもありますよ、斎藤くん」
諭すような穏やかな山南の声に、斎藤はゆるりと視線を上げた。
「……それも、そうですね」
口の端を引き上げ、薄い笑みを顔に貼り付ける。
「では、後は新選組にとっても悪く転ばぬよう祈って、待つと致します」
新選組より会津を優先すべき斎藤には心にもないことだが、そう言って頭を下げると、土方も山南も疑うことなく同意を示すように首を縦に振った。
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