上 下
42 / 87
第4章:交易都市ペルトーセ

第41話:エイブラム・ベネディクトゥス

しおりを挟む
 ディオンは階段を登り、二階に上がると、廊下を歩き、とある一室の前で足を止めた。

 豪華そうな扉をノックし、「ナハト様をお連れしました」と声をかける。「お通ししなさい」と中から壮年の男性の声が響き、ディオンは「どうぞ、ナハト様」と扉を開き、中に入るように促す。

 ディオン自身は中に入るつもりはないようだ。

 気後れしたものを感じつつもナハトは扉の中に入った。

 ナハトが入ると共に扉が締められる。部屋の中は書斎のようになっており、やはり豪華そうな机の前に腰掛けた壮年の男性――彼がアイネの父親のエイブラム卿なのだろう――とアイネの姿があった。ナハトの姿を見るとアイネは見るからに顔色を変えた。「ちょ、ちょっと……」と動揺した声を発する。



「ナハト! アンタがなんでここに来るのよ!」

「知るかよ。俺は呼ばれたからここに来たんだよ」

「アタシはお父様と二人で話をしていたのよ! アンタなんか来てもする話はないわ!」

「せっかく来たのにそれはないだろ!」



 さっさと帰れ、とばかりのアイネの態度にナハトもつい声を荒げてしまう。エイブラム卿が「おほん!」と咳払いをし、ナハトは今がどういう状況かを思い出し、黙り込んだ。

 しまった。アイネの親父さんの目の前だったのだ。初対面から気分を害してしまっただろうか? そう不安げにエイブラム卿の様子を伺うとエイブラム卿は「娘とは親しいようですな」と告げる。笑みは浮かべていなかったが、意外にも気を悪くしたような様子はなかった。



「突然、お呼び立てして申し訳ない。私はエイブラム・ベネディクトゥスと申します。ナハト殿。そこにいる娘……アイネの父親です」



 立場の割に物腰丁寧なエイブラム卿の言葉だった。ナハトも恐縮し、「ナハト・カツラギです」と名乗る。エイブラム卿は頷くと「時に」と言葉を発した。



「娘からナハト殿は伝説の桜の勇者であるとの話を聞いております。それは本当のことでしょうか?」

「ちょっとお父様!」



 アイネが思わず声を荒らげる。



「失礼でしょ! っていうか、アタシが言っていることを疑っている訳!?」

「私は確認がしたいだけだ、アイネ」



 厳格にエイブラム卿はアイネに言い切ると再びナハトの方を向き直る。



「差し障りなければ勇者の証、聖桜剣をお見せいただけないでしょうか、ナハト殿」



 まぁ、いきなり桜の勇者が現れたとか言われれば疑われるのは当然か、と思っていたのでナハトは対して気分を害することなく「構いませんよ」と答え、腰のベルトにかけた鞘から聖桜剣を抜刀する。

 帯剣するのは失礼かと思ったのだが、そのまま持って来たものだ。

 抜き放たれた聖桜剣。その薄紅色の刀身にエイブラム卿の目が変わる。魅入られたように聖桜剣を見つめ、「なるほど、分かりました」と呟く。



「この剣はたしかに聖桜剣キルシェ。それを扱うナハト殿は本物の桜の勇者のようですな。……失礼を致しました」

「いえ、気にしていませんから」

「もうお父様ったら! ナハトに失礼でしょ!」



 アイネの怒りの声を聞きながら、ナハトは聖桜剣を鞘に収める。

 エイブラム卿はナハトの方を相変わらず見つめ、口を開いた。



「どうやら娘が大変、世話になったようで……ナハト殿に何かご迷惑をおかけするようなことはありませんでしたでしょうか?」



 エイブラム卿の問い。それに対して「とんでもない!」とナハトは答えた。



「娘さんにはこちらが世話になるばかりで……頼りっきりでしたよ。この旅の中で何度、娘さんに助けられたか分かりません」

「そうですか……ふつつかな娘ですが、ナハト殿の旅の手助けができたのなら幸いです」

「だから言ったでしょ、お父様!」



 慇懃に言うエイブラム卿にアイネが声をかける。



「アタシは他人に迷惑なんてかけてない。だから、アタシが旅に出るのを許してよ。こんな屋敷にずっといるなんて絶対に嫌だからね」



 アイネの言葉にナハトが来るまでそのことで揉めていたのだな、ということをナハトは察した。エイブラム卿は「ふむ……」と呟くと考え込むようにしばらく黙り込む。



「お前がうちで保管されていた幻想具を持ち出し、家出同然に家を飛び出した時はどうしたものかと思ったが……お前でも人様の役には立てているのだな」

「当たり前じゃない。役に立ちまくりよ。ね、ナハト」



 いきなり水を向けられ、ナハトは少し慌てたが「はい」と頷く。



「娘さんには助けられっぱなしです」

「そうですか……娘は、アイネはナハト殿の旅に必要な人間でしょうか?」



 エイブラム卿は問う。



「聞けば、ドラセナ殿というヴァルチザンの刺客に狙われている大切な人を守りながら王都を目指しているということ。私の娘はその旅に必要な人間でしょうか?」



 再びの問い。答えは考えるまでもないことだった。



「当たり前です。娘さんは、アイネは、俺たちの仲間です。不躾な話ですが、これからも一緒に旅をしたいと考えております」



 無礼かな、と思いながらもナハトは自分の意見を言い切った。

 それを聞いたエイブラム卿は「そうですか」と頷き、再び考え込むようなしぐさを見せる。その末に、「……分かりました」と頷いた。「アイネ」と娘の名を呼ぶ。



「お前が旅に出ることを許そう」

「本当!? っていうかどういう風の吹き回し!? さっきまであんなに反対していたのに!?」



 エイブラム卿の態度にアイネは驚きを隠せないようだった。「ナハト殿の話を聞いて、お前ごときでも人様の役に立てる人間だと知ったからだ」とエイブラム卿は答える。



「それに……どうせダメだと言っても飛び出していくのだろう? ならば許してやるしかあるまい」



 そう言ってエイブラム卿は苦笑の表情を見せる。ナハトは初めてエイブラム卿に親近感を抱いた。「やった!」とアイネは喜びの声を発する。



「ありがとう、お父様! ナハト、これからもよろしくね!」



 アイネは笑顔でナハトを見る。エイブラム卿も「ナハト殿、娘のことをどうか、よろしくお願いします」と慇懃に頼み込んできて、ナハトは恐縮した気分で「は、はい」と答えた。



「急ぐ旅とは聞きますが、今晩くらいはこの家で過ごしてもらっても構いませんでしょうか? 無論、娘の恩人相手です。出来る限りの歓迎はいたします」



 エイブラム卿はそんなことを言う。ナハトは「はい」と頷いた。



「仲間たちも皆、ここに来るまでの旅で少なからず疲弊しています。その疲れを癒やさせていただけると言うのなら、こんなにありがたい話はありません」

「そうですか、それはよかった。では……今晩はパーティーといきましょう」



 エイブラム卿は笑顔で頷くと、机に置かれていた鈴を鳴らす。

 その音を聞き、部屋の扉がノックされ「失礼します」の声と共にディオンが入ってきた。エイブラム卿はディオンの方を向くと「話はまとまった」と言う。



「アイネの仲間の皆さんを客間に案内しろ。礼装に着替えさせてあげなさい。今晩は皆でパーティーだ」

「かしこまりました」



 ディオンは頷くと、「それでは、ナハト様、お部屋にご案内します」と言い、ナハトを見る。

 ナハトはエイブラム卿に「では、失礼します」と頭を下げるとディオンの後に続き、部屋を後にした。







 客間はラグリアのラングの屋敷の客間と同様、豪勢なものだった。

 壁にかけられた灯りの松明に豪華そうなベッド。同じく豪華そうな机と椅子が並び、くつろぐのに十分な広さを有している。

 あれから時間は過ぎ、既に日は沈んでいる。そんな中で壁に立て掛けられた聖桜剣を見ながら、ナハトは落ち着かない気分を味わっていた。

 理由は自分の服装だ。

 あれから、パーティーをするという話になり、ナハトはそれまで着ていた服から礼服へと着替えることを勧められた。

 礼服なんてガラでもないと思いつつもせっかくの勧めを無下に断ることもできず、ベネディクトゥス家お付きの仕立て人にされるがままになり、礼服に着替えさせられた。

 黒と白のスーツであった。ぼさぼさに伸ばされっぱなしだった髪も整えられ、まるで貴族か何かになったかのような錯覚を抱かされる。

 ナハトの仲間たちも皆、相応しい格好に着替えさせられているという話だった。

 これから行われるパーティーとやらはさながら、貴族の社交界のような雰囲気を醸し出すものだろう。そんなことを思っていると部屋がノックされた。

 使用人の人が自分を呼びに来たのかなと思っていると「ナハト……わたしだけど……」とドラセナの声がした。「入っていい?」と続けられた言葉にナハトは「ああ、いいぞ」と答える。

 そうして、扉が開かれ、中からドラセナが姿を見せ――



「…………!」



 ナハトは思わず目を見張り、言葉を失った。

 現れたドラセナの姿。それはいつも見慣れた白のワンピースのような服装ではなかった。 純白の色はそのままに優美なドレスに身を纏っている。特徴的な銀髪も綺麗に纏め上げられているようだった。その姿を前に思わずドラセナをガン見してしまう。

 「や、やっぱり、変かな?」とドラセナは恥ずかしそうに言うが、そんなことは全くなかった。

 美しい。美しすぎる。元々、ドラセナは美少女だったが、こんな格好をされるとそれこそ深窓の令嬢にしか見えなくなる。ナハトは思わず息を飲み込んだ。



「や、やっぱり……変だよね。わたしがこんな格好なんて……」



 ドラセナは自信なさげにうつむいてしまう。「そんなことない」とナハトは声をかけていた。



「すごくよく似合っている。なんていうか、めちゃくちゃ綺麗だ」

「そ、そう? そうかな……?」

「そうだよ。ホント、天使みたいだ」



 天使みたい。そこまで言われてドラセナも顔を僅かに紅潮させる。そして、ナハトの方を見ると「ナハトもよく似合っているよ」と言った。



「すごくカッコいい。まるで王子様みたい」

「はは……馬子にも衣装だけどな……そう言ってくれるとありがたいよ」



 実際、自分には不釣り合いな服装だと思うのだが、ドラセナがそう言ってくれるのはありがたかった。

 二人してお互いの姿を褒めあっているとナハトにもドラセナの美しい姿を正視する余裕が出て来た。



「もうすぐパーティーが始まるからみんな集まって欲しいってディオンさんが……一緒に行こ、ナハト」



 そう言ってアメジストの瞳が上目遣いでナハトを見る。ドレスで着飾られたその姿でそんなことをされればクラリ、と頭に来るものをナハトは感じながら「あ、ああ……」と頷いた。



「んじゃ、一緒に行くか。ドラセナ」

「うん、ナハト」



 そうして、礼服に身を包んだナハトとドレスに身を包んだドラセナは二人して歩き出すのだった。そういえば、ドラセナだけじゃなく、他のみんなもドレスに身を包んでいるのか。きっと綺麗だろうな、とナハトは少し楽しみに思うのだった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

修行マニアの高校生 異世界で最強になったのでスローライフを志す

佐原
ファンタジー
毎日修行を勤しむ高校生西郷努は柔道、ボクシング、レスリング、剣道、など日本の武術以外にも海外の武術を極め、世界王者を陰ながらぶっ倒した。その後、しばらくの間目標がなくなるが、努は「次は神でも倒すか」と志すが、どうやって神に会うか考えた末に死ねば良いと考え、自殺し見事転生するこができた。その世界ではステータスや魔法などが存在するゲームのような世界で、努は次に魔法を極めた末に最高神をぶっ倒し、やることがなくなったので「だらだらしながら定住先を見つけよう」ついでに伴侶も見つかるといいなとか思いながらスローライフを目指す。 誤字脱字や話のおかしな点について何か有れば教えて下さい。また感想待ってます。返信できるかわかりませんが、極力返します。 また今まで感想を却下してしまった皆さんすいません。 僕は豆腐メンタルなのでマイナスのことの感想は控えて頂きたいです。 不定期投稿になります、週に一回は投稿したいと思います。お待たせして申し訳ございません。 他作品はストックもかなり有りますので、そちらで回したいと思います

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

何者でもない僕は異世界で冒険者をはじめる

月風レイ
ファンタジー
 あらゆることを人より器用にこなす事ができても、何の長所にもなくただ日々を過ごす自分。  周りの友人は世界を羽ばたくスターになるのにも関わらず、自分はただのサラリーマン。  そんな平凡で退屈な日々に、革命が起こる。  それは突如現れた一枚の手紙だった。  その手紙の内容には、『異世界に行きますか?』と書かれていた。  どうせ、誰かの悪ふざけだろうと思い、適当に異世界にでもいけたら良いもんだよと、考えたところ。  突如、異世界の大草原に召喚される。  元の世界にも戻れ、無限の魔力と絶対不死身な体を手に入れた冒険が今始まる。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

処理中です...