3 / 17
episode.3 ワカメ頭の正体
しおりを挟むマンションの階段をばたばたと駆け下りて、海面階にあるカヤック置き場へ向かう。
あの距離ならカヤックで余裕で行けるだろう。
そう踏んだ私は自分の赤いカヤックが停まっている所まで浮桟橋を走った。
桟橋に括り付けられたカヤックのチェーンの鍵を開き素早くカヤックに乗り込み、波止場の自動ドアを抜けてマンション群に囲まれた海へ乗り出した。
さっき上から見つけた謎の物体はどこだろう?
私は周りを見回しながらそれがいた方向へ漕ぎ出した。
そして五分とせずに私は目標物を見つける事が出来た。
遠目の波間に揺れる長い深緑色を一旦スマホのカメラに収めてから、カヤックのパドルを持つ手に力を込める。
陽を溶かす底の見えない海にパドルを押し込み、黒い頭と白い身体の生物を見失わないよう必死に漕ぎ進んだ。
しかし相手も移動しているからか、その距離はなかなか縮まらない。
じんわり汗ばんできた手をぐっと握り締めてひたすら漕ぎ続け、やっと十メートルの距離内に近づいた時には郊外を抜け大海原へ出てしまっていた。
自分のマンションが彼方に見える事に少し不安を覚えつつも、あともう少しで謎の生物の正体が掴めると意気込んでカヤックを進めていく。
その時、目指す相手が急に止まってくるりとこちらを振り返った。
黒ずんだ海藻を被った白い顔と目が合う。その顔つきは人のように見えた。
止まるとは思ってもみなかった私は結構なスピードでその生物に突っ込んでいく。
「あっ」
危ない、という言葉すら口に出来ないまま無理矢理止めようとしたカヤックはバランスを崩し海に飲まれた。
カヤックから落ちるなんて何年ぶりだろう……五歳の乗り始めた頃こそ乗る度に落ちていたが、それもずっと昔の話だ。
そんな事を思い出しながら、私は落ち着いて息を止めて水中で体勢を立て直した。
ゴーグルも着けておけば良かった、なんて後悔しながら滲みるのを覚悟して目を開く。
海中のぼやける視界に幽霊みたいな青白い肌の人が映った。
こんな海の中でウェットスーツも着ずに、ひらひら漂う魚の鰭を継ぎ接ぎしたような物を胸から下が隠れるよう身につけている。
その出で立ちはおとぎ話に出てくる人魚を彷彿とさせた。
一つイメージと異なる点は髪の毛の代わりに黒いワカメが頭を覆っていた。
変な格好の人、そんな印象だった。
不審者かもしれない、そんな考えも過ぎり警戒して相手の出方を伺う。
人魚もどきはまじまじとこちらを観察するように私を中心に優雅に一周泳ぎ、そのまま水面へと向かっていった。
その向かう先に赤いカヤックが浮かんでいるのが見えて私は慌ててその後を追った。
カヤックを盗られまいと必死の思いで泳ぎ、ぷはっと水面に顔を出すと同時にカヤックに手をかけた。
辺りを見回すがさっきの人の姿はない。
警戒しながら素早くカヤックに乗り込み、そこでパドルが流されている事に気づいた。
目を皿のようにして探すがどこにも見つからない。
どうしよう……パドルがないと帰れない。もしかしてこのまま一人で海の上を漂うの?
そんな不安と恐怖が頭によぎったその時、自分の座るカヤックの右下を誰かがつつく感覚を覚えた。
そちらを見るとカヤックの右半分を覆う程のおびただしい量のワカメが不自然に浮いていた。
ワカメのせいで水面下の様子は見えないが正体は既に分かっている。
パドルが無ければここから逃げる事も叶わない。いっそ水に飛び込むか、腰を上げようとした時だ。
ワカメを乗せた頭が浮上しその青白い顔が露わになる。
藍鼠色の磨り硝子みたいな目に、小さな鼻と耳、そして色のない薄い唇。
ワカメの間から見えたその顔は思っていた『人間』とは違った。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
裏切りの代償
志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。
家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。
連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。
しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。
他サイトでも掲載しています。
R15を保険で追加しました。
表紙は写真AC様よりダウンロードしました。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
どうぞご勝手になさってくださいまし
志波 連
恋愛
政略結婚とはいえ12歳の時から婚約関係にあるローレンティア王国皇太子アマデウスと、ルルーシア・メリディアン侯爵令嬢の仲はいたって上手くいっていた。
辛い教育にもよく耐え、あまり学園にも通学できないルルーシアだったが、幼馴染で親友の侯爵令嬢アリア・ロックスの励まされながら、なんとか最終学年を迎えた。
やっと皇太子妃教育にも目途が立ち、学園に通えるようになったある日、婚約者であるアマデウス皇太子とフロレンシア伯爵家の次女であるサマンサが恋仲であるという噂を耳にする。
アリアに付き添ってもらい、学園の裏庭に向かったルルーシアは二人が仲よくベンチに腰掛け、肩を寄せ合って一冊の本を仲よく見ている姿を目撃する。
風が運んできた「じゃあ今夜、いつものところで」という二人の会話にショックを受けたルルーシアは、早退して父親に訴えた。
しかし元々が政略結婚であるため、婚約の取り消しはできないという言葉に絶望する。
ルルーシアの邸を訪れた皇太子はサマンサを側妃として迎えると告げた。
ショックを受けたルルーシアだったが、家のために耐えることを決意し、皇太子妃となることを受け入れる。
ルルーシアだけを愛しているが、友人であるサマンサを助けたいアマデウスと、アマデウスに愛されていないと思い込んでいるルルーシアは盛大にすれ違っていく。
果たして不器用な二人に幸せな未来は訪れるのだろうか……
他サイトでも公開しています。
R15は保険です。
表紙は写真ACより転載しています。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる