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第5章:新たな旅立ち

第62話:水の都で

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「それじゃあ、ナハト。行こっか」



 ドラセナが笑顔で言う。その日、朝、起きて、食堂でみんなで朝食を食べた後、ナハトとドラセナは二人でクラフトシティを見て回ることになっていた。他のみんなには何故か散々文句を言われたが、とりあえずはみんなも納得してくれたらしい。



「カウニカに続いて二度目ですね。ナハト様とドラセナさんのデート」



 イヴがそんなことを言う。ナハトとドラセナはお互い頬を紅潮させた。

 デート、なんだろうか? そうかもしれない、と思う。このクラフトシティを二人だけで見て回るというのだから、それはたしかにデートと言っていいだろう。だが、それを認めるのも恥ずかしかった。



「そんなんじゃないって。俺はドラセナにこの町を案内してもらうだけだ」

「それをデート、って言うのよ。全く」



 不機嫌顔のアイネが呟く。ナハトとドラセナが二人で町を回ると聞いてからというものの、一番、不機嫌そうなのはアイネだ。何がそんなに彼女を不機嫌にさせるのか。ナハトにはさっぱり分からない。



「ごめんね、アイネ。わたしだけがナハトと一緒に行っちゃって……」



 だが、ドラセナにはその不機嫌の原因が察せれているようだった。そんなことを言って頭を下げる。ドラセナにこう言われては強く言えないのか、アイネは「まぁ、いいわよ」と言った。



「カウニカの時と同じでこの落とし前はナハトにしっかり後で付けてもらうことにするから」

「おいおい、また、みんなを買い物に連れて行け、ってのか? 俺はドラセナと出掛けるだけなんだぞ? なんでそんなことを……」



 言ってる途中でアイネから絶対零度の視線を浴びせられ、ナハトは黙り込む。



「ナハト、女心が分かっていないぞ。わたしも今回の件には納得していないからな。アイネの言うように後でしっかり落とし前は付けてもらう」



 イーニッドは平常通り、に見えたが、しかし、そんなことを言って不満をあらわにする。イーニッドまで何を言うのか、とナハトは思った。



「ナハト殿、一応言っておくが、ドラセナ様にあまりみだらなことをしたら容赦はせんぞ?」



 グレースはグレースでイヴやアイネとは違うところで不服なようだった。そんなことを言って一睨みされる。

 ナハトは「しないって」と嘆息して返した。全く。少しドラセナと二人で町を出歩くだけでどうしてここまで言われなければならないのか。

 まぁ、さっさと出発してしまうに限るか、とナハトは結論付けた。



「それじゃ、ちょっと行ってくる。昼飯は外で食べるよ。夕食までには帰ってくる」



 まだ言い足りないことがありそうな面々に背を向けて、逃げるようにナハトはドラセナと一緒に部屋を出る。

 そのまま城門の衛兵に挨拶し、城も出て、クラフトシティへと繰り出した。

 水路が幾重にも走る水の都市、という最初の印象が覆ることはない。

 水路があり、綺麗に舗装された道路があり、整頓とされたそれらの所々に家や店が並んでいる。

 それらは美しい調和を生み出し、思わず町中の一角であっても整った光景に目を奪われてしまう。

 アイネと最初に会った時にアイネにクラフトシティは観光地でもある、と言われたのを思い出す。たしかにこれは十分、観光地と言っていいだろう。

 「凄いもんだな……」と声に出していた。ドラセナがナハトを振り向く。



「こんな綺麗な町を見るのは初めてだ」

「そうだね。わたしも凄く綺麗な町だと思う。こんなに綺麗な町だったんだね……」



 そのドラセナの言葉にナハトは違和感を抱いた。ドラセナはここで保護されていたのだ。ならばこの町の景観など見慣れたものではないのだろうか?

 ところがドラセナはキョロキョロと物珍しそうに町中を見て回っている。その様子が奇妙に映った。そういえば最初にナハトたちがこの町に来た時もドラセナは様子が変だった。

 訊ねるのも気が引けるが「あのさ、ドラセナ」と声に出して訊いてみる。



「ドラセナはこの町に居たんだろ? なら、珍しいことなんてないんじゃないのか?」

「………………」



 ナハトの言葉にドラセナは気まずそうな顔をして、黙り込む。その末に「なかなか外に出れなかったから」のか細い声を返した。よく聞き取れなかったナハトはドラセナに「え?」と訊ねる。



「外に出るのは危ないからわたしはなかなか城の外に出してもらえなかったの。だから、こんな風に町中を見て回るのは初めての経験」

「そ、そうだったのか……」



 それはほとんど保護というより軟禁ではないか。ナハトはそう思った。

 同時にペルトーセでみんなで買い物に行った時にドラセナがやけに楽しそうにしていたことを思い出す。

 なるほど。そういうことはほとんど未経験だったという訳か。

 しかし、ドラセナの力がいかに貴重で危険なものかが分かっているとはいえ、こんな年頃の少女を軟禁に近い状態にするとは……。この国の王に対する不信感に近い感情が胸に芽生えることをナハトは感じた。



「前に一回、外に出してもらった時にはゴルドニアース傭兵団にさらわれちゃったの。今回も外に出るのは危ないって言われたんだけど、ナハトと一緒、って話したら外出の許可をくれた」

「なるほどな……」



 ナハトは腰にかけてある聖桜剣の柄を手で触ってみた。こいつを持っている自分がいればそう簡単にドラセナに手を出すことはできないだろう。そういう意味では信頼されているようだ。

 ドラセナを軟禁に近い状態にして手元においておきながら、リアライド王国からドラセナの力を研究したいという話が来ればドラセナの危険を承知で再び旅立たせようとする国王。やはり、不信感を覚える。



「まぁ、それなら尚の事、あちこち見て回ろうぜ」



 だが、それを今、表に出す時ではない。そう判断する。とりあえずはドラセナと二人きりで町を見て回ることを堪能しよう、と思った。「うん」とドラセナも笑顔で頷く。

 徒歩だったり、観光用の小舟に乗ったりして、町の色々な箇所を見て回る。

 この町は町全体が観光名所となっているようだった。それくらい美しい景観が延々と続いている。

 気が付けば太陽も高くに昇り、昼食時になっていたので、ナハトとドラセナは手近な店に入って、昼食を取った。

 とりあえずここまで来る間の旅で得られたラプラニウム鉱石を換金したお金や新たに旅に出るにあたって国王から頂戴したお金があったので少し豪華そうな料理屋に入った。

 豪華そうな外観に違わず、料理も豪勢で美味しいもので、ナハトもドラセナもこれには満足だった。少々、値段は高かったが、満腹になったので店から出る。

 「さて、次はどこに行こうか?」とナハトが言うと、ドラセナは「大聖堂はどう?」と返してきた。

 大聖堂、か。たしかアイネも大聖堂のステンドグラスがいいとか言っていた気がする。

 異論はなかったので、そのまま大聖堂に向かうことにする。

 大聖堂は王城と同じくナハトの世界で言うゴシック様式で建築された巨大な建物で何本ものアーチが並んでいる。

 中も荘厳の一言。清廉された空気が漂っていたが、それが威圧感にも似た感覚になってナハトたちに迫り来る。

 壁の上を見上げると美麗なステンドグラスが並んでいる。

 たしかに、アイネが綺麗と言うだけあり、ステンドグラスはどれも非情に美しい代物だった。

 ナハトと同じくステンドグラスを見上げているドラセナも「綺麗……」と声をもらす。

 ステンドグラスに描かれた光景はナハトにとっては綺麗だ、とは思えてもそれ以上の感想は抱けないものだった。

 おそらくはこの世界で信じられている神話などをモチーフに描いたものなのだろうが、異世界人のナハトにとっては馴染みのないものだ。

 とはいえ、背中から羽を生やした天使のような人間も描かれており、世界が違っても同じ人間が信奉するものは同じようなものなのか、と思う。そんなことを思いながらステンドグラスを見上げているとドラセナに話しかけられた



「ナハト。せっかく大聖堂に来たんだから、神様に祈っておこう」



 この世界の神話も、宗教も、神様も何も分からないナハトではあったが、頷く。

 まぁ、神様は寛大だろうから祈る人間がどんなに無知でも加護はあるだろう、なんてことを思う。

 ドラセナと一緒に大聖堂の奥まで行き、そこに置かれていたおそらくはこの世界の神様の姿をしているのであろう石像にドラセナが祈りを捧げる。両手を合わせて、目をつむる。そういうところはナハトの世界もこの世界も同じか、と思いながらナハトもそれに習って祈りを捧げる。

 祈ることは勿論、リアライド王国までの旅の無事だ。祈りが終わり、ナハトは目を開けるが、ドラセナはまだ熱心に祈りを捧げていた。

 邪魔をするのも野暮だろうと思ったのでそんな様子のドラセナを見守る。しばらくの間、ドラセナは祈り続け、その末にようやく目を開け、そして、自分を見つめているナハトの視線に気付いたようだった。



「ナ、ナハト……そんなにわたしのこと見ないで……」

「あ、ああ……悪い」

「……わたしの顔に何かついてる?」

「そういう訳じゃないんだが……」



 言える訳がない。神様に祈りを捧げるドラセナの姿があまりに綺麗で思わず見惚れていたなんて。誤魔化すように「随分、熱心に祈っていたな」とナハトは話しかける。



「何を祈っていたんだ?」

「そう言うナハトは?」

「俺? 俺は、やっぱりリアライド王国までへの旅の無事だけど……」



 ナハトの言葉に「わたしも……」とドラセナが頷く。



「旅の無事を祈っていた。それと……」

「それと?」

「……っ! な、なんでもない!」



 失言をしてしまった、という風にドラセナは慌てた様子を見せる。

 何故かその頬が紅潮していたが、何だろう?

 ナハトは不思議そうにドラセナを見るが、ドラセナはプイ、とそっぽを向いてしまう。それは不機嫌ゆえにやっているというより照れ隠しにやっているようにナハトには見えた。

 そんな照れるようなことを自分は言っただろうか。兎に角、神様への祈りも終わったことだし、大聖堂を後にする。

 大聖堂を出てからもあちこち歩き回り、その頃にはドラセナは元のドラセナに戻っていた。

 町の中を観光して歩き続けていると時間はあっという間に流れ、太陽が西の空に沈みゆく、そんな時、ドラセナが「見て、ナハト」と声を発した。

 ドラセナの示した先を見ると、町中を走る水路に沈みゆく太陽の黄昏の色が映り、水路を赤の色に変えている。

 「これは……」と思わずナハトも声を発する。まさしく絶景と言っていい光景だった。



「綺麗だね」



 ドラセナがそう言う。ナハトも頷くしかなかった。



「ああ、凄く綺麗だ」



 そんなことを言うドラセナの横顔も黄昏の光を浴びて、綺麗に輝いてるのだが、そんなことを口に出して言える程、ナハトはキザな性格ではなかった。

 二人して沈みゆく太陽に照らされたクラフトシティを見る。黄昏は、これからナハトたちの進む道を祝福するかのように赤い光で世界を照らしあげていくのだった。



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