36 / 165
◆ 一章二話 暮れの橋 * 元治元年 六月
思惑
しおりを挟む
――臆病なお家柄なのかって、疑ってたけど。違うみたいで何よりだね。
永倉の唇の動きを読んだ瞬間、斎藤は背筋がぞくりと逆毛立つのを感じた。
……そうか、なるほど。
今になって、ようやく愁介の思惑に気が付く。
落ち着かずにいた心が、一瞬にして凪いだ。
邪魔、だなんてとんでもなかった。そ知らぬ顔をして新選組の手綱を引きに来たのだ、愁介は。もし、この件において彼の存在がなければ、どうなっていたか……。
少なくとも永倉をはじめとする一部の人間が会津に不審を抱き、場合によっては見切りをつけていた可能性もあったのかもしれない。
斎藤は永倉に薄い笑みを返しながらも、内心の冷や汗を抑えきれなかった。
――のし上がる機会さえあれば、新選組は必ず会津しがみつくものとタカをくくっていた。けれど違ったのだ。
新選組は浪士の寄せ集め――やはり結局は、荒くれ者の集団なのである。ある程度の使い捨てになることは承知していても、すべての理不尽を甘んじて受け、弱いモノの下につき続けられるほどの忠誠があるわけではない。手柄を立てようと躍起になる傍ら、いつでも飼い主にさえ向けることのできる牙と爪を持つ獣でもあるわけで……。
その点を、斎藤は測り損ねていたのだ。
さすがに失態だったと感じた。少なからずいら立ちを覚えてしまった相手に、実は知らず救われていたわけである。
「――そんだけお国を好きになれるっていいねー。行ってみたいなぁ、会津」
「そう言ってもらえるの嬉しいなぁ。機会があったら、オレが藤堂さんを案内するよ」
無邪気なやり取りに、斎藤は部屋の中央へ視線を戻した。
藤堂がいつの間にか布団から起き上がっており、二人は向かい合って談笑を続けている。
「自分に厳しい国だから、頭の固い人も多いけどね。その分、優しい人も多いんだよ」
「そっかぁ。……ん、ってことは、松平はその中で変わり者ってこと? 一人で突っ込んでくる辺り、はみ出してるよね?」
相も変わらず悪気のない様子の藤堂に、しかし今度ばかりは永倉が「平助」と苦笑交じりにたしなめる。
「さすがにそれは失礼だわ。もうちょっと言葉を選びなさいよ、お前」
「あれ? そう?」
「いや、間違ってないし、オレは別に気にしてないよ、永倉さん」
当の愁介もあっけらかんと笑って手をはためかせた。
「実際、オレ自身は石頭さんとか苦手なんだよね。一本気で忠に篤い会津の気風は大好きだけど、古めかしくて柔軟さに欠けるところは割と腹が立つこともあるし」
飾り気のなさすぎる言葉に、永倉はぎょっとあごを上げる。
「えっ、お殿様の息子がそれ言っちゃっていいの?」
「いーのいーの。永倉さん達が黙ってくれてれば問題ないって」
愁介は唇に人差し指を添えて、楽しそうに肩をすくめた。
永倉は笑いを噛み殺しながら「おーう」と納得したような呆れたような声を上げる。
そして藤堂はおかしそうに腹を抱えながら、
「いーなー、オレ、松平のこと好きだなぁ! 何か会津の人ってそれこそお堅い人ばっかりな印象あったけど、松平みたいなのもいるなら見る目も変わりそう! 土方さんに跳び蹴り食らわせた根性も気に入ってたけどさ」
「ああ、まあ確かにね。同意しかないわ」
藤堂と永倉の言葉に、けれど愁介はここで初めて表情を強張らせ、顔を青くした。
「あ、いや、あれは……飛び蹴りはさすがに反省してる……よ」
もごもごと言って、塩をかけられたなめくじのように身を縮める。
「あれ、そうなの? 隊内じゃ結構もう武勇伝扱いされてるのに」
藤堂は意外そうに笑った。
「土方さんに手ぇ上げる奴なんて、新選組にゃ滅多にいないからねぇ。ていうかさ、何であんなに怒ってたんだっけ?」
永倉が首をかしげると、愁介は眉尻を下げながら「はぁ、それはですね」と実に申し訳なさげに頭を引っかいた。
「オレ、仲間を切り捨てるってやり方が基本、嫌いでさ。いくら人数が足りないとか、局長さんを護るためとか、総司一人で百人力とか、そういう都合があったとしても……一歩間違えたら、戦闘とは別の部分で怪我じゃ済まなくなってた可能性も、あったわけじゃない? それでつい、何考えてんだって思っちゃって」
「あー、なるほどね。ま、オレ達のこと知らなきゃ、そう思うよね」
藤堂は納得したように頷いた。
愁介は、さらに恐縮したように身をすくめる。
「後で総司からも『不調のことは周りに黙ってた』って聞いたんで、ただでさえ部外者からの余計なお世話だった上に、早とちりだったんだなって今は心底反省してる……から、この後、土方副長のところには改めて謝罪に行こうと思います」
そこまで聞いた永倉が、ふと膝立ちになって愁介の傍らに歩みを寄せた。そのまま隣にすとんと腰を下ろすと、優しく目元をほころばせて愁介の肩に手を触れる。
「謝るのは、そうしたほうがいいと思うけどさ。嬉しいよ、ありがとうね」
思いがけない言葉に、愁介が「え」と目を見開く。
「俺も基本ね、仲間を切り捨てるってのは嫌いなんさ。今回はお前の早とちりだったにせよ、そうやって俺らを……俺らの仲間を大事に思ってくれたのは、素直に嬉しいよ」
「永倉さん……」
愁介は照れくさそうにはにかんで、思いを分かち合うように永倉の肩に手を乗せた。
「松平、また遊びに来てよ。そんでオレの頭の怪我が治ったら、一対一で手合わせしようぜー」
藤堂もニヒヒと歯を見せて笑い、横から同じく愁介の腕を優しく叩く。
「うん、ありがとう。……それじゃ、今日はこれで失礼するね」
「おうさ。見舞い、ありがとね」
頷き合い、それから愁介は振り返って斎藤に目を向けた。
「ごめん、斎藤。土方副長の部屋まで、また案内してもらってもいい?」
こらえきれず目尻を下げている愁介の瞳を見返しながら、斎藤はただ一人平坦な声で「構いませんよ」と頷いた。
永倉の唇の動きを読んだ瞬間、斎藤は背筋がぞくりと逆毛立つのを感じた。
……そうか、なるほど。
今になって、ようやく愁介の思惑に気が付く。
落ち着かずにいた心が、一瞬にして凪いだ。
邪魔、だなんてとんでもなかった。そ知らぬ顔をして新選組の手綱を引きに来たのだ、愁介は。もし、この件において彼の存在がなければ、どうなっていたか……。
少なくとも永倉をはじめとする一部の人間が会津に不審を抱き、場合によっては見切りをつけていた可能性もあったのかもしれない。
斎藤は永倉に薄い笑みを返しながらも、内心の冷や汗を抑えきれなかった。
――のし上がる機会さえあれば、新選組は必ず会津しがみつくものとタカをくくっていた。けれど違ったのだ。
新選組は浪士の寄せ集め――やはり結局は、荒くれ者の集団なのである。ある程度の使い捨てになることは承知していても、すべての理不尽を甘んじて受け、弱いモノの下につき続けられるほどの忠誠があるわけではない。手柄を立てようと躍起になる傍ら、いつでも飼い主にさえ向けることのできる牙と爪を持つ獣でもあるわけで……。
その点を、斎藤は測り損ねていたのだ。
さすがに失態だったと感じた。少なからずいら立ちを覚えてしまった相手に、実は知らず救われていたわけである。
「――そんだけお国を好きになれるっていいねー。行ってみたいなぁ、会津」
「そう言ってもらえるの嬉しいなぁ。機会があったら、オレが藤堂さんを案内するよ」
無邪気なやり取りに、斎藤は部屋の中央へ視線を戻した。
藤堂がいつの間にか布団から起き上がっており、二人は向かい合って談笑を続けている。
「自分に厳しい国だから、頭の固い人も多いけどね。その分、優しい人も多いんだよ」
「そっかぁ。……ん、ってことは、松平はその中で変わり者ってこと? 一人で突っ込んでくる辺り、はみ出してるよね?」
相も変わらず悪気のない様子の藤堂に、しかし今度ばかりは永倉が「平助」と苦笑交じりにたしなめる。
「さすがにそれは失礼だわ。もうちょっと言葉を選びなさいよ、お前」
「あれ? そう?」
「いや、間違ってないし、オレは別に気にしてないよ、永倉さん」
当の愁介もあっけらかんと笑って手をはためかせた。
「実際、オレ自身は石頭さんとか苦手なんだよね。一本気で忠に篤い会津の気風は大好きだけど、古めかしくて柔軟さに欠けるところは割と腹が立つこともあるし」
飾り気のなさすぎる言葉に、永倉はぎょっとあごを上げる。
「えっ、お殿様の息子がそれ言っちゃっていいの?」
「いーのいーの。永倉さん達が黙ってくれてれば問題ないって」
愁介は唇に人差し指を添えて、楽しそうに肩をすくめた。
永倉は笑いを噛み殺しながら「おーう」と納得したような呆れたような声を上げる。
そして藤堂はおかしそうに腹を抱えながら、
「いーなー、オレ、松平のこと好きだなぁ! 何か会津の人ってそれこそお堅い人ばっかりな印象あったけど、松平みたいなのもいるなら見る目も変わりそう! 土方さんに跳び蹴り食らわせた根性も気に入ってたけどさ」
「ああ、まあ確かにね。同意しかないわ」
藤堂と永倉の言葉に、けれど愁介はここで初めて表情を強張らせ、顔を青くした。
「あ、いや、あれは……飛び蹴りはさすがに反省してる……よ」
もごもごと言って、塩をかけられたなめくじのように身を縮める。
「あれ、そうなの? 隊内じゃ結構もう武勇伝扱いされてるのに」
藤堂は意外そうに笑った。
「土方さんに手ぇ上げる奴なんて、新選組にゃ滅多にいないからねぇ。ていうかさ、何であんなに怒ってたんだっけ?」
永倉が首をかしげると、愁介は眉尻を下げながら「はぁ、それはですね」と実に申し訳なさげに頭を引っかいた。
「オレ、仲間を切り捨てるってやり方が基本、嫌いでさ。いくら人数が足りないとか、局長さんを護るためとか、総司一人で百人力とか、そういう都合があったとしても……一歩間違えたら、戦闘とは別の部分で怪我じゃ済まなくなってた可能性も、あったわけじゃない? それでつい、何考えてんだって思っちゃって」
「あー、なるほどね。ま、オレ達のこと知らなきゃ、そう思うよね」
藤堂は納得したように頷いた。
愁介は、さらに恐縮したように身をすくめる。
「後で総司からも『不調のことは周りに黙ってた』って聞いたんで、ただでさえ部外者からの余計なお世話だった上に、早とちりだったんだなって今は心底反省してる……から、この後、土方副長のところには改めて謝罪に行こうと思います」
そこまで聞いた永倉が、ふと膝立ちになって愁介の傍らに歩みを寄せた。そのまま隣にすとんと腰を下ろすと、優しく目元をほころばせて愁介の肩に手を触れる。
「謝るのは、そうしたほうがいいと思うけどさ。嬉しいよ、ありがとうね」
思いがけない言葉に、愁介が「え」と目を見開く。
「俺も基本ね、仲間を切り捨てるってのは嫌いなんさ。今回はお前の早とちりだったにせよ、そうやって俺らを……俺らの仲間を大事に思ってくれたのは、素直に嬉しいよ」
「永倉さん……」
愁介は照れくさそうにはにかんで、思いを分かち合うように永倉の肩に手を乗せた。
「松平、また遊びに来てよ。そんでオレの頭の怪我が治ったら、一対一で手合わせしようぜー」
藤堂もニヒヒと歯を見せて笑い、横から同じく愁介の腕を優しく叩く。
「うん、ありがとう。……それじゃ、今日はこれで失礼するね」
「おうさ。見舞い、ありがとね」
頷き合い、それから愁介は振り返って斎藤に目を向けた。
「ごめん、斎藤。土方副長の部屋まで、また案内してもらってもいい?」
こらえきれず目尻を下げている愁介の瞳を見返しながら、斎藤はただ一人平坦な声で「構いませんよ」と頷いた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
日本が危機に?第二次日露戦争
杏
歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。
なろう、カクヨムでも連載しています。
浅井長政は織田信長に忠誠を誓う
ピコサイクス
歴史・時代
1570年5月24日、織田信長は朝倉義景を攻めるため越後に侵攻した。その時浅井長政は婚姻関係の織田家か古くから関係ある朝倉家どちらの味方をするか迷っていた。
連合航空艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年のロンドン海軍軍縮条約を機に海軍内では新時代の軍備についての議論が活発に行われるようになった。その中で生れたのが”航空艦隊主義”だった。この考えは当初、一部の中堅将校や青年将校が唱えていたものだが途中からいわゆる海軍左派である山本五十六や米内光政がこの考えを支持し始めて実現のためにの政治力を駆使し始めた。この航空艦隊主義と言うものは”重巡以上の大型艦を全て空母に改装する”というかなり極端なものだった。それでも1936年の条約失効を持って日本海軍は航空艦隊主義に傾注していくことになる。
デモ版と言っては何ですが、こんなものも書く予定があるんだなぁ程度に思ってい頂けると幸いです。
朝敵、まかり通る
伊賀谷
歴史・時代
これが令和の忍法帖!
時は幕末。
薩摩藩が江戸に総攻撃をするべく進軍を開始した。
江戸が焦土と化すまであと十日。
江戸を救うために、徳川慶喜の名代として山岡鉄太郎が駿府へと向かう。
守るは、清水次郎長の子分たち。
迎え撃つは、薩摩藩が放った鬼の裔と呼ばれる八瀬鬼童衆。
ここに五対五の時代伝奇バトルが開幕する。
『帝国の破壊』−枢軸国の戦勝した世界−
皇徳❀twitter
歴史・時代
この世界の欧州は、支配者大ゲルマン帝国[戦勝国ナチスドイツ]が支配しており欧州は闇と包まれていた。
二人の特殊工作員[スパイ]は大ゲルマン帝国総統アドルフ・ヒトラーの暗殺を実行する。
本能のままに
揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった
もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください!
※更新は不定期になると思います。
日本には1942年当時世界最強の機動部隊があった!
明日ハレル
歴史・時代
第2次世界大戦に突入した日本帝国に生き残る道はあったのか?模索して行きたいと思います。
当時6隻の空母を集中使用した南雲機動部隊は航空機300余機を持つ世界最強の戦力でした。
ただ彼らにもレーダーを持たない、空母の直掩機との無線連絡が出来ない、ダメージコントロールが未熟である。制空権の確保という理論が判っていない、空母戦術への理解が無い等多くの問題があります。
空母が誕生して戦術的な物を求めても無理があるでしょう。ただどの様に強力な攻撃部隊を持っていても敵地上空での制空権が確保できなけれな、簡単に言えば攻撃隊を守れなけれな無駄だと言う事です。
空母部隊が対峙した場合敵側の直掩機を強力な戦闘機部隊を攻撃の前の送って一掃する手もあります。
日本のゼロ戦は優秀ですが、悪迄軽戦闘機であり大馬力のPー47やF4U等が出てくれば苦戦は免れません。
この為旧式ですが96式陸攻で使われた金星エンジンをチューンナップし、金星3型エンジン1350馬力に再生させこれを積んだ戦闘機、爆撃機、攻撃機、偵察機を陸海軍共通で戦う。
共通と言う所が大事で国力の小さい日本には試作機も絞って開発すべきで、陸海軍別々に開発する余裕は無いのです。
その他数多くの改良点はありますが、本文で少しづつ紹介して行きましょう。
永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる