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第6章:リアライド王国・入国編

第65話:剣鬼ルゼ

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 武装集団、ゴルドニアース傭兵団はナハトにも襲い掛かってきた。剣を振りかぶり、ナハトに向けて振り下ろされる。だが、幻想具でもなんでもない普通の剣で武装した程度の敵など聖桜剣を持つナハトの敵ではなかった。

 真正面から振り下ろされた剣を受け止め、押し返す。そして、返す刃で斬り付け、倒す。



「お前たち、一体何の用だ!? ドラセナが目当てか!?」



 叫んで訊くも答える相手はいない。

 一人、二人とそうして撃退している内に衛兵の鳴らした鐘の音を聞き付け、増援が駆け付けてくる。

 マインダースを守護する衛兵たちとゴルドニアース傭兵団は真っ向から対決した。

 ナハトも増援が来たからといって逃げ帰る真似はせず、傭兵たちと戦う。こいつらの目的は十中八九、この町にいるドラセナだろう。ならばここで自分が引き下がる訳にはいかない。

 この町への入り口はこの門しかない以上、ここで食い止めておけば中のドラセナに危害が及ぶことはない。その思いで聖桜剣を振るう。

 と、傭兵たちが戦うのをやめ後退を始めた。諦めて逃げ出すことにしたのか? ナハトはそう思った。しかし、そうではなかった。



「な……!?」



 闇夜を斬り裂く羽音。ドラゴンバードの群れがこちらに向かって飛んで来ている。「ドラゴンバードだって!?」「なんでこんなところに!?」と衛兵たちの間でも声が上がる。

 存在しないはずのドラゴンバードの群れ。それがいるということは……。



(あのリリアーヌとか言う想獣使いが絡んでいるのか!)



 そうに違いなかった。想獣使いという女。あの女がこのドラゴンバードを差し向けたのであろうことは想像に難しくない。

 あの女はペルトーセでもゴルドニアース傭兵団と連携を取っていた。今回もそれでドラセナを目当てに襲い掛かってくるのだろう。

 衛兵たちはドラゴンバードとの戦いに入ったようだ。普通の武器ではドラゴンバードの群れを相手にするのは少し厳しい。

 ナハトは加勢しようと思ったが、できなった。

 一人の男がナハトの前に現れたからだ。

 その男に衛兵の一人が斬り掛かるも一瞬で斬り捨てられ敗れ去る。

 この男は強い、とナハトは思った。

 茶色い髪を長く伸ばし、全身を漆黒の衣装でかためた男だった。右手には衛兵を斬り捨てた長い太刀を握っている。年の頃は二十代半ばといったところだろうか、その男の瞳がナハトを向く。鋭い視線にナハトはひるまないようにしつつ、男を睨み返した。



「お前が桜の勇者か?」



 男はそう言う。ナハトは答えようかどうか迷ったものの誤魔化してどうにかなるものでもないか、と思い、答えた。



「ああ。俺は桜の勇者だ。お前はゴルドニアース傭兵団のメンバーか?」

「厳密には違うがな。似たようなものだ。そうか……貴様が桜の勇者か」



 男は嬉しげに笑みを浮かべる。何が嬉しい? ナハトには男の行動が全く理解できなかった。

 男は太刀を構える。その刀身は赤い輝きを帯びておりただの武器ではないことは明白だった。



「その剣……幻想具か!?」



 ほぼ確信していたが訊ねる。男はふっ、と笑うと「紅蓮刀フィアンマ」と呟く。



「オレの名はルゼ。桜の勇者、さっきの雑魚どもとの戦いを見ていたが貴様はなかなかにやる。戦い甲斐のある相手だ。さあ、せいぜいオレを楽しませて見せろよ?」



 男は、ルゼは笑みを浮かべてそう言う。もしこの場にナハト以外の仲間がいたのなら驚愕に戦慄したことだろう。

 ルゼと言えばヴァルチザン帝国四獅の一人であり、剣鬼の二つ名で呼ばれるヴァルチザン最強の剣士とも名高い男であるからだ。

 ナハトはそんなことは知らず、聖桜剣を構える。ルゼは地を蹴り、太刀を振りかぶる。



「さあ、行くぞ! 桜の勇者!」



 その言葉と共に太刀が振るわれ、ナハトに襲い掛かる。

 一撃、二撃、聖桜剣で振るわれた剣を受け止めて気付いた。この男は並ではない、と。

 太刀の一撃が重い、重すぎる。聖桜剣を持ってしても弾くのに一苦労だった。

 それが超高速で振るわれているのだ。さらに振るわれる太刀の連続斬撃をなんとか聖桜剣でしのぎきる。

 この攻撃の速度、長い太刀を持っているのに短剣を振るっていたメリクリウス以上ではないか、とさえ思う。

 それくらいルゼの攻撃は激しく、重かった。



「どうした!? 防戦一方か!? 桜の勇者! 貴様の力はそんなものではないだろう!?」



 太刀の一振りと聖桜剣の一振りが真っ向からぶつかり合い、つばぜり合いになる。

 ギリギリ、と押し合いながら、ナハトは気合を込めてルゼの太刀を押しのけた。

 この相手は加減をして戦える相手ではない。全力でいく必要がある。そう思ったからだ。

 押し返され一瞬、ルゼの攻勢が止んだ。その隙を狙い聖桜剣の力を解放する。

 薄紅色の刀身が黄金の輝きを纏い、黄金の光刃になる。それを見たルゼは「ほぅ」と感心したように呟く。



「それが聖桜剣の真の姿か。なるほど、面白い。ますます楽しめそうだ」



 黄金の光刃を前にしてもルゼの余裕は崩れることはない。口元に楽しげな笑みを浮かべながら、再び太刀を振るう。

 太刀による連続攻撃。それを捌き切ることは先程と比べれば楽になっていた。聖桜剣が想力を解放して、黄金の光刃となっているのだ。

 並の攻撃ではビクともしないだけの力を秘めている。

 それでも、様々な方向から様々な軌跡で迫り来る太刀の剣筋から身を守ることには苦労を要した。

 変幻自在の剣技にともすれば混乱させられてしまいそうな自分がいる。

 この男は本当に強い。それを実感する。それでも防戦一方でいる訳にはいかなかった。

 太刀の一撃を弾き返すと僅かな隙がルゼに生まれたその隙を狙い黄金の光刃で斬り掛かる。



「はあっ!」



 必殺を期した一撃だったのだが、ルゼはすぐに太刀を引き戻すとその長い刀身で聖桜剣の光刃を受け止めてみせた。一旦、攻勢に回ったからには引き下がる手はない。

 ナハトはそのまま連続して光刃を振るい続け、ルゼに攻撃を加える。しかし、ルゼは太刀を器用に振るい、それら全てをしのぎきってみせた。

 黄金の光刃と化した聖桜剣の攻撃をここまで容易く受け止められたのは初めてだった。

 イーニッドやグレースは圧倒され、想獣王ですら押し勝つことができたというのに、目の前のこの男は暴風のように襲い来る黄金の光刃の剣撃の嵐をこともなさ気に弾き返している。

 「なるほど、たしかになかなかやるようだ」と楽しげに呟くその態度からは、余裕すら感じられる。

 攻勢も長くは続かない。ナハトは一旦、剣を引くと後ろに下がり、荒い息を整えようとした。



「どうした? 休んでいる暇などないぞ!」



 ルゼは太刀を振るい再び攻撃を加えてくる。ナハトも聖桜剣を振るい、それに対抗した。

 黄金の刃と真紅の刃が何度もぶつかり合い、激しい金属音を鳴らす。二つの刃のぶつかり合いは互角か、あるいはナハトがやや押されている。

 信じられない、という思いにナハトはかられる。黄金の光刃と化した聖桜剣。メリクリウス相手にも勝利できる程度にはその力を引き出せるようになったのだ。

 それでもこのルゼという男相手にはやや遅れを取っている。この男の幻想具である太刀が強いというのも勿論、あるが、この男の力量自体がナハトやメリクリウスのものよりも遥かに上であることの現れであった。

 太刀が曲線を描いて迫り来るのをなんとか光刃で弾く、返しに光刃で袈裟懸けに斬り付けるのを太刀が受け止める。

 それを払いのけられ太刀が再びさっきとは別の曲線を描いて迫るのを慌てて引き戻した光刃で弾く。「く……!」と思わず苦悶の声が漏れる。

 何度目かのぶつかり合いの末にお互いに剣を引き、一歩、後ろに下がる。



「こうして続けていてもキリがないな」



 ルゼはそう言って笑う。そして、楽しげに続けた。



「桜の勇者、お前は最高だ。オレをここまで楽しませてくれたのはお前が初めてだ。ならばオレも礼儀を持って、全力でお相手することにしよう」



 その言葉にナハトは呆然とする。今までのでも全力ではなかったというのか? まだ余力を温存していたとでも?

 ハッタリだ! そう思い、ナハトはルゼを睨んだ。

 ルゼは太刀を構えると「紅蓮刀フィアンマよ、その力を解放せよ」と言う。

 次の瞬間、紅蓮の刀身から燃え上がるように炎が発生した。

 炎を纏った太刀をルゼは一振りし、宙空を斬り裂く。そして、満足げにふん、と鼻を鳴らす。



「さあ、行くぞ。桜の勇者。オレをもっと楽しませてくれよ?」



 紅蓮の刀身から立ち上る炎。さっきまでのルゼは幻想具の想力を解放していなかったのだ。

 それでも想力を解放した聖桜剣と互角以上の戦いをしてみせた。ならば、ルゼも想力を解放した今は……。

 弱気になりそうになるのを必死で飲み込み、ナハトは気合いを込めて聖桜剣を構えた。

 どれだけ相手が強くても、自分は負ける訳にはいかないのだ。その思いを支えに剣を構える。

 ルゼの炎を纏った太刀が襲い掛かって来たのはそのすぐ後だった。

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