ひとりぼっち令嬢は正しく生きたい~婚約者様、その罪悪感は不要です~

参谷しのぶ

文字の大きさ
上 下
2 / 20
第1章 伯爵令嬢アイシア

しおりを挟む
「忘れていらっしゃるようなので申し上げますけれど」

「何だ?」

「私も、エイドリアナ王女殿下と同じ十七歳なんです」

「は?」

「ですから、私もデビュタントなんです。フォレット伯爵家のジュエリーセットをお貸しすることは構わないにしても、大舞踏会でランダル様がエスコートしてくださらないと私、ひとりぼっちなんですけど」

 私の言葉に、ランダル様がぽかんと口を開けました。その口からは「あ」とも「う」ともつかぬ、おかしな声が漏れています。

「アイシア、君は……もう十七歳になっていたのか?」

「ええまあ、先月に。ランダル様とのお茶会を兼ねて、こじんまりした誕生日パーティーを開いたのですけれど。あの日のランダル様は、エイドリアナ王女殿下の宮殿で『不測の事態』が起きたとかで、ご欠席でしたわね。その前も不測の事態で途中退席、さらに前は大遅刻でお茶だけ飲んで速攻帰られましたから、誕生日について話す暇もありませんでした」

「す、すまない。本当に毎回不測の事態で……」

「慣れていますから大丈夫です。私の誕生日や、現在の年齢なんか、頭の片隅にすらないだろうな、とも思っていました」

「いや覚えて──いや、いやいや、ま、間違って覚えていたようだ。てっきり六月四日だと……」

「あら惜しい。四月六日だったんですよ。本格的な社交シーズンの始まる五月より前に十七歳になりましたから。今年の大舞踏会、つまり一か月後に社交界デビューなんです」

 私は優雅に微笑んで見せました。
 ランダル様はだらだらと滝のように汗を流しています。どうやら本当に焦っているようです。主君であり従妹であり妹のように思っている王女の護衛と、一応は婚約者である私のエスコートは、決して両立できないという現実を前にして。

 普通の騎士だったらちゃんと根回しをして、大舞踏会の日は婚約者のエスコートを優先するはずです。しかし彼にはそれができないのでしょう。

(大舞踏会は来月に迫っている上に、エイドリアナ王女の護衛は少数精鋭で、補充もないという話だし)

 クロスランド王国の貴族令嬢は一般的に、十三歳から十五歳で婚約者を決めます。
 領地での教育を終え、王都流の教育を受けるためにタウンハウスに居を移す年齢がそれくらいなのです。十二歳までは領地で暮らし、王都へは年に数回遊びに行く程度です。
 ちなみに男性はこの限りではなく、二十歳を過ぎても遊び回っている方もいらっしゃいますが。
 お相手を決めるのは本人ではなく親や親族で、重要視されるのは家柄と財力、両家が結びつくことで新たに生じる利益やコネです。

 私は資源豊かな領地を持つフォレット伯爵家の娘で、唯一の相続人でもあります。
 父ブルーノと母モリーは、三年前に領地で起こった落石事故で亡くなってしまいました。さらに悪いことに、まだ五歳だった弟のアマートも一緒に天に召されました。無事だったのは、王都のタウンハウスで一流講師から指導を受けていた私だけ。
 クロスランド王国は女性の爵位継承を認めていないので、現在は母方の叔父キャントレ侯爵が後見人として、何くれとなく私を助けてくれています。
 フォレット伯爵家の領地と爵位は、私とランダル様の間に生まれる二番目の男の子が継ぐことになるはずです。二人の関係が順調に実を結べば、の話ですが。

 とにかく、私との婚約はアクアノート公爵からしたら実に『美味しい話』で、息子の意見を一度も聞くことなく決めてしまったそうです。
 当時十六歳だったランダル様は、やっぱりエイドリアナ王女の『不測の事態』のために駆けずり回っていて、父親からの手紙を開く暇もなかったとか。彼が婚約の事実に気づくまで、私は二度お茶会をすっぽかされました。

「アイシア、俺は……」

「あ、続きの言葉は言わないでください」

 ようやく口を開いたランダル様に、私は言葉と手の動きでストップを伝えました。『デビュタントのエスコートはできない』なんて、婚約者から聞きたくない言葉ナンバーワンです。

「覚悟はしていました。婚約してから一度もお誕生日おめでとうのカードすら届かなかったし、今日のお茶会も手ぶらでいらっしゃいましたから、私のことなんか眼中にないんだろうなって。誕生日を勘違いされていた、というのはせめてもの救いです。だからいいです、私はひとりぼっちで」

「アイシア、俺は!」

「デビュタントの令嬢の婚約者が何らかの理由でエスコートできない場合は、父や兄が代理を務める決まりですけれど、私にはそのどちらもいません。かといってデビュタントを欠席することは許されません。大舞踏会にご招待くださった国王陛下に対して、それは不敬に当たりますから」

「アイシア!」

「大丈夫です、ご挨拶の時間以外は壁際でひっそりやりますので。足をくじいたとでもいえばダンスは回避できますし。さあ、急いでジュエリーセットを決めてしまいましょう。ランダル様はお忙しいのですから」

 私はすっくと立ちあがりました。
 もうランダル様の顔を見たくなくて、急いで彼に背を向けます。すると壁際に立つ、鬼のような形相の使用人たちの姿が目に入りました。生まれた時から私に仕えてくれている執事のニコラス、侍女頭のミリーです。

「ニコラス、ミリー、お願い。ランダル様を大金庫に案内して差し上げて。私はちょっと疲れてしまって」

「アイシア、せめて謝罪をさせてくれっ!!」

 私の背中にランダル様の叫び声が被さります。

(これ以上惨めにさせないで!)

 そう叫び返したいのをこらえ、私は滑るように歩いて応接室を出ました。
 ランダル様が追いかけてこないのは、彼にとって私がエイドリアナ王女以下だからでしょう。あるいは武闘派の執事と侍女頭に抑え込まれているのか。

(ランダル様の御心は、十中八九前者よね。謝罪がしたいということは、やはり私のエスコートはできないということだもの……)

 唇を噛んでも涙をこらえきれそうになくて、私は隣の部屋に飛び込みました。
しおりを挟む
感想 44

あなたにおすすめの小説

隠れ蓑婚約者 ~了解です。貴方が王女殿下に相応しい地位を得るまで、ご協力申し上げます~

夏笆(なつは)
恋愛
 ロブレス侯爵家のフィロメナの婚約者は、魔法騎士としてその名を馳せる公爵家の三男ベルトラン・カルビノ。  ふたりの婚約が整ってすぐ、フィロメナは王女マリルーより、自身とベルトランは昔からの恋仲だと打ち明けられる。 『ベルトランはね、あたくしに相応しい爵位を得ようと必死なのよ。でも時間がかかるでしょう?だからその間、隠れ蓑としての婚約者、よろしくね』  可愛い見た目に反するフィロメナを貶める言葉に衝撃を受けるも、フィロメナはベルトランにも確認をしようとして、機先を制するように『マリルー王女の警護があるので、君と夜会に行くことは出来ない。今後についても、マリルー王女の警護を優先する』と言われてしまう。  更に『俺が同行できない夜会には、出席しないでくれ』と言われ、その後に王女マリルーより『ベルトランがごめんなさいね。夜会で貴女と遭遇してしまったら、あたくしの気持ちが落ち着かないだろうって配慮なの』と聞かされ、自由にしようと決意する。 『俺が同行出来ない夜会には、出席しないでくれと言った』 『そんなのいつもじゃない!そんなことしていたら、若さが逃げちゃうわ!』  夜会の出席を巡ってベルトランと口論になるも、フィロメナにはどうしても夜会に行きたい理由があった。  それは、ベルトランと婚約破棄をしてもひとりで生きていけるよう、靴の事業を広めること。  そんな折、フィロメナは、ベルトランから、魔法騎士の特別訓練を受けることになったと聞かされる。  期間は一年。  厳しくはあるが、訓練を修了すればベルトランは伯爵位を得ることが出来、王女との婚姻も可能となる。  つまり、その時に婚約破棄されると理解したフィロメナは、会うことも出来ないと言われた訓練中の一年で、何とか自立しようと努力していくのだが、そもそもすべてがすれ違っていた・・・・・。  この物語は、互いにひと目で恋に落ちた筈のふたりが、言葉足らずや誤解、曲解を繰り返すうちに、とんでもないすれ違いを引き起こす、魔法騎士や魔獣も出て来るファンタジーです。  あらすじの内容と実際のお話では、順序が一致しない場合があります。    小説家になろうでも、掲載しています。 Hotランキング1位、ありがとうございます。

王女を好きだと思ったら

夏笆(なつは)
恋愛
 「王子より王子らしい」と言われる公爵家嫡男、エヴァリスト・デュルフェを婚約者にもつバルゲリー伯爵家長女のピエレット。  デビュタントの折に突撃するようにダンスを申し込まれ、望まれて婚約をしたピエレットだが、ある日ふと気づく。 「エヴァリスト様って、ルシール王女殿下のお話ししかなさらないのでは?」   エヴァリストとルシールはいとこ同士であり、幼い頃より親交があることはピエレットも知っている。  だがしかし度を越している、と、大事にしているぬいぐるみのぴぃちゃんに語りかけるピエレット。 「でもね、ぴぃちゃん。私、エヴァリスト様に恋をしてしまったの。だから、頑張るわね」  ピエレットは、そう言って、胸の前で小さく拳を握り、決意を込めた。  ルシール王女殿下の好きな場所、好きな物、好みの装い。  と多くの場所へピエレットを連れて行き、食べさせ、贈ってくれるエヴァリスト。 「あのね、ぴぃちゃん!エヴァリスト様がね・・・・・!」  そして、ピエレットは今日も、エヴァリストが贈ってくれた特注のぬいぐるみ、孔雀のぴぃちゃんを相手にエヴァリストへの想いを語る。 小説家になろうにも、掲載しています。  

アリシアの恋は終わったのです【完結】

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

「わかれよう」そうおっしゃったのはあなたの方だったのに。

友坂 悠
恋愛
侯爵夫人のマリエルは、夫のジュリウスから一年後の離縁を提案される。 あと一年白い結婚を続ければ、世間体を気にせず離婚できるから、と。 ジュリウスにとっては亡き父が進めた政略結婚、侯爵位を継いだ今、それを解消したいと思っていたのだった。 「君にだってきっと本当に好きな人が現れるさ。私は元々こうした政略婚は嫌いだったんだ。父に逆らうことができず君を娶ってしまったことは本当に後悔している。だからさ、一年後には離婚をして、第二の人生をちゃんと歩んでいくべきだと思うんだよ。お互いにね」 「わかりました……」 「私は君を解放してあげたいんだ。君が幸せになるために」 そうおっしゃるジュリウスに、逆らうこともできず受け入れるマリエルだったけれど……。 勘違い、すれ違いな夫婦の恋。 前半はヒロイン、中盤はヒーロー視点でお贈りします。 四万字ほどの中編。お楽しみいただけたらうれしいです。 ※本編はマリエルの感情がメインだったこともあってマリエル一人称をベースにジュリウス視点を入れていましたが、番外部分は基本三人称でお送りしています。

バイバイ、旦那様。【本編完結済】

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
妻シャノンが屋敷を出て行ったお話。 この作品はフィクションです。 作者独自の世界観です。ご了承ください。 7/31 お話の至らぬところを少し訂正させていただきました。 申し訳ありません。大筋に変更はありません。 8/1 追加話を公開させていただきます。 リクエストしてくださった皆様、ありがとうございます。 調子に乗って書いてしまいました。 この後もちょこちょこ追加話を公開予定です。 甘いです(個人比)。嫌いな方はお避け下さい。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

【完結】妹が旦那様とキスしていたのを見たのが十日前

地鶏
恋愛
私、アリシア・ブルームは順風満帆な人生を送っていた。 あの日、私の婚約者であるライア様と私の妹が濃厚なキスを交わすあの場面をみるまでは……。 私の気持ちを裏切り、弄んだ二人を、私は許さない。 アリシア・ブルームの復讐が始まる。

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

処理中です...