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第3章 公爵令息ランダルの過去
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離宮に戻ると、エイドリアナは俺を私室に呼び寄せ、こちらを小馬鹿にするような薄ら笑いを浮かべた。
「これからも必ず邪魔してやる。当然の報いでしょ! お前の婚約者の気持ちなんか知らないし、悪いとも思わないわっ!」
(俺が憎いから、俺に関わりのあるすべてのものが憎いということか……アイシア嬢を見ていないから、罪悪感も後ろめたさもないんだな)
あの小動物のようなアイシア嬢とじかに会ったら、そんな酷い真似はできないだろう。しかしデビュタント前の二人が出会う機会はない(王族との面会には様々な制限があるのだ)。
実際にそれからもずっと、お茶会の日の『邪魔』はほぼ百パーセントの割合で発生した。
やけっぱちになったエイドリアナは無法で危険で、何をしでかすか予測もできない。仮病(実に上手い)、脱走(散歩と言い張る)、ボヤ騒ぎ(初めての料理大失敗)などを起こしては、お茶会をぶち壊した。
長く忍従を強いられてきたせいで、俺は『自分が我慢すればそれで済む』というマインドが強すぎた。巻き込まれたアリシア嬢はたまったものではなかっただろう。
「お久しぶり……ですね。相変わらずお忙しいみたいで……お体は大丈夫ですか……?」
「ご心配なく、アイシア嬢。元気でやっています、おかげさまで」
「そう、ですか……」
「ええ……」
「…………」
「…………」
あれは俺が十六歳のときの最後のお茶会だった。久しぶりに定刻通りに始まったのに、どうにも共通の話題が見つからなかった。
せめて貴族令息らしい甘い言葉の持ち合わせがあればよかったのに、と俺は臍をかんだ。
単にそっち方面に慣れていないだけなのだが、アイシア嬢からは『エイドリアナで使い果たしてしまった』と思われている節があった。
毎度毎度、婚約者より従妹の王女を最優先にするという、常軌を逸した奇行に走っているのだ。詫びたり、許しを請う段階を遥かに超えてしまったと、これまた毎度思う。
(会えて嬉しい。すごく可愛い。真っすぐな優しさが素敵だ。君のことを思い出すと、安らかで穏やかな気持ちになれる……駄目だ、いざ話そうとすると声が出ない)
ぎこちない沈黙が長引き、身の置きどころに窮してしまった俺は、前回実家に出頭(断じて帰省ではない)した際の光景を思い出した。
「アイシア嬢に対しては、婚約者として必要最低限の関心を示す程度で十分だ。せいぜいエイドリアナ王女の行く末を案じてやれ」
自分の都合に合わせて俺をもてあそぶ父は、俺の定期報告を聞いて『気分は上々』という様子だった。
「とはいえ決定的なことをやらかして、むこうに『婚約破棄の理由』を与えてはいけない。あの娘はとことん耐えるタイプだが……後見人のキャントレ侯爵や、懇意にしているマッキンタイア公爵が出てくると厄介だからな」
「いいか、しょせんは政略結婚だ。期待を抱いて結婚したとしても、どうせ早々と失望させられる。つまり、下手に期待しない方がいいのだ。期待が剝ぎ取られたらどんな気持ちになるか、私にはよくわかっているからな」
「ジョスリンとの結婚生活、あれは酷いものだった。私はお前のためを思って言っているんだぞ? お前が私と同じような境遇に陥らないようにな。なんだかんだ言っても私たちは親子だ、似ているところがあるかもしれない」
父の言葉に、俺は歯噛みした。
母にあれだけのことをしておいて、どうして悲劇のヒーローを気取れるのか。この男の頭の中は一体どうなっているんだ。
(でも……結局は俺も父と同じようになるのか?)
父は俺の胸にしっかり恐怖を植え付けた。
(父のようになるくらいなら死んだほうがましだ。証拠を掴むためならいくらでも従順に見せるし、ポンコツのままでい続ける。最悪、刺し違えてでも悪事を暴いてやる。しかし警備記録は読み尽くしてしまった。次は……)
「あの、ランダル様」
物思いに囚われていた俺を、アイシア嬢の声が引き戻した。
「お茶のおかわりはいかがですか?」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
俺は唇の口角を無理やり上げた。
「また、ミルクとお砂糖はたっぷりでよろしいですか?」
「は、はい。男だから甘い飲み物は恥ずかしいですが、好きでして」
俺がそう言うと、アイシア嬢は小さく笑った。
「私の父も、私が淹れたミルクとお砂糖がたっぷりの紅茶が好きでした。母は『一日三杯までよ』って言っていましたわ。弟も飲みたがるので困りました。だってまだ五歳だったんですもの。三人とも亡くなってしまったから……懐かしい思い出です」
「……お気の毒に。領地での落石事故でお亡くなりになったそうですね」
「はい、不幸な事故でした。二度とそんなことが起こらないようにするために、アクアノート公爵様が動いてくださったんです。ランダル様との婚約が決まった翌日にはフォレット領に部下を派遣して、技術協力や安全啓蒙活動、人材育成のための教育研修を手配してくださいました」
「そうですか、父が『すぐに』そこまで……」
あいつは自分の利益になる人間には愛想がいい。アイシア嬢にも別人格で接していることは知っていた。
「アイシア嬢は、領地の当時の様子を覚えていますか?」
俺に二杯目の茶を差し出すと、アイシア嬢は小さく首を振った。
「私は王都にいましたし、いっぺんに不幸が起きたので頭の中の整理がつかなくて」
「そう……ですよね。本当にお気の毒です」
俺はぎこちない仕草でカップを口に運んだ。
「最近、うちの父に会われましたか? 様子はどうでした? 俺は職務が忙しすぎて、ゆっくり話す暇がなくて」
「ええ、三日ほど前にお越しくださいました。いつも通り、たくさんお心遣いをいただいて」
口が達者でプレゼンテーション能力が非常に高い父のことだ。「ポンコツ息子がすまないね」「私も困っているんだよ」とかなんとか言ったに違いない。
「ご領地に将来有望な少年がいて、目をかけているとおっしゃっていました。平民なのが残念だと。たしか私と同じ十四歳……」
腹違いの弟レイフのことだと、俺には即座にわかった。そしてわかった瞬間、背筋がぞっとした。
(表向きは使用人の息子で、決して貴族にはなれないレイフ。女相続人。不幸な事故……)
貴族の相続というのは相当ハードルが高い。長子相続、男子優先、庶子への継承は認められておらず、平民との養子縁組も許されない。
レイフが生まれた当時、父は『王妃の義理の兄』という立場を手放すわけにはいかなかった。だから下手な偽装工作はできなかったのだ。
そして女相続人であるアイシアにできることは、フォレット伯爵家の家名と財産を子孫へ受け継がせることだけ。
(父がレイフを、アクアノート公爵家の実質的な支配者にしたがっていることはわかっていたが……もしかして、レイフの血を貴族の血と混ぜようとしている……?)
父が俺をエイドリアナの離宮に追いやった真の理由が、はっきりわかった気がした。
(アイシア嬢の家族は不幸な事故で死んだのではないかもしれない。だとしたら、彼らを殺した犯人の正体は……ああ、考えるのもおぞましい)
アイシア嬢が気遣わしげな表情を浮かべていたから、俺は真っ青になっていたのだろう。 次の瞬間ノックの音が響いて、入ってきたのは案の定部下で、俺はそのときばかりは「助かった」と思った。
離宮に戻ると、エイドリアナが鼻を鳴らして言った。
「お茶会は上手くいかなかったみたいね? ざまあみろだわ。お前は不幸になって当然なのよ!」
ずっと、極力視線を合わせないように意識してきた。しかしそのときの俺はエイドリアナを凝視した。
「な、なによ。文句があるの? 婚約者にさんざん嫌われたとか? まあ、お前みたいなポンコツ好かれるわけがないし」
「好かれるわけがないことくらい、言われなくてもわかってます」
腹の底から怒りが込み上げてきた。自分の身体を大きく見せるように背筋を伸ばし、エイドリアナを見下ろした。
「ここにひきこもって俺を責め続けて、いったい何になるというんです?」
「何って……そんなこと、考えたこともないわよ」
エイドリアナの声には、わずかに怯えたような気配が混じっていた。俺の形相は、よほど恐ろしいものだったのだろう。
「俺はあなたの仇の息子です。でも、それは俺の責任じゃない。そして証拠がないから、父は推定無罪だ」
「ふざけないで、証拠ならあるわ! 私の記憶の中にっ!」
「それじゃ駄目なんですよ。父の悪事を証明してくれる血と肉を持った証拠を見つけなければ。父はあらゆる手を尽くしています。そしてあの男は、どんなものにでも利用価値を見いだす。あなたはおそらく……俺を遠くに追いやるための手段として生かされているにすぎない」
「わ、わけがわからないわ……」
俺はエイドリアナに圧力をかけるようにもう一歩、前に出る。そして「いいですか」と言葉を続けた。
「くだらない嫌がらせに時間を使うなんて、無駄です。父と戦うにあたって、俺たちは協力し合わなければならない」
「味方だとでも言うつもり? 信用できるわけないじゃないっ!」
「あなたにとって油断ならない味方でも、上手く使ってください。俺は『あなたのためなら何でもする男』だ。利用しない手はないでしょう?」
「…………」
「今の父は、かなり思い上がっている。いくら父がずる賢くても、どこかに油断や隙が生じるはずだ。ミスを起こしていた可能性も、これから起こす可能性もある。全力で探しましょう」
自分の声がだんだん鬼気迫るものになっているのは自覚していた。
「もう一度前国王派と接触しましょう。サレイジュ王弟派にも秘かに渡りをつけましょう。あなたが命じてくれさえすれば、俺は行ける場所が増えるんだ!」
俺は爆発するように叫んだ。
こうして始まったのが、俺とエイドリアナの『蜜月』だ。もちろん、すんなりと協力体制を築けたわけではない。嫌がらせは続いたが、俺は動じずに同じ話を繰り返した。
リミットは、レイフが大人の男になるまで。それまでにアイシア嬢の人生を変えなければならない。俺との婚約期間を幸福にしてやれない代わりに、アクアノート公爵家から安全に立ち去れるようにしなければならない。
彼女が健全な愛を探せるように。
アイシア嬢と結婚できる男は幸福だと思う。とんでもなく幸福だと思う。彼女が素晴らしい男性と愛し愛され、心ゆくまで幸せになるためなら──俺は、一生ポンコツでいい。
-------------------
★コミカライズ開始のお知らせ★
小説家になろう様に投稿している拙作(外部登録から飛べます)
『婚約者から「平民を愛人にしたい」と言われた私-お飾りの妻は嫌なので「真実の愛」と共に破滅させます-』
【漫画・カコイミスコ先生】
12/25 00:00より、マンガBANG、コミックシーモアにて先行配信されます。
※コミカライズ開始にあわせてタイトルを変更いたしました。
【旧タイトル】
婚約者から「平民を愛人にしたい」と言われました~私はお飾りの妻になるつもりはありません、真実の愛を貫いて破滅してください~
何卒よろしくお願いいたします。
「これからも必ず邪魔してやる。当然の報いでしょ! お前の婚約者の気持ちなんか知らないし、悪いとも思わないわっ!」
(俺が憎いから、俺に関わりのあるすべてのものが憎いということか……アイシア嬢を見ていないから、罪悪感も後ろめたさもないんだな)
あの小動物のようなアイシア嬢とじかに会ったら、そんな酷い真似はできないだろう。しかしデビュタント前の二人が出会う機会はない(王族との面会には様々な制限があるのだ)。
実際にそれからもずっと、お茶会の日の『邪魔』はほぼ百パーセントの割合で発生した。
やけっぱちになったエイドリアナは無法で危険で、何をしでかすか予測もできない。仮病(実に上手い)、脱走(散歩と言い張る)、ボヤ騒ぎ(初めての料理大失敗)などを起こしては、お茶会をぶち壊した。
長く忍従を強いられてきたせいで、俺は『自分が我慢すればそれで済む』というマインドが強すぎた。巻き込まれたアリシア嬢はたまったものではなかっただろう。
「お久しぶり……ですね。相変わらずお忙しいみたいで……お体は大丈夫ですか……?」
「ご心配なく、アイシア嬢。元気でやっています、おかげさまで」
「そう、ですか……」
「ええ……」
「…………」
「…………」
あれは俺が十六歳のときの最後のお茶会だった。久しぶりに定刻通りに始まったのに、どうにも共通の話題が見つからなかった。
せめて貴族令息らしい甘い言葉の持ち合わせがあればよかったのに、と俺は臍をかんだ。
単にそっち方面に慣れていないだけなのだが、アイシア嬢からは『エイドリアナで使い果たしてしまった』と思われている節があった。
毎度毎度、婚約者より従妹の王女を最優先にするという、常軌を逸した奇行に走っているのだ。詫びたり、許しを請う段階を遥かに超えてしまったと、これまた毎度思う。
(会えて嬉しい。すごく可愛い。真っすぐな優しさが素敵だ。君のことを思い出すと、安らかで穏やかな気持ちになれる……駄目だ、いざ話そうとすると声が出ない)
ぎこちない沈黙が長引き、身の置きどころに窮してしまった俺は、前回実家に出頭(断じて帰省ではない)した際の光景を思い出した。
「アイシア嬢に対しては、婚約者として必要最低限の関心を示す程度で十分だ。せいぜいエイドリアナ王女の行く末を案じてやれ」
自分の都合に合わせて俺をもてあそぶ父は、俺の定期報告を聞いて『気分は上々』という様子だった。
「とはいえ決定的なことをやらかして、むこうに『婚約破棄の理由』を与えてはいけない。あの娘はとことん耐えるタイプだが……後見人のキャントレ侯爵や、懇意にしているマッキンタイア公爵が出てくると厄介だからな」
「いいか、しょせんは政略結婚だ。期待を抱いて結婚したとしても、どうせ早々と失望させられる。つまり、下手に期待しない方がいいのだ。期待が剝ぎ取られたらどんな気持ちになるか、私にはよくわかっているからな」
「ジョスリンとの結婚生活、あれは酷いものだった。私はお前のためを思って言っているんだぞ? お前が私と同じような境遇に陥らないようにな。なんだかんだ言っても私たちは親子だ、似ているところがあるかもしれない」
父の言葉に、俺は歯噛みした。
母にあれだけのことをしておいて、どうして悲劇のヒーローを気取れるのか。この男の頭の中は一体どうなっているんだ。
(でも……結局は俺も父と同じようになるのか?)
父は俺の胸にしっかり恐怖を植え付けた。
(父のようになるくらいなら死んだほうがましだ。証拠を掴むためならいくらでも従順に見せるし、ポンコツのままでい続ける。最悪、刺し違えてでも悪事を暴いてやる。しかし警備記録は読み尽くしてしまった。次は……)
「あの、ランダル様」
物思いに囚われていた俺を、アイシア嬢の声が引き戻した。
「お茶のおかわりはいかがですか?」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
俺は唇の口角を無理やり上げた。
「また、ミルクとお砂糖はたっぷりでよろしいですか?」
「は、はい。男だから甘い飲み物は恥ずかしいですが、好きでして」
俺がそう言うと、アイシア嬢は小さく笑った。
「私の父も、私が淹れたミルクとお砂糖がたっぷりの紅茶が好きでした。母は『一日三杯までよ』って言っていましたわ。弟も飲みたがるので困りました。だってまだ五歳だったんですもの。三人とも亡くなってしまったから……懐かしい思い出です」
「……お気の毒に。領地での落石事故でお亡くなりになったそうですね」
「はい、不幸な事故でした。二度とそんなことが起こらないようにするために、アクアノート公爵様が動いてくださったんです。ランダル様との婚約が決まった翌日にはフォレット領に部下を派遣して、技術協力や安全啓蒙活動、人材育成のための教育研修を手配してくださいました」
「そうですか、父が『すぐに』そこまで……」
あいつは自分の利益になる人間には愛想がいい。アイシア嬢にも別人格で接していることは知っていた。
「アイシア嬢は、領地の当時の様子を覚えていますか?」
俺に二杯目の茶を差し出すと、アイシア嬢は小さく首を振った。
「私は王都にいましたし、いっぺんに不幸が起きたので頭の中の整理がつかなくて」
「そう……ですよね。本当にお気の毒です」
俺はぎこちない仕草でカップを口に運んだ。
「最近、うちの父に会われましたか? 様子はどうでした? 俺は職務が忙しすぎて、ゆっくり話す暇がなくて」
「ええ、三日ほど前にお越しくださいました。いつも通り、たくさんお心遣いをいただいて」
口が達者でプレゼンテーション能力が非常に高い父のことだ。「ポンコツ息子がすまないね」「私も困っているんだよ」とかなんとか言ったに違いない。
「ご領地に将来有望な少年がいて、目をかけているとおっしゃっていました。平民なのが残念だと。たしか私と同じ十四歳……」
腹違いの弟レイフのことだと、俺には即座にわかった。そしてわかった瞬間、背筋がぞっとした。
(表向きは使用人の息子で、決して貴族にはなれないレイフ。女相続人。不幸な事故……)
貴族の相続というのは相当ハードルが高い。長子相続、男子優先、庶子への継承は認められておらず、平民との養子縁組も許されない。
レイフが生まれた当時、父は『王妃の義理の兄』という立場を手放すわけにはいかなかった。だから下手な偽装工作はできなかったのだ。
そして女相続人であるアイシアにできることは、フォレット伯爵家の家名と財産を子孫へ受け継がせることだけ。
(父がレイフを、アクアノート公爵家の実質的な支配者にしたがっていることはわかっていたが……もしかして、レイフの血を貴族の血と混ぜようとしている……?)
父が俺をエイドリアナの離宮に追いやった真の理由が、はっきりわかった気がした。
(アイシア嬢の家族は不幸な事故で死んだのではないかもしれない。だとしたら、彼らを殺した犯人の正体は……ああ、考えるのもおぞましい)
アイシア嬢が気遣わしげな表情を浮かべていたから、俺は真っ青になっていたのだろう。 次の瞬間ノックの音が響いて、入ってきたのは案の定部下で、俺はそのときばかりは「助かった」と思った。
離宮に戻ると、エイドリアナが鼻を鳴らして言った。
「お茶会は上手くいかなかったみたいね? ざまあみろだわ。お前は不幸になって当然なのよ!」
ずっと、極力視線を合わせないように意識してきた。しかしそのときの俺はエイドリアナを凝視した。
「な、なによ。文句があるの? 婚約者にさんざん嫌われたとか? まあ、お前みたいなポンコツ好かれるわけがないし」
「好かれるわけがないことくらい、言われなくてもわかってます」
腹の底から怒りが込み上げてきた。自分の身体を大きく見せるように背筋を伸ばし、エイドリアナを見下ろした。
「ここにひきこもって俺を責め続けて、いったい何になるというんです?」
「何って……そんなこと、考えたこともないわよ」
エイドリアナの声には、わずかに怯えたような気配が混じっていた。俺の形相は、よほど恐ろしいものだったのだろう。
「俺はあなたの仇の息子です。でも、それは俺の責任じゃない。そして証拠がないから、父は推定無罪だ」
「ふざけないで、証拠ならあるわ! 私の記憶の中にっ!」
「それじゃ駄目なんですよ。父の悪事を証明してくれる血と肉を持った証拠を見つけなければ。父はあらゆる手を尽くしています。そしてあの男は、どんなものにでも利用価値を見いだす。あなたはおそらく……俺を遠くに追いやるための手段として生かされているにすぎない」
「わ、わけがわからないわ……」
俺はエイドリアナに圧力をかけるようにもう一歩、前に出る。そして「いいですか」と言葉を続けた。
「くだらない嫌がらせに時間を使うなんて、無駄です。父と戦うにあたって、俺たちは協力し合わなければならない」
「味方だとでも言うつもり? 信用できるわけないじゃないっ!」
「あなたにとって油断ならない味方でも、上手く使ってください。俺は『あなたのためなら何でもする男』だ。利用しない手はないでしょう?」
「…………」
「今の父は、かなり思い上がっている。いくら父がずる賢くても、どこかに油断や隙が生じるはずだ。ミスを起こしていた可能性も、これから起こす可能性もある。全力で探しましょう」
自分の声がだんだん鬼気迫るものになっているのは自覚していた。
「もう一度前国王派と接触しましょう。サレイジュ王弟派にも秘かに渡りをつけましょう。あなたが命じてくれさえすれば、俺は行ける場所が増えるんだ!」
俺は爆発するように叫んだ。
こうして始まったのが、俺とエイドリアナの『蜜月』だ。もちろん、すんなりと協力体制を築けたわけではない。嫌がらせは続いたが、俺は動じずに同じ話を繰り返した。
リミットは、レイフが大人の男になるまで。それまでにアイシア嬢の人生を変えなければならない。俺との婚約期間を幸福にしてやれない代わりに、アクアノート公爵家から安全に立ち去れるようにしなければならない。
彼女が健全な愛を探せるように。
アイシア嬢と結婚できる男は幸福だと思う。とんでもなく幸福だと思う。彼女が素晴らしい男性と愛し愛され、心ゆくまで幸せになるためなら──俺は、一生ポンコツでいい。
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