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第四章 逆行の真相
供述 side カトレア
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私は今日も歌を歌う。
昨日も、明日も、明後日も。
来る日も来る日も、毎日。
カトレア・スカーレット公爵令嬢。それが私を表す名前。このスヴェロフ王国で王妃陛下を除き、最も高貴な女性の中の一人だ。
私は幼い頃から愛らしいと評判だったが、その評判は一度も覆ることはなかった。それどころか、成長するにつれてさらに評価は上がっていくばかりだった。
けれど、それは当然なのだ。私の両親は美男美女で有名な夫婦だし、その優秀な遺伝子を受け継いだ私は当然のように美人に生まれた。その上、私は努力も怠らなかった。人一倍勉強したと思うし、美容面も抜かりはなかった。いつしか「完璧なカトレア・スカーレット」をプロデュースすることが私の生きがいになっていた。
――どうしてそんなに努力したかって? そんなの、自分のため、家のために決まっているわ。……けれど、振り向かせたい方がいたことも確かね。
私の想い人は従兄のクラウス・ベリサリオ公爵令息。初めて会ったときは衝撃に胸を撃ち抜かれた。とても見目麗しくて、美しい私にぴったりな方だと思った。私の父は言わずと知れたスカーレット公爵家当主で、クラウスの母親であるイザベラ・ベリサリオは父の妹にあたる。だから、父から言ってもらえば簡単にクラウスと婚約が結べると思った。なのに……。
「どうして? どうしてだめなの?」
「クラウスは既に別の家の子と婚約しているんだ」
「え……。まだ八歳なのに? いつ? そんなの私知らないわ」
「知らなくて当然だよ。だってカトリーが生まれた年に婚約したんだから。その頃はカトリーは言葉も理解できない時期だよ」
お父様はそう言って笑ったけれど、私は全く笑えなかった。悪い冗談だと思った。
思えば、それが私の初めての挫折だったかもしれない。「私の思い通りにいかないことが存在する」それがどうしてなのかわからなかったし、そんなことが存在するなど到底許せなかった。
「お相手は……」
「リリアーヌ・ジェセニア嬢だよ。カトリーと同じ年に生まれたんだ。ジェセニア夫人はもともとイザベラ……カトリーの叔母様と学生時代からとても仲が良くてね。お互いの子が生まれたら結婚させたいと言っていたが……本当に実現させるとは思わなかったよ」
「同い年……」
「カトリーにもそう思えるくらい仲の良い友達ができるといいね」
「うん……」
最後、父が何か言っていた気がしたけれど、私の耳には入っていなかった。どうすればクラウスを手に入れられるか――私の頭の中を占めるのはその考えのみだった。
それから何年かして、私もお茶会など社交界に顔を出すようになった。
その頃には私の忠実な部下であるシエンナが侍女としてジェセニア伯爵家に潜り込んでいたから、内情を知るのにも困っていなかった。
シエンナからは、リリアーヌとクラウスは外見上は仲が良さそうに見えるが、恋愛感情については一方通行と聞いていた。リリアーヌが追いかけるのみで、クラウスは婚約者という立場を守る以上の感情は抱いていないようであるとの報告を受けていたのだ。
――愛情もないのだし、クラウスはきっと私を選ぶはず。彼がこの完璧なカトレア・スカーレットを選ばないはずないもの。
私は自分で創り上げた「カトレア・スカーレット」に自信と誇りを持っていた。
社交界の華とも呼ばれ、最も理想の婚約相手と目される女性。誰もが欲しがる女性。それが私。だから、クラウスに選ばれるのは私だ。
――私よりも優れた女性はいないもの。きっとクラウスは彼女との婚約を解消して私に求婚するはず。
私はそう信じていた。
遅かれ早かれそうなるのだから、クラウスを早く手に入れるためにできることはなんでもやった。
そういえば、物心つく頃には闇の魔力を持っていることに気づいていたけれど、闇という言葉自体が暗くて陰気な感じがして嫌だった。「闇」はカトレアに相応しくないから、徹底して隠し通していたのだ。
――これを使えば私がやったと疑われずにリリアーヌの評判を落とすことができるわ……!
そうひらめき、我流で闇魔法について勉強した。
学習していくと、私は歌やピアノが得意だから、声やピアノの旋律に魔力をのせると簡単に術を行使できると判明した。
練習して、普通に話す声にも難なく魔力をのせることができるようになった。それを利用してリリアーヌの印象が悪くなるよう社交界の人々の精神操作を行った。少しずつ。それとわからぬよう綿密にゆっくりと。
リリアーヌと顔を合わせることはなかったけれど、彼女は「ハリボテ令嬢」と呼ばれ、蔑まれていた。完璧に私の計画通りだった。
――これで私が彼女を助けるよう動けば、私の名声は今よりもっと高まるわね。ふふふ……! なんて完璧な計画なのかしら。
ミディール学園に入学したら、嫌でも彼女と顔を合わせることになる。そのときこそが私とリリアーヌの格の違いを周囲とクラウスに見せつけるいい機会になる。
そう考えていたのだけれど……。
――聞いていた話と違うじゃない……!
シエンナからは「リリアーヌの一方通行」と聞いていたのに、実際に目にした光景は逆だった。
――クラウスがリリアーヌを溺愛しているですって……⁉︎ ありえないわ。それに、リリアーヌはクラウスの求愛を苦笑いで受け流して……
抑えきれない怒りは私の声帯を伝って溢れ出した。制御などできなかった。
人々は私の漏れ出した魔力に感化され、みんなリリアーヌを「悪女」と罵り、忌み嫌った。
――それだけでも許せなかったのに、婚約破棄ですって? クラウスがあんなに追い縋っているのに……。
私の愛した人は、私に遠く及ぶべくもない、取るに足らない女性を愛してしまったのだ。挙句、その女に捨てられた。
――許せない許せない許せない……! クラウスの必死の懇願を無下にするなんてありえない……っ!
クラウスはリリアーヌに婚約を破棄され、意気消沈していた。あんなにもいきいきしていたのに、生気がなくなってしまったように見えた。勉学にも身が入らなくなってしまったのか、奨学生の座からも落ちてしまった。見かけることがあると、いつも遠くからリリアーヌの姿を目で追っている。
――全てあの性悪女のせい……! 王太子妃の地位に目が眩んでクラウスを捨てたに違いないわ……! 可哀想なクラウス……。
私はクラウスの代わりに復讐することを決意した。
――どうやった、ですって? 私、気づいてしまったの。私が魔力を乗せた歌声を聴いて育った植物は、私の指示通りの効能を発揮する薬・草・になってくれるの。本当に少しずつだけれど。だから、リリアーヌが毎日飲む紅茶や、クッキーにも練り込んで口にさせるよう指示したのよ。私って、やろうと思えばなんでもできちゃうから困るわね。
シエンナをジェセニア伯爵家に潜り込ませて少したった頃から紅茶に花弁を混ぜるよう指示していた。
――最初は彼女の魅力が失われるように願って歌っていたの。効果があったのかはわからないけれどね。殺意が歌にこもり始めたのはクラウスと婚約破棄してからじゃないかしら? 自分でも制御できていなかったから、よくわからないわ。
うまく隠していたようだけれど、体調が良くないのは知っていた。そのままいなくなってくれればいいと思っていたのも事実。
――だって、彼女がこの世からいなくなってくれさえすれば、クラウスを縛る存在は消えるでしょう?
それが、カトレア・スカーレットにとっての正しい世界だった。
昨日も、明日も、明後日も。
来る日も来る日も、毎日。
カトレア・スカーレット公爵令嬢。それが私を表す名前。このスヴェロフ王国で王妃陛下を除き、最も高貴な女性の中の一人だ。
私は幼い頃から愛らしいと評判だったが、その評判は一度も覆ることはなかった。それどころか、成長するにつれてさらに評価は上がっていくばかりだった。
けれど、それは当然なのだ。私の両親は美男美女で有名な夫婦だし、その優秀な遺伝子を受け継いだ私は当然のように美人に生まれた。その上、私は努力も怠らなかった。人一倍勉強したと思うし、美容面も抜かりはなかった。いつしか「完璧なカトレア・スカーレット」をプロデュースすることが私の生きがいになっていた。
――どうしてそんなに努力したかって? そんなの、自分のため、家のために決まっているわ。……けれど、振り向かせたい方がいたことも確かね。
私の想い人は従兄のクラウス・ベリサリオ公爵令息。初めて会ったときは衝撃に胸を撃ち抜かれた。とても見目麗しくて、美しい私にぴったりな方だと思った。私の父は言わずと知れたスカーレット公爵家当主で、クラウスの母親であるイザベラ・ベリサリオは父の妹にあたる。だから、父から言ってもらえば簡単にクラウスと婚約が結べると思った。なのに……。
「どうして? どうしてだめなの?」
「クラウスは既に別の家の子と婚約しているんだ」
「え……。まだ八歳なのに? いつ? そんなの私知らないわ」
「知らなくて当然だよ。だってカトリーが生まれた年に婚約したんだから。その頃はカトリーは言葉も理解できない時期だよ」
お父様はそう言って笑ったけれど、私は全く笑えなかった。悪い冗談だと思った。
思えば、それが私の初めての挫折だったかもしれない。「私の思い通りにいかないことが存在する」それがどうしてなのかわからなかったし、そんなことが存在するなど到底許せなかった。
「お相手は……」
「リリアーヌ・ジェセニア嬢だよ。カトリーと同じ年に生まれたんだ。ジェセニア夫人はもともとイザベラ……カトリーの叔母様と学生時代からとても仲が良くてね。お互いの子が生まれたら結婚させたいと言っていたが……本当に実現させるとは思わなかったよ」
「同い年……」
「カトリーにもそう思えるくらい仲の良い友達ができるといいね」
「うん……」
最後、父が何か言っていた気がしたけれど、私の耳には入っていなかった。どうすればクラウスを手に入れられるか――私の頭の中を占めるのはその考えのみだった。
それから何年かして、私もお茶会など社交界に顔を出すようになった。
その頃には私の忠実な部下であるシエンナが侍女としてジェセニア伯爵家に潜り込んでいたから、内情を知るのにも困っていなかった。
シエンナからは、リリアーヌとクラウスは外見上は仲が良さそうに見えるが、恋愛感情については一方通行と聞いていた。リリアーヌが追いかけるのみで、クラウスは婚約者という立場を守る以上の感情は抱いていないようであるとの報告を受けていたのだ。
――愛情もないのだし、クラウスはきっと私を選ぶはず。彼がこの完璧なカトレア・スカーレットを選ばないはずないもの。
私は自分で創り上げた「カトレア・スカーレット」に自信と誇りを持っていた。
社交界の華とも呼ばれ、最も理想の婚約相手と目される女性。誰もが欲しがる女性。それが私。だから、クラウスに選ばれるのは私だ。
――私よりも優れた女性はいないもの。きっとクラウスは彼女との婚約を解消して私に求婚するはず。
私はそう信じていた。
遅かれ早かれそうなるのだから、クラウスを早く手に入れるためにできることはなんでもやった。
そういえば、物心つく頃には闇の魔力を持っていることに気づいていたけれど、闇という言葉自体が暗くて陰気な感じがして嫌だった。「闇」はカトレアに相応しくないから、徹底して隠し通していたのだ。
――これを使えば私がやったと疑われずにリリアーヌの評判を落とすことができるわ……!
そうひらめき、我流で闇魔法について勉強した。
学習していくと、私は歌やピアノが得意だから、声やピアノの旋律に魔力をのせると簡単に術を行使できると判明した。
練習して、普通に話す声にも難なく魔力をのせることができるようになった。それを利用してリリアーヌの印象が悪くなるよう社交界の人々の精神操作を行った。少しずつ。それとわからぬよう綿密にゆっくりと。
リリアーヌと顔を合わせることはなかったけれど、彼女は「ハリボテ令嬢」と呼ばれ、蔑まれていた。完璧に私の計画通りだった。
――これで私が彼女を助けるよう動けば、私の名声は今よりもっと高まるわね。ふふふ……! なんて完璧な計画なのかしら。
ミディール学園に入学したら、嫌でも彼女と顔を合わせることになる。そのときこそが私とリリアーヌの格の違いを周囲とクラウスに見せつけるいい機会になる。
そう考えていたのだけれど……。
――聞いていた話と違うじゃない……!
シエンナからは「リリアーヌの一方通行」と聞いていたのに、実際に目にした光景は逆だった。
――クラウスがリリアーヌを溺愛しているですって……⁉︎ ありえないわ。それに、リリアーヌはクラウスの求愛を苦笑いで受け流して……
抑えきれない怒りは私の声帯を伝って溢れ出した。制御などできなかった。
人々は私の漏れ出した魔力に感化され、みんなリリアーヌを「悪女」と罵り、忌み嫌った。
――それだけでも許せなかったのに、婚約破棄ですって? クラウスがあんなに追い縋っているのに……。
私の愛した人は、私に遠く及ぶべくもない、取るに足らない女性を愛してしまったのだ。挙句、その女に捨てられた。
――許せない許せない許せない……! クラウスの必死の懇願を無下にするなんてありえない……っ!
クラウスはリリアーヌに婚約を破棄され、意気消沈していた。あんなにもいきいきしていたのに、生気がなくなってしまったように見えた。勉学にも身が入らなくなってしまったのか、奨学生の座からも落ちてしまった。見かけることがあると、いつも遠くからリリアーヌの姿を目で追っている。
――全てあの性悪女のせい……! 王太子妃の地位に目が眩んでクラウスを捨てたに違いないわ……! 可哀想なクラウス……。
私はクラウスの代わりに復讐することを決意した。
――どうやった、ですって? 私、気づいてしまったの。私が魔力を乗せた歌声を聴いて育った植物は、私の指示通りの効能を発揮する薬・草・になってくれるの。本当に少しずつだけれど。だから、リリアーヌが毎日飲む紅茶や、クッキーにも練り込んで口にさせるよう指示したのよ。私って、やろうと思えばなんでもできちゃうから困るわね。
シエンナをジェセニア伯爵家に潜り込ませて少したった頃から紅茶に花弁を混ぜるよう指示していた。
――最初は彼女の魅力が失われるように願って歌っていたの。効果があったのかはわからないけれどね。殺意が歌にこもり始めたのはクラウスと婚約破棄してからじゃないかしら? 自分でも制御できていなかったから、よくわからないわ。
うまく隠していたようだけれど、体調が良くないのは知っていた。そのままいなくなってくれればいいと思っていたのも事実。
――だって、彼女がこの世からいなくなってくれさえすれば、クラウスを縛る存在は消えるでしょう?
それが、カトレア・スカーレットにとっての正しい世界だった。
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