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第3章:鉱山都市ラグリア

第35話:メリクリウスの哄笑

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 イーニッドやグレースを圧倒し、獅子の想獣王や樹木の想獣王の肉体を斬り裂いた黄金の光刃と化した聖桜剣。それがメリクリウスに振り下ろされる。

 対抗は不可能。光線や光弾を飛ばすことができるとはいえ、メリクリウスの持つ幻想具は短剣。長剣である聖桜剣を受け止められるとは思えない。

 この一振りで勝負は決まる。ナハトはそう確信した。

 いたいけのない少女の姿をしたメリクリウスの体を黄金の光刃で斬り裂くことにナハトは後ろめたさを覚えつつも、目の前にいるのはドラセナを狙い容赦なく傭兵たちを差し向け、自身も幻想具を手に襲い掛かってきた敵なのだ。こちらも容赦はできない、と自分を納得させ、聖桜剣を振るう。その一太刀が少女の体を両断し――



「…………ッ!?」



 ――――両断する、はずだった。しかし、振り下ろされた黄金の光刃は、聖桜剣は、ピタリと静止していて、少女の体に届いていなかった。

 何かが聖桜剣を受け止めている。それに気付く。その受け止めているものを確認してナハトは呆然とした。

 接近戦には向いていないと思われた短剣。メリクリウスの幻想具・光芒剣ステラ。その短い刀身が、虹色の光を放ちながら聖桜剣を受け止めていたのだ。

 馬鹿な、とナハトは思った。今の自分の筋力は普通ではない。ただでさえ持ち主の身体能力を強化する幻想具の想力。聖桜剣の想力を解放したことでナハトの筋力はどんな力自慢にも負けないくらいに強化されているはずなのだ。

 その筋力を持って振り下ろした剣が、受け止められている。か弱い少女の筋力でできることではない。メリクリウスも自らの幻想具の力で自身の身体能力を強化しているのは明白だ。

 だが、それにしても、だ。想力を解放した聖桜剣の強化に匹敵する程の強化をメリクリウスの幻想具は、光芒剣ステラはメリクリウスにもたらしているというのか……? それは尋常ではないことだ。目の前の虹色の短剣にはどれだけの力が込められているというのだ……? ナハトが呆然の面持ちでいるとメリクリウスはそれを楽しむようにクスクス、と笑う。



「どうしたの、お兄ちゃん? 鳩が豆鉄砲を食らったような顔しちゃって」



 楽しげな声は無視してナハトは聖桜剣に力を込めて剣を押し付ける。しかし、虹色の短剣はそれを受け止め、少しも剣は前に進まない。

 「くっ」とナハトは声をもらし、一旦、剣を引き、後ろに飛び退いた。そんなナハトをやはり楽しげにメリクリウスは見つめる。



「接近戦ならあっさりわたしを倒せるとでも思った? でも、残念。わたしは接近戦でも結構、戦えるのよ」



 そう言うとメリクリウスは地を蹴り、自分からナハトの方に向かってきた。その手に持つ虹色の短剣が振るわれる。

 虹色の剣筋をナハトは黄金の光刃で受け止める。速い、と思った。どれだけの想力での強化があるのか。

 メリクリウスの幻想具が四大至宝に聖桜剣に匹敵するというのは誇張でも嘘でも何でも無いことが分かる。

 メリクリウスは超高速で短剣を振るう。一筋、二筋、三筋。連続して振るわれる短剣の軌跡になんとか聖桜剣を追いつかせて押し当てて、押し返す。

 接近戦でも結構、戦える、なんてレベルではない。メリクリウスは黄金の光刃と化した聖桜剣を相手に互角以上の戦いを演じているのだ。

 ガキン、と刃と刃の噛み合う音。黄金の聖桜剣と虹色の光芒剣が真っ向からぶつかり合う。ギリギリ、と押し合いながら、ナハトはメリクリウスを睨んだ。対照的にメリクリウスは楽しげな笑みを浮かべている。

 再び二人は離れ、メリクリウスは超高速の斬撃を、ナハトは想獣王をも斬り裂く重い斬撃を交互に繰り出し、お互いに刃と刃をぶつけ合う。パワーではナハトに分があり、スピードではメリクリウスに分がある。

 ナハトは必死だったが、メリクリウスは楽しげに笑う。



「あはは! 楽しい! 楽しいわ! お兄ちゃん! 流石は桜の勇者! わたしをここまで楽しませてくれた人は久しぶりよ!」



 メリクリウスは一歩、後ろに下がると光芒剣を振るった。そこから虹色の光線が放たれる。まずい、とナハトは思った。

 斬り合いに夢中になっていて気付かなかったが、距離が近い。弾き返すために聖桜剣を振るう余裕もなく、躱すだけの余裕もない。虹色の光線がナハトの胸に命中する。

 「ぐあっ……!」と声がもれた。服の胸の部分が焼け、肉が焦げる。激痛が走り、ナハトは必死で苦悶の声を噛み殺した。メリクリウスはそんなナハトを観察するように見ながら呟く。



「でも、お兄ちゃんはまだ聖桜剣の力を完全には使いこなし切れていないようね。それなら光芒剣の力を完璧に使いこなしているわたしに分があるわ」



 クスクスクス、と笑う。だが、その笑い声は途中で途切れた。「お前!」と言いながらイーニッドが飛び出し、ガントレットでメリクリウスに殴りかかったからだ。

 この一撃もメリクリウスは身軽に躱す。そこにアイネが氷雪剣ネーヴェを振るい氷雪の波動を放った。これもメリクリウスは躱す。



「ナハト様! 大丈夫ですか!?」



 その間に駆け付けてきたイヴが治癒杖キュアをナハトの胸に当てる。

 治癒の光がナハトの胸を包み、虹色の光線で焼かれた傷が癒えていく。

 グレースもヴェントハルバードを手に駆け付ける。イヴは戦力に数えないにしても四対一。流石のメリクリウスもこの状況には余裕の笑みを浮かべられず、無表情になる。

 ナハト、イーニッド、グレース、アイネの四人を同時に相手取ることはメリクリウスにも不可能なのだろう。「これは困ったわね」と呟く。



「わたしの部下たちはみんなやられちゃったようね。残念だけど、お兄ちゃん。この戦いは貴方たちの勝ちよ」



 その言葉にナハトは周りを見渡す。

 ゴルドニアース傭兵団の傭兵たちは全員が全員、気を失っている、という程ではないにせよ、積極的に戦う余力が残っている者はメリクリウス一人のようだった。「撤収よ!」とメリクリウスが声をかける。

 その言葉に気を失っていない傭兵たちはなんとか立ち上がり、素早くその場を後にする。気を失っている者、立ち上がれない程の傷を負っている者は見捨てるというつもりらしい。

 追いかけて追撃しよう、なんて余力はナハトたちには残っていなかった。ナハトたちも必死の戦いだったのだ。そんな余力残っているはずがない。

 ナハトたちにできるのは油断なくいまだ交戦の意志を消さないメリクリウスを睨みながら、逃げ去る傭兵たちを見送ることだけだった。

 メリクリウスはすねた子供のような表情をすると「あーあ」と残念そうに呟く。



「残念ね。もっとお兄ちゃんと遊んでいたかったんだけどなぁ」



 そう言うメリクリウスの表情はあどけない子供のものでついさっきまで聖桜剣相手に互角以上の戦いを演じていた人間と同一人物とは思えない。

 一体、どういうヤツなんだ……とナハトはメリクリウスを見る。目の前のメリクリウスという少女のことがまるで理解できない。

 無邪気な子供のような顔を浮かべたかと思えば、戦いを楽しみ、笑みを浮かべ、ドラセナをさらうような残忍な命令も下すゴルドニアース傭兵団の幹部格。

 それでいて、聖桜剣を持つナハトと互角以上に戦えるだけの圧倒的な戦闘力を持つ少女。気付けば後ろに引っ込んでいたドラセナが前に出てきていた。ナハトの側に寄り添うようにしてメリクリウスを見る。メリクリウスはそんなドラセナに視線を向けた。



「言っておくけど、ドラセナ・エリアスのこと。諦めた訳じゃないから」



 恐ろしいまでに冷たい視線でメリクリウスはドラセナを見、ドラセナは恐怖に震える。そんなドラセナをかばうようにナハトは前に出ると聖桜剣をメリクリウスに突き付けた。メリクリウスは笑みを浮かべる。



「今度はもっと強い人を連れて来て策もさらに練ってかかることにするわ。本当ならそこのデブのはからいで労なくドラセナ・エリアスが手に入るはずだったんだけどね」



 そう言い、メリクリウスは戦闘が始まってからは恐怖に震えて地面に膝を折っているラングを見る。

 「帰る前に粛清だけはしておくわ」とドラセナは冷酷な表情を浮かべると光芒剣を振るった。光芒剣から光線が伸び、ラングに迫る。「やめろ!」とナハトは叫び、光線とラングの間に割って入った。聖桜剣を振るい、光線を弾く。「あら?」とメリクリウスは意外そうな表情を浮かべる。



「そのデブは貴方達を罠にはめてわたしたちゴルドニアース傭兵団にドラセナ・エリアスを売ったのよ? そんなクズをかばうの?」



 その言葉にナハトは怯えきった表情で震えるラングを見た。たしかにこの男はどうしようもないヤツだ。だが、だからといって無意に命を奪って良いはずがない。「クズでも、命は命だ」と答える。



「軽々しく奪っていいものじゃない。俺は、そう考える」



 ナハトの言葉にメリクリウスは声を上げて笑った。あざ笑っているのとは違う本心からおかしいと思ったから笑っているのだと分かった。



「あはははははは! 面白い! 面白いわ、お兄ちゃん! そういうお兄ちゃんのこと、わたし、好きになっちゃった」



 ひとしきり笑い続ける。その異様な光景に誰もメリクリウスに手を出せなかった。やがて、笑い声が消えるとメリクリウスは笑顔でナハトを見る。



「それじゃあね、お兄ちゃん。今晩はこれで帰るけど、また遠くない内にお兄ちゃんとは会えると思うわ。その時はもっと遊ぼうね」



 ばいばい、と言うようにメリクリウスは手を振ると、光芒剣をかざした。また攻撃してくるつもりか、と身構えたナハトたちだったが、光芒剣からは目をくらませる虹色の光が放たれただけで、その光が晴れた先にはメリクリウスの姿はなかった。



「メリクリウス……か」



 一体、あの少女は何だったのか。今でも疑問は尽きないが、そんなことより大事なことがナハトにはあった。側まで来たドラセナの方を向き「ドラセナ!」と声をかける。



「大丈夫だったか?」



 ナハトの問いにドラセナは「うん」と頷く。



「ナハトたちが助けに来てくれたから……ありがとう、ナハト。必ず来てくれると信じてた」



 ドラセナは涙を流していた。ラングの手でナハトたちから引き離され、一人でここまでさらわれたのだ。

 押し殺していた恐怖心があふれ出たのだろう。「俺はお前を守るって言ったろ」とナハトは元気づけるように言う。

 仲間たちもドラセナの周りに集まってきて次々にドラセナに声をかける。ドラセナは涙を流し続けていたが、それは恐怖心ゆえの涙から安堵の涙に変わっているのだろう。

 そんなドラセナの様子を見て、安心感を抱きつつもナハトはメリクリウスが先程までいた場所を見る。

 また、来る、とあの少女は言った。ゴルドニアース傭兵団はドラセナを諦めた訳ではないのだろう。ならばドラセナを守らなければならない。他の誰でもない。桜の勇者たる自分自身が。そのためには……。



「もっと強く、ならないとな……」



 先程のメリクリウスとの戦いを思い出す。自分はまだこの聖桜剣の力を使いこなせていない。この剣の力を完全に発揮できるようにする。もっと強くなる。その決意を胸に、ナハトは強く、強く拳を握りしめた。

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