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第5章:新たな旅立ち

第58話:王都クラフトシティ

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 竜との戦いから一晩明け、ついにナハトたちはアインクラフト王国の王都、クラフトシティに到着を果たした。

 入り口の門に立っていた番兵二人にグレースが何事かを話すと、番兵たちは道を開けてくれた。

 王都は周りを城壁で囲まれており、海に突き出た半島に建設された水上都市に近い構造になっていた。

 都市の中を水路が縦横無尽に走っている。その上に築かれた足場が橋のように家と家を繋げている。

 水の流れが太陽の光を反射して輝く。正直、言って、美しい。

 行ったことはないが写真で見たことがあるナハトの元の世界のベニスの光景に近い美しさがある。

 ナハトは橋の上を渡りながら、手すりから橋の下を走る水路を眺めてみる。けがれを知らない澄んだ水面を見てると心が洗われるような気分になった。



「ここが王都か! 凄いな~!」

「私も王都に来るのは初めてですがたしかに凄いですね」

「そうだね、たしかに凄いね」



 イーニッドとイヴ、そして、ドラセナまでもがナハト同様、あちこちをチョロチョロ見ながら口にする。そんなドラセナの様子をナハトは少し不思議に思った。グレースやアイネが落ち着いているのはグレースは元々ここに住んでいたからで、アイネは貴族の令嬢という立場上、何回か訪れたことがあるからだろう。

 だが、ナハトたちと同じようにあちこちを物珍しそうに見ているドラセナもこの町に住んでいたはずだ。それなのに、何故だろう?

 ナハトは疑問に思ったものの、それを口には出さなかった。やがてそんなナハトたちの様子にアイネとグレースが苦笑する。



「あんまりキョロキョロ見るのやめさないよ。田舎者丸出しで恥ずかしいわよ」

「こんなに凄い光景なんだから仕方がないだろ。おっ、あっちに行くには小舟で渡るのか!」



 ナハトの視線の先には橋が通っていないところに渡るための小さな船着き場がある。

 別に船に乗らなくても王城までは行けるとグレースは言うが、イーニッドが一度ぜひ乗ってみたいと言うのでみんなして小舟に乗ることにした。

 船頭が一本のオールで漕ぎ、透き通った水路の上を船が進む。

 水路にばかり目を惹かれていたが、こうして船に乗ってみると立ち並ぶ家々の美しさも目に付くようになってきた。流石は王都、と言ったところか。

 行き交う人々の数は多く、大いに繁栄しているようだった。小舟での遊覧も終わり、再び通路に足を付けると「それじゃあ、王城に向かうか」とナハトは声をかけた。



「うん。そうだね。やっと、帰ってこれた……」



 ドラセナが呟く。だが、言葉とは裏腹にあまり感慨深そうではなかった。

 この王都からドラセナが拉致されてどれくらいの時間が経ったのかは分からないが、イヴの家からここまで来るまで一ヶ月近くはかかっている。

 最低でもそれだけの間、離れていた王都に戻ってこれたのだから、感慨に浸るのが普通ではないだろうか?

 先程同様、些細な違和感を抱えつつも、美麗な町並みを見ていると、旅の終着点に到達したんだな、という達成感と少しの寂寥感が胸元を通り過ぎる。これで、俺たちの旅は終わり……なのだろうか?



「ナハト殿? どうかなされたか?」

「いや、なんでもない」



 少し考え込んでいるとそれに気付いたグレースに怪訝そうな顔をされるが、ナハトは笑って誤魔化した。

 旅が終わりでも自分たちとドラセナが別れる訳ではない。グレースは王様たちにナハトたちもドラセナの護衛に付けるよう進言してくれると言っていたし、何よりドラセナ本人が王都に着いた後も自分を守って欲しいとナハトに言っている。

 気を取り直すとナハトは歩みを再開した。水上都市の上を歩き、王城まで行く。

 しばらく歩いたところで王城は見えてきた。傍目に見ても、豪華絢爛にして荘厳な印象を受ける美しい王城だった。 まさにこの水上都市に相応しい、とナハトは思う。尖ったアーチが立ち並んでいるのを見ながら、世界史の授業で習ったゴシック建築に近いものがあるな、とも思った。「綺麗な城だな~」と声に出していた。



「ここが王都クラフトシティの王城、クラフトキャッスルだ。外観も美しいが中はもっと凄いぞ」



 自分の所属する国の首城を褒められて悪い気はしないのかグレースが機嫌良さそうに答える。



「城もいいけど、アタシは大聖堂の方が好きね。あそこのステンドグラスは何度見ても見惚れてしまうわ」



 アイネが口を挟む。大聖堂。そんなところもこの町にはあるのか。で、あれば、一度は行ってみたいものだったが、今はドラセナを王城に送り届けるのが先決だ。アイネがベタ褒めする大聖堂とやらには後で余裕があれば足を運んで見ることにしよう。

 王城の側まで行くと入り口の門を警護している衛兵に呼び止められた。しかし、町の入り口を警護していた衛兵から連絡が行っているのか、衛兵たちは「これはこれは、グレース殿にドラセナ様」と笑みを浮かべて迎えてくれた。グレースがピシリ、と姿勢を正して言う。



「騎士、グレース・アルミナ。ドラセナ様奪還の命を果たしてただいま帰還した。願わくば国王陛下にお取り次ぎしてもらいたい」



 グレースの言葉に衛兵たちも姿勢を正す。「後ろの方々は?」と衛兵たちがナハトたちに少し怪訝そうな瞳を向けた。



「彼らはドラセナ様を助け、護衛してくれた恩人だ。特に黒髪の少年、ナハト殿は聖桜剣に選ばれた桜の勇者でもある」

「桜の勇者様……! お話は聞いておりました。お会いできて光栄です」



 カウニカやペルトーセで想獣相手に戦った話がここにも届いているのだろう。衛兵たちはナハトに対し、最大限の敬意を払って一礼した。

 ナハト本人としては自分はそんなに立派なものではないと思っているのでそんな態度を取られると少し困惑してしまう。「ど、どうも……」とだけなんとか返した。



「ドラセナ様も無事にお帰りになられて何よりです」



 衛兵はドラセナにも声をかける。ドラセナはコクリ、とだけ頷いた。この衛兵とはそんなに親しくはなく人見知りしてしまうのだろう。



「それでは城内へどうぞ。今は謁見のお時間ですので国王陛下も謁見の間にいらしているはずです。話は通しておきますのでどうぞお進み下さい。ご案内しましょうか?」

「いや、結構だ。私とてこの国の騎士。この城の構造くらいは知っている」



 グレースは衛兵にそう言って申し出を断るとナハトたちの方に向き直った。



「それではナハト殿たち。城の中に入ろう。私が案内する」

「ああ。頼むよ、グレース」

「ま、アタシもこの城のことくらいなら知ってるけどね」



 アイネがグレースの言葉に茶々を入れるも、一同はそろってクラフトキャッスルの中に足を踏み入れた。

 中に入ってみて分かったがやはりこの城はナハトの世界で言うゴシック建築に近い。内装は美麗の一言。堅牢にして美しい。まさに王城に相応しい作りだった。

 そんな中をグレースの先導で歩いて行く。大体、城の中央と思われる位置に謁見の間はあるようだった。大きな扉の前で立ち止まったグレースはその扉を警護していた衛兵に一言二言話しかける。衛兵は扉を開き、一旦、中に入るとすぐさま出て来た。



「国王陛下がお待ちです。ドラセナ様、グレース殿、桜の勇者様、そして、そのお仲間の皆様がた、どうぞ」



 そうして中に招かれる。ついに国王と対面か。ナハトは今更になって緊張を覚えた。アイネの親父さんみたいに親しみやすい人だといいんだけどな、と思いながらも先導したグレースに従い謁見の間に入っていく。

 謁見の間は真っ赤な、そして、豪華そうなカーペットが入り口から玉座に向かって伸びており、何段か階段の上に玉座があり、そこに一人の壮年の男が腰掛けている。

 訊ねるまでもない。彼がこの国の、アインクラフトの国王なのだろう。国王は白髪混じりの茶色の髭をボサボサに生やし、高級そうな服装の上に、やはり高級そうなマントを羽織っている。

 その茶髪の上には王の証の王冠があり、王冠に埋め込まれた宝石が煌々と輝いている。玉座の上から国王はナハトたちに視線を向けてくる。何気なしに見たのだろう。その視線にこちらの様子を伺うような意図は感じられなかった。

 グレースが先行し、前まで出ると膝を折り、頭を下げる。



「国王陛下。グレース・アルミナ。ドラセナ様、奪還の命を完了し、ただいま帰還しました」



 その言葉に国王は「うむ」と頷く。



「騎士グレースよ、此度の任務、大義であった」

「いえ、命令を果たしたまでです。それにドラセナ様を護衛するのは私の任務ですので」

「そうであったな」



 ふむ、と国王は呟くと視界をグレースからナハトたちに移す。今度は何気なしに見たのではなく、ナハトたちの価値を値踏みするように。王として人の素質を見抜くように見ているのだと、ナハトは感じた。国王はドラセナの方を向いた。



「ドラセナ嬢もこの度は大変であったな。無事に帰ってこれてわしも嬉しい」

「はい……ありがとうございます、国王陛下」



 国王相手に緊張しているのだろう。ドラセナは少し萎縮した様子で答える。



「ナハトたちがわたしを守ってくれたおかげです。ナハトたちがいたからわたしはここに帰ってくることができました」

「ナハト……」



 国王の瞳がナハトを見る。ナハトは緊張しつつも、その視線を受け止めた。



「貴殿が伝説の桜の勇者か。お会い出来て光栄だ」



 国王は笑みを浮かべてナハトにそう声をかけてくるのだった。



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