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第1章:辺境の村、カウニカ

第15話:想獣の襲来

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 走り回ると危ないと言いながらもイヴも走ってこちらまで出て来た。無論、その体に纏うものは何もない。

 聖職者のような青と白の服の上からでは分からなかった官能的なイヴの肉体に思わず視線を引き寄せられる。が、それもすぐに「きゃああああああああああああ!」というイヴの悲鳴で視線を外さざるを得なかった。

 慌てて視線をそらす。イヴは両手を使って、胸と股間を覆い隠す。イーニッドの方はこの期に及んでも未だ羞恥心など感じていないのか、その裸体を堂々とさらけ出している。



「ナ、ナ、ナハト様……! どうしてこちらに!?」

「い、いや、風呂に入ろうかと……」



 そう言って、ナハトは今は自分も全裸であることに遅れて気付いた。慌てて股間を隠す。



「ナハトも一緒に風呂に入るのか? それなら大歓迎だ!」

「大歓迎じゃありません!」



 ケラケラ笑うイーニッドに怒り心頭といった様子のイヴが釘を刺す。



「まだ私もイーニッドさんもグレースさんもお風呂に入っている最中なのですよ! それなのにどうして!?」



 イヴの言葉に「え、でも……」とイヴの方に視線を向けかけ、キッと睨まれ、慌てて再び視線をそらす。



「先に出たドラセナのヤツは言っていたぞ。もうみんな上がって、宿屋に帰っているって」

「ドラセナさんが……ですか……?」

「ああ」



 たしかにドラセナはそう言った。だからナハトは無警戒にこうして風呂に入りに来たのだ。

 気まずい沈黙がその場に降り、その果てに、「はめられました……ね」とイヴの苦虫を噛み潰したような声がした。



「おそらく以前の仕返しでしょう。ナハト様に私たちの裸を覗かせるという……」

「以前の……あ、あーっ!」



 そう言われて思い出したことがある。

 そうだ。以前、イヴの家にいた時にイヴの悪戯でドラセナが水浴びしているところをナハトは覗いてしまったのだ。

 これはその仕返しで今度はイヴの裸を見させてやろうというドラセナの悪戯だろう。

 ナハトが納得して、ドラセナにも案外悪戯っぽいところがあるんだな、などと思いながら、イーニッドもイヴもいない空間に視線を向けると、「おい、お前たち何を騒いでいるんだ……?」という声と共にそこにも人影が現れた。

 グレースだ。当然、グレースもまた一糸まとわぬ姿である。その姿を再びナハトはバッチリ見てしまった。

 グレースは最初、何事か分からず呆然としていたが、そこにナハトがいて、自分の裸身を見られていることを把握すると「き、貴様!」と声を上げながら、両腕で胸と股間を隠す。



「ナハト殿! こんなところで何をしている!」

「ご、ごめん! ホントごめん! すぐ出ていくから!」



 ナハトは必死で平謝りし、脱兎の如くその場から逃走するのであった。









 その後、ナハトの入浴などは当然の如く中止となり、ナハトたちの泊まっている宿屋の一室で弁護人不在の裁判が行われていた。

 検事兼裁判官は怒り心頭のイヴとグレースと一人だけ状況をあまり理解していない様子のイーニッド。

 被告人はナハトとナハトに覗きを行わせたドラセナである。ナハトとドラセナは正座で、他三人は立ったまま二人を見下ろしている。 ちなみにこの世界に正座という文化はなかったらしいが、ナハトが俺の世界では反省を表す時はこうする、と言いドラセナと二人で自主的に正座の姿勢を取っている次第だった。



「……それでドラセナさん。どうしてナハト様にあんな嘘を吹き込んだんですか?」



 ピリピリした様子のイヴがドラセナに問う。彼女のこんな態度は珍しい。ドラセナはシュンとした顔で「ごめん……」と呟いた。



「前にイヴがナハトにわたしを覗かせたこと思い出して……ちょっとした悪戯心で仕返ししてやろうと思って……」

「なっ! 貴様! ドラセナ様も覗いたのか!」



 ドラセナの言葉にグレースが食い付いた。明らかに敵愾心を秘めた目でナハトを見る。「そ、それはもう謝罪して終わったことだから……!」とナハトは必死に言い繕った。



「悪戯心じゃありませんよ……私たちがどれだけ恥ずかしい思いをしたか」

「わたしは別に恥ずかしくはなかったぞ?」

「イーニッドさんは少し黙っていて下さい」



 この状況に及んでも笑顔のイーニッドにイヴが険しい口調で言う。



「ナハト殿。こうなってはその首を差し出してもらわねば帳尻が合わないところだが……」

「い、いや! グレース、首は勘弁! まだ死にたくないよ!」



 わりと本気で言っている様子のグレースにナハトは必死で許しを請う。



「俺もドラセナも反省してるから、今回ばかりはお目こぼしを……!」

「…………」



 イヴとグレースに半眼で睨まれる。



「ドラセナ様、反省しておいでですか?」

「うん……ごめん、グレース。今回は全面的にわたしが悪かった」

「はぁ……仕方がないですねぇ」



 イヴが呆れ果てた様子で口にする。もはや怒るのもバカバカしいといったところか。



「まぁ、いいんじゃないか。別に許しても。ナハトもわざとやった訳じゃないんだろ?」

「当然だ。天地神妙に誓って」



 助け舟を出してくれたイーニッドに乗り、ナハトは答える。しかし、イヴは赤い顔をしてナハトを見た。



「その割には私の胸をやたらとジロジロ見ていたような気がしますが……」

「そ、それは……条件反射というか……魅了の力があったというか……」

「…………」



 イヴは納得していないようだった。



「イヴは胸が大きいから……」

「そうだな! イヴのおっぱいの大きさは反則だ!」



 ドラセナとイーニッドがそんなことを言ってさらにイヴは顔を赤くした。「と、とにかく!」と話題を断ち切るようにイヴは声を出す。



「ナハト様に悪意はなかったようですし、ドラセナさんも反省しているようですし、今回に限ってはこの件は不問にします! グレースさんも、それでいいですね?」

「……正直、納得はできてないが、今回に限ってはナハト殿を許そう。ドラセナ様も今後はもうこんな悪戯心など出さないように」



 検事兼裁判官二人から厳重注意で後は無罪放免というやったことを考えれば破格とも言える判決が下される。

 ナハトは頭を下げるしかなかった。ドラセナも感謝の言葉を口にする。



「ありがとう。イヴ、グレース」

「二人ともありがとう! それと、ホントにごめん! 二人の裸はさっさと記憶から抹消するから!」

「ええい! 話題に出すな!」



 裸という単語にグレースの目尻が釣り上がる。



「と、とにかく、この件は今後一切話題に出さないように。それで今回は良しとする」

「そうですね」

「あはは! 一件落着、だな!」



 渋々といった様子で納得の態度を示すグレースとイヴに、一人、全く気にしていない様子のイーニッドが笑う。

 お前はもう少し気にしろ、と思わないでもないナハトだった。

 とりあえず場は一段落し、さて、これからどうしようかという流れになる。

 当初の予定通り、この村を立ち鉱山都市ラグリアに向かおうかという話になったところで扉が開き「た、大変だーーーっ!」と血相を変えた男が飛び込んできた。

 男はこの宿の宿主でイヴの知り合いでもある。



「どうしたんですかクランクさん」



 落ち着いた様子で訊ねるイヴに切羽詰った様子で男――クランクは話す。



「狩人が報告してきたんだ! 想獣の大群がこの村を目指して進んできている!」



 想獣の大群がこの村を……? ナハトにはその事態を今ひとつ飲み込めずキョトンとした顔になってしまったが、ナハト以外の全員は事態の深刻さを飲み込んだようだった。「想獣が……!」「なんだって……!?」と深刻そうな声を出す。



「村のみんなは逃げる準備をしているけど間に合うかどうか……アンタらも早く逃げるんだ!」



 それだけ告げるとクランクは踵を返しどこかへと行ってしまった。

 残された一同の中でナハトが「どういうことだ?」と訊ねる。イヴが答えてくれた。



「想獣は時として人里を襲うこともあります」

「なんだって……!? それじゃあ、この村は想獣のターゲットにされたってことか?」

「そういうことになります」



 ようやくナハトにも事態の深刻さが飲み込めてきた。

 想獣。いまだナハトは遭遇したことはないがラプラニウム鉱石を体内に含み強大な力を誇る魔物のような存在。

 そんな存在が大挙してこの村に押し寄せてくるというのか。



「ナハト様、こうなっては我々も早く避難しましょう。ここは危険です」



 イヴの言葉。だが、ナハトはそれに頷くことはできなかった。



「俺たちが逃げたらこの村はどうなる?」

「想獣たちの手でボロボロに荒らされるだろうな。逃げ遅れた者は殺されるだろう」



 ナハトの問いに冷静に答えてくれたのはグレースだ。

 それを聞いて、ナハトの決意は固まった。「俺は逃げない」と宣言する。傍らに置かれていた聖桜剣を手に取るとベルトで腰に固定した。



「俺は想獣と戦う。そして、この村を守る」

「そんな……危険です!」



 イヴが言うが、それに頷くことはできない。「俺は桜の勇者ってヤツなんだろ?」とナハトはイヴに言う。



「なら逃げる訳にはいかない。勇者は勇者の使命を果たす。この村を、守る」



 ナハトの言葉に我が意を得たりとばかりにイーニッドも頷く。



「うむ! それでこそ桜の勇者だ! わたしも残る! 想獣たちと戦うぞ!」



 そう言ってファイティングポーズを取るイーニッド。ドラセナも「わたしも残る」と言い出した。



「ナハトたちが残るのにわたしだけ逃げる訳にもいかない」

「ドラセナ様が残られるのでしたら当然、私も逃げる訳にはいきませんね」



 ドラセナの決意の表情にグレースもハルバードを手に取り、頷く。全員、逃げる気はない。村を守るつもりだ。それを知ったイヴは嘆息し、しかし、「仕方がありませんね」と笑った。



「では、私も残らせていただきます。負傷者の治療はお任せ下さい」



 こうして一同の腹は決まった。想獣の大群がどれくらいの規模なのかは分からないが、迎え撃つ。その決意を胸に一同は宿屋を出るのだった。



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