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第1章:辺境の村、カウニカ

第17話:想獣王との激闘

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 四つの目を持つライオンの頭をした巨大な四足獣型の想獣に立ち向かう。

 あちらもナハトに向けて雄叫びを上げて襲い掛かってくる。その右の前足が振り上げられ、そこに生えた生半端な剣など遥かに凌駕するであろう斬れ味の多数の銀色の爪が光る。

 振り下ろされる前足の速度は高速。これまで戦ってきた想獣たちの比ではない。

 その高速の攻撃を受けるナハトもまた高速。伝説の聖剣、聖桜剣の想力で強化された肉体は伊達ではない。

 超高速で振り下ろされた前足を右に飛んで回避する。振り下ろされた前足は地面に命中し、大きく大地を抉った。それだけでそこに込められた力の程が伺える。

 聖桜剣で強化された肉体といえど、まともに喰らってはまずいな、と思う。だが、地面の抉った前足は隙だらけだ。聖桜剣で斬り掛かる。これで前足を切断する勢いで薄紅色の刀身を振るう。しかし。



「……っ!?」



 スパリ、と前足を斬り裂くことはできず、岩に剣をぶつけたかのような感触が聖桜剣を握るナハトの右手に伝わる。

 否、岩程度なら聖桜剣は容易に切断する。この巨大想獣の肉体はどれほど硬いというのだ。

 ナハトの聖桜剣の一撃は巨大想獣にダメージを与えるには至らなかったが、怒りを買うには十分だったようだ。

 「グガア!」と雄叫びを上げて、左の前足が迫り来る。これまた喰らってはやばい、という直感があった。

 慌てて、後ろに飛んでそれを躱す。と、今度は右足が迫ってきた。

 速い。左足を躱したばかりのナハトにはそれを回避する動作をする暇はない。

 聖桜剣の刀身を盾代わりに前に構える。巨大想獣の右足は聖桜剣の刀身に命中し、それだけでは殺しきれない勢いでナハトの体を大きく後ろにふっ飛ばした。

 「がっ!?」と思わず苦悶の声が漏れる。ナハトの体は地面に激突し、ゴロゴロと転がる。

 余裕を持って横になっている暇はなかった。巨大想獣は追撃を仕掛けようとその巨躯を跳ね飛ばし、大きく飛び上がったのだ。

 着地地点はナハトのところ。まずい。踏み潰される。

 その危機感がナハトの体に電撃のように走る。全身全霊を込めて、跳ね起き、体を横に飛ばす。

 ついさっきまでナハトが転がっていたところに巨大想獣は着地し、地面を大きくえぐった。

 砂塵が巻き上がる中、巨大想獣の前足がその砂埃を突き破ってナハトに伸びてきた。踏みつけを回避することに全霊をそそいでいたナハトはこれには対応できなかった。鋭い爪がナハトの体を浅く、ではあるものの、斬り裂き、斬り裂かれた服から鮮血がしたたる。

 もう一本の前足も迫ってきたが、これは聖桜剣でなんとか弾き返した。

 大した傷ではないが、ダメージは負った。一旦、仕切り直す。そう思い、巨大想獣から距離を取る。胸から流れる鮮血には構っていられなかった。物凄く痛いが、それに構っている暇もない。

 この巨大な想獣。見た目の割になんてスピードだ。それでいて見た目通りのパワーもある。伊達に大きい訳ではないようだ。

 聖桜剣の力を解放するしかない。その結論に達する。

 意識を聖桜剣に込める。そこに秘められた想力を解放する。

 黄金の光が聖桜剣を覆い、黄金の光刃が発せられる。

 その様子を巨大想獣は警戒するように「グルル……!」とうめきながら四つの目で見据える。獣の頭脳でも分かるのだろう。この剣の力が。

 巨大想獣はその大きな口を開く。そこからなんと真紅の火炎が放たれた。

 火炎放射だとっ!? 驚愕する暇はない。黄金の光剣と化した聖桜剣がもたらすさらに高い想力で強化された身体能力で回避する。

 そして、超高速、と言っていい速度で巨大想獣に迫る。

 巨大想獣の前足が迎撃に放たれるがもはやそんなものに当たるナハトではない。巨大想獣の動きも俊敏だったが、聖桜剣の力を解放したナハトはそれをさらに上回る高速で動ける。

 二つの前足の攻撃を回避し、巨大想獣の懐に潜り込む。

 そうして、黄金の光刃でその肉体を斬り裂いた。肉を断つ感触が聖桜剣を握る両手に伝わってくる。

 胴体に一筋の、しかし、深い斬り傷を与えられ、巨大想獣は怒り狂ったかのように叫ぶ。

 このまま懐に飛び込んだ状態を維持して追撃、と思ったナハトだったが、そうはさせまいと巨大想獣は四本の足を使って天高くに飛び上がる。

 相変わらず見かけによらない俊敏性だ。一人、地上に残されたナハトが、上を見上げていると、巨大想獣は落下の勢いを利用して前足をナハトに振り下ろしてくる。

 それを真っ向から黄金の剣で受け止める。落下の勢いと巨大想獣の全体重がかかった一撃に押し潰されそうになるが、それくらい跳ね返せなくて、何が聖桜剣か、何が桜の勇者か。

 「なめ……るな!」とナハトは叫び。巨大想獣を押し返した。

 巨大想獣が自身も意図していない形で空中に浮かび上がり、その隙を狙って、前足の一本目掛けて黄金の剣を振るう。

 高く飛び上がったナハトが左の前足目掛けて黄金の剣で斬りつける。肉を断ち切る感触。前足を切断するには至らなかったが、十分なダメージは与えただろう。

 巨大想獣は狂ったように悲鳴を上げる。そのまま空中でナハトと巨大想獣は睨み合う。巨大想獣の無事なもう一本の前足、右足で攻撃を繰り出してきたのをナハトは聖桜剣を振るい、対抗する。

 巨大想獣の鋭い爪と黄金の刃が噛み合う。今のナハトの肉体は黄金の聖桜剣で異常なまでに強化されている。

 巨大な想獣の肉体を押し出し、後ろに下がらせる。とはいえ、いくら身体能力が高くなっているとはいえ、ナハトも人間。

 空中で自由自在に飛び回るなんて芸当はできず、体が重力に従い、地面に落ちる。

 両の足で着地すると油断なく巨大想獣の方を見る。巨大想獣も無事に着地しているものの、その体躯には幾筋もの裂傷が刻まれており、ドロドロ、と真っ赤な血を流している。

 黄金の刃による斬撃を受けた結果だ。巨大想獣は決して弱い相手ではない。だが、聖桜剣の力を解放した自分なら勝てない相手でもない、とナハトは判断する。

 トドメを刺す。そう思い、黄金の剣を両手で構え、巨大想獣に向かって駆け出す。

 巨大想獣もナハトに向かって突進してきて、両者は真っ向からぶつかり合う、と思われた。

 巨大想獣はナハトと接触する寸前、大きく飛び上がるとナハトを飛び越えて、進んで行く。その進行方向の先にあるのは――村! しまった、とナハトは思った。

 巨大想獣はナハト相手には敵わないと思い、無視することで別の対象を襲うことを選んだのだ。村に向かって高速で進んで行く巨大想獣をナハトは聖桜剣で強化した身体能力を持って、全力で地面を蹴り、追いかけようとする。

 そんな時に、それまでナハトと巨大想獣との戦いには関わってこなかった雑魚の想獣が集まり、ナハトの道を阻もうとする。

 想力を解放し、黄金の光刃を持つナハトにとってもはやそれらの想獣は敵ではなかったが、時間は稼がれる。

 一匹、また一匹と斬り捨てている隙に巨大想獣は村に迫る。その時、小柄な影が飛び込んできて、一匹の想獣を吹き飛ばした。



「ナハト! ここはわたしに任せてあのでかいのを!」



 イーニッドだった。迫り来る想獣の群れを相手にイーニッドは両手のガントレットで拳を繰り出し撃退していく。

 「すまない! 助かる!」とだけ述べ、ナハトは巨大想獣の後ろを追った。

 しかし、既にかなりの距離を開けられている。巨大想獣は村に侵入してしまっている。焦りの感情がナハトの中で芽生えつつあった。







 グレースは自分に群がる想獣たちを鬱陶しいと思いながらも撃退していた。

 風刃矛ヴェントハルバードから発する風の刃を振るい、想獣を撃退する。

 想獣王が現れたことはグレースとて分かっている。だが、ナハトなら、桜の勇者なら十分、相手ができるだろうと思っていた。

 そんな時、咆吼と共に大きな影が村に差し掛かる。その異様な気配に目を向けると愕然とした。想獣王が村にまで迫って来ているではないか。

 あちこちから血を流しながらもそれでもその巨躯は未だ健在でこの村に侵入されたら大厄災をもたらすことは想像に難しくない。

 ナハト殿は何をしておられたのだ! そんなことを思いながら、自分が想獣王を迎撃しようとした時、グレースの周りに想獣たちが一斉に集まってくる。

 「ええい! 鬱陶しい!」とグレースは叫び、ヴェントハルバードの全身から暴風を放ち360度、全方位に風の刃を放つ。しかし、風の刃は攻撃範囲を広げれば広げる程、威力は落ちるものなのだ。

 風の刃に斬り裂かれた想獣たちはまだ致命傷には至らず、グレースに襲い掛かってくる。その相手をしている間に想獣王は村に侵入していた。







 防衛網を張っている村人たちは村に侵入してくる想獣王に逃げ惑っていた。

 あれは並の想獣なんかじゃない。桜の勇者ならともかく、自分たちが相手になるような存在ではない。

 それが分かっているからこそ戦うことを完全に放棄して逃げ出していた。ドラセナとイヴもその中の一人だった。



「ドラセナさん、早く逃げましょう!」



 イヴが慌てた様子で叫び、ドラセナの手を引く。ドラセナも頷き、駆け出す。

 想獣王は既に村の一角に侵入している。そして、その四つの赤い目が捉えたのは、ドラセナの小さな姿だった。

 イヴと共に逃げるドラセナの前に想獣王は巨躯に似合わぬ俊敏さで降り立つ。

 ナハトに斬り付けられた傷から血をポタポタとたらしながらもその威容は未だ健在だ。目の前に現れた想獣王にイヴとドラセナは凍り付く。

 イヴが治癒杖キュアを両手で構え、立ち向かおうとするがそれでどうにかなる相手だとは思えない。

 想獣王はナハトに斬り付けられていない右の前足を振るうとイヴの体を吹き飛ばしてしまった。地面に叩きつけられたイヴは苦痛を堪え、「ドラセナさん……!」とドラセナの方を見る。

 想獣王の四つの赤い瞳がドラセナを視界に収めたところだった。恐怖に凍り付いたドラセナはその場から動くこともできない。想獣王の右の前足から刃のような爪が伸び、今、まさにドラセナに振るわれようとしていた。

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