上 下
21 / 25
第4章

5.友人召喚

しおりを挟む
 そうこうしている間に、エリシアは一躍時の人になった。

 貴族たちからハウスパーティーの招待状がじゃんじゃか届く。どのツラ下げて、とは思うが、とりあえず溜飲は下がった。

 シンクレア公爵やラーラは、社交界で大変肩身の狭い思いをしているらしい。屋敷に残してきたわずかばかりの手荷物と、お給金を入れていた革袋持参で謝罪に来た。これには大いに溜飲が下がった。

 メンケレン帝国のギャレット皇太子から手紙が届いた。ユニークな人らしく『お兄ちゃんより』と書いてあった。『本当の家族にならないか?』という内容だったので、丁重にお断りの返事を書いた。

 ちやほやされすぎて、神経がおかしくなってしまいそうだった。ざまぁご覧あそばせ、という気分にはとうていなれそうにない。
 だから、ラモット公爵のひとり娘であるカリーナを呼び出した。

「まさか本当に友人認定してくれたとは思ってなかったわ、皇女様。じゃなくてエリシアさん」

 カリーナはなまめかしい身のこなしで椅子に腰を下ろす。そしてエリシアを見て、ぎょっとしたような顔つきになった。

「ちょっとちょっと。未来の可能性に溢れたエリシア様が、なんて顔してるのよ」

「そんなにひどいです?」

「お綺麗よ、と言ったら嘘になるでしょうね。正直幽霊かと思ったわ」

 カリーナは優雅な仕草で、侍女の用意してくれた紅茶を飲んだ。

「なんかもう、色々訳が分からなくて。ちやほやされまくって周りが見えなくなるし、考えを整理するのが難しくて」

「ふーん。世界が薔薇色に見えてるかと思ったけど、意外ねえ」

「手のひら返しと言うものを、この数日で一生分見せて貰ったんですけど。物質的にもあらゆるものが与えられたし。でも、精神的には何も満たされないというか」

 もちろん、祖先の名誉も回復された。エリシアにとってはそれだけで十分ありがたかった。

「スカウトとか来てないの?」

「いくつも来てます。王立研究院とか教団とかメンケレン帝国とか。特に教団は、聖女待遇で迎えてくれるそうです」

「私なら、そんな機会があればふたつ返事で飛びつくけどなあ」

 カリーナは肩をすくめた。

「あのね。攻撃魔法も防御魔法も、もう研究され尽くしているの。頭ひとつ抜け出すために毎日稽古に励んでも、どうしても壁に突き当たる。そこへ他者の魔力を増強できる人間が現れたんだから、そりゃ大騒ぎになるわ。あなた、自分のすごさを自覚しなさい」

 なるほどわかりやすい。やっぱりカリーナを呼んで正解だった。

「で、もうアラスター殿下からプロポーズされたの?」

 カリーナが身を乗り出して、エリシアの目と鼻の先まで顔を近づけてきた。

「国にとってもめでたいことだもの。殿下はエリシアさんを離さないわよ。あなたを生涯守り、大切にするでしょう。メンケレン帝国がちょっかいかけてきているのが本当なら、戦争だって厭わないはずよ」

「それが、魔力発現以降一回も会ってなくて」

「避けてるの!? そりゃ、あなたを虐げてきた国と永遠におさらばしたい気持ちはわからないではないけど」

「避けてません。私はどんなものからも逃げません。逃げてるのはアラスター殿下の方です」 

 エリシアはお腹がむかむかしてくるのを感じた。カリーナが「うーん」と首をかしげる。

「あの人、見た目の印象より遥かに狡猾なんだけどなあ。その気になれば、あなたを丸め込むのくらい簡単なはずなのに」

 確かに出会った当初、アラスターはエリシアに実に甘かった。

「私たち貴族もそうだけど、王太子である殿下は特に、小さい頃から称号の大切さや責任の重さを教え込まれてきたはずよ。大切なのは利益。私たちは両親や教育係から、そういう考え方を叩き込まれるわ。人を助けるのは、何か思惑があるときだけ」

「ということは、私を隣国に奪われたりしたら、アラスター殿下は国王様や王妃様からたっぷりお小言を食らうんですね?」

「当たり前よ! 隣国皇太子に攫われるなんて展開は熱いし、恋愛小説みたいで素敵だけど。こっちの王太子は『馬鹿』って不名誉な烙印を押されちゃうわ!」

 カリーナの迫力に圧倒されつつも、ひとつわかったことがあった。アラスターは積極的に、馬鹿の烙印を押されたいと思っている。

「さて、そろそろ帰らなくちゃ。孤独そうだからまた来てあげるわ。一応友人だしね」

 散々飲み食いして、カリーナは颯爽と帰って行った。エリシアはまたひとりになった。

(そう、私はずっとひとりだった。仲間も味方もいなかった。アラスター殿下との日々は刺激的で、退屈な時間なんて一瞬たりともなかった。嬉しかった。生まれて初めて、特別な相手を見つけたような……) 

 エリシアは立ち上がった。唯一の問題は、アラスターの本心がわからないことだ。
 彼の部屋の扉の前まで行って、会いたいという思いを正直に伝えよう。エリシアはそう心に決めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ
恋愛
 幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。  突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。  ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。 カクヨム、小説家になろうでも連載中。 ※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。 初投稿です。 勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و 気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。 【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】 という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。

世界を捨てる、5年前 〜虐げられた聖女と青年の手紙〜

ツルカ
恋愛
9歳の時に神殿に連れてこられた聖女は、家族から引き離され神に祈りを捧げて生きている。 孤独を抱えた聖女の元に、神への祈りの最中、一通の手紙が届く。不思議な男からの手紙。それは5年に渡る、彼女と彼の手紙のやり取りの始まり。 世界を超えて届く手紙は、別の世界からの手紙のようだ。 交わすやりとりの中で愛を育んでいき、そして男は言う。 必ず、助けに行くと。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

侯爵令嬢セリーナ・マクギリウスは冷徹な鬼公爵に溺愛される。 わたくしが古の大聖女の生まれ変わり? そんなの聞いてません!!

友坂 悠
恋愛
「セリーナ・マクギリウス。貴女の魔法省への入省を許可します」 婚約破棄され修道院に入れられかけたあたしがなんとか採用されたのは国家の魔法を一手に司る魔法省。 そこであたしの前に現れたのは冷徹公爵と噂のオルファリド・グラキエスト様でした。 「君はバカか?」 あたしの話を聞いてくれた彼は開口一番そうのたまって。 ってちょっと待って。 いくらなんでもそれは言い過ぎじゃないですか!!? ⭐︎⭐︎⭐︎ 「セリーナ嬢、君のこれまでの悪行、これ以上は見過ごすことはできない!」 貴族院の卒業記念パーティの会場で、茶番は起きました。 あたしの婚約者であったコーネリアス殿下。会場の真ん中をスタスタと進みあたしの前に立つと、彼はそう言い放ったのです。 「レミリア・マーベル男爵令嬢に対する数々の陰湿ないじめ。とても君は国母となるに相応しいとは思えない!」 「私、コーネリアス・ライネックの名においてここに宣言する! セリーナ・マクギリウス侯爵令嬢との婚約を破棄することを!!」 と、声を張り上げたのです。 「殿下! 待ってください! わたくしには何がなんだか。身に覚えがありません!」 周囲を見渡してみると、今まで仲良くしてくれていたはずのお友達たちも、良くしてくれていたコーネリアス殿下のお付きの人たちも、仲が良かった従兄弟のマクリアンまでもが殿下の横に立ち、あたしに非難めいた視線を送ってきているのに気がついて。 「言い逃れなど見苦しい! 証拠があるのだ。そして、ここにいる皆がそう証言をしているのだぞ!」 え? どういうこと? 二人っきりの時に嫌味を言っただの、お茶会の場で彼女のドレスに飲み物をわざとかけただの。 彼女の私物を隠しただの、人を使って階段の踊り場から彼女を突き落とそうとしただの。 とそんな濡れ衣を着せられたあたし。 漂う黒い陰湿な気配。 そんな黒いもやが見え。 ふんわり歩いてきて殿下の横に縋り付くようにくっついて、そしてこちらを見て笑うレミリア。 「私は真実の愛を見つけた。これからはこのレミリア嬢と添い遂げてゆこうと思う」 あたしのことなんかもう忘れたかのようにレミリアに微笑むコーネリアス殿下。 背中にじっとりとつめたいものが走り、尋常でない様子に気分が悪くなったあたし。 ほんと、この先どうなっちゃうの?

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

石塔に幽閉って、私、石の聖女ですけど

ハツカ
恋愛
私はある日、王子から役立たずだからと、石塔に閉じ込められた。 でも私は石の聖女。 石でできた塔に閉じ込められても何も困らない。 幼馴染の従者も一緒だし。

ふしだらな悪役令嬢として公開処刑される直前に聖女覚醒、婚約破棄の破棄?ご冗談でしょ(笑)

青の雀
恋愛
病弱な公爵令嬢ビクトリアは、卒業式の日にロバート王太子殿下から婚約破棄されてしまう。病弱なためあまり学園に行っていなかったことを男と浮気していたせいだ。おまけに王太子の浮気相手の令嬢を虐めていたとさえも、と勝手に冤罪を吹っかけられ、断罪されてしまいます。 父のストロベリー公爵は、王家に冤罪だと掛け合うものの、公開処刑の日時が決まる。 断頭台に引きずり出されたビクトリアは、最後に神に祈りを捧げます。 ビクトリアの身体から突然、黄金色の光が放たれ、苛立っていた観衆は穏やかな気持ちに変わっていく。 慌てた王家は、処刑を取りやめにするが……という話にする予定です。 お気づきになられている方もいらっしゃるかと存じますが この小説は、同じ世界観で 1.みなしごだからと婚約破棄された聖女は実は女神の化身だった件について 2.婚約破棄された悪役令嬢は女神様!? 開国の祖を追放した国は滅びの道まっしぐら 3.転生者のヒロインを虐めた悪役令嬢は聖女様!? 国外追放の罪を許してやるからと言っても後の祭りです。 全部、話として続いています。ひとつずつ読んでいただいても、わかるようにはしています。 続編というのか?スピンオフというのかは、わかりません。 本来は、章として区切るべきだったとは、思います。 コンテンツを分けずに章として連載することにしました。

処理中です...