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◆ 一章三話 竹取の月 * 元治元年 六月
かぐや姫《過去》
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「かぐや姫みたいに、月に帰りたいとか言わないでくださいね?」
一は思わず足を止めて、叱るように言った。
葛はくすぐったそうに笑いながら、澄んだ瞳を一に返す。
「おれ、たしかに『ふつう』じゃないけど、別にかぐや姫でもないよ」
「それは、そうですけど……」
どう表せばいいのか。綺麗な白紙に墨を一滴落とされたような心地の悪さが、一の胸をざわつかせた。続く言葉を出せず、もごもごと空気を噛む。
「……そういえばさぁ。かぐや姫が月に帰った後、おじいさんやおばあさんって、どうしたんだろうね」
一が口ごもっていると、葛は頬に笑みを乗せたまま視線を下げて、足元の草を蹴った。
「……さあ。そこは物語には書かれてませんから」
「一なら、どうしたと思う?」
小首をかしげられ、一は思わず口をへの字に曲げた。
「……むずかしいことを訊かないでください。俺、計算ほどじゃないですけど、文学も別に得意ってわけじゃないんです」
「文学とかどうでもいいよ。一はどうするのかなーって思っただけ」
明るい口調とは裏腹に、葛の瞳は妙に頼りなげに揺れていた。
寂しげな表情に胸が締め付けられる。一は繋いだままの手に、ぎゅっと力を込めた。
「……月へ行く方法を、さがします」
真っ直ぐ目を見て答えると、葛は一瞬、今にも泣き出しそうに表情を歪めた。
「一は、ダメだよ」
「……何がですか」
「月に行くなんて、ぜったいダメ」
ぴしゃりと言って、今度は葛が一の手を引いて歩き出した。
面食らいながら、たたらを踏みそうになった足を動かし葛の後につく。林の木々が邪魔で隣に並べず、葛の顔を見られないのがもどかしく感じられた。
「俺は月になんて、行きませんよ。俺は、ずっと葛さまの側にいます」
「うん、そうだね。だからおれが月に行っても、お前は来ちゃダメだよ」
さらりと命じられ、一は大きく目を瞠った。
「だから……っ!」
一は無理やり足を止め、葛を思い切り引っ張った。
わっと背中から倒れこんでくる小さな体を、腕いっぱいに抱きとめる。
目を丸くする葛を上から覗き込んで睨め下ろし、一は声を荒らげた。
「嫌ですからね! 月になんて、ぜったい行かせません!」
「……だから、おれはかぐや姫じゃないよ?」
「あなたが言ったんでしょう!?」
横っ面を張るような一の剣幕に、葛はビクリと首を引っ込めた。
「おねがいですから、そういう……そんなこと、言わないでください……」
情けなく声を震わせながら、懇願する。
少しして、葛は体の向きを変えると、おもむろに一の胸に額をこすりつけてくる。
「……ごめんなさい……」
か細い声に、一もようやく我を取り戻した。
「あ……すみません、大きな声を……」
「いいよ。一だけだもん。一しか言ってくれないし、一にしか言えないから、いいよ」
「葛さま……」
一は葛の小さな背に片腕を回し、痛いかもしれないほどに強く抱き締めた。
そしてもう片方の手で、だらりと力なく垂れ下がっていた葛の手を握り締める。
「……安心してください。ぜったい、月になんて行かせませんから。こうして手をつないでいれば、月になんて飛んでいけないでしょう?」
努めて声をやわらげて告げると、「……うん」と、安堵したような相槌が返ってくる。
繋いだ手にもやんわりと力が込め返され、一もほっと息を吐いた。
「帰りましょう。それに、そろそろ眠らないと」
「……いっしょに、寝てくれる?」
「いいですよ。手をつないで寝ましょう」
顔を上げた葛は、大きな瞳をたわめて嬉しそうに微笑んでいた。
一は思わず足を止めて、叱るように言った。
葛はくすぐったそうに笑いながら、澄んだ瞳を一に返す。
「おれ、たしかに『ふつう』じゃないけど、別にかぐや姫でもないよ」
「それは、そうですけど……」
どう表せばいいのか。綺麗な白紙に墨を一滴落とされたような心地の悪さが、一の胸をざわつかせた。続く言葉を出せず、もごもごと空気を噛む。
「……そういえばさぁ。かぐや姫が月に帰った後、おじいさんやおばあさんって、どうしたんだろうね」
一が口ごもっていると、葛は頬に笑みを乗せたまま視線を下げて、足元の草を蹴った。
「……さあ。そこは物語には書かれてませんから」
「一なら、どうしたと思う?」
小首をかしげられ、一は思わず口をへの字に曲げた。
「……むずかしいことを訊かないでください。俺、計算ほどじゃないですけど、文学も別に得意ってわけじゃないんです」
「文学とかどうでもいいよ。一はどうするのかなーって思っただけ」
明るい口調とは裏腹に、葛の瞳は妙に頼りなげに揺れていた。
寂しげな表情に胸が締め付けられる。一は繋いだままの手に、ぎゅっと力を込めた。
「……月へ行く方法を、さがします」
真っ直ぐ目を見て答えると、葛は一瞬、今にも泣き出しそうに表情を歪めた。
「一は、ダメだよ」
「……何がですか」
「月に行くなんて、ぜったいダメ」
ぴしゃりと言って、今度は葛が一の手を引いて歩き出した。
面食らいながら、たたらを踏みそうになった足を動かし葛の後につく。林の木々が邪魔で隣に並べず、葛の顔を見られないのがもどかしく感じられた。
「俺は月になんて、行きませんよ。俺は、ずっと葛さまの側にいます」
「うん、そうだね。だからおれが月に行っても、お前は来ちゃダメだよ」
さらりと命じられ、一は大きく目を瞠った。
「だから……っ!」
一は無理やり足を止め、葛を思い切り引っ張った。
わっと背中から倒れこんでくる小さな体を、腕いっぱいに抱きとめる。
目を丸くする葛を上から覗き込んで睨め下ろし、一は声を荒らげた。
「嫌ですからね! 月になんて、ぜったい行かせません!」
「……だから、おれはかぐや姫じゃないよ?」
「あなたが言ったんでしょう!?」
横っ面を張るような一の剣幕に、葛はビクリと首を引っ込めた。
「おねがいですから、そういう……そんなこと、言わないでください……」
情けなく声を震わせながら、懇願する。
少しして、葛は体の向きを変えると、おもむろに一の胸に額をこすりつけてくる。
「……ごめんなさい……」
か細い声に、一もようやく我を取り戻した。
「あ……すみません、大きな声を……」
「いいよ。一だけだもん。一しか言ってくれないし、一にしか言えないから、いいよ」
「葛さま……」
一は葛の小さな背に片腕を回し、痛いかもしれないほどに強く抱き締めた。
そしてもう片方の手で、だらりと力なく垂れ下がっていた葛の手を握り締める。
「……安心してください。ぜったい、月になんて行かせませんから。こうして手をつないでいれば、月になんて飛んでいけないでしょう?」
努めて声をやわらげて告げると、「……うん」と、安堵したような相槌が返ってくる。
繋いだ手にもやんわりと力が込め返され、一もほっと息を吐いた。
「帰りましょう。それに、そろそろ眠らないと」
「……いっしょに、寝てくれる?」
「いいですよ。手をつないで寝ましょう」
顔を上げた葛は、大きな瞳をたわめて嬉しそうに微笑んでいた。
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