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第2章:アグド山道
第26話:ドラセナと・・・
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「暇ね」
宿屋の談話室で安物のソファに腰掛けながらアイネが言った。
今日も今日とてカウニカに足止めを喰らう日々である。ラグリアからのラプラニウム鉱石目当ての職人や商人の集団はまだ到着しないらしく、ナハトたち一行はこの村で英雄扱いを受けたまま時間を潰していた。
しかし、いかんせん辺境の小さな村である。見るべき所はほとんど見てしまい暇を持て余すことになってしまった。
最も、アイネは後から来たので想獣の群れからカウニカを守った訳ではないのだが英雄であるナハト一行の仲間なら貴方も英雄だ、と英雄の仲間扱いを受けている。
「ちょっとナハト。アンタ、何か芸でもしなさいよ。暇で暇で死にそうだわ」
「はぁ? 何故、俺に振る?」
ジロリ、とエメラルドの瞳で見られ、ナハトは狼狽する。
芸をするとか、そんなこと元の世界にいた時もやったことがない。「ナハト、芸、できるの?」とドラセナの無垢な瞳が向けられるが「出来る訳ないだろう」と否定する。
「じゃあ、何か暇潰しの手段を思いつきなさいよ。アンタが旅のリーダーなんでしょ?」
「旅のリーダーだからってそんなことまでする義務はない」
「無責任ね」
「責任とかそういう話じゃないだろう……」
アイネが不満そうに呟き、ナハトはため息をついた。
ナハトは考え込んだ。暇潰し……やはり買い物にでも行くのが一番か。この小さな村の商店は全て回ってしまったが、それは一人での話だ。付き添いでも入れば暇潰しになるかもしれない。
そう思い、ナハトはドラセナの方を見た。ドラセナと一緒に買い物に行く……か。それはこれまでやってこなかったことだ。品揃いが乏しい商店でも彼女と一緒なら楽しく回れるかもしれない。
そんな思いでドラセナを見つめていたのだが「ナ、ナハト……」とドラセナの照れたような言葉にハッとする。
「そんなにジーっと見ないでよ。恥ずかしいよ」
「あ、ああ……すまん、ドラセナ」
慌てて謝る。そして、先程考えた言葉を口に出していた。
「ところでドラセナ。今、時間あいているか?」
訊くまでもないことなのだが、一応、訊いてみる。「わたしもアイネと一緒で暇してるよ」と声が返ってくる。まぁ、それはそうだ。
「じゃあさ、俺と一緒に買い物に行かないか?」
「わたしと一緒に……?」
ドラセナは最初、何を言われたのか理解できなかったようだ。不思議そうに小首を傾げ、疑問の言葉を述べる。
「ああ。俺もドラセナもこの村の商店には行ったことはあるが、一緒に行くってのはなかっただろ? 一緒に行けば少しは楽しいかな、って思ってさ」
ナハトの言葉をドラセナは理解したようだった。その上で「う~ん」と渋る。
「でも、わたし、欲しい物なんてないよ?」
「欲しい物がなくても店をぶらぶら見て回るだけでも結構、楽しいと思うぞ。俺の世界の言葉でこういうのウィンドゥショッピングって言うんだけどさ」
「う~ん、楽しい、かなぁ?」
ドラセナは未だ疑問のようだった。そんなドラセナに「きっと楽しいって」とナハトは言葉をかける。
それを聞いたドラセナは隣にいたグレースに「グレース、ナハトと一緒に買い物に行っていい?」と訊ねる。
「構いませんが……私も護衛のために同行しましょう。ナハト殿を信じていない訳ではありませんがその方が安心です」
堅物100%のグレースの言葉。本当はドラセナと二人で行きたかったナハトだが、まぁ、グレースが一緒でもいいか、と思いかけた時だった。「それはダメ」とドラセナが拒絶の言葉を発したのは。
「わたしはナハトと二人きりで買い物したい……」
それはドラセナが口にするにしては意外な言葉だった。「し、しかし……」と渋るグレースに「お願い」とドラセナが畳み掛け、「承知しました」とのグレースの言葉を引き出す。
「ナハト殿、ドラセナ様のこと、よろしく頼むぞ」
そう言って、強い瞳でナハトを見る。ただ一緒に買い物に行くだけなのだが、なんだか凄い責任感を負わされた気がして、「お、おう」とナハトは頷いていた。
「ちょっと、何よドラセナと一緒に買い物に行く訳?」
アイネは何故か不服そうに言葉を挟んでくる。不機嫌そうな顔だった。「あはは」とイーニッドが笑う。
「アイネもナハトと一緒に買い物に行きたかったのか? それは残念だったな。まぁ、わたしも少し残念だが」
「なっ……そんな訳ないでしょ! 誰がこんな男と一緒に買い物になんて行きたがるもんですか!」
アイネは真っ赤になって否定する。そこまで否定されるとナハトとしては少しショックだったが、顔には出さなかった。
するとそれまで話に入ってこなかったイヴが「二人で買い物ですか」と言葉を挟んでくる。
「なるほど。これは俗に言うデート、というヤツですね。これは邪魔をしては失礼です。いいですね~、ナハト様とドラセナさんのデート」
「なっ!?」
「えっ!?」
イヴの言葉にナハトとドラセナは同時に驚きの声を発する。
デート……なのだろうか? 二人の男女が連れ立って買い物に行く。たしかにデートかもしれない。だが、それを認めるのも恥ずかしかったので、ナハトは「デートなんかじゃないって」と言葉を返す。
「なぁ、ドラセナ?」
「う……うん。デートなんかじゃない……と思う」
「ふふふ……照れ隠しを。これはドラセナさんに嫉妬してしまいますねぇ、私もナハト様とデートしたかったです」
「そうだな! ナハトとドラセナはデートに行くんだな!」
イヴとイーニッドに楽しげに笑われては何も言えなくなる。
これ以上、ここにいてもからかわれるだけだという思いがあったのでナハトは早めに外に出ることにした。
それにデート、というのを全く意識しなかったと言えばそういう訳でもない。ドラセナを誘ったのも、彼女に少なからず思いを寄せているがゆえだ。
「と、とにかく、ちょっと、行ってくる。行くぞ、ドラセナ」
「う、うん。ナハト」
そしてドラセナと一緒に宿を出る。
私は全て分かってますよ、という顔で見送るイヴ。純粋に楽しんでこいよー、と見送るイーニッド。ドラセナ様に手を出したら承知せんぞ、と殺気を孕んだ目で見てくるグレース、何故か不機嫌顔のアイネたちに見送られて、ナハトたちは宿を出た。
ナハトはまずは商店が集まっているところにいった。
辺境の寂れた村とは言え、商店に行けば少しは活気がある。最も食料品などはいらなかったので雑貨を扱う小物屋に入って中を物色した。
ドラセナはあまり買い物に来ないのか、物珍しそうに辺りを見渡している。キョロキョロとアメジストの瞳が動き、好奇心を隠しきれない様子であれこれ見て回る様は見ていて微笑ましい。
こんなドラセナの様子が見られるならもっと前にドラセナと一緒に買い物に来ていればよかったかな、と思う。
「ドラセナ、何か欲しいものはあるか? あんまり高い物は買えないけど、適当な物なら買ってやるぞ」
そう言いながらもあんまり高い物などこの村の店にはなかなか、ないのだが。
「ん……そうだね……」と言いながら、ドラセナは小物類を物色して回る。そして、一つの首飾りを前に目を止めた。
それは見るからに安物だが、安物なりにそれなりにセンスのいい代物だった。
「これが、欲しい」と言ったドラセナの言葉を聞き、値札を見る。ナハトのポケットマネーでも十分買える金額だった。
「分かった。プレゼントするよ」とナハトが言うとドラセナは驚いた様子で「そんな、悪いよ」と言う。「いいから、いいから」とナハトは押し切り、その首飾りを持って、会計に持っていく。
現代日本とは違うこの世界の寂れた商店でラッピングなどは期待できず、商品をそのまま渡された。それをナハトはドラセナに渡す。
「ほら、プレゼントだ」
ドラセナは差し出された首飾りをボーっとした目で見つめていたのだが、ややあって、「あ、ありがとう……」と頬を紅潮させて呟き、それを受け取った。
そんな顔をされるとこっちまで恥ずかしい。ナハトは自分の頬も紅潮することを感じながら、「こ、このくらい気にするな」と照れ隠しを呟いていた。
そんなナハトの照れ隠しに構わずドラセナはプレゼントされた首飾りを早速、自分の首にかけてみる。
それは安物だが、可愛らしいデザインで可憐なドラセナにはよく似合っていた。思わず「似合っているぞ」と口にする。
ドラセナはアメジストの瞳をパチクリさせて、「本当……?」と訊いてくる。
「ああ、本当だよ。っていうか、こんなことで嘘ついてどうする?」
「そっか。これ、わたしに似合ってる?」
「ああ、だから似合っているってさっきから言ってるだろ」
その言葉にドラセナは自らの首にかかった首飾りをいじっている。そして、満足したように「うん」と呟く。
「ありがとう、ナハト」
そして、満面の笑みをナハトに向けた。ナハトは思わずクラっと来た。これは反則だ、と思った。
それくらい魅力的なドラセナの笑みだった。勿論、普段からドラセナは魅力的なのだが、今はそれに輪をかけて可愛い。
それから店を出て次の店に向かおうとした時だった。ドラセナが何かを言いたげにもじもじとしている。
その様子がナハトには気になった。なんだろう……と思っていると「えっと、ナハト」と照れ臭そうにドラセナが言葉を発する。
「あの時みたいにして」
あの時? すぐには思い当たらず、「あの時って?」とナハトが聞き返す。するとドラセナはおずおずと自分の手を差し出した。「だから……」となんとか絞り出したであろう言葉が告げられる。
「あの夜、みたいに手を、繋いで」
そこまで言われてハッとした。
そうだ。あの夜。ドラセナの秘密が明らかになり旅が終わってしまう危険性があった夜。自分とドラセナは手を繋いでいた。
そのことを指しているのだと気付き、手を繋ぎたいという要望に恥ずかしさがこみ上げてくる。
言っているドラセナはもっと恥ずかしいだろうが。「わ、分かった……」と答えて、ドラセナの手を握る。ドラセナの小さな手はあの夜同様、柔らかかった。
二人、手を繋いで、村を見て回る。最早、見るに見飽きた村であるはずなのだが、ドラセナと一緒にいる、ドラセナと手を繋いでいるということがあっては新鮮な村の景色に映った。
色々見て回り、その果てに村の広場に辿り着く。その間、手は繋ぎっぱなしだった。「ね、ナハト」とドラセナが囁くように声を発する。「なんだ?」と返す。
「……楽しいね」
「……ああ、そうだな」
ドラセナと一緒にいるだけだというのに、手を繋いでいるだけだというのに。それだけで凄く嬉しいし、楽しい。
不思議なものだ、と思う。そうして、二人して見つめ合う。
ドラセナの頬が微かに紅潮している。自分の頬もそうなのだろう、とナハトは思った。
そこでこれはそれなりにいいムードなんじゃないか、とナハトは思う。とはいえ、いいムードといってもそれ以上のことを実行に移す度胸はナハトにはない手を繋ぐ以上のこと、例えばキスとか……?
(無理無理無理……!)
今の自分にそんなことはできない。そう思っているとそのいい雰囲気を邪魔する存在が現れた。
レザーアーマーに身を纏い剣を手にした男だった。村人ではない。それは少なからずこの村に滞在しているナハトには分かることだった。
警戒心を抱く。ドラセナと繋いだ手を離し、腰の聖桜剣に手をかける。「なんだ、お前?」とナハトは敵意を秘めた声を呟く。男は「へへっ」と笑う。
「そこの女には賞金がかけられているんでな。大人しくこっちに引き渡してもらおうか? 邪魔するってんなら容赦はしねえぞ」
やはりドラセナ狙いの人間だったか。怯えた表情になったドラセナをかばうように前に出る。「ドラセナは渡さない」と硬い決意を込めた声でナハトは呟く。
「へっ! じゃあ、てめえには死んでもらうだけだ!」
男は剣を抜き放ち、襲い掛かってくる。だが、それは幻想具ではない。ただの剣だった。
そんなものが聖桜剣の敵であるはずもなく、ナハトは聖桜剣を抜き放ち適当に一閃する。
男の剣が弾き飛ばされ、地面に転がっていく。男は呆然とした表情でそれを見て、次に怯えた表情でナハトを見た。一瞬の出来事。それで力量の違いを理解したのだろう。
「さっさと消えろ。命を奪いはしない」
ナハトの言葉に男は「ひいっ……!」と悲鳴を上げ、転がった剣を拾うとさっさとその場から立ち去っていく。
やれやれ、と思いながら、ナハトはその背中を見送り、ドラセナの方に視線を移した。
「大丈夫だったか? ドラセナ?」
「うん。ナハトが守ってくれたから……」
そう言いつつ少し寂しそうにドラセナは自分の手を見つめている。その手をナハトは強引に握った。「あ……」とドラセナが呟く。
「あんなチンピラみたいな賞金稼ぎに邪魔されて終わりってのは味気ないからな。もうちょっと、一緒にいよう」
そのナハトの言葉にドラセナは呆然とした様子で繋いだ手を見つめ、ややあって「うん……」と照れ臭そうに頷いた。それからしばらく二人は村のあちこちを見て回るのだった。
笑顔を浮かべるドラセナの方を見ながら、俺がドラセナを守るんだ、という思いを強くするナハトだった。
宿屋の談話室で安物のソファに腰掛けながらアイネが言った。
今日も今日とてカウニカに足止めを喰らう日々である。ラグリアからのラプラニウム鉱石目当ての職人や商人の集団はまだ到着しないらしく、ナハトたち一行はこの村で英雄扱いを受けたまま時間を潰していた。
しかし、いかんせん辺境の小さな村である。見るべき所はほとんど見てしまい暇を持て余すことになってしまった。
最も、アイネは後から来たので想獣の群れからカウニカを守った訳ではないのだが英雄であるナハト一行の仲間なら貴方も英雄だ、と英雄の仲間扱いを受けている。
「ちょっとナハト。アンタ、何か芸でもしなさいよ。暇で暇で死にそうだわ」
「はぁ? 何故、俺に振る?」
ジロリ、とエメラルドの瞳で見られ、ナハトは狼狽する。
芸をするとか、そんなこと元の世界にいた時もやったことがない。「ナハト、芸、できるの?」とドラセナの無垢な瞳が向けられるが「出来る訳ないだろう」と否定する。
「じゃあ、何か暇潰しの手段を思いつきなさいよ。アンタが旅のリーダーなんでしょ?」
「旅のリーダーだからってそんなことまでする義務はない」
「無責任ね」
「責任とかそういう話じゃないだろう……」
アイネが不満そうに呟き、ナハトはため息をついた。
ナハトは考え込んだ。暇潰し……やはり買い物にでも行くのが一番か。この小さな村の商店は全て回ってしまったが、それは一人での話だ。付き添いでも入れば暇潰しになるかもしれない。
そう思い、ナハトはドラセナの方を見た。ドラセナと一緒に買い物に行く……か。それはこれまでやってこなかったことだ。品揃いが乏しい商店でも彼女と一緒なら楽しく回れるかもしれない。
そんな思いでドラセナを見つめていたのだが「ナ、ナハト……」とドラセナの照れたような言葉にハッとする。
「そんなにジーっと見ないでよ。恥ずかしいよ」
「あ、ああ……すまん、ドラセナ」
慌てて謝る。そして、先程考えた言葉を口に出していた。
「ところでドラセナ。今、時間あいているか?」
訊くまでもないことなのだが、一応、訊いてみる。「わたしもアイネと一緒で暇してるよ」と声が返ってくる。まぁ、それはそうだ。
「じゃあさ、俺と一緒に買い物に行かないか?」
「わたしと一緒に……?」
ドラセナは最初、何を言われたのか理解できなかったようだ。不思議そうに小首を傾げ、疑問の言葉を述べる。
「ああ。俺もドラセナもこの村の商店には行ったことはあるが、一緒に行くってのはなかっただろ? 一緒に行けば少しは楽しいかな、って思ってさ」
ナハトの言葉をドラセナは理解したようだった。その上で「う~ん」と渋る。
「でも、わたし、欲しい物なんてないよ?」
「欲しい物がなくても店をぶらぶら見て回るだけでも結構、楽しいと思うぞ。俺の世界の言葉でこういうのウィンドゥショッピングって言うんだけどさ」
「う~ん、楽しい、かなぁ?」
ドラセナは未だ疑問のようだった。そんなドラセナに「きっと楽しいって」とナハトは言葉をかける。
それを聞いたドラセナは隣にいたグレースに「グレース、ナハトと一緒に買い物に行っていい?」と訊ねる。
「構いませんが……私も護衛のために同行しましょう。ナハト殿を信じていない訳ではありませんがその方が安心です」
堅物100%のグレースの言葉。本当はドラセナと二人で行きたかったナハトだが、まぁ、グレースが一緒でもいいか、と思いかけた時だった。「それはダメ」とドラセナが拒絶の言葉を発したのは。
「わたしはナハトと二人きりで買い物したい……」
それはドラセナが口にするにしては意外な言葉だった。「し、しかし……」と渋るグレースに「お願い」とドラセナが畳み掛け、「承知しました」とのグレースの言葉を引き出す。
「ナハト殿、ドラセナ様のこと、よろしく頼むぞ」
そう言って、強い瞳でナハトを見る。ただ一緒に買い物に行くだけなのだが、なんだか凄い責任感を負わされた気がして、「お、おう」とナハトは頷いていた。
「ちょっと、何よドラセナと一緒に買い物に行く訳?」
アイネは何故か不服そうに言葉を挟んでくる。不機嫌そうな顔だった。「あはは」とイーニッドが笑う。
「アイネもナハトと一緒に買い物に行きたかったのか? それは残念だったな。まぁ、わたしも少し残念だが」
「なっ……そんな訳ないでしょ! 誰がこんな男と一緒に買い物になんて行きたがるもんですか!」
アイネは真っ赤になって否定する。そこまで否定されるとナハトとしては少しショックだったが、顔には出さなかった。
するとそれまで話に入ってこなかったイヴが「二人で買い物ですか」と言葉を挟んでくる。
「なるほど。これは俗に言うデート、というヤツですね。これは邪魔をしては失礼です。いいですね~、ナハト様とドラセナさんのデート」
「なっ!?」
「えっ!?」
イヴの言葉にナハトとドラセナは同時に驚きの声を発する。
デート……なのだろうか? 二人の男女が連れ立って買い物に行く。たしかにデートかもしれない。だが、それを認めるのも恥ずかしかったので、ナハトは「デートなんかじゃないって」と言葉を返す。
「なぁ、ドラセナ?」
「う……うん。デートなんかじゃない……と思う」
「ふふふ……照れ隠しを。これはドラセナさんに嫉妬してしまいますねぇ、私もナハト様とデートしたかったです」
「そうだな! ナハトとドラセナはデートに行くんだな!」
イヴとイーニッドに楽しげに笑われては何も言えなくなる。
これ以上、ここにいてもからかわれるだけだという思いがあったのでナハトは早めに外に出ることにした。
それにデート、というのを全く意識しなかったと言えばそういう訳でもない。ドラセナを誘ったのも、彼女に少なからず思いを寄せているがゆえだ。
「と、とにかく、ちょっと、行ってくる。行くぞ、ドラセナ」
「う、うん。ナハト」
そしてドラセナと一緒に宿を出る。
私は全て分かってますよ、という顔で見送るイヴ。純粋に楽しんでこいよー、と見送るイーニッド。ドラセナ様に手を出したら承知せんぞ、と殺気を孕んだ目で見てくるグレース、何故か不機嫌顔のアイネたちに見送られて、ナハトたちは宿を出た。
ナハトはまずは商店が集まっているところにいった。
辺境の寂れた村とは言え、商店に行けば少しは活気がある。最も食料品などはいらなかったので雑貨を扱う小物屋に入って中を物色した。
ドラセナはあまり買い物に来ないのか、物珍しそうに辺りを見渡している。キョロキョロとアメジストの瞳が動き、好奇心を隠しきれない様子であれこれ見て回る様は見ていて微笑ましい。
こんなドラセナの様子が見られるならもっと前にドラセナと一緒に買い物に来ていればよかったかな、と思う。
「ドラセナ、何か欲しいものはあるか? あんまり高い物は買えないけど、適当な物なら買ってやるぞ」
そう言いながらもあんまり高い物などこの村の店にはなかなか、ないのだが。
「ん……そうだね……」と言いながら、ドラセナは小物類を物色して回る。そして、一つの首飾りを前に目を止めた。
それは見るからに安物だが、安物なりにそれなりにセンスのいい代物だった。
「これが、欲しい」と言ったドラセナの言葉を聞き、値札を見る。ナハトのポケットマネーでも十分買える金額だった。
「分かった。プレゼントするよ」とナハトが言うとドラセナは驚いた様子で「そんな、悪いよ」と言う。「いいから、いいから」とナハトは押し切り、その首飾りを持って、会計に持っていく。
現代日本とは違うこの世界の寂れた商店でラッピングなどは期待できず、商品をそのまま渡された。それをナハトはドラセナに渡す。
「ほら、プレゼントだ」
ドラセナは差し出された首飾りをボーっとした目で見つめていたのだが、ややあって、「あ、ありがとう……」と頬を紅潮させて呟き、それを受け取った。
そんな顔をされるとこっちまで恥ずかしい。ナハトは自分の頬も紅潮することを感じながら、「こ、このくらい気にするな」と照れ隠しを呟いていた。
そんなナハトの照れ隠しに構わずドラセナはプレゼントされた首飾りを早速、自分の首にかけてみる。
それは安物だが、可愛らしいデザインで可憐なドラセナにはよく似合っていた。思わず「似合っているぞ」と口にする。
ドラセナはアメジストの瞳をパチクリさせて、「本当……?」と訊いてくる。
「ああ、本当だよ。っていうか、こんなことで嘘ついてどうする?」
「そっか。これ、わたしに似合ってる?」
「ああ、だから似合っているってさっきから言ってるだろ」
その言葉にドラセナは自らの首にかかった首飾りをいじっている。そして、満足したように「うん」と呟く。
「ありがとう、ナハト」
そして、満面の笑みをナハトに向けた。ナハトは思わずクラっと来た。これは反則だ、と思った。
それくらい魅力的なドラセナの笑みだった。勿論、普段からドラセナは魅力的なのだが、今はそれに輪をかけて可愛い。
それから店を出て次の店に向かおうとした時だった。ドラセナが何かを言いたげにもじもじとしている。
その様子がナハトには気になった。なんだろう……と思っていると「えっと、ナハト」と照れ臭そうにドラセナが言葉を発する。
「あの時みたいにして」
あの時? すぐには思い当たらず、「あの時って?」とナハトが聞き返す。するとドラセナはおずおずと自分の手を差し出した。「だから……」となんとか絞り出したであろう言葉が告げられる。
「あの夜、みたいに手を、繋いで」
そこまで言われてハッとした。
そうだ。あの夜。ドラセナの秘密が明らかになり旅が終わってしまう危険性があった夜。自分とドラセナは手を繋いでいた。
そのことを指しているのだと気付き、手を繋ぎたいという要望に恥ずかしさがこみ上げてくる。
言っているドラセナはもっと恥ずかしいだろうが。「わ、分かった……」と答えて、ドラセナの手を握る。ドラセナの小さな手はあの夜同様、柔らかかった。
二人、手を繋いで、村を見て回る。最早、見るに見飽きた村であるはずなのだが、ドラセナと一緒にいる、ドラセナと手を繋いでいるということがあっては新鮮な村の景色に映った。
色々見て回り、その果てに村の広場に辿り着く。その間、手は繋ぎっぱなしだった。「ね、ナハト」とドラセナが囁くように声を発する。「なんだ?」と返す。
「……楽しいね」
「……ああ、そうだな」
ドラセナと一緒にいるだけだというのに、手を繋いでいるだけだというのに。それだけで凄く嬉しいし、楽しい。
不思議なものだ、と思う。そうして、二人して見つめ合う。
ドラセナの頬が微かに紅潮している。自分の頬もそうなのだろう、とナハトは思った。
そこでこれはそれなりにいいムードなんじゃないか、とナハトは思う。とはいえ、いいムードといってもそれ以上のことを実行に移す度胸はナハトにはない手を繋ぐ以上のこと、例えばキスとか……?
(無理無理無理……!)
今の自分にそんなことはできない。そう思っているとそのいい雰囲気を邪魔する存在が現れた。
レザーアーマーに身を纏い剣を手にした男だった。村人ではない。それは少なからずこの村に滞在しているナハトには分かることだった。
警戒心を抱く。ドラセナと繋いだ手を離し、腰の聖桜剣に手をかける。「なんだ、お前?」とナハトは敵意を秘めた声を呟く。男は「へへっ」と笑う。
「そこの女には賞金がかけられているんでな。大人しくこっちに引き渡してもらおうか? 邪魔するってんなら容赦はしねえぞ」
やはりドラセナ狙いの人間だったか。怯えた表情になったドラセナをかばうように前に出る。「ドラセナは渡さない」と硬い決意を込めた声でナハトは呟く。
「へっ! じゃあ、てめえには死んでもらうだけだ!」
男は剣を抜き放ち、襲い掛かってくる。だが、それは幻想具ではない。ただの剣だった。
そんなものが聖桜剣の敵であるはずもなく、ナハトは聖桜剣を抜き放ち適当に一閃する。
男の剣が弾き飛ばされ、地面に転がっていく。男は呆然とした表情でそれを見て、次に怯えた表情でナハトを見た。一瞬の出来事。それで力量の違いを理解したのだろう。
「さっさと消えろ。命を奪いはしない」
ナハトの言葉に男は「ひいっ……!」と悲鳴を上げ、転がった剣を拾うとさっさとその場から立ち去っていく。
やれやれ、と思いながら、ナハトはその背中を見送り、ドラセナの方に視線を移した。
「大丈夫だったか? ドラセナ?」
「うん。ナハトが守ってくれたから……」
そう言いつつ少し寂しそうにドラセナは自分の手を見つめている。その手をナハトは強引に握った。「あ……」とドラセナが呟く。
「あんなチンピラみたいな賞金稼ぎに邪魔されて終わりってのは味気ないからな。もうちょっと、一緒にいよう」
そのナハトの言葉にドラセナは呆然とした様子で繋いだ手を見つめ、ややあって「うん……」と照れ臭そうに頷いた。それからしばらく二人は村のあちこちを見て回るのだった。
笑顔を浮かべるドラセナの方を見ながら、俺がドラセナを守るんだ、という思いを強くするナハトだった。
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自分でも見直しますが、ご協力お願いします。
感想の返信はあまりできませんが、しっかりと目を通してます。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
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【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
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