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第4章:交易都市ペルトーセ

第50話:ベネディクトゥス家の攻防 その4

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 光芒剣ステラの能力は多様である。

 刀身から虹色の光線を放ち、相手を攻撃することもできるし、自動で光弾を放ち相手を攻撃する光球を生み出すことができる。

 能力だけを見るのなら遠距離戦に適した幻想具と言えるだろう。しかし、どちらかと言えば、メリクリウスは近接戦の方を得意としていた。

 メリクリウスの振るう短剣の軌跡は優雅な曲線を描き、相手を斬り裂く。

 光芒剣の想力で強化された肉体から繰り出される剣撃の嵐は並の相手なら一瞬で全身を斬り裂かれ、地面にひれ伏してしまう程の代物である。

 その剣撃の嵐がエイブラムを襲っていた。

 エイブラムはサーベルを振るい、光芒剣の剣筋になんとかあてがう。

 一撃二撃はしのげる。しかし、速い。速すぎる。メリクリウスの剣技は超高速の速度を誇っており、その剣筋が何度も何度も迫り来るのだ。

 速度だけを見れば聖桜剣すらしのぐ。それが虹の短剣、光芒剣ステラの誇る能力であり、メリクリウス自身の技量でもあった。

 無論、エイブラムとてやられっぱなしではない。サーベルを振るい反撃の剣筋を繰り出す。

 しかし、しのがれる。受け流されるか、あるいは、受け止められるか。 少女の細腕でエイブラムのサーベルと渡り合うのは幻想具の想力による強化があるとはいえ、それでも限度を過ぎていてる。

 この少女の振るう虹の短剣は明らかに自分のサーベルより格上の幻想具……! エイブラムはそう思いながらも自身の剣術を繰り出す。

 エイブラムの剣技とメリクリウスの剣技が真っ向からぶつかり合う。上回っているのは、メリクリウスの方……!



「ほらほら、おじさま! どうしたの!?」



 余裕の笑みを浮かべてメリクリウスが言う。

 余裕の言葉を発しつつも、その勢いがとどまることはない。

 最初はなんとか迫り来る剣撃の嵐をしのげていた。押されながらも短剣の刀身をサーベルで受け止め、斬り返していた。

 それが次第に防戦一方になってくる。メリクリウスの剣技は激しさを増し、エイブラムを襲う剣筋の包囲網は次第に緻密になっていく。

 その剣筋たちがエイブラムの体を斬り裂いていき、仕立ての良い紳士服に次第に血がにじんでいく。

 体のあちこちを斬り裂かれながらもエイブラムは不屈の闘志で戦っていた。だが、ダメージは蓄積していく。この少女は何者なのだ、とエイブラムは場違いにもそんなことを思う。

 外見から察するに娘よりも遥かに若いであろう。それなのにゴルドニアース傭兵団の幹部級という立場にあり、これだけの剣技を誇るとは。

 ガキン、とサーベルと短剣が噛み合う。お互いに視線を合わせながら、「君は一体何者だ」とエイブラムは声に出していた。メリクリウスはクスリ、と笑う。



「わたしはただの傭兵よ」



 笑みを浮かべたままそう言う。これだけの剣技といい、その幼い外見といい、ただの傭兵には見えなかったが、エイブラムはこの少女から答えを得ることはできまい、と諦める。

 噛み合ったサーベルと短剣がギリギリと押し合う。今が好機、と見たエイブラムはサーベルに、氷雪剣ネーヴェ・オリジンに込められた想力を解放した。



「……ッ!?」



 メリクリウスの余裕の表情が崩れる。サーベルから冷気が放たれ、つばぜり合っている短剣を介し、メリクリウスの右腕に、直接、迫る。

 氷雪の波動はメリクリウスの右腕を氷漬けにした。

 この瞬間、メリクリウスの余裕が崩れた。肩からタックルし、メリクリウスの華奢な体を押し飛ばす。

 たたらを踏んで後ろに下がったメリクリウスは呆然と氷漬けになった自分の右腕を眺める。「その腕ではもう戦えまい」とエイブラムは言い、メリクリウスを見る。

 メリクリウスはこの戦いで余裕の笑みを初めて崩し、無表情にエイブラムを見返してくる。



「降伏したまえ。命までは取りはしない。もっともしかるべきところに出てもらうがね」



 ゼロ距離での氷雪剣からの冷気の直接投射。氷雪剣の扱いではアイネを上回るエイブラムだからできた芸当だった。メリクリウスは無表情に自分の右腕を見ている。その無表情が不意に崩れた。「ふ、ふふふ……」とメリクリウスが笑みを浮かべる。



「あっははははははは! あははははははははははははっ!」



 そして、哄笑した。メリクリウスは気が狂ったように笑う。

 エイブラムは警戒し、メリクリウスをジッと見る。勝負に負けるのが決まってヤケになったのか? そんなことを思いながら、自分より二十は若いであろう少女を見ているとメリクリウスは不気味なまでの笑みを浮かべてエイブラムの方を見返してきた。

 「何がおかしい」と思わずエイブラムは訊ねてしまう。メリクリウスはクスクスクス、と笑い、言った。



「何がおかしい……ですって? 全てよ、全て。この程度で勝ったつもりでいるおじさまの全てがおかしいわ。こんな程度のことで……」



 そう言い、氷漬けになった右腕を上げる。その先に握られた光芒剣ステラが虹色の光を帯びる。

 その光がメリクリウスの右腕全体を包んでいく。

 光が発し、エイブラムは一瞬、目をくらまされる。その光が晴れた先にはメリクリウスの右腕は凍り付いてなどいなかった。 「馬鹿な……」とエイブラムはうめくように呟く。

 完全に凍り付かせたはずだ。それが溶かされた。あの幻想具はそんな芸当も可能なのか……? エイブラムが信じ難い思いを抱きながら、メリクリウスを見ているとメリクリウスは笑みを浮かべて、呟く。



「レディーにこんな真似をするなんて、おじさまの方こそ礼儀がなってないのではなくて?」



 その言葉と共に再び踏み込んでくる。

 その瞳に狂気を感じ、思わず気圧されながらも、なんとかサーベルを振るい対抗しようとする。 しかし、メリクリウスの攻勢の勢いは先程の比ではなかった。



「ほらほらほら! どうしたの! おじさま! あちこち斬り裂かれてるわよ!」



 虹の短剣が嵐の剣撃を放ち、エイブラムの体を斬り裂いていく。

 全身を浅くではあるが斬られ、鮮血がしたたり、サーベルを振るうエイブラムの手も鈍る。

 体力を徐々に削られていく。血が抜けたことで視界がかすんでいく。

 やがて、エイブラムは地に膝を付き、ついに対抗することができなくなった。腕が落ち、サーベルがメリクリウスの方ではなく、地面の方を向く。

 戦わなくては、と思うのだが、体が動かない。全身、ことごとく斬り刻まれ、血まみれだった。

 メリクリウスは笑みを浮かべてそんなエイブラムを見下ろす。



「娘さんの方が見逃してあげたけど、おじさまを見逃す訳にはいきませんね。貴方の首もヴァルチザンへの手土産とすることにしましょう」



 そう言い、光芒剣ステラを無抵抗になったエイブラムに突きつけようとして、「やめろ!」と発した声に阻まれた。その声は聞き覚えのある声。傭兵にかつがれたままのドラセナが「ナハト!」と叫ぶ。



「エイブラム卿から離れろ! メリクリウス!」



 屋敷の扉を蹴破る勢いで開けて、聖桜剣を構えたナハトが、桜の勇者が乱入してきたところだった。

 メリクリウスは瞳をパチクリとさせて、乱入者を見る。エイブラムは何がおかしいのかくっくっ、と笑い声をもらした。

 「なんとか、間に合ったようだな……」とエイブラムが声を発したのを聞いたメリクリウスは最初からこの男がナハトが来るまでの時間稼ぎを目的としていたことを悟る。



「屋敷に侵入者が来た段階でナハト殿を呼ぶ使いは出していた。間に合うかどうかは賭けだったが……ナハト殿、よく来てくれた」



 そう言い、エイブラムはナハトの方を見る。メリクリウスも思わず呆然とした表情のまま視界をナハトの方に向けた。



「メリクリウス……!」



 ナハトはメリクリウスを睨む。メリクリウスは呆然の表情から余裕の笑みに戻るととびっきりの笑顔をナハトに見せつけて言った。



「ごきげんよう、お兄ちゃん。また会えて嬉しいわ。またわたしと遊んでくれるの?」

「ドラセナを離せ、エイブラム卿からも離れろ」

「つれないわねぇ……」



 敵愾心をあらわにしているナハトに対して、メリクリウスは拗ねるように呟く。できれば彼が来る前にさっさと引き上げてしまいたかったが、来てしまったものは仕方がない。それならそれで、別の楽しみを見出すとしよう。



「次はお兄ちゃんがわたしとダンスを踊ってくれるの? ふふっ、いいわ、楽しみましょう」



 メリクリウスはそう言うともはやエイブラムから興味を外し、ナハトの方に向け、足を進める。

 ナハトは警戒心をあらわに聖桜剣を構えた。

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